意味の薄い文章は添削しても良くならない
常々気になっていたのですが、言いたいことがまとまったのでこちらにも書いてみます。
「文章を直せば良くなる」のは真理です。間違いを正して表現を磨いて、語彙を選び直して改めて文章に組み直す。たしかに手を入れる前と後では読みやすさが変わるでしょう。でも、もっと大切なのは「何が書かれた文章を直すのか」です。
サイトに載せるプロフィールで考えてみます。おそらくサイトに来てくれた人が「どんな人かな」と確かめたり「私にとってどんなメリットがある人なのだろう」とチェックするページです。ここに自分の自慢や長所ばっかりを書いて、それをいくら校正・添削しても良い文章にはなりません。
なぜなら、元の文章に「求められる情報」が不足していて気遣いがない文章だからです。ここでいくら表現を豊かにしても意味がないのです。
必要なのは書く前の「何が求められるのか」「どういう読後感を持ってほしいのか」「自分オリジナルの情報は何か」の吟味と選定です。このプロセスを省いたら見当違いの場所へ弾を撃つようなもので、添削以前のステップで失敗しています。
「文章を添削する」というと元の文章がみるみる素晴らしいものに変身すると思う向きがありますが、それは限りがあります。ねらいが正しい文章なら添削すると表現が絞られて効果が上がります。でも、ねらいが間違っている文章はただ上っ面がキレイになるだけで意味がありません。
ブログではもう少し長く(そしてちょっとソフトに)同じことを書いています。
http://edi-labo.com/blog/?p=5916
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