私がSNSで個人につながる批判をためらう理由です。
【小山田圭吾 炎上の「嘘」東京五輪騒動の知られざる真相】
昨年、東京五輪での小山田圭吾の大炎上が実はほぼ誤報だったという調査報道の本を読んでから、SNSで投降することが本当に恐ろしくなりました。
東京オリンピックの開会式の音楽を小山田圭吾が担当することになっていたが、過去の「いじめ」が発覚して辞退。
同時に、大炎上して様々な舞台から降りたことは記憶に新しいと思います。
詳しくは本を読むのが一番なのですが、事実はかなり複雑で衝撃的でした。
なぜあの「いじめ記事」が出て、大炎上という状況になったことが悪い意味で奇跡的というか、何十年もかけて張り巡らしていた伏線が一気に回収されてしまったかのような、誰もが想像もできない内容でした。
酷過ぎると話題になった「うんこ食わせてバックドロップ」は小山田圭吾がやったことではなく、場所も時期も状況も全く違う話が、ごちゃ混ぜになって記事にされてしまったもの。
つまり誤報です。
だけどそんなことは誰も知らないので、大バッシングが始まるんです。
そりゃそうです、とんでもない非道なイジメなんだから、みんな怒り狂うわけです。
いじめを批判することは、一切の曇りがない正しい行為ですから。
あの時、小山田さんが出した否定するコメントも、誰も話を聞かないし、言い訳と断罪していました。
だけど、それは冤罪だったわけです。
罪のない人を死ぬほどバッシングしていたわけですよ。
実際、殺害予告とかもあり、小山田さん本人も家族も、事務所の人たちも、ミュージシャン仲間もすべてが批判にさらされて心を削られていくわけです。
小山田さんが死ななくて本当に、心の底からよかったと思っています。
本を読むと、その当時の小山田さんたちがどれだけ酷い状況になっていたかわかるので、本当に恐ろしかっったです…。
言葉の暴力はもちろん、今まで音楽をしてきた人生と、すべての収入も絶たれてしまうわけですから、その恐怖は想像するだけで気分が悪くなりました。
本の途中で恐ろしくなり、私はそのバッシングに加担していなかっただろうかと、自分のSNSを検索しました。
顔が青ざめるような感覚でした。
当時はほとんとSNSはしていなかったので、なにもポストしていませんでした。
自分が加担していなかったことに一旦は安心しました。
ですが当時は私も信じてしまっていました。
コーネリアスのファンだったので「小山田さん、こんなことする人なんだろうか…」とイジメ報道に違和感がありつつも、記事がある以上本当なんだろうな…と悲しくなったのは覚えています。
なので実際に加担をしていなかったとしても、罪の意識はあります。
当時バッシングをしていた人のほとんどは、この事実は知らないんだと思います。
まさか間違った情報を元に、バッシングしていたとは思ってもいないし、そもそも思い出しもしないでしょう。
知ったところで
へぇそうなんだ
だって私は知らなかったから
みんなが言っていたから
ニュースで言っていたから
なんでしょう。
だけど本人の名誉も回復されず、庇った人もバッシングを受け人格を否定されたまま。
こんな理不尽で恐ろしいことはないですよ…。
おそらくこの本にしても「これが本当に事実かわからないじゃないか」と言う人がいると思います。
可能性はゼロではありません。
だけど、それはこの本、というか「小山田圭吾の炎上」の件に限ったことで、その他のあらゆる炎上が「思い込み」で起きている可能性を否定するものではありません。
スマイリーキクチさんの冤罪事件もありました。
木村花さんのことだって、まだ記憶に新しいでしょう…。
兵庫県議の竹内さんのことだって、まだ血が流れているような状態です。
私たちは、もっと慎重にSNSを使わないと人を殺してしまうんです。
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