作:カラミティ・プゥーン
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「アミッドさん、良かったら俺とお付き合いを」
「申し訳ありませんが、私は患者とお付き合いはいたしません」
「いやでも俺の燃え盛る愛の心は」
「速やかに鎮火して頂けると幸いです」
「アイームショック!?」
「治療院ではお静かに。話は終わりです。お引き取りください。あまりしつこくされるようですと、実力行使もやむを得ませんよ。──どうかお引き取りください」
白く清潔なディアンケヒト治療院内に、獣人の男の鳴き声が響き渡った。「ノオオオオオオオオ!?」と泣き叫びながら走り去った男に、同情的な視線を向ける者は誰もいない。
むしろ敵意が渦巻いていた。
今しがたの公開告白。冷やかしの声くらいありそうなものだが、見ていた者たちが瞳に宿していたのは殺意である。
「俺達のアミッドに恥をかかせやがって」
「私達の団長になんて真似を」
「誰かあの男、社会的に抹殺してよ」
「アミッドさん、ハアハア……ハアハア……聖女様みたいに私もなりたい……ハアハア……ハアッッ」
様子がおかしい人物は【ディアンケヒト・ファミリア】勤務の最年少の少女である。端的に言えば変態なのだが、誰もそのことを咎めはしない。
さて、今しがたの公開告白。治療院においてよくあることではないが、かと言って初めての出来事でもない。つまりこれまでもあったのである。【ディアンケヒト・ファミリア】団長、アミッド・テアサナーレと男女の仲になりたいと暴走する輩が、今のような行動に出ることはままある。
「皆さん、静粛に。速やかに持ち場に戻って下さい」
「俺達のアミッドは今日もクールだぜ……」
「流石は私達の団長……いえ、聖女!」
「聖女しゃまハアハア……アミッドしゃんハアハア……ハアッッ」
羨望を注がれる彼女の種族はヒューマン。容姿は精緻な人形のようであり、一五〇
さらりと流れる長髪は白銀の色。大きめなアメジストの瞳には儚げな睫毛がかかっている。服装は白を基調とした【ファミリア】の制服が
彼女は治療と製薬を生業とする【ディアンケヒト・ファミリア】団長である。正式な二つ名は【
(他者の好意を拒むというのは、いやはや……心が疲れてしまいますね)
他者から愛されるということは尊いことで、ぞんざいに扱うなどとんでもない。それはわかっているのだが、アミッドとて人間なので機嫌が優れない日もあれば苛苛する時だってある。そんな時にしつこくされると、先程のようについ辛辣にもなってしまうというもの。
(治療師たるものどんな時でも冷静に。それに、惚れた腫れたと言っていられるのは、都市が平和だという証明……
アミッド・テアサナーレは慈悲深い性格で、考え方は生真面目である。悪く言うと肩の力が入っていることが多く、心身共に疲弊しやすい。それでいて神々もびっくりの働き者なので、度を越した治療活動で過労に陥ってしまう場合も多い。
彼女の場合は膨大な魔力と精神の強さもあって、無理ができてしまうというのも、オーバーワークになりがちな大きな原因でもあった。
(迷惑な行為ではありましたが……お陰様で眠気が吹き飛びましたね。手も空いていることですし、新薬の開発でも進めましょうか)
そんな彼女が聖女と呼ばれるようになって久しい。
七年前の大抗争時はまだ頼りなかったが、今ではそれなりに成長した。かつて思い描いた『れでぃ』の姿とはやや違った感じにはなったが、まだ背が伸びる可能性は残されているはず。
(そういえば、もう戻ってこないつもりなのでしょうか……故郷で穏やかに過ごしているのなら、それは何よりだとは思いますが)
フラスコを弄り回しながら、アミッドは過去に想いを馳せた。
かつて救えなかった患者がいた。五歳年下の少年で初対面の時の彼は七歳。名前はベル・クラネル。はじめはよく笑い、よく赤面する可愛らしい子だったのだが、オラリオに来て半年経たずに心が壊れ、最後の方は自殺まがいの行動が散見されるようになった。
ダンジョンに突撃しては重症を負って帰ってくる。
自分の足でやってくれば良い方で、担ぎ込まれてきたのは一度や二度ではない。
(体の傷は治せても心の方は……それに、完全に欠損してしまったものを再生することもできない)
治療師として接することの限界。彼と接する中でそれをまざまざと見せつけられ、アミッドは頭を悩ませた。彼は何かと不遇というか、彼自身は良い人なのにあまりに理不尽というか、とにかく力になってあげたい気持ちは山々だった。だから色々と考えていたのだが、結局ベルは故郷に帰ってしまった。
幸せに暮らしているならそれで良いと思ってはいるが、アミッドの中での彼は今も、救えなかった男の子認定を受けている。
(何かと不幸体質な子でしたし、ひもじい思いをしていなければ良いのですが……杞憂であることを祈っておきましょう)
生きている間に二度と会うことはないかもしれないが、元気にやっているならそれで良し。とある約束をすっぽかされたのはモヤッとはするが、あくまで子供の口約束だ。
今更どうこう言うまい。
アミッドは懐かしくも苦い回想に浸った後、手に持っていたフラスコを元あった場所に戻した。そろそろひと休みするかと部屋を出る。すると、何やら騒がしい。何かあったのかと現場に向かってみると、
「あっ、団長! この子、目が見えないみたいです! 瞼が眼球に引っ付いちゃってます!」
「なるほど。重度の全身火傷です……ね? ……?」
その少年の姿を見るなり、アミッドは面影を感じた。瞳の色はわからないが、髪の色は白。ベルが成長したらこんな感じだろうと、想像していた顔がそこにあった。傷だらけで苦しんではいるが、こちらも予想通りであった。
「……ベルさん?」
「目がっ、目がぁぁぁ……」
「ベルさん?」
「そうですけどっ、貴方は誰なんですかっ、なんか僕ヘルハウンドに焼かれて、ブンブン振り回されてっ……目がぁぁぁ!?」
「……どうしてそんなことになったのですか?」
「肩慣らしのつもりで、中層にっ……そしたら床が崩れで、集中砲火っ……うああああっ、目がぁっっ!?」
確定。これはベル・クラネルである。
アミッドは患者を前にしばし放心するという、医療従事者にあるまじき失態を犯した後、すっと表情を消して治療を始めた。
「ご安心ください。失明はさせません。ただ、
「な、なんか怒ってます……? っ、いだだだだだっ!?」
なぜか低くなる声。怯える少年の手足に拘束具を取り付け、まずは瞼と眼球を
「切開させて頂きます。なるべく痛まないようにしますので、力を抜いていてください」
「──ヴぎゃああああああああああああああああ!? ほぅえああああああああああああああああ!?」
問題があったとするなら、彼があまりにうるさすぎたこと。仕方ないので全身麻酔を施すと、ベルは夢の世界へと旅立った。目覚めた後にのたうち回ることになるのだが、それはもう諦めてもらうしかなかった。