英雄も聖女も必要ない世界を望んで


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作:カラミティ・プゥーン
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オラリオリターン


 オラリオに戻ってきたその日、僕はかつて住んでいた一軒家を訪れた。中庭は雑草が無造作に生い茂っており、玄関前は埃だらけ。窓はカーテンで締め切られ、中の様子を窺うことはできない。

 今は誰も住んでいない【アストレア・ファミリア】本拠(ホーム)『星屑の庭』。団長(アリーゼさん)達は闇派閥の残党達が仕掛けた罠に嵌って、薄暗い迷宮の中で命を落とした。派閥は消滅し、アストレア様はもうこの場所にはいない。かつて目にしたあたたかい光景は、二度と戻ってくることはない。

 

「……」

 

 天を仰ぐと青暗い景色が見えた。オラリオの空は今日もパッとしないみたい。

 たった一人生還したリューさんは復讐心に取り憑かれ、疑わしきは黒と決めつけ制裁を与えようとしたのだという。だが、そこに死んだと思われていた輝夜(カグヤ)さんが現れて、リューさんを叩きのめして行動不能にした。その隙に黒と判明している悪党達を一網打尽にして、戦闘員は皆殺しにした。用意周到に【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】とも連携し、その後のことまで考えを巡らせた上で事を起こした輝夜さんのことを、リューさんは何度も罵ったそうだ。

 それらの出来事を、僕が知ったのは半年前。アフロディーテ様が唐突に教えてくれた。ずっと隠していたらしいけど、そのことについてアフロディーテ様を責める気にはならなかった。

 

「すぐ教えなくて悪かったわよ。一発くらいならビンタしても良いから、そんな顔しないの」

「いやしませんから……怒ってもいませんから、変な提案しないで下さい」

 

 そんな顔ってどんな顔だろうか。よくわからないけど、とにかく僕は怒ってもないし恨んでもない。当時の僕に全てを伝えていたりしたら、それこそ自殺しかねない精神状態だった。止むを得ない判断だったことくらいはわかる。好き好んで嫌がらせするような神様じゃないことも知ってる。

 

「行きましょうか。住むところを探さないと」

「そうね。しばらくはあまり目立ちたくないから、宮殿を建てるのはやめておきましょう」

「ですね。二人じゃ広すぎるのもありますし、普通の家にしておきましょう」

「宮殿とかお城って、それだけで気分が良くなるから好きなんだけどねぇ」

「はい。良いですよねぇ、大きな家って」

 

 目を背けたくなるようなことばかりだけど、それでも僕はオラリオに戻ってきた。たとえ英雄になれないとしても、世界を救う英雄達の力になれるような存在になりたい。そのために努力していくことが、きっと贖罪にも繋がっていくはずだから。 

 

「私はたまに帰るつもりだから、貴方は一人になることもあるしね。あまり広いと寂しいだろうし」

「あっそれは大丈夫です」

「寂しがりなさいよ!」

「元気が一番って前に自分で言ってましたよね?」

「それとこれとは話が別ですぅ! 今のはデリカシーの問題ですぅ! 傷ついたから謝罪と謝罪を求めますぅ!」

「それは……ごめんなさい」

「いいのよ……そんな真面目に謝らなくても」

 

 それにしても、ああ……。

 下界の空は、どうしてこうも青暗いんだろうか。七年前のあの日からずっと、僕が見る空は冴えない曇りに包まれている。

 

 *

 

 ああ強く生まれたかった。

 小人族(パルゥム)の少女、リリルカ・アーデは死を目の前にしてそう思った。

 

『ヴオオオオオオオオオッッ!!』

「ぎぃやあああああああっっ!?」

 

 どうして自分はこうも不幸なのか、とも嘆いた。

 現在地ダンジョン5階層。こんな場所に出現するはずのない『ミノタウロス』に運悪く出会い、これから食い殺されようとしている。パーティを組んでいた冒険者共は我先に逃げ出しやがった。日雇いサポーターの命など知ったこっちゃないということだろう。糞が。

 

『ヴヴヴッッ……オオオオオオオオオオッッ!!』

「のあああああああああああああああああっ!?」

 

 牛の蹄が勢い良く地面に叩きつけられ、リリルカの足場も巻き込んで迷宮床が砕けた。転倒してゴロゴロと地面を転がるリリルカを、ミノタウロスは涎を垂らして追ってくる。ああ死んだ。死んでしまったと悔し涙をばら撒き、リリルカは最後、強く強く願った。

 

 ──せめて強く生まれたかった。不幸を力でどうにかできるだけの強い体に生まれたかった。

 

 地面をバウンドして浮遊感に包まれる中、大口開けたミノタウロスが突っ込んでくる。リリルカ・アーデは静かに目を閉じ、その時を待った。

 次の瞬間、ミノタウロスの断末魔が上がった。

 

『──グフッ、ヴォ、ッッ、ヴヴヴオオオオオオオオオッッ!?』

「はっ!?」

 

 リリルカが目をかっ開くと、見えたのは首無しの胴体と空中を泳ぐ牛の顔面。猛牛の背後には白髪赤目の少年が立っており、彼は長刀の血払いを済ませ、小さく息を吐き出した。

 ミノタウロスの胴体が崩れ落ちる。

 ズッシリとした重い音が響く中、その少年がリリルカに歩み寄ってきた。

 

「なんでこんなところにミノタウロスが……まあ良いや。それより君、大丈夫?」

 

 黒いズボンに銀のライトアーマー。その上に煤けた色の外套(フーデッドローブ)を羽織っている。顔立ちはまだ幼さが残っている。直感的に年下かもしれないとリリルカは思った。

 

「怪我とかしてない?」

「多少は、まあ。助けて頂きありがとうございます。冒険者様」

「なんだか落ち着いてるね?」

「それはまあ、パニックになりすぎて、一周回って落ち着いたと言いますか」

 

 絶体絶命の命の危機を救われた。そのことで彼が白馬に乗った王子様────には見えなかった。

 冒険者なんてどいつもこいつも同じだ。リリルカが抱えている冒険者嫌いは根深い。どうせこいつも助けた代わりに金銭を要求してくるか、何かしら見返りを求めてくるのだろうと思った。

 

「立てる?」

「はい。よっ……と! ではリリはこれで! ありがとうございましたー!」

「いや地上まで送るよ……死にかけた後だし」

「それは……うーん」

「パーティの人達は? いないの?」

「みんな逃げましたー」

「え……それはなんていうか、大変だったね。大丈夫……?」

「はあ、ご心配には及びません! これでも修羅場はそれなりに潜ってきてますから、後は一人で帰れますよー!」

 

 送迎は拒否させてもらった。本当は送って貰いたいところだったが、イラッとしたのでやめておいた。彼は先程、可哀想なものを見る目をした。同情されたのだと判った。それは彼が良心的である証でもあったのだが、生憎とリリルカは他者の気遣いを素直に受け止めることなどできない。

 裏があるんじゃないかと思ってしまうし、それとは別に癪に障る。心配するだけなら誰でも出来る。そんなものより金をくれと言いたい。実際に喉元まで出かかってしまう程度には、リリルカの心は荒んでいた。

 

「ではさよならー、感謝してまーす!」

「あっ、僕はベル! ベル・クラネル! 君の名前は?」

「リリルカ・アーデでーす、ではまたいつかー!」

 

 少年は追ってはこなかった。ほら見ろ口だけじゃないかと、リリルカは理不尽な不満を抱いた。彼は何も悪くない。

 

 

 *

 

 

 オラリオに戻ってきた初日に、肩慣らしにダンジョンに行ったら、5階層でミノタウロスに遭遇(エンカウント)した。ベルは汗を流した。まさか輝夜が連れてきたのではあるまいな、と。

 次に慌てて倒しにかかった。

 パルゥムの少女が襲われていたからだ。かつては苦しめられた難敵も、Lv.2の【ステイタス】をもってすれば余裕、特に問題なく倒すことができた。

 

「君の名前は?」

「リリルカ・アーデでーす、ではまたいつかー!」

 

 少女、リリルカは逃げるようにその場を去り、地上へと戻って行った。上り階段はすぐそこに見えていたから、きっと大丈夫だろう。4階層までなら、そこまで強くなくとも十分に対処出来る(はず)

 

「さて、行けるところまで行ってみようかな。目標は()()で良いよね」

 

 さあ肩慣らし再開だ。すぐに団体様、【ロキ・ファミリア】とみられる集団とすれ違ったが、ベルは目を伏せて通過した。今はまだあまり目立ちたくない。その一心での行動であった。

 

(なんだか慌ただしい様子だったけど、何かあったのかな?)

 

 それにしても金髪金眼の少女は美人だった。多分、アイズ・ヴァレンシュタイン。幼女時代に何度か目にしたことがあるが、まさかあんなに美しく成長するなんて思わなかった。

 時の流れってスゴイ。

 ベルは能天気に感動しながら、上層のモンスター達をバッタバッタと倒していく。不安も恐怖も特に感じることなくダンジョンを進み、一気に中層13階層に突入した。

 

 

「ん? なんか変な音……地割れ?」

 

 だが、突如として異変に襲われる。

 ビキビキという音が足元から聞こえてきて、確認してみると生じている亀裂。間もなく、足場が崩壊してベルは暗闇に転落した。

 

「う、うわああああああああああっ!?」

『グルルルルルル……!』

『グルルルルルル……ウォン!』

『グルルッッ……グルルルルル……!』

「え、ヘルハウンドがこっち見て」

 

 さらに悪いことに、集まってきた『ヘルハウンド』の火炎放射が集中砲火。

 

『『『ヴォンッッ!!』』』

「やば火炎放し──あんギャアアアアアああああああッッ!?」

 

 初見かつ空中で防ぎ切る事はできず、ベルは火だるまになって下の階層へと落ちたのだった。

 

 

 *

 

 

 火達磨の兎が落ちてきた。

 猛者オッタルはそう思った。

 

「……この少年は」

 

 ぶん回して火を消した後、眼球の裏返っている少年を担ぎ上げて歩き出す。道中、何かに気づいたようにコクリと頷いた。

 

「見覚えはない」

 

 何にも気付いていなかった。彼は最近女神に言われたことを思い出しつつ、その少年の処遇について口に出す。

 

「もう少し他者に優しくしろとフレイヤ様は仰った。仕方あるまい。治療院に預けてくるとしよう」

 

 後に女神から嫌味を言われることになる、致命的な判断ミスであった。

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