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さるかに

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去る蟹

 さすれば…猿は悲しかった。

 3年前から育てていた柿の栽培が
上手く行ってなかったからだ。
 種を植えて芽が出て若葉を付けて
少し大きくなると何者かに刈り取られ
駄目になってしまうからである。
 毎年、同じようにイタズラされる、
残った柿の種はたった1つだけになった。

 イタズラされない土地を求めて
隣の村から彷徨いながら、
たどり着いたのが、この村である。
 この村の入り口で風光明媚で
土地も肥えているようだし
希望を持てそうで猿は笑顔になった。

 ここまで絶望に打ちひしがれて、
何も食べないで歩いて来た猿は、
希望を持った途端に空腹に襲われた、
耐え難い空腹感である。

 猿の鼻孔をくすぐる匂いがする。
振り返ると一匹の蟹が何故か握り飯を、
両方のハサミで頭上に掲げて歩いてくる。
 猿はその光景に釘付けになった。
 空前絶後の空腹が猿を衝動的に動かした。

「蟹さん、お腹が空いて死にそうです
   その握り飯を少しだけで良いですから
   分けてもらえませんか?」

「は?猿さん、バカじゃないの!
   この握り飯を手に入れるのに
   どんなに苦労したと思ってるの?」

 実は蟹はこの握り飯を手に入れるのに、
かなり悪どい手を使っていた。
 人間のお婆さんを騙して手に入れたのだ。

 その手口は山に芝刈りに出掛けていった
お爺が昼に食べるのに持って行った握り飯を
コロコロと転がして穴に落とした、と
嘘をつき、お爺さんに持って行ってやると
お婆に作らせたのである。

 お婆さんは嘘を信じて、それは大変だと
貴重なお米を、ふたつ握り飯にして
蟹に渡してしまった。
 現代の特殊詐欺と同じ手口である。
ひとつはお婆さんが見えなくなった所で
早々にムシャムシャと平らげた。

 だいたい、蟹が握り飯を手に入れるなど
普通ではあり得ないシチェーションだ。
 蟹は手に入れた経緯を隠して偉ぶっていた。

 猿は刹那的に貴重な柿の種を差し出した、

「何とか、この柿の種を差し上げるので
交換をして頂けないでしょうか…
お願いします」

「柿の種?なんじゃそりゃ!腹の足しにならん」

「栽培方法などお教えします、お願いします」

「う~ん、そうかぁ、どうしようかな」

 打算的な蟹は損得勘定を即座にしてみた。

 出した答えは、猿に柿の栽培をさせて
柿の実を搾取をする事を選択した。
 労せずに高い収益性を上げられると
心の中でほくそ笑んだ。

 猿は最後のひとつの柿の種を蟹に渡した。

 猿は握り飯をありがたく頂戴し食べた。
 蟹に何度も何度も感謝の言葉を述べ、
栽培方法をいちから蟹に指導した。

「そんなの聞いてもわからないから
   猿どんが育ててよ、柿の実がなったら
   俺のことを呼びに来いよ、いいな⁈」

「分かりました蟹さん、やってみます」

 猿は村はずれの土地を借りて一生懸命に
柿の栽培を始めた、肥えた土地のせいか
柿の木は順調に育ち、柿の実が成るのに
そう時間はかからなかった。

 その間も、よそ者である猿は村の住人に
嫌われないように奉仕活動していた。

 柿の実が成り始めた頃、約束どおりに、
蟹を呼んで来て、成果を見せた。

「俺は木に登れないから収穫もしろや」

 猿は握り飯の恩義を返すために
言われるがままに、木に登り収穫をした。

 蟹は木の下から、「早よせいよ」と
罵声を浴びせ作業を急がせた。

 猿は柿を落としたら危ないから少し離れて
見ていてくださいと蟹にお願いしていた。
 猿は従順に収穫を続けたが急かされて、
まだ熟してない青柿を手にし誤って
落下させてしまった。

 その直下でああでもないこうでもないと
文句ばかり垂れていた蟹を直撃してしまった。

 青い柿は固く直撃で受けひとたまりなく
甲羅にヒビを入れ蟹は気を失った。
 猿はまさか真下に蟹が居るとは思ってなく
蟹に当たったことに気がついていなかった。

 カゴいっぱいの柿の実を収穫してから
木から降りてくると蟹が泡を吹いている。
 そこを丁度、通りかかった蜂がその様子を
目撃したのである。

 蜂は猿が蟹を殺したと思い込んだ。

猿は狼狽して蜂に状況説明が出来なかったのだ。
 こうして、猿は過失致死罪ではなく殺蟹罪の
冤罪を受けてしまったのである。

 蜂の目撃した現場は思い込みだった…

 だが、蜂は猿が固い青柿を確かに
蟹に向かって投げ付けたと証言した。
 この話を臨場感たっぷりに話すと
マスコミが集まって来てワイワイする。

 そのことに興奮した蜂は話を盛ってしまう、
見てもいない猿が固い柿の実を蟹に向かって
投げ付けた場面を語る。

 猿は熟れた実だけ自分の籠に入れて
青い固い柿を蟹に投げつけたんですよ、
恐ろしい光景でした。
 蟹さんはひとたまりもなく潰されて
声も上げずに動かなくなりました。

 猿はそんな蟹さんを放置したまま
柿を食べて降りても来ませんでした。
 薄ら笑いさえ浮かべていたようにも
見えました、酷い奴です。

 蜂は見たこと以上に世間受けする供述を
並べ立てて目撃者としての正義を為した、
そんな高揚感に浸っていた。

 世間は猿を悪者に仕立て上げ非難する。

 おまけに蟹にはまだ小さな子蟹がいて
親蟹の不幸な死に、更なる涙を誘う。
 猿には同等の償いをさせるべきである、
そんな風潮に世間は染められ、子蟹も
その流れの中で親の仇を討つと決めた。

 猿は過失だったと主張したのだが
自己弁護の言い訳と世間は極端な偏見が
大勢を占めていた。

 更に蜂の目撃談には第三者の立場であって
利害関係が発生していないという根拠からの
信憑性が猿の主張を弱くした。

 猿の立場は益々悪くなっていった。

そして悲劇は起こってしまった。

子蟹の敵討ちに賛同したモノ達が一堂に会し
猿への制裁を企てていた「猿仇討計画」

 猿は供述聴取に…いや、昔話「猿蟹合戦」に
書いてある通りのことがなされた。

 …the monkey dead end.
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