全二巻で完結するきららマンガ列伝

今年は「まんがタイムきらら」創刊20周年ということで、展覧会「まんがタイムきらら展FINAL」も開催された。
本記事では、全2巻で完結するきらら作品の中から、私がもっと多くの人に知ってもらいたいと思った作品を紹介したい。
なお、本記事ではきららの姉妹誌等に掲載された作品も含めて「きららマンガ」として扱うことにする。
また、取り上げている作品の軽微なネタバレを含むためご注意されたい。

・旅する海とアトリエ(森永ミキ、2018~2020、まんがタイムきららMAX)

仕事柄、海外の学会に出席することが多い私だが、今まで訪れた街の中で最も好きなのはリスボン(ポルトガル)である。
なので、リスボンから物語りが始まる本作には最初から引き込まれた。

主人公の七瀬海は、死別した両親の遺品の中から海の写真を見つけ、そこに映っている海がどこの海なのかを知りたいという思いから、その写真が挟まっていた本を手掛かりにリスボンを訪れる。
その旅の動機は、もはや両親に直接聞くことが叶わない自分の名前の由来を知りたいというものであった。
そしてリスボンで安藤りえに出会い、二人で写真の場所を探す旅を始めることになる。
その後もスペイン、イタリアなど地中海地方を巡り(なぜか海のないオーストリアに行ったりもするが)、様々な人に出会っていく。

まず受ける印象は、恐ろしいほどに丁寧に計算されて描かれた作品であるということである。
登場するキャラクターには全て明確な役割があり、主人公二人の地理上の旅と海の「自分探し」を重ね合わせると言うストーリー構造も明確だ。
二人が訪れる各地の名所や料理も丁寧に紹介されているので、紀行ものとしても楽しむことができる。

しかし、本作が名作になった理由は、全二巻で完結したからではないかという気がしてならない。
上記のように非常に丁寧に物語が描かれていたにもかかわらず、本作はかなり尻切れトンボな印象を覚える形で終わる。
読者の間ではコロナ禍の影響で旅情ものを描くのは難しくなったのではないか、などという憶測も流れたが、正確なところはわからない。
しかし、私は海の旅は、もともと完結しないという宿命を決定づけられていたのではないかと思えてならない。
なにしろ、海が手掛かりにした写真には、場所を特定できるような情報がほとんど写っていなかったのだ。
撮影場所を探し当てるのは、事実上不可能だろう。

作品外部の事情はわからないが、もともと海とりえの地理上の旅は、海が自分の生きている意味を探す内的な旅に転換されるしかなかったのではないだろうか。
そして、その旅の中で海が出した結論は、「意味なんてなくていいんです」という言葉であった(2巻)。
写真に写っている場所を探すことに意味が無いのと同じように、自分が生きている意味を探すことにも意味はない。
なぜなら、いま・ここで、目の前にいる誰かと向き合っているということだけが確かなことだからだ。
本作は全二巻で、地理的な旅の途中で終わったからこそ、この結論がより明確になったのではないだろうか。
そして旅の途中で終わったが故に、彼女たちの旅はいつでも再開ができる。
私が本作を何度も読み返したくなるのは、きっとそのためだ。

・マグロちゃんは食べられたい!(はも、2022-2023、まんがタイムきららMAX)

傑作である。
私は本作の最後のページを読んで、久々に全身に鳥肌が立つ経験をした。

主人公のみさきは、釣りとマグロが大好きな少女。
ある日マグロを釣りあげたと思ったら、そのマグロが人間の少女の姿に変身してしまう。
そして、その少女(まぐろ)は、「自分のことを食べてください」とみさきに迫る。

本作は、「人間」と「魚」という、別の価値観の元で生きている存在が出会った時に起きうることを、「萌え四コマ」という枠組みの中で許される限りにおいて、徹底的に誠実に描いている。
他者と人間のインタラクションの研究を専門にしているで私にとって、本作に教えられることはとても多かった。
その中でもやはり最大の特徴は、「食べられる側」の論理と「食べる側」の論理の相剋を描いていることだろう。

私はもともと、「食べる・食べられる」関係を描いた作品がジャンルを問わず大好きである。
このジャンルの最大の傑作は、レオポルド・ショヴォーの創作童話「年を取ったワニの話」だろう。
この物語では、愛することと食べることの相剋が描かれている。
また、ビアンキの「くちばし」や、ラスカル&ピーター・エリオットの「まっくろヒヨコ」の、ブラックなオチも大好きだ。
マンガファンにとって最も馴染みがあるのは、藤子・F・不二夫の短編「ミノタウロスの皿」だろう。
この作品では、食肉用であるという自分の運命を受け入れているヒロインおよびそれを当然のこととしている周囲の存在と、ヒロインの命をなんとしてでも救おうとする主人公の、それぞれの論理の相剋が描かれている。
この作品では、それぞれの論理は最後まですれ違ったままで終わり、主人公はラストシーンで失意の中で「待望のステーキ」を食べる。
自分が食べられることを当然だとしている他者と、それをどうしても受け入れることができない「私」との間には、どのようなインタラクションが可能だろうか?
これが「ミノタウロスの皿」が投げかけた問いであった。

「マグロちゃんは食べられたい!」は、これ以上ない美しい最終回によって、この相剋を見事に乗り越えてみせた。
それは、「お互いにわかり合おう」ということが実際には根本的に不可能であるという現実と、まっすぐ向き合った先に得られた結論である。
故に本作は、「ミノタウロスの皿」への見事なアンサーであると言えると思う。
マンガ作品においてここまで見事なアンサーが描かれたのに対して、私のようなインタラクション研究者にはどんな答えを出すことができるだろうか?
これが、私が本作の最終話を読んで以来、ずっと考えていることである。

・先パイがお呼びです! (むっしゅ、2017-2019、まんがタイムきららキャラット)

これも傑作である。
それも、本作はきらら作品の文法を見事に逆手に取ったような、いわば「反・きらら作品」とでも呼べる作品であると思う。

主人公である相馬より子は、全校生徒から憧れられている存在である美しき生徒会長・漆島きなこが「空腹で倒れている」ところを助けたことをきっかけに、きなこに事あるごとに「犬笛」で呼び出されるという立場になってしまう。
という、二人の少女の関係性を軸とした学園ものである。

おそらく、熱心なきらら読者以外の多くの人は、きららマンガ=記号的という認識を持っているのではないだろうか。
言い換えれば、売れるためのある「様式美」に従って作られた作品を流通させている、というような認識を持っているのではないだろうか。
本作「先パイがお呼びです!」も、一見すると極めて記号的に構成されている作品である。
物語の発端は、「生徒の大多数から憧れの存在として見られている生徒会長が、実は生活者として重大な欠陥を持っていることを主人公だけが知る……という、まあ「ありがち」なものである。
しかし、本作は一見記号的に見えて、そこから巧妙に逸脱していくことこそが特徴なのだ。
記号的な作品に慣れている読者は、「このような設定のキャラクターであれば、このような行動を取る」「こうなれば次はこういう展開になる」といった予測を立てることが可能である。本作は、その予測を常に裏切っていくところに特徴がある。
その一例は、物語の発端にすでに現れている。
きなこはより子に弱みを見せたにも関わらず、読者の予想とは逆に、より子を支配下に置いてしまうのである。
このような逸脱は、全二巻の本作の最後まで貫かれている。
よって、本作は「きらら的なマンガ」という読者の先入観を逆手に取って解体していく物語であり、それ故にこそ「きらら読者」であればこそ楽しめる作品なのである。
なお、同じ作者の「ふりだしにおちる!」(電撃コミックスNEXT)も、同様の魅力を持った傑作である。

今回はこの三作を取り上げてみた。
いずれ続編も書きたいと思っている。
今回は他に「ぎんしお少々」(若鶏にこみ)についても紹介したかったのだが、本作の独特の魅力を文章で説明するのは私には困難であった。残念である。

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コメント

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全二巻で完結するきららマンガ列伝|松井哲也
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