“面白い人が好き”な人へ
好きなタイプを聞かれた際に「面白い人」と答える人が嫌いだ。男女問わず。まあ、男性は比較的少ない気はするが。とにかく、「面白い人」は定義が難しすぎる上に、結局その人の感覚でしかないという点が気に入らない。
“面白い”と聞いたときに真っ先に思い浮かぶのは芸人。とは言え、芸人のようなネタや大声を出すこと、体を張ることを求められてるとは思わない。
では、求められてる“面白い”とはなんなのか。
おおよそ考えられるのは「話が面白い」。この話は芸人のような強いエピソードトークやオチのある話なのか。おそらく違うし、仮にそれを求められてるのだとしたらお手上げだ。意中の相手に会うたびにエピソードを仕込んでトークを構成してオチをつけるなどできるわけないし、その労力をかけるほどの相手なのか疑問が残る。
それでは、聞き手に回ってくれるということなのか。でもそれは「話が面白い」というより「会話が楽しい」や「聞き上手」だろと思う。時折挟むワードが面白かったりするかもしれないが、話の大半は「面白い人が好き」と言ってる側の人間がしゃべっているのだからそれは面白い人に該当しない。
ならば、面白いと思うポイントが同じということだろうか。会話の中で笑うところや面白いと思う人が同じということなのか。それは「面白い人」が好きというより「笑いの価値観が合う人」が好きということではないのか。
そんなことを考えていると結局原点である芸人のような面白さを求められている気がしてならない。果たして彼女らはなにをもって“面白い”と判定しているのか。はたまたそれは自己防衛のための“嘘”なのか。
僕は「俺は面白い」と思っている。幸いにも面白いと言ってくれる人もいる。それでも恋愛関係になった人や、なりそうな雰囲気のある人から「面白い」と言われた記憶はほぼない。つまり、僕の中の面白さはラブになりうる面白さではない。そして、相手の“面白い”に合わせると「これは果たして面白いのか」と不安になり、やめる。
他人の尺度で測られた“面白い”を“面白い”と思える人ならば気にも留めないことだろうが、少なくとも僕はそれを“面白い”とは思えない。
“面白い人が好き”という人への嫌悪感を抱いて早5年。自分で書きながら“自己防衛”というのは若干腑に落ちたが、それでも“顔の良い人”や“身長が高い/低い人”と言われた方が清々しいし、面白くない人間だと思われても“性格が良い人”や“優しい人”などと言った方が恋愛はしやすいだろうなと思う。
なるほど。僕の好きなタイプは「“面白い人が好き”と言わない人」だ。



コメント