目が、覚めた。
「────いぶき‼︎」
「……………………え?」
ぽたぽた、と水滴が頬を濡らす。
俺の手を握り締め、顔を覗き込んだ少女が泣いていた。
「おり、で……?」
「よかっ、た。ほんとに、よかった……っ‼︎」
自殺細胞。
それによって死んだはずだったのだが、どうしてか俺は生き返っていた。
「なにが、あった……?」
「……ぐすん、忘れたかい? ボクの《主人公補正》は回復系の異能。キミがどんな大怪我を負ったって、すぐに元通りさ」
「いや、でも、自殺細胞は生死の反転だから……」
「関係ないよ、そんなもの。ボクの異能は生かす力じゃなくて、都合良くどうにかする力なんだから」
「……やっぱ無茶苦茶だよ、お前」
思わず、笑ってしまう。
しかし、彼女から笑みが返ってくる事はなかった。
折手メアはただうつむいて、涙を流す。
「…………ごめん、いぶき」
「それは、何の謝罪だ?」
「ぜんぶ、全部だよ。キミを戦いに巻き込んだ事も、第二位と第三位は手を引くなんて嘘をついた事も、…………キミの両親を殺した事も」
「…………」
「償いは、何だってする。今度こそ、ボクはキミのために戦う。……それでも、そう決めたのに、結局は手も足も出せなかった無能でごめん」
「じゃあ、一発ブン殴るから受けろ」
キュッ、と目を瞑って衝撃に備える折手。
彼女の鼻を、ピンッ、とデコピンで跳ねた。
「ふぇ?」
「これで、償いは終いな」
「えっ、ちょっ、それじゃダメだろう⁉︎」
「あ?」
「こんな事で許されていいはずがない! だって、ボクのせいなのに! 自分が殺したようなものだなんて漫画にありがちな話じゃない! 正真正銘ッ、ボクが殺したっ‼︎ キミの苦難はぜんぶボクのせいで引き起こされたモノなのにッ‼︎」
「知るかよ。俺は正義の味方でも、善人でもねぇんだよ」
正義の味方なら、折手メアを始末していたのかもしれない。
善人なら、ディートリヒにさえ手を差し伸べていたのかもしれない。
だけど、俺は俺だ。好き嫌いで助ける人を選び、自分の感情で暴れるクズ野郎だ。
「結局さ、俺はヒーローなんかじゃねぇ。自分勝手に振る舞う、何処にでもいる高校生に過ぎない」
「……それは無理があると思うけど」
「うるせぇな。……だから、とにかく許す。誰が何と言おうと関係ねぇ。死んだ両親がどう思うかなんて知らねぇ。俺はお前を許した」
「でも……」
「気に病むなとは言わねぇよ。あとは自分で勝手に償ってやがれ」
体に力を込めて起き上がる。
折手メアの涙を拭う。
「いいのかな、このままキミと一緒にいて」
「いいよ。俺はお前にいてほしいよ」
「そう、そっか……」
「帰ろう、俺たちの街へ」
そして。
「────許される訳がないだろう」
あり得るはずのない声が聞こえた。
「………………は?」
「君のお遊びでどれだけの犠牲を払った。君の我儘でどれだけの仲間が朽ち果てた。私は、七年前の殺戮を許すつもりは毛頭ないぞ?」
──“白”。
それが男を見て初めに浮かんだ言葉だった。
白い髪に、白いスーツ。銀の縁のフレームが細い眼鏡。
穢れることのない純白。あらゆる業を断罪する潔白。そして、折れることのない不屈の意志を秘めた鋼の男。
七年前見た男の姿。
しかし、その容貌は少しだけ違っていた。
柔和な笑みは既になく、額には深い皺が刻まれている。
そして、何よりも、その男は七年分老けていた。
「とう、さん……⁉︎」
史上最強と謳われた天使、アダマス。
七年前に死んだはずの男が、俺の目の前にいた。
「な、んで……」
「なんでと来たか。伊吹、君にできた事が他人には不可能だとでも? 君は折手メアの死を覆し、過去から未来へ持ち込んだ。ならば、私も未来へ行く事が可能だとは思わないか?」
「そ、んな……」
「騙されるないぶき! あれは六界列強というボクの特異性と、第五摂理を無視できるキミの力が組み合わさって実現されたこと! 他の誰であっても真似できる訳がないんだ‼︎」
「その通り。なら分かるでしょう、番外位。残る答えなんて一つに決まっているわぁ。そうね、例えば」
新たな声に目を向ける。
そこにいたのは、修道服に身を包んだベージュの髪の女性。
アダマスと同じく、七年前に見た姿形。
アダマスと違って、七年前と変わらない容貌。
「そもそも、わたし達は死んでいなかったとかぁ?」
俺の母親にして、元熾天使。
クリスが目の前に現れる。
「あり、得ない」
「あり得ない事なんてこの世に存在しない」
「俺はこの目で二人が死ぬのを見た!」
「本当にぃ? 心臓は止まっていた? 脳は停止していた? 現代医学でも心肺停止からの蘇生は可能よぉ。天命機関の先端医学ならそれ以上の事だって。本当にわたし達の死は確定していたのかしらぁ?」
「…………っ、でもッ、だったら! お前の幽霊は⁉︎ あれが見えたってんなら──」
「────それは本当に幽霊だったのかしらぁ?」
息が、詰まる。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「わたしの幽霊が初めて観測されたのは佐武真尋との戦闘。でもぉ、それって本当にわたしって言えるのかしらぁ? 二神双葉との戦闘で現れた第二位と第三位のように、形だけ模した別のイキモノって可能性はぁ? 番外位がわたし達が死亡していると思い込んだ事で、都合の良く異能が歪められた可能性はぁ?」
「…………っ」
「貴方が体験した時空滑落は、街自体が時間遡行して貴方が世界観でそれを防いだ事によって起きた現象よぉ。でもぉ、それならわたしは何故時間遡行していなかったのかしらぁ? 世界観のないわたしが幽霊だからと言って例外になるのはおかしくないかしらぁ?」
「………………ッ⁉︎」
「幽霊を観測したのは貴方だけ。幽霊が干渉できたのは貴方だけ。なら、幽霊がいたと証明するよりも簡単な仮説が一つ立てられる。つまり、貴方は幻覚を見せられていたとかねぇ?」
幻覚。即ち、精神操作。
方法論は存在した。
クリスがジェンマの師匠である以上、彼女がそれを知っていても何ら不思議はない。
「でもッ、どうやって⁉︎ お前らは俺が産まれてから一度も会いに来なかった! 誰にも気づかれずに幻覚を仕込むなんてできる訳がない‼︎」
「…………いただろう。誰よりも近くに、我々の仲間が」
「……………………………………は?」
「誰よりもお前の近くで、いつだってお前の側にあり、お前と共に戦場を駆け巡ったヤツが」
アドレイドよりも先に味方になって。
ブレンダよりもずっと頼りになって。
栗栖椎菜よりも俺の側にいてくれて。
折手メアよりも信頼できる最強の剣。
「忘れたのか、伊吹。《破邪の剣》は元々誰の所有物だった?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………、」
思えば、《破邪の剣》は何処か特殊だった。
一番初めに知った七天神装だから気づくのが遅れたが、七つの武器の中でもあれだけは特に例外的だった。
《破邪の剣》だけは使い手を選んだ。
《破邪の剣》だけが言葉を発した。
《破邪の剣》だけが七天神装になっても意志を持ち、生きていた。
「来い、《破邪の剣》」
「要請受諾。担い手よ、当方の銘を呼んだか?」
ザグン‼︎ と。
アダマスの呼び声に応えるように、《破邪の剣》は飛来した。
「人型……それに、言語中枢に異常が見られるな。本来の方法論とは別の方式で蘇生した弊害か? やはり私には理解できないな。人間の体を捨ててまで異能を得ようと思うのは」
「なんの、話をしている……?」
「コイツの話だ。天命機関は転生者を倒すための研究をしているが、それの近道は異能を手に入れる事だ。例えば、第四摂理を利用した“奇蹟”や第三摂理を利用した七天神装などな?」
「…………、」
「だが、それとは全く別の方法論で異能を得ようとしたヤツがいた。天使が異能を使えるようにするのではない。転生者に天使の人格を打ち込んで肉体を乗っ取る方式」
「そんな、方法が……⁉︎」
憑依転生者が肉体の意思に従うイヴリンや、転生者の肉体に宿った腫瘍が主導権を持った二神双葉を思い浮かべる。
つまり、それらを人為的に作り出す方式だ。
「コイツは自身の人格を転生者に刻み、あえて七天神装化させる事でそれを固定した」
「ま、て……待ってくれ! キミの言うことが本当ならッ、《破邪の剣》に宿った人格とはつまりっ⁉︎」
「────第三摂理を解き明かし、あらゆる七天神装を設計した天才科学者。グレイ」
元熾天使“剣”、アダマス。
元熾天使“宝石”、クリス。
元熾天使“聖杯”、グレイ。
黄金時代。
そう呼ばれた熾天使の三騎が揃う。
「何が、目的だ……?」
「ん?」
「今まで隠れていたんだろ。だったら、何で今更現れた。六界列強はみんな倒されたってのに……‼︎」
「いいや、一人残っているだろう? 特大のバケモノが」
第二位は殺した。
第三位は殺した。
第四位は消えた。
第五位は殺した。
第六位は封印中。
番外位は弱体化。
ならば、残るはあと一人。
「六界列強・第一位、アリス・アウターランド。彼女は既に転生している」
直後。
白色光に輝く髪の童女が現れ。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ、と。
世界の許容は限界を超え、周囲の景色は粉々に砕け散った。
「────、ぁ」
「〈列強選定〉は度重なる転生者同士の戦いで世界を歪め、第一位を呼び寄せるための儀式だった」
色鮮やかな世界は消え去り、景色は単一の白に支配される。
黒だったなら良かった。だって、それは暗闇だ。黒だったのなら、自分が見えていないだけで世界は何処かにあるのだと安心できた。
「しかし、儀式が終盤に至っても第一位はその幻影すら現さなかった。そこで、第二位は《現実世界》の影響で第一位の転生が阻害されていると考えた。だが、別の理由も考えられないか?」
だけど、それは白だった。
地平線まで続く、白い平面。
いいや、地平線さえ存在しない。
空と地面の区別なんてつかない。
その白は、世界が存在しない事を告げていた。
「第一位はとっくの昔に転生していた。だから、姿を現す事もなかった」
因果律ビッグバンには六つの工程がある
第一段界、理想歪曲。
世界に異能が存在する最初期の段階。
第二段界、妄想幻像。
人間の目に第一位が見え始める段階。
第三段界、仮想銀河
異界化現象が引き起こされる段階。
第四段界、夢想枢軸。
宇宙が第一位を中心に回転し始める段階。
第五段界、追想破局。
過去や未来が消滅する段階。
第六段界、幻想流転。
第一位がこの世界に転生する段階。
因果律ビッグバンが迫っても、六つの工程のうち何処かで止められると思っていた。
だが、あまりにも遅かった。腑抜けた考えだった。
世界の終わり、それは既に確定していた。
「私達はね、伊吹。死を装う事で折手メアの知覚外に逃れ、《ご都合主義》の効果対象から外れる事を目的としていた。そうする事で、この世界を終わりへと導く運命から外れると思っていた。最終的に折手メアは《ご都合主義》を失うと予知していたから、それまでの辛抱だと耐えていた」
「………………そう、か」
「だが、そいつが全て台無しにした。五月七日、深夜。六道伊吹と折手メアが出会った始まりの日。お前が第四位を打倒した直後。そいつはこう考えた」
「……何となく、ボクも思っていた」
因果応報。
いつだって、彼女にはその言葉が付きまとう。
「こんな早くボスが倒されるならもっと強いヤツを用意しないと、って」
「────ボクの、せいなのか」
ただ、それだけで。
第一位が転生し、世界は終わる。
「第一位に勝つ未来など存在しない。世界の終わりは確定した。彼女の転生に耐えきれず、世界は砕け散った。後は彼女が覚醒し、世界の中身すら丸ごと消え去るのを待つのみ」
「ボクが、死ねば……」
「関係ない。この世界線はもう終わりだ。諦める以外に道はない。ならば、わざわざ抗って無駄な痛みを積み重ねるよりさっさと次へ行くべきだろう?」
「………………次?」
不可解な言葉だった。
それはまるで、世界が終わった先があるような。
「ああ、そうか。君は知らなかったな。端的に言うと、この世界は折手メアの終末摂理によって何度も繰り返されている」
「────は?」
思考が飛んだ。
あまりの情報量に頭が耐えられない。
「それは世界を終わらせるリセットボタン。第五位の時間遡行とは違う。起こった事象を無かった事にするのではなく、上書きしてセーブデータを塗り潰すような所業」
「………………」
「君がこれまでの戦いを生き残ってきたのは強かったからでも、運が良かったからでもない。単にそれだけ繰り返されていただけの話。無限にコインを投げればいつか百回連続で表が出る事だってあり得るだろう?」
「……………………………………」
「君が折手メアを好きになったのだって、運命でも何でもない。君が折手メアを好きになるまで繰り返されてきたと言うだけの話。一〇連ガチャで欲しいキャラが出たら幸運だが、出るまでガチャを回し続けて当たったのを運命とは呼べないだろう?」
「…………………………………………………………、」
「だからこそ、私は確率論を信仰する。この世界が救われる可能性が小数点の彼方にしか存在しないのだとしても、ゼロじゃなければ構わない。試行回数が無限である限り、あらゆる偶然は絶対に起こるのだから。逆に言えば、可能性がゼロとなったこの世界線はもう必要ではない」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
そして。
そして。
そして。
そして。
そして。
そして。
六界列強・第一位。
アリス・アウターランドが。
目を、覚ました。
「世界新生───《 幻想世界 》」
この世界は夢から醒めて────
BAD END
【Reset Code 001】
『覚醒』
世界線75.00000『泡沫の再会』
>>>“WORLD END” Activation
《セーブデータを再生します:1/13800000000》