目を、覚ます。
「……………………は?」
意味が分からなかった。
だって、少年は死んだはずなのだ。
現に、纏っていた学ランは血に塗れていてボロボロだった。それなのに、それを着た少年には傷ひとつなかった。
「目を覚まされましたか、お客様」
「…………
「よかっ、た……」
「……………………
金髪の少女は屈託のない笑みを浮かべる。
それがどうにも、違和感だった。
そして、少年は。
「
《
三瀬春夏冬の異能。
それによって、九相霧黎の命が買い取られた。
しかし、死者蘇生に匹敵する対価が必要だ。
死者蘇生はあくまで死因を取り除き、死亡する前の状態で巻き戻すだけの商品。自殺細胞によって死んだ九相霧黎は、六道伊吹との戦いで負った打撲痕やそれより前の戦闘で負った全身の大怪我は取り除かれないはずなのに。
そして、金髪の少女は。
「
全て。
それは、文字通りの全て。
不老不死。所持品。寿命。知識。記憶。人格。感情。美貌。肉体。感覚。機能。技術。能力。未来。運命力。何もかも。
文字通り、ディートリンデと呼ばれた存在を全てを支払って、彼女は九相霧黎を買い戻した。
「ディート、リンデ……」
「……ごめんなさい。今の私には、それが誰なのか分からない。あなたが誰かすら分かりません。記憶も、人格も、失くしました」
「…………っ」
「此処にいるのは、ただの
「なん、で……なんでだよっ‼︎」
申し訳なさそうに彼女は表情を歪ませる。
それで、実感してしまった。
そこにディートリンデはもういない。彼女はこんな顔をしなかったし、彼女はこんな喋り方じゃなかった。
涙が止まらなかった。
だって。
だって。
九相霧黎はこんな事を望んじゃいなかった。
「あなたは言ったじゃないか! しあわせになりたいって‼︎ まだ生きていたいって‼︎ 生きたい時に生き、死にたい時に死ぬ。それが自分のしあわせなんだって‼︎」
「…………」
「なのに、どうしてぼくなんかを助けた! そのために自分を犠牲にした‼︎ あなたが手に入れた不老不死を無駄にして、これからのしあわせな人生を台無しにして‼︎ 価値のあるしあわせを対価にして得たのがぼくなんかじゃッ、割に合わないだろうがッ‼︎」
「………………」
「こんなの……意味がっ、分からない! ぼくはあなたを助けられたらそれで満足だったのに‼︎ どうしてあなたがぼくを助けてしまうんだよ‼︎」
「…………わかりません。私には、ディートリンデさんの考えていた事は何一つ」
少女は申し訳なさそうに頭を下げた。
ディートリンデはもう消えた。
ディートリンデが何を考えて九相霧黎を救ったのか、それを語れる人間はもういない。
「──
「…………え?」
でも、だけど。
少女の言葉は、それで終わらなかった。
「たぶん、簡単な事だと思うんです」
「なに、が」
「ディートリンデさんの考えは分からない。だから、これは私の想像でしかありません。でも、きっと、彼女は自分のしあわせを諦めたんじゃないんだと思います」
「どう、いう……?」
だから、と。
少女は、かつての自分を羨むようにして言う。
「
息が止まる。
だって、そんなの、天秤が壊れている。
永遠の人生を擲って。
前世の記憶を捨てて。
過去も未来も失って。
その対価として得たのか、九相霧黎がいるだけの三分間なんて。
そんなの、何がしあわせなのか霧黎には理解できない。
「たすけてって、そう言うんだ」
「…………」
「頼む、お願いだ。たった一言で良い。ただあなたがそう言ってくれたら、ぼくに助けを求めてくれたのならっ、ぼくはあなたのために何だってやる‼︎ だから──」
「言いません」
「────っ、なんでッ⁉︎」
「私は、しあわせなんです。あなたの事は知らないけど、それでも、こんなにも心が満たされる」
「…………っっっ、」
「だから、別に構いません。私は、きっと、十分助けられました。十分、『しあわせ』にしてくれました。だから、あなたはもう解放されてください」
了承は、得られなかった。
助けは、求められなかった。
彼女は救いなんか求めていなかった。
ここで九相霧黎が助けてやるなんて言って出張っても、きっと彼女は拒む。だって、彼女のしあわせはそれじゃないから。
だから。
九相霧黎には、彼女は救えない。
「…………
「え?」
「だったら、ぼくが勝手にやる。ぼくがッ、自分の意思であなたを救ってやる‼︎」
「まっ、待ってください! 私はそんなのッ、望んでない!」
「関係ないんだよッ、そんなの‼︎ 誰が何と言おうが、
少年は、殻を破る。
たった一つの我儘を手に入れる。
「あなたがまだ生きていたいと言えるような。今もしあわせだけど、これから先はもっとしあわせだって思えるような!」
右手を握りしめ、啖呵を切る。
世界の全てがディートリンデの彼女のしあわせを否定したって、九相霧黎だけは運命をねじ伏せてでも肯定しろ‼︎
「そんな
何かが、変わった。
運命か、世界か、それとも九相霧黎自身か。
本来のあるべき形は失われ、新たな
パチパチ、と拍手が響く。
それは乾いた、機械的な音だった。
それでも、そこに込められた感情は最大限の絶賛だった。
「……素晴らしい。やはり、お客様に賭けて良かった」
「
明確な異変があった。
人の心を持たない人外転生者、
彼の表情が変化していたのだ。
「当店にとって……
「急に何を……?」
「
守銭奴と聞くと、金儲け以外は意味がないと思うような人物像を想像するかもしれない。
感動、友情、家族。そのような金にならないものには価値がなく、効率的な人生を良しとするような人を思い浮かべるかもしれない。
しかし、三瀬春夏冬は違う。
彼の世界観は『あらゆるものがカネになる世界』。
どんなちっぽけなモノだろうと、感動のような形のないモノだろうと、《
「この世で最も価値あるモノとは、全ての人間に需要がありながら、供給が非常に限られているモノでしょう。それは不老不死でしょうか? それとも、死者蘇生でしょうか? いいえ、違います。それらは最も価値あるモノを手に入れるための手段に過ぎないのです」
「…………
「その通りです! しあわせは誰もが追い求めるモノ! そうでありながら、一人一人形が異なり、自分にしか供給できないモノ!
買えない、という意味ではない。
しあわせとは何かを定義するものがない。
不老不死になれば幸せなのか、脳内物質の分泌を制御すれば幸せだと感じるのか、それとも運命力を改変して幸運にすれば幸せなのか。
何がしあわせか、一人一人が異なる判断を下す。
本当の意味でのしあわせとは、自分自身にしか生み出せないものだと三瀬春夏冬は知る。
「私は、ずっとそれが欲しかった。この世で最も価値のあるモノ。当店における最高金額。私は『しあわせ』になりたかった。そのための鍵が、お客様だったのですよ」
「…………なぜ、ぼくが?」
「分かりません。ですが、私はお客様に心を動かされました。お客様に友情を感じました。お客様の手助けをしたいと思いました。……そして」
単なる自動販売機。
人の心を持たない人外転生者には、不似合いな言葉。
そして。
「
「春夏冬、まさかあなたも……‼︎」
「
「…………っ」
「とは言っても、自動販売機たる私の価値などそう大したモノではありません。せいぜいが、彼女の余命を普通の人間くらいに伸ばす程度。不老不死には、程遠い」
「………………十分すぎるよ」
消える。
消える。
消える。
そう呼ばれた青年の姿形が失われていく。
「……ぼくも、あなたに友情を感じていたよ」
「それはそれは。なんて、価値ある、言葉────」
そし、て。
一人の転生者が、この世界から痕跡を消した。
「……じゃあ、行こうか」
「何処に?」
「あなたが行きたい所なら、何処へでも」
「……ありません。私にはもう、何も」
「だったら探そう、一緒に。時間はたっぷりある、とまでは言わないけどさ。最期の刻まで、あなたのしあわせを増やそう」
「感情さえ支払った私に、そう思える心が残っているかは疑問ですが」
「…………、」
「でも、そうですね」
「?」
「あなたと一緒となら、きっと楽しい。そう思いました」
九相霧黎と少女は手を繋ぎ。
新たな世界に一歩踏み出す。
その前に。
少年は街を振り返って呟いた。
「
その言葉を最後に。
二人の少年少女は街から去った。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
イヴリン
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
折手メア
《
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000
二神妹
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