コツン、コツン、と。
折手メアの足音が響き渡る。
「『テンプレート・トライアンフ2』の主人公、九相霧黎。……ボクはキミが嫌いだ」
「…………初対面だと、思うけど」
「キミからしてみればね? だけど、ボクはキミの事をよく知っている。ああ、だから嫌いなんだ。大っ嫌いだ、キミなんか。
「…………ッ⁉︎」
息を呑む。
彼女の瞳に宿るのは、強烈な嫌悪と憎悪。
「何でキミはそんなんなんだ。優柔不断。流されやすく、染まりやすい。自分で拳を握ることはできず、誰かの声がないと立ち上がれない。六道伊吹がどんな光をも反射しない澄み切った“黒”だとするならば、キミはあらゆる絵の具がぐちゃぐちゃに混ぜた濁った“黒”だ。ボクはちゃんと知っている。キミがそういう性格になった理由も、キミが異世界転移で巡った世界も、
意味が分からなかった。
同じ言語を話しているのに、何も伝わってこない。それはまるで独り言のようだった。
相手にコミュニケーションを取る気なんてない、一人で完結したツイートのようなもの。
「だけど、今はそんなこと関係ない」
そんな罵倒が止む。
急激に熱が冷めるみたいに。
折手メアの瞳が九相霧黎を映す。
「ボク個人の怒りなんてどうだっていい。今のボクは、六道伊吹を守るために此処にいる」
「………………ぁ」
それが九相霧黎を屠るためだったなら、まだ隙はあった。ディートリンデを逃し、時間を稼ぐ隙が。
だが、目の前の折手メアにはそれがない。油断がない、遊びがない、慈悲がない。六道伊吹のためなら何だってやる。遺言すら聞かず、一瞬で敵を殺す。
異能は弱くなった。
《
それでも、彼女は成長していた。精神的な成長で見えづらいかもしれない。ほんの僅かな成長で分からないかもしれない。
それでも、確かに、折手メアは一歩ずつ進んでいた。
「戯言はこれで十分かな。ご清聴ありがとう」
「…………………………、」
もう、声も出なかった。
圧倒的絶望。絶対的理不尽。
九相霧黎は、分かりきった
「……ほんの少しは、キミにも期待していたけれど。まぁ、でも、仕方ない。キミはヒロインによって方向性が変わる。
──
「────ざ、けるな」
理不尽に対する怒り、じゃない。
そんな大それたものは九相霧黎にはない。
でも、それでも。
特別な人間にはなれなくても。
大切な人への侮辱に怒ったって良いはずだ。
「巫山戯るなよッ、折手メア‼︎ ぼくが中途半端な人間だってのは認めるけれどっ、それでディートリンデまで馬鹿にされる謂れはないぞッ‼︎」
九相霧黎はヒーローなんかじゃない。
それでも、彼は愛する一人のためならば何にだってなれる。
身体はもう限界だった。
超える限界すら無いような有様だった。
肉体だけじゃない。精神すらも追い詰められるような状況。
「む、くろ……」
後方から、ディートリンデの呻き声が聞こえた。
小さな声だった。雑踏に紛れて聞こえなくなるような、そんな声だった。
足に力を込める、拳を握り締める。
頭を上げる、目を見開く。
身体が再び駆動する、鼓動が激しく脈打つ。
もう動く必要はないのではと自問自答する。
……その答えはたった一つ。
「
この見捨てられない少女を、たとえ他の誰がどう言おうと九相霧黎だけは彼女を手放せない‼︎
だから、だから……ッッッッ‼︎‼︎‼︎
「ねぇ、ディートリンデ。あなたがまだ生きていたいって言うのなら! しあわせになりたいって叫ぶのならッッ‼︎」
震える身体から力を振り絞る
歯を食いしばり、大声で叫ぶ。
「そんな
恥も外聞も捨てろ。
スマートな戦い方で勝てるなんて思うな。
たとえ泥に塗れたとしても、敵の靴を舐めるようなことだったとしても、ディートリンデのためにあらゆる
(考えろ……‼︎ 異能はない。身体はマトモに動かない。どれだけ頑張ったって折手メアが勝利する運命に引き寄せられる。勝利条件はディートリンデの生存。これらを考慮した上で、ぼくが勝てる
対する折手メアの瞳はどこまでも冷めていた。
そこには六道伊吹と似たセリフを吐いた九相霧黎に対する怒りすら見えて来ない。ただ冷静に、撃ち滅ぼす敵を捉えている。
「残念だよ、九相霧黎。キミとは別の形で出会いたかった」
「そうかな、ぼくはこの出会い方で良かったと思うけど。どんな
「………………」
返答はなかった。
九相霧黎でさえ捉えきれない速度で距離を詰めた折手メアは、小さな掌を胴体に叩きつけた。
「ごぼ、がっ⁉︎」
「…………本当に、残念だよ」
一撃。
衝撃が体内中に響き、心臓が止まりかける。
ブレンダから武術を学習した九相霧黎でも、その理屈が理解できない。もしかすると、理屈なんてないのかもしれない。
──だが。
「何故だい? ボクの《
九相霧黎は仁王立ちしていた。
止まりかけた心臓を無理やり動かし、折手メアを睨み付ける。
そして、彼もまた同様の疑問を抱いていた。
(…………
三瀬春夏冬、ディートリンデ。どちらも現在の九相霧黎と比べると丈夫な身体を持っている転生者。
そんな彼らが一撃で倒された攻撃を受けて、どういう理屈で満身創痍の九相霧黎が立ち上がれると言うのだ?
(何か別の……物理法則とは違う働きかけがある。きっと過程に意味はない。《
三瀬春夏冬も、ディートリンデも、まだ奇跡的に生きている。
しかし、二人が気を失いながら死なない程度の威力を出す方が難しいんじゃないか? 二度も繰り返されたことを奇跡と呼べるのか?
それに、冷静なはずの折手メアが初めに一方的に話していたのは何だったんだ?
そんな暇があるなら攻撃しておけば良かったんじゃないか? ぼくとディートリンデの会話の邪魔をしなかったのも何故だ?
「────分かったよ、《
「…………ッ⁉︎」
すべて、理解した。
九相霧黎は
「
《
それは主人公の運命を決定づける異能。ならば当然、『テントラ2』の主人公たる九相霧黎にも適応されなければおかしい。
「あなたは自分をオリ主と定義する事で、自身も異能の効果範囲に含めた。それと一緒だ。ぼくを主人公に相応しくないと定義する事で、ぼくを異能の効果範囲から除外した。あの長々とした独り言はぼくに話しかけていたんじゃなくて、自分に言い聞かせていたんだろう?」
「…………ッ、この短時間で……‼︎」
「だけど、その認識も揺らいだ。ぼくが主人公らしい所を見せたから。だから、ぼくは一撃では倒れなかった」
三瀬春夏冬とディートリンデが生きているのも同じ理屈か。
主人公が敗北していないのに味方が死ぬわけないという異能効果範囲の拡大によるものだろう。
「……そう、その通りさ。でも、それもすぐに終わる。ボクがキミを屠れば、ボクの認識もすぐに覆る。こんな弱い人間は主人公には相応しくないって。多少時間はかかるだろうけど、ボクの勝利は揺るがない」
「揺らいでいるさ。だから、ぼくとの会話に応じているのだろう。必死にぼくの粗探しをしているようだけど、無駄だね。言っただろう?
ハッタリだ。
だけど、折手メアは無視できない。
何とかぼくを見定めようと意識する。……
「……なら、見せて貰おうか。キミの主人公らしさってヤツをさァ‼︎」
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と頭に石をぶつけられる。
抵抗はできない。たとえ折手メアの思い込みで威力が落ちているのだとしても、痛みは本物だ。
石だけじゃない。
もはや攻撃は格闘戦に収まらない。
ゴキャぐちゅザグンぎごガバッべりべりメキョッばりゴリぐわんメキメキメキメキッ‼︎‼︎‼︎ と。
聞いたことのない異質な音が響く。
落雷、粉塵爆発、地割れ、隕石、
マトモに受ければ、細胞の一片だって残らない。
「────
「────────、」
それでも、九相霧黎は立ち上がる。
何度倒れようと、何度死にかけようと、理不尽を前にしたら拳を握る。
(この戦いは正面からの戦いじゃない。折手メアがぼくに失望したら負け。ぼくを主人公だと認めたら勝ち。
何も、六道伊吹並みの主人公だと思わせる必要はない。
少なくとも折手メアの『オリ主』を超える『
(ようは、ぼくがヤツの好みの人間になればいい。
どれだけ強い異能を持とうと、結局は折手メアというのは普通の少女だ。
六道伊吹が大好きだと言っていても、ほんのちょびっと他の男に目移りすることもあるだろう。
「……ディートリンデの前でこれをやるのは恥ずかしいけれど」
それでも、恥や外聞は捨てると決めた。
「やめ、ろ。やめてくれ! ボクは六道伊吹が大好きなんだ! それだけの気持ちで頑張ってきたのに‼︎ その気持ちがあれば、善人のようにも振る舞えるのに‼︎ ボクからその
「──受け取れよ、折手メア。あなたのせいで生まれた
直後。
殴り合いとは異なる激突があった。
その結末については言う必要もない。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
イヴリン
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
折手メア
▽一般人
栗栖椎菜
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