呆然と。
六道伊吹は、ただ立ち尽くす。
折手メアを助けたいと思った。
だけど、俺は本当に彼女の事を直視していたのだろうか?
彼女の記憶を奪われた。取り戻した今でも、彼女の過去の罪はよく知らない。だから、彼女とは別の『
折手メアという魔女は、本当に六道伊吹が命を賭けて救うに値するのか?
(…………あ? なんで俺は今こんなこと考えて……? なにか、もっと他に、やることが──)
記憶が繋がらない。
いつ過去から帰還した?
どうして俺は立ち尽くしている?
断片的な記憶をつなぎ合わせる。
そうしてようやく気付く。
「
過去から現在へ戻ってすぐの事、俺は目の前の少女──
そこからの記憶が欠けている。……どうやら、俺は一瞬で倒されたようだ。
生きよう、と心臓がバクバクと鳴る。
生きよう、と呼吸がゼェハァと足掻く。
「無駄、よ。あたしの、唯一の異能。
「………………ッッッ⁉︎」
「
例えば、空気を吸うと死ぬ。それは毒ガスが散布されてあるからではなく、呼吸という生存行為が死に直結するから。
例えば、食事を摂ると死ぬ。それは毒物が練り込まれているからではなく、飲食という生存行為が死に直結するから。
例えば、水を飲むと死ぬ。例えば、心臓を動かすと死ぬ。例えば、血が循環しているだけで死ぬ。例えば、例えば、例えば、例えば、例えば。
何をしようと死ぬ。
生きている限り、必ず殺す。
それこそが、“冥府送り”と呼ばれた少女の異能。
だけど、まだ出来ることはある。
体は動かない。筋肉か、神経か、どちらが……あるいは両方が死んでいる。
それでも、頭は動いた。《
(異能の説明ご丁寧にどーも! 生きようとしたせいで死ぬってことは、死んだら生き返るってことだろ! だったらッ‼︎)
自害してようやく、敵と同じ戦場に立てる。
一思いに、喉を突き刺し──
「
──
剣が命令を拒んでいるんじゃない。
「何のために、異能の説明を、したと思ってる? あたしは、言った。おまえは、知った。
「………………っっっ」
「だから、おまえはもう、
く、そ……‼︎ 初めから全部ッ、計算づくかッ‼︎
二神双葉の話を聞き入れたせいで、自害すらも生存行為と見做された‼︎
コイツと対等に戦うには、一番最初に何の説明も受けずに自害する必要があった! その機を逃した時点で、俺はもう死ぬ以外の未来が存在しない‼︎
グチャッ‼︎ と膝から崩れ落ちる。
とうとう脚に力が入らなくなった……とも思ったが違う。
既に、下半身は腐り果てていた。上半身の自重に耐え切れず、細胞レベルで崩れて重みに潰される。
「…………く、そが」
戦いの土俵にすら立てず。
俺は腐乱死体に成り果てた。
「なんで貴様が存在しているッ、折手メア‼︎」
「そこに六道伊吹がいるから。それ以外に理由なんて必要かい?」
崩れ落ちた〈
九相霧黎とディートリンデは、史上最悪の転生者・折手メアと対峙する。
「細かい理屈を話すなら……そうだねぇ。ちょっと遠回りになるけれど、彼のことから話そうか」
「なんの……」
「六道伊吹はこの〈
「……貴様が第五摂理によって、消滅させられたからであろう。誰にも観測できない貴様は、同様に誰に干渉することも不可能であった。ルーアハや時空そのものに対する干渉という、僅かな抜け道はあったようであるがなァ」
「うーん、まぁ、それはそうだね」
折手メアの異能、《
しかし、その異能を直接六道伊吹に適応することは出来なかった。もしもそんなことが可能なら、六道伊吹は傷つくまでもなくもっとスマートな勝利を選べていただろう。
六道伊吹は自らの手で勝利を掴み取った。
折手メアは相討ちとなった彼に、ほんのちょっと手助けをしただけだ。
「でも、それだけじゃあない。さぁて、問題です。
「…………第五摂理ッ‼︎ 貴様ッ、六道伊吹の素性だけでなく、第五摂理を破綻させる事で自らの復活を狙ったのであるかァ⁉︎」
「だぁーいせぇーかぁーい! どんどんぱふぱふー‼︎」
そう簡単に上手くいくのかい? と小声で九相霧黎は尋ねる。
だが、ディートリンデは知っている。細部の理屈なんて関係ないのだ。折手メアが面白いと思ってしまえば、それに沿った世界に書き換えられる。
「……い、いや、知っているぞォ! 貴様はあの日ッ、《
「……………………」
「フハ、ハハハハッ‼︎ 残念だったなァ! ハッタリなら効かぬゥ‼︎ 六道伊吹への手土産であるッ、無様に無惨に死ぬがよォォオオオオオいッ‼︎」
「………………そう、だね。あの日、確かにボクは最強とも呼べる力を失った。ボクなんがキミを倒していいのかと今でも思う。結局、ボクの性根はクソ野郎のままなのかもしれない」
それは敗北を認める言葉────なんかじゃない。
だけど、と。言葉は反転する。
「──
ギュッ、と拳を力一杯握り締める。
それは小さな手のちっぽけな握力だとしても、人の想いを踏み躙るばかりの少女にとっては、人を助けるために戦うという大きな一歩だった。
「ボクは勝つ。ボクは助ける。ボクは主人公になる。キミを倒して、この事件を解決してみせる」
「なッ、何を言って──」
「──
轟‼︎ と一陣の風が吹いた。
折手メアが小さな拳を振り抜く。
それだけで、衝撃波が発生してディートリンデが吹き飛んだ。
「ディートリンデ!」
「次はキミの番だよ。ボクはキミが
(こ、れが……折手メア。これがッ、ディートリンデの言っていた《
あらかじめ話は聞いていた。かつてディートリンデが奪ったという、《
その効果は主人公が必ず勝利するという未来を引き寄せ、その未来を遮る
(…………か、てない)
九相霧黎は適応能力が高い。
一目見ただけで、大抵のことは理解できる。
……だから、
勝ち目なんてない。
絶対に勝てない、と。
だって、どう足掻こうと意味はない。
結局は折手メアが勝利するという未来に現実を改変される。
圧倒的な絶望を前に、九相霧黎は膝をついた。
「こんなもの、か」
六道伊吹の死体を前に、二神双葉は呟いた。
即死性能が高すぎる彼女にとって、他人の強さなんて分からない。彼女にとっては、目の前の男も、そこらで地を這う蟻も、あるいは
彼女を前にして、立ち上がれる生命なんて存在しない。
「何回目の死だよ、ふざけんなよクソが」
「──────、は?」
だから、それは幻聴だと思った。
だって、あり得ない。
そいつは死んでいるのに。
その体は腐っているのに。
それは確かに死体なのに。
崩れた脚が再生する。
腐ったまま繋ぎ合わさり、腐ったまま動き出す。
「な、んで……」
「生と死を反転? 生者を死者に変える? それは勝ち目がねぇな。敵が生命である限り、テメェは無敵だ」
「だっ、だったら……‼︎」
「
「…………ッ‼︎」
その言葉が、二神双葉の脳裏に浮かぶ。
相対する筈のなかった天敵と、六道伊吹の体を介して対峙する。
言ってしまえば、《
だが、ゾンビとは生者でも死者でもあり、そのどちらにも属さない異端。即ち、プラスマイナス0の存在。マイナス1をかけたとしても、何の意味もない。
「だが、解せねぇな。生者を死者にする。それがテメェの異能なら、
「…………ぁ」
「効果範囲を絞れるのか? それとも、まさかとは思うが──」
「あは、あはは! あははははははは!
「………………あ?」
ニタァ、と二神双葉の唇が歪む。
その女は醜く嗤った。
「
イヴリン。彼女達の顔を思い出す。
だけど、違う。目の前のこれは、そんな綺麗な関係じゃない。
自らの都合のために命をひっくり返し、もう一人を使い潰す。ディートリヒと同じ類のッ、最悪の憑依転生者‼︎
「テ──メェ‼︎ 人の命をッ、
「どうでも、いい。あたしは、命をかえす、ただそれだけの、存在だから」
ぞわぞわぞわぞわっっっ‼︎‼︎‼︎ と。
死の気配に鳥肌が立つ。まるで大量の蟲が頭に湧いているような嫌悪感だった。
そして、その気配の中心にいる彼女は
直後、世界がひっくり返った。
これより先は異世界、死者こそが生きる国。
突如、コンクリートの上から花畑が広がる。
綺麗、なんて風には思えない。
美しさはある。だけど、それは生命を感じさせない寒気のする美しさ。まるで、天国に来てしまったかのような。
「…………っ」
そして。
何よりも明確な異変は、目の前に。
ザッ‼︎ と花畑を荒らす音が聞こえる。
突然、そこに人が現れた。
「………………そん、な」
「考える、べきだった。あたしの、《
「…………はじめから、やり直しってか⁉︎」
「単なるニューゲーム、じゃない。今度は、味方すら、おまえの敵に、なる」
例えば、天命機関に属する死者。
ブレンダ、ジェンマ、ロドリゴ、レオンハルト。
例えば、六道伊吹の味方の死者。
アドレイド・アブソリュート、栗栖椎菜、サササッチ。
例えば、六道伊吹が殺した死者。
ファウスト、フラン=シェリー・サンクチュアリ、ルーアハ。
例えば、〈
例えば、無惨にも死んでしまった二万人のデッドコピー達。
例えば、例えば、例えば、例えば、例えば。
幽霊、なんかじゃない。
肉体を持った、歴とした生命体。
死者蘇生。それに匹敵する奇跡が、目の前で起こっている。
だけど、その奇跡は一人の怪物の手の中に。死してなお命は弄ばれ、自由意志のない傀儡として操られる。
「
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
イヴリン
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
折手メア
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000