ガンッ‼︎ と暴力的に扉が開かれる。
〈
「………………、」
「──────」
九相霧黎と少女の、目が合った。
それは眼帯を付けた黒髪の少女だった。
ボーイッシュな印象のある少女は、不機嫌そうな顔でこちらを睨み付ける。
「
隣で、ディートリンデが名前を呟く。
霧黎はその名を知っている。
彼女は“冥府送り”の異名で知られる転生者。
そして、『テントラ2』における2ndルートのヒロインだった筈だ。
(運が良い、のか……?)
現在、重体の九相霧黎は戦闘ができない。指一本、ほんの少しなら動けるかもしれないが、戦闘のような激しい運動は肉体がもたない。
つまり、この状況で六道伊吹と出会ってしまったらその時点でデッドエンドだ。だから、誰かが時間を稼ぐ必要がある。
(ヒロインを口説いて六道伊吹にぶつけるという方針は変わっていない。……ファウストと、あとはほぼ失敗していたがフラン=シェリー・サンクチュアリのように、彼女を今ここで口説くしか道はない……‼︎)
「あの──」
九相霧黎は起き上がり、二神双葉へ声をかける。
まさにその瞬間の事だった。
「────
ドン、と鈍い音がした。
一瞬、理解が追いつかなかった。
気がつくと、景色がひっくり返っていた。
「むくろッ⁉︎」
水の中にいるような、ぼんやりとした声が下から聞こえる。
そうして、ようやく理解した。九相霧黎は仰向けに倒れていたのだ。
それは、確かに攻撃だった。
何の素ぶりもなく、何の台詞もなく。
呆気なく、九相霧黎は倒された。
「……ぁ、がっ……」
呻き声しか出ない。
喘ぐように荒い息をする。
すればするほど、神経が死んでいくのを感じる。
(……
肉体が作り変えられる。
異能をコピーすることはできない。
しかし、その異能を前提として肉体を手に入れることはできる。
毒ガスにしろ、それ以外の何かにしろ、目の前に転生者がいるという事はその状況で生物が存在できたということ。
ならば、九相霧黎は適応できる。その世界観に馴染める。力一杯踏ん張り、九相霧黎は立ち上がる。
「ぼぐのがぢ────ごっぎぃがぐぅげべらばあ⁉︎」
直後、意味の分からない雄叫びをあげて霧黎は再び倒れた。
まるで、“死”という概念そのものを叩きつけられたようだった。
血が毒に変わり、肉に凶器を練り込まれ、自身の
世界観に適応なんて無理だった。
「お、まえ。あたしが、第五摂理を手に入れるために、死んで」
二神双葉が霧黎を眺める目は何処までも冷たい。
それも、仕方のない事だ。
『テントラ2』において、九相霧黎は二神双葉の『大切』となる。
だけど、それは一界戦から決勝戦までの長い共闘の記憶があってこそだ。
ファウストのように、『理想』の相手であればすぐに好きになってしまう訳じゃない。
フラン=シェリー・サンクチュアリのように、何をせずとも『運命』で結ばれている訳じゃない。
現時点の二神双葉にとって、九相霧黎はただの初対面の人間に過ぎない。思い出なしに、ヒロイン足り得ない。
「…………ぁ……」
九相霧黎の姿は、もう屍と見分けがつかない程だった。
放っておいても死ぬような、今まさに死んでいるような有様。
カツン、カツン、と死神の足音が響く。
更なる異能を発動させるのか、二神双葉は右手を九相霧黎に伸ばす。
「“冥府送り”、その由来を、教えて────」
「──待ってくれェ‼︎」
二神双葉の手が止まる。
ディートリンデが、二人の間に滑り込んだのだ。
二神双葉にとって、ディートリンデ如きは警戒に値するほどの脅威ではない。
わざわざ声に従う必要はないし、無視しても何ら問題はない。
だから、手を止めた理由はディートリンデの言葉を聞いたからではなかった。
「お願い、します。霧黎を、……彼を、殺さないで、ください」
膝を折り、両手を曝け出し、頭を地に着け、身体は小さく縮こまる。
生きたい時に生き、死にたい時に死ぬ。そう言った彼女が、他者の生のために自身のプライドを投げ捨てた。
「…………別に、関係のない人を、殺すつもりは、無いけど。おまえが、あたしの邪魔をするなら、容赦なく殺す、よ?」
「に、げろ……にげてくれっ! ディートリンデ……‼︎」
息をする事もできない身体で、全ての気力を振り絞って霧黎は叫ぶ。
どうやら、二神双葉はディートリンデが転生者であると気づいていないようだった。ならば、まだ生存の余地はある。あなただけは生きろと、九相霧黎は叫ぶ。
だけど、ディートリンデは動かなかった。
一切動く事なく、二神双葉に懇願していた。
「我の……せい、なのだ。霧黎は我が巻き込み、我に唆され、我を助けるために戦う。だから、全ての罪は我にあるのである。我が……、我こそが
「………………」
「霧黎だけは、……彼だけでも、助けてください。見逃して、ください」
「………………、」
「代わりに我が何だってやる! 汚れ仕事もっ、無理難題もッ、この身体だって売っても構わない。だからッ──」
「────はぁ」
二神双葉は揺らがなかった。
ため息を吐いて、再び九相霧黎に手を伸ばす。射線にディートリンデが重なるが関係ない。
驚いて、ただ手が止まっただけ。ディートリンデのことなんて、彼女にとってはどうでもいい。考慮する事もない塵芥に過ぎない。
「生は死。死は生。望み通り、生かして、あげる。
そして、ディートリンデにも“死”という概念が叩きつけられる。
──その、一瞬前。
「──
あらゆる攻撃が消失した。
否。
攻撃を与える。ダメージを受ける。
つまり、攻撃を放った瞬間その所有権は相手に移る。そんな詭弁で、すべてがカネに変わった。
「……
「当店をご利用ありがとうございます、お客様。ですが、これ以上は
〈
「……おまえの異能は、知っている。《
「ご明察です、お客様。当店はあくまで販売員であり仲介人。お客様がコンビニを利用する事はあるでしょう。ですが、コンビニ自体がコンビニを使うなどあり得ません。
客に対応した言語を話し、客に対応した名前を名乗り、客に対応した姿形を形成する。
人の心を持たない彼にとっては、カネが全ての指針となる。
「だったら、なぜ…………」
「当店は九相霧黎様に、『ディートリンデ様の安眠』を販売しております。彼女はどうやら目が覚めてしまったようですが、未だ
九相霧黎が襲われているだけでは、手を出す事はできなかった。自分を異能を使用する事はおろか、割って間に入る事も不可能だっただろう。
だが、ディートリンデも巻き込まれた。ならば、彼は紛争に介入する名目を得る。
「“
「亡者の王たるお客様に言われるとは……。褒め言葉として受け取りましょう」
「だけど、戦闘特化でもないおまえが、あたしに勝てるとでも?」
「良いのですか? 確かに当店ではお客様に勝てません。ですが、お客様が当店を攻撃すれば、
「………………」
戦えば、二神双葉が勝つ。
戦えば、三瀬春夏冬は死ぬ。
だからこそ、それが取引材料となる。
「ここは一度、退いていただけませんか? お客様も、九相霧黎様も、第五摂理が目的のご様子。ならば、此処ではない何処かで再び相見える事もあるでしょう。この街は狭いのですから」
「…………そう。なら、外で会ったら、容赦はしない、から」
“死”の気配が去る。
九死に一生を得るとは、こんな時に使う言葉だろうか。
「生き、残った……?」
「大丈夫であるかッ、霧黎ッ!」
「あ、ああ。元の傷は痛むけど、二神双葉の攻撃の後遺症はない」
だけど、こんな言葉もある事を忘れてはならない。
「……ひとまず、治療が先決だ。頼めるかい、春夏冬?」
「ええ、勿論。了解いたしました、お客さ──」
「──
ドッガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
少女の拳が、三瀬春夏冬を〈
「……死んでない、か。だけど、一撃で戦闘不能になっただけ運が良かったと思うべきかな」
「な、………………は?」
呆気に取られる。
二神双葉とも渡り合った春夏冬が、一撃。
「な、なんで、貴様が……」
「やぁ、久しぶり。可愛くなったもんだね、ディートリヒ」
「なんで貴様が存在しているッ、
第五摂理によって消滅させられた、本来なら存在できる筈のない少女がそこにいた。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
イヴリン
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
折手メア
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000