もしも避難所からこの小説を読むような奇特な方がいらっしゃるなら、せめて暇潰しになることを願います。
「………………ろ…………」
まるで、水中に沈んでいるような気分だった。
とは言っても、息苦しさはない。
むしろ、何も感じない。
ぼやぼやと体の感覚が水に溶けていくような、そんな形容し難い感覚だけがあった。
「…………ろ、む…………ろっ……」
そのまま意識を手離してもいいはずなのに、どうしてか彼はそこで踏ん張る。
このまま水に溶けてしまえば楽なのに。
地上に上がっても息苦しいだけなのに。
どうしてだろうか、と自問自答する。
「……きろっ、…………くろ……」
そうだ、思い出せ。
生にしがみ付く理由を。
決して見捨てないと誓った彼女を。
こんな所で死んでたまるか。
彼女を『しあわせ』にしたい。
彼女と『しあわせ』になりたい。
水面に浮かぶ光へ手を伸ばす。
叫べ、彼女の名前は──
「起きろッ、むくろ‼︎ たのむっ、おきてくれ……っっっ‼︎」
「──────でぃー、と、りん、で……?」
九相霧黎のすぐ側で、ディートリンデは彼の手を握って泣いていた。
「なに……がっ、ぁぁァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉︎」
「待てっ、起き上がるなァ! もう少し安静にしておけェ‼︎」
手で彼女の涙を拭き取ろうとして、そこで痛みを思い出したかのように全身に激痛が走った。
体の感覚がない。ディートリンデに握られている手の感覚もない。なのに、激痛だけは感じられる。味わった事のない奇妙な感覚だった。
ディートリンデに握られた手を見つめる。
雑にぐるぐる巻きにされた包帯の中に、黒いものが見える。それは日焼けの跡というよりは、焼け焦げた跡のように見えた。
「なに、が……どう、なって……?」
「……我が目を覚ました時には、霧黎は既に太陽に突っ込んでいたのである。だから、慌てて
「しんで、なかったんだね……」
「蘇生は不老不死と同じくらいの値段であったからなァ。この程度の値段で済んだのは不幸中の幸いであったなァ……」
「………………あれ、あなたって何かお金に代わるようなものを持っていたっけ?」
「…………………………………………………………、」
何か、とても嫌な予感がした。
今のディートリンデは何も持ってない。
異能も、武器も、
いくら蘇生でなかったとは言え、全身炭化しかかっている重傷人を生かすのに端金で足りるだろうか?
足りなかったとするなら、彼女は何を支払った?
「……まさ、か……臓器、とか……」
「安心しろォ、我の肉体には傷も欠けも存在しないのである」
そして、ディートリンデは少し照れくさそうな顔でこう告げた。
「
「────────」
記憶。
それは、前世のものか。
或いは、現世のものか。
どちらにせよ、ディートリンデという
「……ごめん」
「何を謝っておるのだァ! 売ったと言っても大した量ではない! その……なんだ、我としても霧黎を失うのは辛いというか………。むしろ我を褒めろォ‼︎」
「ああ……ありがとう、ディートリンデ」
「フハハハハハ! これで我らの勝利も目前であるな! 異能の封印は解けた‼︎ 今の霧黎は第二位の異能すらも手にしたァ‼︎ もはや敵うものはいないのである‼︎」
「………………そう、だね」
九相霧黎は曖昧に笑った。
力の入らない手を眺める。
(……やっぱり、か)
九相霧黎の《
その本領は異なる
つまり、ここで
それは
身体能力によって振るわれる“異能”は、世界観における持続の影響を受けない。九相霧黎の体力が続く限り、異能の持続に限界なんてない。
また、《勾留・魂魄呪縛》による封印を受けた後も“異能”を使い続けられたのは、獲得した“異能”が肉体に既に刻まれていたからだ。
しかし、それは同時に大きな
即ち──
(──
九相霧黎は太陽の熱を直接ではないにしろマトモに食らった。
生きているだけで奇跡と呼べる状況だ。身体の中で壊れていない場所を見つける方が難しいくらいの状況だ。
だから、“異能”も壊れた。
きっと《
だけど、無駄だ。何度“異能”を注ごうと、それを受け止める
つまり、此処にいるのは正真正銘何の力も持たないただの一般人だった。
(
力を失った。
肉体がブッ壊れた。
たかがその程度の事で、ディートリンデの『しあわせ』を諦める理由になるとでも?
ピクッ、と。
壊れて動かない筈の右手に、僅かだけれど力が入る。
《
破壊された肉体に適応する。
身体を蝕む激痛に適応する。
「む、くろ? どうか……したのであるか?」
「……ああ、何でもないよ。安心してくれ、ぼくの異能であなたの敵を皆殺しにしよう」
九相霧黎は異能を失った事実をディートリンデには黙っておくことにした。
病み上がりのディートリンデに、また命の危険を感じさせる訳にはいかない。
決意を定めた霧黎は、周囲を見渡す。
此処は元々ディートリンデが眠っていた場所……〈
「……
「ヤツか? 先ほどあちらの応接間に──」
──ガンッ‼︎ と。
指差した扉が暴力的に開けられた。
「カネさえあれば何でも買える。〈
「…………まだ、開店、してたの、ね」
怪しい和装の男が出迎える。
眼帯の少女は辺りを見回して息を吐く。
瓦礫に囲まれた崩壊寸前の街。それでも、何故だか〈
「当店に何をお求めでしょうか、お客様」
「……おまえ、この店なら、何でも買えるって、ほんとう?」
「ええ。当店はカネさえ支払って頂けるのならば、お客様にあらゆる物を販売いたします」
「そう、なら──」
眼帯を付けた黒髪の少女──“
「──
「
即答だった。
しかし、
「……失礼ながら、お客様はあまり身なりに気を遣っていない御様子。資金を持っているようには見えませんが、大丈夫でしょうか? 死者蘇生は
「うぐっ…………ち、ちなみに、どれくらい……?」
「少々お待ちください」
三瀬春夏冬はパチパチと宙で指を動かす。
エア
少しして、見積もり金額が定まる。
「
(ごう、がしゃ……?)
聞き慣れない単位に首を傾げる。
そもそもの話、一クレジットが日本円で何円なのかも分からない。
「
「え、えっと……?」
説明されても分からない。
何も言えなくなった二神双葉を見て、三瀬春夏冬は補足説明を行う。
「不老不死と大体同じ金額でしょうか? お客様の人生全てを売り払ったとしても到底足りない金額です」
「え、じゃっ、じゃあ……」
「ですが、心配する必要はございません。お客様は今まさに不老不死を手に入れられる可能性がございます」
三瀬春夏冬は扉を指さして無慈悲に告げる。
「〈
「──────っ」
返答は無かった。
三瀬春夏冬は最後に一言だけ告げた。
「御来店ありがとうございました」
ガンッ‼︎ と。
蹴破るが如く暴力的に扉を開けて飛び出す。
──その先で、一人の少年に出逢う。
誰も居なくなった応接間で、三瀬春夏冬は一人佇む。
考えるのは〈
第二位という黒幕が死亡しても、この闘争は終わらない。
勝者に第五摂理を授けるという
生存者はあと四名。
二神双葉、三瀬春夏冬、九相霧黎、ディートリンデ。
また六道伊吹が復活するのなら、五名に増えるが。
既に転生者の
ならば、あと必要なのは六度の転生者同士による殺し合い。
今までに殺し合いは四度行われている。
六道伊吹とディートリンデの殺し合い。
九相霧黎とアドレイド・アブソリュートの殺し合い。
六道伊吹とフラン=シェリー・サンクチュアリの殺し合い。
六道伊吹と九相霧黎とルーアハの殺し合い。
残念ながら、他の殺し合いは転生者同士によるものではなかったためカウントされなかったが、あと二度の殺し合いがあれば……その勝者が第五摂理を獲得する事になるだろう。
「さて、誰が勝者となり第五摂理を勝ち取るのでしょうか」
順当に行くなら二神双葉。
対抗を言うなら九相霧黎。
大穴を狙うなら六道伊吹。
三瀬春夏冬は自身を除外して考える。
そもそもの話、彼に
同じように、戦えるほどの体力がないディートリンデも除外する。
「当店は、……私は、誰が勝者になれば最も儲けられるのでしょうか」
結局の所、三瀬春夏冬にとってはそれが全てだ。
《
あらゆるものがカネで買え、あるゆるものをカネに換えられる。
パチパチと指が冷酷な計算を行う。
三瀬春夏冬が最もカネを得られる勝者とは誰か。
ふ……と、珍しい事に三瀬春夏冬は頬を緩ませて言った。
「
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
イヴリン
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
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