「お世話になりました、アミッドさん」
「ええ、クラネルさん。二度と、あんな怪我をしてリオンさんに運び込まれないように」
「あ、あはは」
言えない。怪我はともかく、リューにもう一度『お姫様だっこ』をしてもらいたいなんて思っているなど言えないと、ベルは内心を誤魔化すようにから笑いで返事した。
そのベルの顔を見て、何かやましいことでもあったのかと勘違いした【ディアンケヒト・ファミリア】団長の【
「……何があったのかは存じませんが、本当に気を付けてくださいね。ここに何度も世話になるなんてことがないよう、陰ながら祈っています」
「あ、はい。ありがとうございます。それじゃあ僕、本拠で神様とリリが待っているので、これで失礼します」
最後にぺこりと頭を下げて、ベルは治療院を後にした。
そしてオラリオのメインストリートを歩きながら、一昨日の事を今更のように思い出す。
「本当に、あのミノタウロスに勝てたんだな……」
正確にはミノタウロスの強化種。
しかも戦った感触からは、レベル3に片足をどっぷり突っ込んでいるぐらいには強かった。
大剣を装備していたり、冒険者のような技を使っていたりと、色々と疑問に思うこともあるのだが、あの強敵相手に勝ったのだと、自分の掌を見つめて改めて実感する。
「リューさん達もあの場所で見守ってくれてたみたいだし……かっこいいところ、見せられてよかったなぁ」
今までにないぐらい集中していて、自分の全感覚、全神経があのミノタウロスに向けられていたが、それでもあれだけ多くの視線を向けられれば気付きもするというもの。
リューとアリーゼは確定として、残りは輝夜とライラ。あとはもしかしたら【ロキ・ファミリア】の人達だろうと、ベルはあたりをつける。
「あ、そういえば魔石とドロップアイテム拾ってないや……リューさんも持ってなかったし……アリーゼさんが拾ってくれてるだろうから、帰ってきたら貰いに行かなきゃ」
なにやらぶつぶつと独り言を言うベルに『変な奴』と街を行く人々から視線を向けられるも、気分が高揚し、なんなら気の抜けているベルは普段の鋭い感覚も発揮せず、独り言を言い続ける。
「それに……お姫様抱っこして貰っちゃたし……」
そこまで思い出して、ベルは顔を赤く染める。
いきなり赤面したベルに『あ、こいつヤバイ奴だ』と、街の人々は視線を遠ざけた。
そんな風に思われているなど露知らず、ベルはあの少しの時間を思い出す。
「神様も言ってたけど……幸せな時間だったなぁ……」
リューの細い両腕に抱きかかえられ、すぐ近くに見えた彼女の凛々しい顔。
今だって、あのリューの顔と彼女の腕に包まれる温もりを思い出しただけで幸せな気持ちになれる。
前に運ばれた時は完全に気を失っていたから、余計にそう感じてしまう。
前回はヘスティアも一緒だったので、お姫様抱っこではなかっただろうが……あのほんの少しの時間、ベルが目を覚ましてから治療院に運ばれるまでの時間は、ベルの人生でも一、二を争うぐらいには幸せな時間だった。
ちなみに争っているのは義母との時間。
色々と酷い扱いも受けているが、やっぱりベルはあの義母が好きだ。大好きだ。
「お姫様抱っこかぁ……」
ベルは両腕をお姫様抱っこをする形に上げて、もう一度あの記憶を思い出す。
自分の顔を見降ろすリューの顔は、いつもの無表情ではなく、不安と心配と嬉しさが入り混じったとても複雑な表情をしていた。
「リューさんにあんな顔をさせちゃったのは申し訳ないんだけど……」
あわよくばもう一度、と少しだけ思う。
だがそれは自分が大怪我をし、運ばれないといけないような状態になっているということ。
そんな真似はわざとできないし、したとしたらそれこそお説教をくらうだろう。
なんなら訓練と称して普段よりボコボコにされる。
そんな仮定の未来を想像して、ベルは体をぶるっと震わせた。
「今度は僕がリューさんを『お姫様抱っこ』してみたいけど……そんな機会ないだろうし……」
なにせあのリューだ。
正義の眷属で都市の安全を守るために日々街の巡回をしているような人なのだ。
他人の安全を守るような人が、自分の身が守られるようなことを許容することなどそれこそ皆無だろう。
もしそういったことがあるとしたらダンジョンの中だろうが、それはリューが死にかけるような目に遭ったということ。
ベルはリューにそんな目に遭って欲しくはないし、なによりリューがダンジョンにいる時は必ずアリーゼ達も一緒にいるのだ。
「アリーゼさんがあんなことを言うぐらいだし……当然といえば当然だよね」
死んでしまうかもしれないと、あのアリーゼが言ったのだ。
ベルだっておこがましいにも程があるが、リューのことが心配にもなる
――うん、もっと強くなろう。
リューやアリーゼ達と一緒の階層に早く潜れるようになろうと、ベルにはまた一つ強くなりたい理由ができた。
「そのためにはステイタスを更新してもらって、ランクアップしないと」
アリーゼやリューも言ってくれたが、ベルもそれは確信している。
なにせあんな強敵をたった一人で倒したのだ。
あのトラウマを、自分の弱さの象徴を、敗北の記憶を、払拭できたのだ。
恐らくはランクアップできなかった理由もそうだろうと、ベルはなんとなく思う。
「そういえば、リューさんも何年もランクアップできてないって言ってたし……僕と似たようなことがあったのかな?」
なんとなく、そんな気がする。
アリーゼから聞いた話も加味して考えれば、ほぼ確実だろう。
「リューさんもいつか乗り越えられるといいんだけど……気にしてるみたいだったし……」
あのリューがトラウマに感じるほどのものだ。
となれば相当悲惨な出来事だったのだろうと、ベルは思う。
「でもそういうのって、本人の口から話してくれるのを待った方がいいし……リューさんがいつか話してくれるといいんだけど……」
と、そこまで考えていたら、いつの間にかベル達の本拠に足が勝手に辿り着いていた。
中ではヘスティアとリリが待っているだろうと思い、足早に本拠に入る。
「神様、リリ、ただいま帰りました」
「お帰りなさい、ベル君!」
「お帰りなさいませ、ベル様!」
そうやってベルを出迎えてくれたヘスティアとリリは、なにやら少し興奮している様子だった。
やっぱりベルがランクアップするのではないかと、二人とも期待しているのだろう。
そんな風にベルが考えていると、その考えはまさしくその通りだったようで、ヘスティアが笑顔で話しかけてくる。
「話はリリルカ君から聞いたぜ! すごく強いミノタウロスを倒したんだってね! 確認してみないと分からないけど、ランクアップもしてる筈さ! さきに言っておくよ。ベル君、ランクアップおめでとう!」
「リリからも祝わせてください、ベル様! ランクアップおめでとうございます!」
「二人とも……うん、ありがとう、リリ。ありがとうございます、神様」
「お礼なんていいんだよベル君! それぐらいおめでたいことなんだからね! ささ、早速ステイタスの更新をしよう! ベル君も気になってるんだろう? 顔にそう書いてあるぜ!」
「そんなにわかりやすいですか? でも、神様のおっしゃる通りなので……はい。お願いします、神様」
「おうとも!」
そうしてベルは本拠に帰宅してそうそう、ヘスティアにステイタスを更新してもらう。
「ふむふむ。なるほどなるほど……こりゃまたすごい『冒険』をしてきたね、ベル君」
「そういうのってわかるんですか、神様?」
「ああ。なんとなくだけどね。さて、ベル君。ランクアップは可能だよ。今すぐしてもいいんだけど、発展アビリティのことを君とも相談したいから、少し待ってくれるかな? それとスキルは発現できるからしておいたよ。なんとも君らしいスキルだったぜ」
「発展アビリティにスキルも出たんですね。はい、わかりました」
そこまで話してベッドから体を起こし座ったベルは、ひとまずレベル1の最終値をヘスティアから受け取る。
ベル・クラネル
Lv.1 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :SSS1597→1765
耐久:SSS1788→1992
器用:SSS1656→1832
敏捷:SSS1821→2011
魔力:SSS1387→1544
《魔法》
【ファイアボルト】
・速攻魔法
《スキル》
【
・
アビリティ熟練度、トータル800オーバー。しかもほぼ900近く上がっている。
あの日戦ったのはあのミノタウロスぐらいなもので、それでこの上がり方は破格だろう。
アビリティが全てSSSになってからはなかなか上がりにくかったが、あの一戦だけでここまで上がるのかと、ベルは驚く。
スキルの名前は【英雄願望】。
確かに自分らしいと、常々『英雄』になりたいと思っているベルにピッタリの名前だ。
あの時物語の『英雄』や自分にとっての『英雄』を思い浮かべたのが原因だろうかと、そんな益体もないことを考える。
効果は能動的行動に対するチャージ実行権と、使ってみないことにはわからないが、それでも初めてのスキルだ。
嬉しいものは嬉しいと、ベルは顔を綻ばせる。
そのベルの様子を微笑ましいと思いつつ、ヘスティアは笑顔で見つめながら発展アビリティについて話し始めた。
「発展アビリティなんだけど、三つ発現しそうなんだ」
「三つもですか。多いですね。選ぶのに悩みそうです」
「ああ。それで、その三つなんだけど、『狩人』『耐異常』『幸運』の三つなんだ」
「『狩人』と『耐異常』は知ってますけど……『幸運』は聞いたことがないです。多分お義母さんも知らないと思います」
「君のお義母さんも知らない発展アビリティか……うん。そうでなくても僕は『幸運』をおすすめするぜ。それを聞いたからにはさらにおすすめするとも! 効果はちょっとよくわからないけど、多分『加護』のようなものだと思うんだ」
「なるほど……この三つの中なら僕も『幸運』がいいです。十中八九レアアビリティですし、お義母さんだったらこれにしろって強制的に取らされそうですし」
「わかったぜベル君。それじゃあ、ランクアップをしようか!」
そうして再びベッドに寝そべり、ベルはヘスティアにランクアップの儀式をしてもらった。
ベッドから退き立ち上がったベルは、自分の手を繰り返し開いては閉じる。
「なんだか変わった気はしませんね」
「そりゃあ、いきなり力が漲るってことにはならないけど……確かにランクアップはしたぜ、ベル君! 戦ってみればわかるとも!」
「それもそうですね、神様」
ベルとヘスティアが二人して話し終えたタイミングで、リリがさっきから自分の事を気になっていた様子だったのでベルが問いかける。
「ところでリリ? なんだかそわそわしてるけど、どうしたの?」
「えっと……もしよろしければ、リリにもベル様のレベル1の最終値を見せていただけませんか? あれだけ強いベル様なのですから、きっとステイタスもとんでもないことになっているのでしょう?」
「そういえば、リリには見せたことなかったね。うん、リューさん達にも見せたことあるし、全然いいよ。お義母さんなんかにバレたら怒られるだろうけど……リリは同じ【ファミリア】だし」
リリにお願いされ、特に断る理由もないので、ベルはリリにステイタスの写しを渡す。
受けっとったリリはそのステイタスを見て、あまりの数値の高さに絶叫するのではないかとベルは思ったのだが、最初に出てきたのは溜息だった。
「はぁ……強い強いとは思ってましたが……これほどとは。イカれてますね、ベル様」
「リリ!? ステイタスの方だよね!? それにリリならもっと他に言い方を思いつくんじゃないの!?」
リリの『イカれてる』発言に、思わずベルは叫び返した。
そのベルを見たリリは二度目の溜息を吐く。
「はぁ、これを見たらイカれていると言いたくもなります、ベル様。こんな数値してたら、そりゃあのミノタウロスにも勝てるというものです。これ、レベル2に片足どころか両足突っ込んで膝まで沈んでいるぐらいなのでは? エイナ様の気持ちが少しわかった気がします」
「うぐっ、え、エイナさんには悪いとは思ってるんだけど、こうなっちゃったんだから仕方ないじゃん」
「仕方ないで済まされる話ではありませんよ、ベル様。ヘスティア様は何か知ってそうですが……聞かないでおきましょう。どうせ話してはくれないでしょうし」
と、リリに視線を向けられたヘスティアは「ああ!」と元気よく指を立てた。
「リリルカ君には悪いんだけど、ちょっと話すのは難しいかな! 理由は言えないけどね!」
「やっぱりそうですよね、ヘスティア様。って、すいません! ベル様! ヘスティア様! リリはもうノームのおじいさんの所に行かなければなりません! 夕方ごろには帰ってくるので夕飯は一緒に食べます!」
時計を見たリリは慌ててそう言って、小走りで本拠を出て行った。
そのリリを見たベルも「神様」とヘスティアに今日の予定を話す。
「僕もエイナさんにランクアップの報告に行かなきゃいけないので、そろそろ行きますね。後は……防具も壊れたので買ってきます。それ以外に特にこれといった予定もないので……その後は本拠に帰ってきますね。ゆっくり休みたいですし」
「了解したぜ、ベル君! 僕も今日はバイトがお休みで……あ、そうだ。実はアストレアにも、ベル君の話を聞きたいって言われているんだ。だから買い物が終わったら『星屑の庭』に来てくれ。僕もこれからそっちに行くし、向こうで二人で待ってるからさ」
「わかりました、神様。それじゃあ、途中まで二人で行きましょうか」
「ああ、そうだねベル君!」
ベルとヘスティアは二人一緒に本拠を出て途中まで一緒に道を行き、別れ、ベルはギルドに辿り着いた。
ギルドの受付にいたエイナは他の冒険者の相手をしていたので順番を待ち、少ししてベルの番がまわってきた。
「こんにちわ、エイナさん」
「あっ、こんにちわ、ベル君。二日ぶりだね。今日はダンジョンに行く格好じゃないけど、どうしたの?」
「はい、エイナさん。今日はダンジョンじゃなくて、エイナさんに報告があって来ました。ここだとちょっと話せないので、個室の方を使わせてもらえませんか?」
「ここじゃ話せないような内容なの?」
「はい。僕のステイタスに関するものなので……」
「ああ、それは確かに個室じゃなきゃダメだね。わかった。個室は……ちょうど今、空いたみたい。それじゃあ行こっか」
「はい、エイナさん」
ベルはエイナについて行き、ギルドの防音の個室へと入る。
そして一昨日の出来事とランクアップの話をし、エイナに何度目ともわからない絶叫を上げさせるのだった。
◆◆◆
「【剣姫】ちゃん、張り切ってるわねぇ」
ダンジョン49階層【
その階層で
アリーゼのすぐそばには【アストレア・ファミリア】の他三人の姿もあり、その呟きに同意する。
「あんなものを見せられては、張り切るなという方が無理な話であろう、団長」
「そりゃそうだぜ、団長。あの兎に中てられるなって方が無理がある。道中でも【凶狼】やヒュリテ姉妹は大暴れしてたし」
「そうですね、アリーゼ、輝夜、ライラ。かくいう私も、少し『冒険』をしたくなっています」
「あら、リオンが? 珍しいわね」
リューが『冒険』をしたいと言い、いつもは周りに歩調を合わせるリューらしくないと、アリーゼがリューに顔を向ける。
リューは首を傾げているアリーゼに「ええ」と頷いた。
「師匠である私の目の前で弟子にあんな姿を見せられたのですから、尚更に」
「それもそうね。ただ……その顔だと、それ以外にも理由があるんじゃない?」
そんなことをアリーゼに言われ、リューは少しばかり目を見開き、頷いた。
「アリーゼにはわかりますか。実はアリーゼ達があの場に来る少し前に、クラネルさんに言われたのです。貴方達は聴こえていませんでしたか? 結構な大声でしたので、貴女達にも聴こえていたと思うのですが」
「聴こえてないわね。あそこ、音が反響するもの。ね、輝夜、ライラ」
「ああ」
「そうだな、団長。で、あの兎は貴様になんと言ったのだ?」
輝夜に促され、リューは口を開いた。
「それが、『もうリュー・リオンに、助けられるわけにはいかないんだ』と」
そうリューが伝えると、アリーゼとライラは驚いたように目を見開き、輝夜は「ほう」と逆に目を細めた。
「兎のくせに、言うではないか。まだ一か月だが、もう師匠離れをしようというのか」
「どうでしょうか。これからも私は彼を稽古をつけるつもりですし、クラネルさんもそのつもりではあると思いますが」
「そりゃお弟子君はこれからも来るでしょうけど……男の子してるじゃない、お弟子君」
「そうだな、団長。あの兎、あんな可愛い顔してるわりに、ちゃんと男じゃねえか。で、リオンはどうすんだよ? 早くしないと【剣姫】が――あ、今【凶狼】とヒュリテ姉妹も加わった。あれじゃすぐフォモールもいなくなんぞ」
そうライラに促され、「そうですね」とリューはアルヴス・ルミナを手に持った。
「そろそろ私も行きます。アリーゼ達はどうしますか?」
「私も行くわ!」
「アタシは別に」
「私は行こう。おい、糞雑魚妖精。私とどちらが多くモンスターを倒せるか勝負だ」
「私と輝夜が勝負したところで結果はわかりきっていますが……ええ、受けて立ちます」
「おや、もしかして
「勝てる勝てないの話ではありません。ただ……弟子が格上に挑む勇ましい姿を見せたのですから、師匠の私がしなければ示しがつかない。そう思っただけです」
「言うではないか、糞雑魚妖精。地上に戻ったら、貴様が無様にも私に負けたと、あの兎に報告してやろう。貴様がどうやって負けたのか、詳細に語りながらな」
「その挑発、受けて差し上げます。クラネルさんに私が情けない姿をしていたなどと、報告されてはたまりませんので」
そうして三人揃って武器を片手にフォモールの群れへと突っ込んでいく。
そしてそんな彼女達とは入れ違いに、ライラの元へフィンが近づいてきた。
フィンの後ろにはリヴェリアとガレスもいる。
「相変わらず、君達は仲が良いね。うちの幹部陣には見習って欲しいんだけどね。特にベートとかには」
「お、アンタの方からアタシに声をかけてくれるなんて珍しいじゃねえか、一族の勇者様よ。もしかして、アタシの求婚に応えてくれる気になったのか?」
「はは、違うとも。いやなに、あの少年について聞こうと思ってね。聞こう聞こうとは思ってたんだけど、なかなかタイミングを掴めずにいたから」
フィンがそう言うと、ああそのことかと、ライラは「ちぇっ」と口を尖らせるも律儀に促す。
「そういえば団長がアンタに教えるって言ってたな。それで? 何を聞きたいんだ、一族の勇者様? 後ろのお二人も聞きたそうにしてるけどよ」
ライラがフィンの後ろに控えるリヴェリアとガレスに顔を向けると、リヴェリアの方が一つ頷いた。
「そうだな【狡鼠】。まずは――あの少年が本当に【静寂】の息子なのかどうかだな。義理だそうだが。そうだとしても、あれに子供がいるなどと聞いたこともないし、想像もつかん」
「ああ、マジもマジ、大マジさ【九魔姫】。アストレア様も確認をとってる」
ライラがそう答えると、リヴェリアが頭を痛そうに抑え首を横に振った。真実、頭が痛いのだろう。
なにせあのアルフィアだ。リヴェリアでなくとも、そうそう信じられることではないだろう。
「本当に【静寂】の子供なのだな。それならばあの強さにも納得がいく」
「正確には甥だけどな。それにあの兎、アルフィアに鍛えられてたんだぜ。しかも恩恵無しで。信じられるか?」
そうライラが教えると【ロキ・ファミリア】の三首領が誰にでもわかるほどはっきりと目を見開いた。
「ま、そういう反応になるよな。アタシからすれば、まあ、あのアルフィアだしって感じだけどよ」
「そういえば……一時期、君達の所に【静寂】がいるなんて話が出回っていたね。噂程度で確証はなかったんだけど、本当だったんだね」
フィンにそう言われ、ライラはしまったなと頭をかく。
まぁ今はアルフィアもオラリオにはいないし、しばらくの間は帰ってこないとベルからも聞かされている。
どちらにしろもう過去の話だからと、ライラはそのことを認めた。
「ああー、そうだな。それについてはアタシ達もアルフィアから口止めされてたし。今となっちゃあんまり関係ねえけどよ……二年間ぐらい、アタシたちの本拠にいたぜ」
できればこれ以上は深堀されたくはないなと、あの地獄のような日々を思い出したライラは思う。
そんな願いが通じたのか定かではないが、フィンがベルのことへと話題を戻した。
「その話も聞いてみたいけど、今はあの少年のことだ。彼が【静寂】の子供だから【疾風】のリオンが弟子にしたのかい? 色々と君達とも繋がりがあるようだし」
「それについては偶々だ。アタシ達はリオンが弟子に取った後にそのことを知ったんだよ。兎の話はアルフィアからほんの少し聞いてたけど、実際には会った事がなかったからな。リオンなんかはなんとなく気付いてたみたいだけどよ」
「偶然にしては出来過ぎな気もするが……」
「そうだけどよ、もしかしたらあの兎が【アストレア・ファミリア】に入ったかもしれない未来だってあるんだぜ。あの兎、ヘスティア様が拾わなかったらアストレア様のところに来てただろうし」
「というと?」
「アルフィアから手紙を預かってたんだとよ。良い神様が見つからなかったら、アストレア様に渡すようにってな。アルフィアも、いつになるかはわからねえけどオラリオに帰ってくるみたいだし、どのみちアタシ達とは繋がりができてただろうさ。それが早いか遅いかの違いでしかねえ」
「なるほど……」
兎からすれば早いに越したことはなかったんだろうけど、とライラは思う。
あの兎が誰に想いを寄せているのかは、リュー以外の全員が主神のアストレアを含めて気付いている。
ベルの態度や反応は分かりやすすぎるほどだが、その相手が相手だ。
自分の気持ちにも気付かないようなポンコツエルフに、弟子の気持ちなど分かる訳がないかとライラが考えていると、「これで最後だ【狡鼠】」とリヴェリアが前置き聞いてくる。
「あの少年の名前は?」
「ベル・クラネル」
「ベル・クラネル、ね。よし、覚えた。ありがとう【狡鼠】」
「アタシは別に聞かれたことに答えただけだけどな、勇者様」
「にしては、聞いていない事も話したようだったけど」
「やめろやめろ、思い出させるんじゃねえ。アタシ以外は喜々として思い出話に花を咲かせてるけど、アタシなんかは思い出すだけで胃に穴が空きそうになるんだ」
「君の胃に穴が空くほどなんて、よっぽどの事だったみたいだね。ご愁傷様と、そう言っておくよ」
「言いやがったな勇者様。ならアンタの胃にも穴を空けてやる。アタシもそろそろレベル5になるだろうし、そしたらアンタの嫁候補の筆頭だ」
「僕としては遠慮願いたいね。できれば君には、ランクアップしてもらいたくないんだ」
「なんてこと言いやがるんだこの勇者様は。ランクアップほどめでたいことはないだろうに。ほら喜べよ勇者様。パルゥムの女で初めての第一級冒険者になるんだ。一族復興の光にはもってこいだろ。そろそろフォモールも少なくなってきたし、アタシにはこれぐらいがちょうどいい」
「あ、おい待て! 君に第一級冒険者になられると流石の僕も認めざるを得なくなる! 済まないリヴェリア! 後は任せた!」
槍を持ち、ライラの進行方向にいるフォモールを、彼女にやられるまに自分で片づけるフィン。
その自分の【ファミリア】の団長の後ろ姿を見たリヴェリアは溜息交じりに呟いた。
「……はぁ、本当に、仲が良いんだか悪いんだか。お前たちの関係はよくわからんな」