……実は、その名は呼ばれ慣れていない。
産まれた時にたまたま日本にいたため、戸籍を得る際にその名を得た。しかし、親からその名で呼ばれた事は一度もなかった。
その男は天命機関で生まれ、天命機関で育った。
自分の名を覚えるよりも早く
他の天使のように転生者に対する憎悪はない。家業を継いだ、あるいはプログラミングされた作業を実行しているだけの感覚。
何の意志もなく、何の野望もなく、何の感慨もなく、何の怒りもなく、ただ転生者を殺すだけの機構。
それこそが、アダマス。
歴代最強と謳われた天使。
何の幸運か、彼には才能があった。
優れた演算能力を有する脳構造と、それを一切の揺らぎなく冷静に扱える精神性。そこに加えて天命機関で詰め込んだ知識と天使として培った経験が、彼の才能を『未来予測』へと昇華させた。
手を離した林檎が地面に落ちるのを分かるように、過去の膨大な記録と現時点の空の動きから明日の天気が予報できるように。収集した情報と演算によって、彼は未来を言い当てる。
「アリス・アウターランド、か。なるほど、私の知る限りの手段ではこの
何度も何度も
世界中を巡ってアダマスの計算を超える
それでも、不可能だった。
どうやらこの世界は終わるしかないのだと、小数点の彼方にさえ希望は見出せないのだと悟る。
それでも、諦めきれなかった。
どうしようもない
足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて。
──
「お前は……いや、あなたは? あなた? あんた? あはは、姉さんはどんな話し方だっけ。ぼくは、わたしは、あああ、あああああああああああああああああああああああ‼︎」
栗栖水希。
栗栖晶子に憑依した転生者を目撃して、一卵性双生児が故に同じ異能を発現した少年。
その異能を用いて転生者を殺し、姉の汚名を拭うために姉の姿形を模して善行を積む者。
もはや発狂と言っても過言ではない状態の
保護して、守護して、天使という新たな生き方へ導いた。……あるいは、新たな地獄へと突き落とした。
それは間違いなく断言できる。
……
(──
世界を救うために、
アダマスの演算能力がそう告げる。
人生で初めての努力だった。
アダマスには女心が分からぬ。いや、この場合男心と言うべきか。しかし、友人の一人もいないアダマスにとってはどちらも同じ事だった。
かつてない程に馬鹿な未来予測の使い方をした。その果てに、どうにか結婚に漕ぎ着けたのは幸運だった。……そのような未来へ誘導したのだから偶然ではなく必然なのだが。
「別にいいわぁ。恋愛なんて打算だらけなものよぉ。お金持ちと結婚したい、恋人がイケメンというマウントを取りたい、性欲を満たしたい。真に相手を求める愛なんて希少よぉ」
いつか、不安を溢したアダマスに対して水希──クリスは言ってくれた。
その回答さえも予測できていたのに、どうしてか、アダマスは彼女の口からその言葉を聞きたかった。
「重要なのは過程ではなく結果。告白も結婚も通過点に過ぎない。たとえ始まりが打算であろうとも、その相手と愛し合えるならばそれは幸せだわぁ。だから貴方も、わたしを口説いたのが世界を救うためだったのだとしても、……愛はあるでしょう?」
嬉しい言葉だった。
それでも、不安は拭えなかった。
クリスの心を誘導して、第一位を殺すための子供を生み出して、感情や倫理を踏み躙って、
確率は
小数点の彼方に希望は存在する。
クリスと出会う前の
十中八九、この世界は救われない。
第一位を殺す事などできやしない。
しかし、他の手を打つ時間はなかった。
未来予測が、自分の
第二位、第三位、第四位、第五位。
四人の
この未来は避けられない。否、避けられるが、その場合ただでさえ低い第一位殺害の確率が低下する。
どうしようもなかった。
もはや未来に託す以外の道はなかった。
────
「結局は、折手メアを利用する企みも失敗してこのザマだが」
アダマスは自嘲するように笑った。
折手メア。彼女を利用して第一位を殺害する僅かな希望を手繰り寄せるという計画は失敗した。むしろ、予定よりも早く第一位が引き寄せられる結果に終わった。
「あとは無限に繰り返される世界の可能性に託すしかない。六道伊吹、君が第一位を殺害する
アダマスと六道伊吹。
『原作』ではあり得ざる、二人の
折手メアならば喜んだだろうか。
分からない。少なくとも、今この場に彼女の姿は存在しない。
俺は彼女を取り戻す事ができず、
俺は死んだ。
第二位を殺せなかった。
その
「…………最初から、」
「うん?」
「最初っからテメェがやれば良かったんじゃねぇのか? 第二位も、第三位も、第四位も、第五位も、テメェがブチ殺せば──」
「それは無理だな。私では折手メアが認めないだろうし、私が出張って君の成長の妨げとなる訳にはいかない。君の可能性はこんなモノではないのだから」
成長。可能性。
つまり、今までの殺し合いは。
だから、今までの物語は。
コイツの掌の上で転がされていた、育成ゲームみたいに方向性だけ示されて放置されていたような、そんな作業だったのだろうか。
いつか俺が第一位を殺すための、そのための過程だったのだろうか。
「世界を救う。そのためならば、私は全てを犠牲にすると決めた。それは息子である君とて例外ではない」
「世界を救う……ねぇ?
「
既に世界の終わりは確定した。
第一位はこの世界に転生する。
故に、アダマスはその終わりを更に加速させた。
「……テメェの言葉は矛盾している。テメェの未来視を超えるイレギュラーを求めながら、テメェの未来視が無理だと言えば即座に諦める。
「
アダマスは肯定した。
自らの矛盾を、弱さを認めた。
──その上で、告げる。
「
例えば、と。
アダマスは指を一本立てた。
「第五位、クシャナの前世の世界は積み重ね過ぎた歴史の情報量に耐えきれず時間の流れが停止した」
例えば、と。
アダマスは立てる指の数を増やす。
「第三位、フラン=シェリー・サンクチュアリの前世の世界は拡散し過ぎた宇宙の熱量に耐え切れず終わった。第二位、ルーアハの前世の世界は時間経過による老衰によって世界そのものが死亡した」
世界。その容量は無限ではない。
有限の世界では、受け止められる情報量に限界がある。
「この世界だって同じだ。『白紙』の摂理による
無限の繰り返しはいつか破綻する。
有限の世界に余裕なんて物はない。
正義の味方。
穢れなき純白、毀れずの聖剣。
きっと、誰よりもアダマスはその罪深さを知っている。自らの外道を自覚している。
その全ての悪を呑み込んだ上で、彼の正義は燦々と輝く。度重なるループの全てを滅ぼしたとしても、この世界という大きなモノを救おうとしている。
尊敬する。
圧倒される。
六道伊吹では絶対にアダマスには成れない。
自分の怒りなんてちっぽけなモノのために拳を振るう俺では、世界を救うという大義名分のために世界さえ滅ぼすアダマスの正義には敵わない。
そう思い知る。
そう、思い知った上で────
「
ちっぽけな怒りを、貫き通す。
「…………何?」
「この世界は終わる? 今の俺じゃ第一位は殺せない? 巫山戯んなッ、クソが! 勝手なテメェの判断でこの世界を見限りやがってッ‼︎」
世界を救うとか。
それが絶対の正義だとか。
「やる。やるぜ、やってやるよ。こっからが本番だ! こっから、全てを覆す‼︎ 俺がテメェをブチ殺してやる‼︎」
「…………想定していた。君のその発言も予測はしていた……が、実際に聞いても信じられないな。数多ある世界線の中から何故その
「大層な理由なんて必要ねぇんだよ! 世界を救うのにも、世界を滅ぼすのにも‼︎ 俺が気に入らねえッ、それだけでテメェを殺すには十分だろうがッッッ‼︎‼︎‼︎」
「それで? 実際に何をするつもりかな?
ああ、そうだ。俺は幽霊に過ぎない。
六道伊吹の残滓。精神情報の残留。
世界を変えるような物理的干渉能力は持たない。
そんなモンッ、知るか‼︎
「だから、さァ‼︎ 力を貸せよ‼︎ どうせ
俺の声に応える動きがあった。
正直、
敵対関係にあったという以前に、
でも、それでも。きっと、
「
「
融合。記憶と精神が溶け出す。
誰の真似もできる才能と、誰にも真似できない才能が混濁する。
今の自分は六道伊吹か、九相霧黎か。そんな事だってどうでも良い。
「……何故そうも君は、確率の低い選択肢を突き進んで行くのか」
大切な人を殺された怒り。
アダマスを殺したい怒り。
それさえあれば、
「──こんな
▽分岐点62.0『九相霧黎の封印を放置する』を選択
第二位・ルーアハとの決戦の際、六道伊吹は九相霧黎の封印を無効化しなかった事で太陽に呑み込まれて死亡します。精神は幽霊となって世界に残留しますが、直後アダマスの介入によって世界は崩壊。ディートリンデを殺された九相霧黎に憑依して、二人でアダマスに挑みます。
▽本ルートの結末
二人の原作主人公の力を合わせてもアダマスには届きません。単純な相性差により呆気なく敗北し、この世界はアダマスの手によって滅ぼされます。
▽攻略のヒント
使える物は何でも使おう。後の事を考慮して出し惜しみしても目の前の事態は解決しません。未来の負債とか将来のリスクとか無視して突き進みましょう。