ダンまち・IF短編集


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作:まるっぷ
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それでも少年は諦めない


※原作14巻後のifとなっています。
 
 もしも原作よりベルの怪我が酷かったら?という話になっています。長めなので時間があ る時にでもご覧ください。


「………ん」

 

まず最初に感じ取ったのは、消毒液特有のツンとした匂いだった。

 

次いで柔らかなベッドと枕の感触。目だけを動かしてみれば清潔な白色が一面に広がり、あの地獄(・・・・)で散々見続けた乳白色とは真逆の印象を僕に抱かせた。

 

それは、安心感。

 

これほど心地よい目覚めを迎えられた事が、僕に一つの事実を告げる―――帰ってきたのだと。

 

「―――ベル君?」

 

その時だった。

 

僕が寝かされているベッドの左側にあるドアが開かれ、何かが落ちた音と聞き慣れた声が耳朶を打つ。そこに立っていたのは神様で、呆然とした様子で立ち尽くしていた。

 

足もとには水たまりと小さな桶が転がっていて、それが今の音の正体だろう。今更になって額に掛けられていた濡れタオルの存在に気が付き、同時に神様が世話をしてくれていた事を察する。

 

「……かみ、さま」

 

未だ立ち尽くしたままの神様を前に、僕は身体をどうにか起こそうとする。まだあちこちに鈍痛のようなものがあるけど、それでも寝たまま挨拶をするのは失礼だと思ったから。

 

「…………目が覚めたんだね」

 

「………?」

 

身体の痛みを無視して起き上がろうとする僕は、ここで神様の様子がいつもと違う事に気が付いた。常に浮かんでいた笑顔はなく、無理に笑おうとして失敗したような、妙な違和感が漂っている。

 

そんな神様が心配になり、僕は早く起き上がろうと躍起になった。

 

右手でベッドに手をつき、ようやく上体が僅かに浮いた。次いで左手で手をつきバランスを整えようとして―――――ガタンッ!と、ベッドから落ちてしまった。

 

「うわっ!?」

 

「ベル君っ!?」

 

木目調の床にべしゃりと無様に落下した僕に、神様が慌てて駆け寄ってくる。未だ完治していない傷に衝撃が伝わり、浮かんでくる涙を必死になって堪えた。

 

(い、一体何が……)

 

僕は今、確かに左手で手をつこうとした。ところが、まるでその部分だけが丸く抜け落ちてしまったかのように、左手は空を掴んでいた。

 

余りに不可解なこの事実に、僕は目尻に涙を浮かばせた瞼を薄く開き、左手を見て―――――そして。

 

 

 

 

 

「    」

 

 

 

 

 

思わず、絶句してしまった。

 

だってそこには見慣れた左手はなく―――――肘から少し先を残して、綺麗さっぱりなくなっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、僕が目を覚ました事はすぐにヴェルフたちに伝わった。

 

ファミリアのみんなだけじゃなく、アイシャさんにダフネさんにカサンドラさん、シルさんや『豊穣の女主人』の皆さんにナァーザさんやミアハ様、あとはタケミカヅチ様といったたくさんの方々がお見舞いに来てくれた。

 

リューさんはまだ別室で寝ているようだけど、あっちは後遺症の残るような怪我をしていないと聞いて、とりあえずは安心した……と思う(・・)。それどころか、お見舞いに来てくれたみんなの話もすでにうろ覚えだった。

 

そんな曖昧な風に感じてしまうのは、やっぱり僕自身、なくなった左腕の事をまだ受け止めきれていないからなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「苦渋の決断でした」

 

個室に通された僕と神様。僕自身は椅子に座り、その後ろに神様が立っている。それと対面する形で椅子に座っているアミッドさんは、そう切り出した。

 

アミッド・テアサナーレ。

 

戦場の聖女(デア・セイント)】の二つ名を関するこの女性は【ディアンケヒト・ファミリア】が誇る都市最高の治療師(ヒーラー)で、その力は階層主でさえ根負けする程であるというすごい人だ。

 

そんな人が“苦渋の決断”だと言う。

 

「ここに運び込まれた時、貴方は生きているのが奇跡のような状態でした。満身創痍の身体に極度の疲労と精神疲弊(マインドダウン)が重なり、更に重度の失血も見られました」

 

そんなぼろぼろの状態で運び込まれた僕は、普通の治療院だったら一目で手遅れだと思われてしまう事だったろう。本当に、ここまで運んでくれたヴェルフたちには感謝の一言に尽きる。

 

「どうにか一命は取り留めましたが……左腕の方は、私でも駄目でした」

 

鎮痛な面持ちでそう語るアミッドさんは、その口を重くしながらも続ける。

 

「通常の傷であればなんであれ、私が全て癒します。しかしクラネルさんの場合は、状態が酷過ぎた(・・・・)

 

度重なるモンスターとのエンカウントに、僕は時に左腕に巻いていた《ゴライアスのマフラー》を盾として扱った。イレギュラーな階層主のドロップアイテムから造られたこのマフラーは非常に頑丈で、これがなければ比喩なしに死んでいただろう。

 

しかし中身(・・)は違った。モンスターの牙を、爪を受ける度に皮膚は裂け、肉は千切れ、骨は砕かれた。あれだけ激しかった戦闘の中で腕を千切り取られなかったのは、本当に奇跡に近い。

 

「左腕の『組成』は残っていたのですが、そのほとんどは時間が経ち過ぎていました。中には毒に侵されていた部分も……」

 

僕がリューさんと共に『深層』を彷徨っていた時間は、実に四日間。

 

それだけの時間があれば、ぐちゃぐちゃにされた左腕が腐って(・・・)しまうのは自明だ。毒に侵されていたと言われたが、それは恐らく『ペルーダ』の事だろう。

 

左肩に突き刺さった毒針をヴェルフから貰ったナイフ《白幻》で強引に治癒したが、その毒が僅かに左腕に回っていたのだ。あの時左腕はすでに壊れていたので、毒の痛みにも気が付かなかった、という訳だ。

 

「強引に元の形に戻しても、死んだ神経や筋肉は戻りません。それどころか、壊死の原因にもなりかねないのです。ですので申し訳ありませんが……切断、させて頂きました」

 

「………」

 

対面し、彼女の話を無言で聞き続ける僕の肩に、神様の小さな手が添えられる。衣服越しに伝わるその確かな熱は、まるで僕を慰めているかのようだった。

 

神様は鎮痛な面持ちを崩さず、それでもアミッドさんに感謝の意を述べる。

 

治療師(ヒーラー)君。ベル君の命を救ってくれて、本当にありがとう。そして……辛い選択を強いてしまって、すまない」

 

「いえ、神ヘスティア。感謝を言われるには値しません……私はクラネルさんの冒険者生命を、絶ってしまったのですから」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

僕の視界は、じわりと歪められてしまう。

 

「っ……ぅぅ……!」

 

止めどなく溢れてくる涙。

 

後悔、悔しさ、悲しさ、怒り。様々な感情が洪水となって僕の胸を埋め尽くし、情けない嗚咽を止められない。

 

「ベル君……」

 

そんな僕に、神様は何も言わなかった。

 

ただ、ぎゅっと。僕の両肩に腕を回し、優しく抱き締めてくれた。普段なら赤面してしまうような行為も、今の僕には少しも気にならなかった。

 

それは幼き日の自分。森で出くわした野生のゴブリンにぼこぼこにされて帰ってきた僕を抱き締めてくれた、おじいちゃんの温もりに似ていた。

 

ただ違う点があるとすれば、それは、僕の頬に零れ落ちた透明な雫だ。

 

決して広くはない個室の中、僕の嗚咽だけが木霊している。

 

こうして―――――僕の冒険者としての道は、絶たれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……その、風が気持ちいいですね」

 

「……はい」

 

冒険者としての終わりを告げられてから数日後。僕とリューさんは、二人きりで外を歩いていた。

 

外と言っても街中ではなく、治療院の裏手に設けられた小さな庭園の中である。柔らかな日差しが降り注ぎ、木にとまっている小鳥がさえずり、そよそよと気持ちのいい風が頬を撫でる、そんな天気だった。

 

でも、並んで歩く僕たちの間には、重苦しい空気が圧し掛かっている。

 

その原因となっているのは、やはり僕の左腕だった。

 

「……あっ、今日はリリが花を持ってきてくれたんですよ!ここのところ毎日で、このままじゃ花粉症になっちゃうくらいで……」

 

「………」

 

「………その……えっと……」

 

必死に場を和ませようとするも、全て失敗している。せめて少しでも笑ってくれたらと敢行した冗談さえも不発に終わり、いよいよ成す術がなくなってしまう。

 

会話もなく、僕たちは庭園を歩く。ダンジョンとは程遠い朗らかな景色も、今の僕たちには何の慰めにもなっていなかった。

 

「………ベル」

 

「は、はい!?」

 

ビクゥッ!と肩を跳ねさせる僕。

 

不意にかけられた声に挙動不審になる僕を尻目に、リューさんは少し間を空けてこう口にした。

 

「………ごめんなさい」

 

「……っ」

 

その言葉に、僕は何と返したら良いのか分からなかった。

 

唐突に告げられた謝罪。それの意味するところは分かっているはずなのに。

 

「あの時、私は無理をしてでも貴方の左腕を治癒すべきだった。そうすれば貴方は……左腕を失ってしまう事もなかった……」

 

「リューさん……」

 

美しい顔を悲痛に歪め、妖精は懺悔を続ける。

 

 

 

 

 

リューさんは目覚めた直後、僕の病室へと駆け付けてくれた。そして僕のなくなった左腕を見て、その場で泣き崩れてしまった。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!』

 

床に崩れ落ちたリューさんの姿はとても痛ましく、見ている僕の方が泣きたくなってしまう程だった。駆け付けたシルさんたちに抱き起こされた後も、彼女は何度も謝罪の言葉を口にしていた。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい………許して……!』

 

その時の彼女の姿が……今でも頭から離れない。

 

 

 

 

 

もしもあの時。一回でも僕の左腕を癒していたら、結果は変わったのかも知れない。重い後遺症が残ろうと、どうにかなったのかも知れない。

 

それでもあの時は、あれが正解だったんだ。動かせる見込みのない左腕よりも、僕の他の怪我とリューさん自身の折れた脚を治癒する。動きが止まれば、それこそ死んでしまうのだから。

 

にも関わらず、リューさんは自分を責め続けている。

 

「治癒出来たはず……いいえ、精神疲弊(マインドダウン)を起こしてでも、治癒すべきだった……!」

 

そう。リューさんは今も責められているんだ。他でもない、自分自身に。

 

僕の左腕がなくなったのは自分があの時治癒しなかったからだと、選択を間違えたのだと。底なし沼のように、深い自責の念に駆られている。

 

 

 

「私は……また、奪ってしまった」

 

 

 

「……ッ!!」

 

だから僕は。

 

これ以上、妖精に自傷させない為に。

 

これ以上、彼女が罪を背負わない為に。

 

これ以上……リューさんを泣かせない為に。

 

せっかく自身に課した罪の鎖である《ジャガーノート(悪夢)》を断ち切ったというのに、自責(ぼく)という新たな鎖を課してはならない。

 

その一心で、僕は神様がしてくれたように―――――彼女の体を、ぎゅっと抱き締めた。

 

「っ!?」

 

リューさんの呼吸が一瞬止まる。

 

僕の呼吸も、一瞬止まる。

 

隻腕となった身でリューさんの体をこれでもかと密着させ、僕は力の限り、彼女の体を抱き締めた。

 

「そんな事っ、言わないで下さい……!」

 

幼き日に読んだ冒険譚の英雄のような行動とは裏腹に、絞り出した声は情けなくて。

 

まるで今にも泣きだしそうな子供のように弱々しく、そして頼りなくて。

 

それでも僕は、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「あの時リューさんがいなかったら、僕は死んでいましたっ。モンスターに、暗闇に、ダンジョンに殺されていました」

 

頼り()だったのは、リューさんだけでした。貴女がいなかったら、僕は死んでいました」

 

「だからっ……だからこれ以上、自分を責めないで下さい……っ!」

 

 

 

 

まともな言葉を絞り出せたのはここまで。

 

僕たちは庭園の真ん中に座り込み、人目もはばからずに泣き喚いた。

 

「っう……うぅ、ぁぁあああああぁぁぁぁぁああああああああああああっっ!!」

 

それは果たして誰のものだったのか。僕か、リューさんか……いや、きっと僕たち二人のものだろう。

 

心の内に仕舞い込んだ様々な感情。

 

後悔、悔しさ、悲しさ、怒り。これほどまでに残っていたのかと驚くほどに、感情の濁流が塊となって噴出する。

 

どちらのものかも分からない感情を爆発させた僕たちは、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

そして、どちらからともなく、口を開いた。

 

 

 

「……ただいま(お帰り)

 

「……お帰り(ただいま)

 

 

 

その微笑みを、僕は一生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に数日後。

 

僕とリューさんの体調もすっかり良くなり、一応は退院の運びとなった。経過観察はするみたいだから今後も治療院には通う事になるけれど、それでも本拠(ホーム)に帰ってこられたのはすごく嬉しい。

 

リリ、ヴェルフ、命さん、春姫さん、そして神様と共に、僕らは本拠(ホーム)の扉を開いた。

 

「ただいま」

 

誰に言うでもなく、そう呟く。

 

「お帰り、ベル君」

 

その呟きに言葉を返してくれる神様。

 

たったそれだけの事なのに、何故だかそれが無性に嬉しかった。

 

 

 

 

 

「ベル様、大丈夫ですか?やっぱりリリも一緒に行った方が……」

 

「大丈夫だよ。もうどこも痛くないし、それに上手く隠してるから」

 

心配して同行してくれようとしているリリの提案をやんわりと断り、僕は玄関へと向かう。そのリリの背後には控えるようにして神様たちもいて、大袈裟なお見送りにも思えてしまう。

 

「なぁベル、何も今日行く必要はないんだぜ?一日か二日遅れたって別にとやかく言われねぇよ」

 

「そ、そうですベル殿!今日のところは安静に、そう、安静にしていましょう!私と春姫殿が看病いたします!」

 

「ひゃ、は、はい!?春姫でよろしければいくらでも看病させて頂きますっ!何となれば夜のご奉仕も……!」

 

「「 調子に乗るなァ!! 」」

 

「こんっ!?」

 

ヴェルフが引き留め、命さんがそれに乗っかり、春姫さんがおどおどしながらもうっかりとそう零し、神様とリリからの雷が炸裂する。いつもの光景が戻りつつある事に、僕は安心にも似た感情を覚えた。

 

現在、僕の左腕には骨折用のギプスを模したものが取り付けられている。一人で街中を歩く時のためにヴェルフが作ってくれた、カモフラージュ用の品である。三角巾で吊っており、見た目は完全に骨折した人だ。

 

自分で言うのもなんだけど、僕はすっかりオラリオでは有名人になってしまった。そんな僕が左腕をなくしたまま歩いたりすれば、あっという間に街中に噂が広まってしまう。だからこそのカモフラージュだ。

 

いつかはバレる事だけど、それはもう少し後でも良いはず……というのは、やっぱり未練があるからなんだろう。

 

「神様。それにみんな、ありがとう……でも、行ってきます」

 

その未練を断ち切るためにも、僕は心を決めて扉を開ける。

 

目的地はギルド。そこに行く理由はたった一つ。

 

そう。たった一つなのだ。

 

 

 

 

 

「ベル君!?」

 

ギルドの受付に着くなり、エイナさんは目を見開いて駆け寄ってきた。ギルドの花と言われる受付嬢の中でも人気の彼女がそんな事をすれば、当然他の職員や沢山の冒険者の目も引く訳で。

 

「お、【白兎の脚(ラビット・フット)】」

 

「しばらく見かけなかったが、なんだ、怪我なんてしてたのか」

 

「レベルが上がって調子乗ってんだろ。いい気味だ」

 

冒険者、特に受付嬢の気を惹きたい若い男性からは容赦のない言葉が聞こえてくる。まぁ、普段からよくエイナさんと話をしたりするから、こんな態度にももう慣れている。

 

それよりも僕が驚いたのは、エイナさんの慌てぶりの方だった。

 

「やっとダンジョンから帰ってきたの!?もうっ、本当に心配したんだからっ!」

 

「ご、ごめんなさい!?」

 

駆け寄り、僕の肩を掴み、目を合わせて語りかけてくる。至近距離にまで迫った端正な顔立ちにどきまぎしていると、エイナさんは急に顔を赤くして俯いてしまった。

 

一体どうしたのだろう、と思い、僕はおずおずといった風に声を掛けてみる。

 

「あの……え、エイナさん?」

 

「あっ、え、えっと。その……とっ、とりあえず場所を移そっか!?」

 

そう言って、エイナさんは僕の右手を取ってギルドの奥へと案内する。

 

ヒューヒュー!お熱いねぇ!という冒険者たちからの冷やかしを背中に浴びながら、心なしか腕を引っぱる勢いが強くなっているような気がした。やっぱり冷やかされるのは嫌なんだろう。その相手が僕じゃあ、なおさらだ。

 

「そういえばベル君、左腕は大丈夫なの?」

 

「っ」

 

ギルドの廊下を進んでしばらくした後。

 

周囲に誰もいなくなった辺りで、エイナさんは不意にそう質問を投げかけてきた。振り返った彼女の顔は心配そうで、その顔を更に曇らせてしまう事になるのが分かり切っている僕は、思わず言葉に詰まってしまう。

 

「……エイナさん」

 

「?……どうかしたの、ベル君」

 

薄暗い廊下が続く中。言うべき言葉を口にする為、僕は生唾を飲み込む。いざ対面するとこうも決心が鈍ってしまうのかと、愕然とした。

 

それでも言わなければならない。手続きなど色々あるだろうけれど、まず最初にこの人に、この人だけに伝えたかったからだ。

 

冒険者になってからここまで支え続けてくれた、ある意味では最も身近で大切な人に。

 

「言わなきゃいけない事があります」

 

ようやくそう口にして、僕は左腕を吊っている三角巾を解いた。

 

その行動に驚くエイナさんに罪悪感にも似た感情を覚えつつも、それでも止める訳にはいかなかった。

 

最後に僕はギプスを取り外し、隠していた左腕を彼女の前に晒す。

 

息を飲み、絶句するエイナさんは初めて左腕を見た時の僕に似ていて、だからこそ、その絶望の程が分かってしまった。

 

これでもう後戻りは出来ない。

 

そう自分に言い聞かせつつ―――――ここへ来た目的を告げる。

 

「僕の冒険者登録を、抹消してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル君が、冒険者でいられなくなる……!?」

 

時間は数日前、ベルとリューがまだ目覚めていない頃にまで遡る。

 

一命を取り留めた二人の処置を終えたアミッドは【ヘスティア・ファミリア】一同とその主神ヘスティアを呼び、ベルの今後についてを話した。

 

つまり、冒険者として生きるのは無理である、と。

 

「そんな、そんな事があるかよっ……!」

 

「嘘です……ベル様に限って、そんな……」

 

愕然とするヴェルフに、呆然とした様子のリリ。

 

「うっ、うぅ……!」

 

「春姫殿……」

 

両手で顔を覆ってさめざめと泣く春姫に、そんな彼女に寄り添う命。

 

「………」

 

そして一切口を開かず、表情を硬くしたままのヘスティア。

 

告げられた残酷な真実に、それぞれの反応を見せる一同。治療師(ヒーラー)という職業柄、こういった光景を何度も見てきているであろうアミッドも、この時ばかりはやるせなさを隠しきれなかった。

 

「本当に、冒険者を続ける事は出来ないのかい?」

 

しばらくして後。全員が落ち着きを見せた頃に、ヘスティアは開口一番にそう尋ねた。

 

神の眼を真正面から受けたアミッドは、それでも臆する事無く真実だけを告げる。

 

「……冒険者を続ける事自体は出来るかも知れません。しかしそれはサポーターとしてか、良くても後衛として。前線で今までのように戦うのは、極めて難しいでしょう」

 

アミッドは治療師(ヒーラー)である。彼女が救ってきた命は数多く、死の縁から呼び戻した者も少なくない。

 

それでも、失った手足を生やす事は出来ないのだ。

 

「ダンジョンでモンスターに襲われ、手足を持っていかれる例は少なくありません。そのような方々は命を取り留めた後、冒険者を引退するのが普通です」

 

五体満足であってもダンジョンとは過酷な場所である。例えいくら気持ちが強くても体はそれに付いて行けず、ほぼ確実にパーティの足手まといになってしまう。仲間に迷惑を掛けない為にも、そういった者たちは大抵ファミリアを去ってゆくのだ。

 

身体障害のある者をタダで住まわせる余裕がない、そんな零細ファミリアではなおさらに。

 

「……そうです、ナァーザ様の義手!」

 

ここで、急にリリが声を張り上げた。

 

その内容にピンと来ないヴェルフと命、春姫を置き去りにして、彼女は名案であるかのように語り始める。

 

「ナァーザ様の義手はこの【ディアンケヒト・ファミリア】製と言っていました!手袋を外さなければ分からない位に、まるで本物の腕のように扱っていたではありませんか!」

 

「それは本当か、リリ助!?」

 

リリの言葉にヴェルフたちは空気を一転させ、希望を見出し始める。ベルが冒険者を続けられる可能性が見えてきたのだ。

 

だがしかし、そんな空気を破壊してしまうような言葉が、アミッドから放たれる。

 

「それも、恐らく難しいです」

 

「え……」

 

短く告げられた一言に、再び場の空気が凍り付いた。

 

それを振り払うかのように、リリはアミッドに詰め寄る。

 

「ど、どうしてですか!?もしかしてお金の問題ですか!?それならリリたちが何年、何十年掛かってもお返ししますから……!」

 

「お金の問題ではなく、性能の問題です」

 

リリが必死に食い下がるも、アミッドがそれを一蹴してしまう。下手な希望を抱かない様に、という彼女なりの優しさなのかも知れないが。

 

しかし、その言葉にヴェルフはどこか引っ掛かりを覚える。

 

「性能の問題……それはどういう意味だ」

 

「文字通りの意味です。『銀の腕(アガートラム)』は確かにある程度の強度はありますが、飽くまで日常生活用の義手なのです。クラネルさんのようなレベルの冒険者が嵌めて、これまで通りの冒険が出来るかどうかと問われれば、答えは否です」

 

銀の腕(アガートラム)』。

 

【ミアハ・ファミリア】唯一の団員であるナァーザが身に着けている義手であり、普段は衣服と手袋によって隠されている。余りにも普通に扱っている事から、一見すると義手などとはとても思えない代物だ。

 

素材は銀と宝玉で、お世辞にも頑丈とは言えない。もともと弓を扱う冒険者であったナァーザであれば問題はないが、ベルの場合は前衛で、武器もナイフというモンスターと接近しなければならない立ち位置だ。

 

そんな冒険者が、果たして『銀の腕(アガートラム)』を嵌めただけで今までと全く同じ動きが出来るだろうか。

 

上手く立ち回れば大丈夫……本当にそうか?

 

もし義手が外れたら?壊れたら?盗まれたりでもしたら?

 

目先の希望だけを見るのではなく、あらゆる可能性を考慮した上でのアミッドの言葉。この時のヘスティアたちは、それを受け止める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドを出る頃にはすっかり太陽も高くなり、眩い日差しがオラリオを照らしていた。

 

「眩し……」

 

容赦のない日差しを右手で遮り、僕は本拠(ホーム)への帰路につく。街中には見慣れた冒険者たちの姿が散見され、それらをつい目で追ってしまう。

 

 

 

―――――もしも左腕が無事だったら……―――――

 

 

 

「……っ」

 

不意に浮かんできたそんな言葉を、ブンブンと頭を振って無理やり追い出す。

 

この期に及んで往生際が悪い性格を恨めしく思いながら、僕は止めていた足を再び動かし始めた。

 

「早く、帰らなきゃ」

 

みんなが心配しているだろうから。その事だけを考え、足早に喧噪の中を抜けてゆく。

 

道中、誰とも目を合わせる事はなかった。

 

 

 

 

 

エイナさんに全てを打ち明けた時、彼女は一筋の涙を流していた。

 

泣き声を上げず、すすり泣きもせず。ただ静かに、涙を流し続けた。

 

『ベル君……』

 

そして、エイナさんは僕を抱き締めてくれた。

 

背丈はそれほど変わらないため、頬を細く綺麗な髪の毛がくすぐる。後頭部に回された手袋越しの彼女の手は優しく、くしゃっ、と僕の髪の毛を撫でてくれた。

 

『大変だったね』

 

まるで母親が子供をあやすように、エイナさんは僕を撫で続ける。

 

『そして、辛かったよね。せっかくここまで来れたのに……こんな事を、自分から言わなくちゃならないなんて』

 

彼女の声が段々と震えてくるのが分かる。

 

同時に、僕の視界にも変化が訪れる。

 

『でもね、これだけは言わせて。ベル君』

 

未だ涙が枯れる事のないエイナさんは、僕の目をまっすぐに見ながら口を開いた。

 

『生きててくれて、ありがとう』

 

そんな僕たちのやり取りは、どこか数日前の僕とリューさんに似ていて。

 

散々泣きはらしたあの時の記憶が蘇ってきて、それが更に涙を誘って。

 

結局、また、泣いてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル様ー、パンが焼けましたよ!」

 

「は、春姫がお持ちいたします!」

 

「春姫殿、駄目です!それは素手で持つには余りに熱すぎ……!」

 

「こんっ!?」

 

「ああっ、もう!なにやってるんですかぁ!」

 

「うるせぇなぁ。朝飯の準備くらいもう少し静かに、って熱っちぃ!?」

 

「うわぁあっ、焼き立てパンがヴェルフ君の顔面に!?」

 

僕がギルドに行ってから、もう一週間は過ぎている。

 

この間みんなはダンジョンに行く事もなく、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。

 

僕の知らないところで激闘を繰り広げていたヴェルフたち。その中でもリリは昇格(ランクアップ)する事ができて、今やLv.2だ。ダフネさんの指示のもと習得した指揮能力は先の戦闘でも遺憾なく発揮され、パーティの要と言っても過言ではない。

 

ともかく、間違いなく今までの中で一番過酷だった戦闘を終えたみんなは、思う存分羽を伸ばしているのだ。

 

と言っても、外で豪遊するような事はしない―――と言うか、リリがそれを許さない。ファミリアの財布はリリが握っているのだ―――。飽くまで普段通りに。僕らの本拠(ホーム)を中心に、何てことのない毎日を謳歌している。

 

春姫さんはメイドの修行として、リリのお手伝いをしている。……まぁでも、今朝も焼き立てのパンを配ろうとしたところで、いつものお決まりを発動させていた。

 

その様子に命さんはあわあわしながら見ている事しか出来ず、神様も宙を舞うパンに驚いていた。一番の被害者は、その焼き立てパンを顔で受け止めたヴェルフだけど。

 

「―――あははっ」

 

本当に、本当に何てことのない時間ばかりが過ぎていく。

 

この光景も、このオラリオに来て冒険者となり、数々の冒険をしなければ手に入れられなかったものばかりだ。

 

だからこそ、僕は前を向ける。

 

冒険者じゃなくなっても、今までの冒険が消える事はない。僕のしてきた事は、決して無駄になんてなっていない。

 

だから今日も、僕は笑えるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、ちょっと出かけてくる」

 

「留守を頼むよ、みんな」

 

朝食を終え、リリと春姫が食器の片づけをしている頃。珍しい事に、ヴェルフと神様は一緒にどこかへ出かける用事があるのだと言う。

 

一体どこにだろう、と不思議に思い、僕はなんとなくその疑問をぶつけてみた。

 

「ヴェルフ、どこに行くの?」

 

「ちょっとヘファイストス様の所までな」

 

「へぇ……神様も行くんですか?」

 

「ああ。そろそろヘファイストスの所で従業員をするのにも疲れてきてね、業務改善を物申しに行ってくるのさ!」

 

「業務改善ってヘスティア様、普通に仕事してるだけじゃないですか……」

 

「いいや、これは労働基準法違反だよヴェルフ君!まずはあの制服からだ!もう胸がつかえて仕方がないったら!」

 

ふんすと意気込む神様に、呆れた風に笑うヴェルフ。そんな二人につられて、僕もまた笑う事ができた。

 

行ってきまーす!と元気な声で本拠(ホーム)を後にする神様と、その後に続いて出てゆくヴェルフ。扉が閉じ、二人の姿が見えなくなると僕は踵を返して、広間まで戻っていく。

 

すっかり馴染んだとはいえ、やっぱりこの本拠(ホーム)は広すぎる。僕もダンジョンに行けなくなっちゃったし、いっその事この建物を売りに出して、もっと小さくて生活しやすい住処に変えた方が良いのかも?

 

そんな事を考えつつ戻ってくると、今度は掃除道具を手にしたリリと命さん、そして春姫さんと出くわした。

 

「あっ、ベル様」

 

「春姫さん。これから掃除ですか?」

 

「はい。今日は特に用事もないので、これを機に本拠(ホーム)の大掃除をしようという事になりまして」

 

はたきを片手に意気込む春姫さんは、帯を縛って極東の衣服―――着物だったかな?―――の袖をまくっている。命さんも同様の恰好をしており、リリに至っては三角巾を頭に巻き、バケツと雑巾を持っての完全装備だ。

 

そんな三人を前にして、僕だけがぼーっとしている訳にもいかない。

 

「うん。それじゃあ僕も手伝うよ」

 

「ベル様もですか?」

 

「お休みされていてもよろしいのですよ?」

 

リリと命さんはそう言ってくれたが、それだと正直、居心地が悪いのだ。“働かざる者食うべからず”とはよく言ったものだと先人に名言に感心しつつ、僕は右手の袖を口を使って捲し上げ、掃除の準備を整える。

 

「さて、と。どこからやろう?」

 

 

 

 

 

僕が任されたのは本棚の清掃だった。

 

【アポロン・ファミリア】が本拠(ホーム)を明け渡す際に置いていった本がそのまま残されており、処分するのもお金がかかるため、今の今までそのままにしていた場所だ。

 

一応、最低限の掃除はしていたけれど、本格的な事はやっていない。ちょうどいい機会だし、どこにどんな本が置いてあるのか少し見てみるのも悪くない。

 

「よっと」

 

僕は木製の脚立に乗り、一番上の本を取り出してみる。ぱらぱらと埃が舞い、頭の上に降りかかる。最後に掃除したのはいつだっけ?

 

取り出した本は、どうやら戦術書のようだ。右手でページをめくってみると、それなりに読み込まれた形跡が見て取れる。アポロン様はああだったけれど、オラリオでも立派な中堅所だった【アポロン・ファミリア】の努力の跡が良く分かった。

 

「他の本は……と」

 

興味が湧いた僕は本を戻し、少し遠くの本を取ろうとする。足場が不安定だけれど、これくらいなら問題ない……そう高をくくっていたのが悪かった。

 

「うわっ!?」

 

ようやく手が届いた、その時。足を滑らせてしまった。その拍子に本がどさどさと落下し、僕はそれらに囲まれるようにして、盛大に床に倒れ込んでしまう。

 

埃と塵が舞い、げほげほと咳込む。痛みはないが、まだ体のバランスが取り切れていないのだという事を嫌でも突き付けられてしまった。

 

「はぁ……駄目だなぁ」

 

左腕を失ったという事実を、改めて突き付けられたような気分になる。分かっていたつもりになっていたのだと、みじめな気分になってしまう。

 

気持ちが落ち込んでしまいそうになるが、くよくよしていても仕方がない。気持ちを切り替え、散らばってしまった本を棚に戻そうとした時。

 

その本の題名(タイトル)が、僕の目に飛び込んできた。

 

「……これは、武勇伝?」

 

(いかめ)しい顔の男性が描かれた一冊の本。鎧を着込み、腕を天に突き上げている。

 

その手は鋼鉄に覆われ、まるで本の題名(タイトル)を指しているようにも見える。

 

『鉄腕ゲットフォード』

 

それが本の題名(タイトル)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我は鉄腕ゲットフォード!戦に出れば負け知らず、一騎当千の強者なり!』

 

そんな書き出しで始まった本の内容に、僕はすぐに惹き付けられた。

 

 

 

『時に敵兵、時に魔物、果てはドラゴンをも倒し、我は巨万の富を得た』

 

『失ったものも多かった。戦友、故郷、そして我が右腕』

 

『右腕を斬り落とされた時、多くの者はこう言った。“ゲットフォードももう終いだ”と』

 

『だが我は諦めなかった。失くしたのなら補えば良い。鋼鉄の腕を身に着け、これまで以上に多くの戦場を渡り歩いた』

 

『我は知っている。失った時が終わりなのではない、その事実に屈し、諦めた時こそが本当の終わりなのだと』

 

 

 

『願わくばこの本が、後世の戦士たちの励ましにならん事を』

 

最後のページは、そう締め括られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!はぁっ!」

 

掃除を終えた後、僕は中庭で一人ナイフを振るっていた。

 

仮想のモンスターを相手に、隻腕となった身で、出来うる限りの体捌きで戦う。

 

「ああっ!!」

 

左腕を失ってから初めて握る《神様のナイフ》。神様から授けられた日から一日も欠かさず振るってきた得物は、久しぶりに持つと感覚が違っていた。

 

ヴェルフにお願いしてもらったお陰で、手入れは欠かさなかった。それでもこんな風に鍛錬をしなかったのは、やっぱり持つのが怖かったからだろう。

 

ベル・クラネル(お前)はもう冒険者ではない。いつまで過去の栄光に縋りつくつもりだ?……そんな僕の声が聞こえてくるような気がして。

 

でも、今は違う。

 

左腕を失ったからなんだ。

 

前線に立てないからなんだ。

 

これまで通りの活躍が出来なくなったからと言って、それは冒険を諦める理由には値しない。諦めた瞬間こそ、僕の冒険者としての終わりだ。

 

「っ!?」

 

脚がもつれ、転んでしまう。体のバランスが上手く保てなかったからだ。

 

こんなんじゃ駄目だ。これではいざという時に、あっという間にモンスターの餌食になってしまう。

 

もっと、もっと、もっと!

 

もっと速く、もっと激しく!相手を混乱させるほどの速度で立ち回れ!!

 

「うっ、おおぉぉおおおおおおおおお!!」

 

夕暮れが迫る中、僕は一人ナイフを振るい続ける。

 

いつの日か、冒険者に戻る事を夢見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を毎日繰り返していた、ある日の事。

 

「たっだいまー!」

 

「おう。今戻った」

 

玄関から聞こえてくる二つの声。一つは神様で、もう一つはヴェルフのものだ。

 

あの日出かけた二人は、それから一度も戻ってこなかった。何か事件に巻き込まれたのではと心配する僕たちだったが、【ヘファイストス・ファミリア】の団員から渡された手紙によってその心配は杞憂に終わった。

 

『少しヘファイストスの所に厄介になる事にしたよ。みんな、心配しないで待っていてくれ』

 

神様の直筆で書かれたその手紙を読んだ僕たちは、神様の意向に従う事にした。

 

そうして迎えた今日。神様は帰って来るなり僕を探し、そしてその目を真ん丸にして驚いていた。

 

「ベル君、鍛錬してたのかい?」

 

「あっ、はい。神様」

 

汗だくになりながらナイフを振るっていた僕は急に恥ずかしくなり、えへへとはにかむ。一緒に来たヴェルフもきょとんとした顔をして、そんな彼の表情が新鮮に感じ、思わず笑ってしまった。

 

「ここの所毎日ああなんですよ、ベル様は。怪我が回復したからといっても、まだ激しい運動は控えるようにアミッド様から言われていたというのに」

 

「は、春姫も止めたのですよ!?ねっ、命様!」

 

「はい。でも一向に聞く耳を持たず」

 

「あ、あはは。ごめんなさい……」

 

リリたちも最初は心配して止めようとしてくれた。万が一体に障ってしまっては大変だと。それでもその制止を聞かなかった僕に、とうとうみんなの方が折れてくれたのだ。

 

心配ばかりかけてごめんなさい。今更ながら謝る僕に、神様は……。

 

「ぷっ」

 

と噴き出し、そして。

 

「あははははははははっ!」

 

大声で笑い出した。

 

「か、神様?」

 

突然笑い始めた神様に狼狽える僕は、どうしていいのか分からずあたふたしてしまう。ヴェルフに助けを求めようと目をやると、なんと彼も笑っていた。

 

「ははははっ!そうだよな、それでこそベル・クラネルだ!」

 

「ふふ、あははっ!全くです、ヴェルフ様!」

 

「ええ。自分たちの団長らしいです」

 

「春姫も、その……嬉しいです!」

 

「えっ、ええ?」

 

気が付けば、みんな笑っていた。

 

それは滑稽な姿を笑うものではなく、安堵したような、そんな温かな空気に満ちている。

 

何が何なのか分からない。いよいよ困り果てる僕にヴェルフが近付き、おもむろに背負っていた風呂敷を突き付けてきた。

 

「ほらよ。受け取ってくれ、団長」

 

「ヴェルフ、これは……?」

 

風呂敷の中にはどうやら硬いものが入っているようで、手に持ってみるとそれなりの重量感がある。ごつごつとはしておらず、滑らかな金属のような感触がした。

 

「ベル君」

 

「神様……」

 

次いで歩み寄ってきたのは神様だ。神様は僕の隣に寄り添い、優しく風呂敷の縛り口をほどいていく。

 

「今まで内緒にしていて、ごめんよ。本当に作れるかどうか分からなかったから、ヴェルフ君やみんなと相談して、例の治療師(ヒーラー)君にも今まで黙っていてもらったんだ」

 

落胆させたくはないからね。そう言って、シュルシュルと風呂敷を広げる。

 

そうして露わとなったそれの正体に、僕は目を見張った。

 

そこにあったのは、一つの義手。

 

太陽の光を反射させて眩しく輝く金属製の義手が、僕の目に飛び込んできた。

 

「か、神様……これって……!」

 

「ああ。君の為に作った義手だ」

 

神様は僕を見上げながら、言う。

 

「君が冒険者に戻るための、ボクたちからの贈り物だよ」

 

 

 

 

 

銀の腕(アガートラム)』では激しい戦闘に耐えきれない。飽くまでそれは義手であり、戦うためのものではない。

 

アミッドから突き付けられた事実を前に、ヘスティアたちは目の前が真っ暗になっていた。

 

 

 

―――――ヴェルフ以外は。

 

 

 

「なら、俺がベルの義手を作ってやる」

 

「え……」

 

その宣言に、アミッドを含めた全員が耳を疑った。

 

「俺がベルの為に義手を作る。そう言ったんだ」

 

「……そうですか。貴方はクロッゾの……」

 

アミッドは納得したように頷き、しかし冷静に事実だけを告げる。

 

「しかし武器と義手は別物です。いくら高名な鍛冶師の末裔とは言え、それは畑違いというものでは?」

 

「それでもだ。あいつの冒険者としての道は絶たせない。何年かかろうが、あいつが十分に戦える義手を作ってやる!絶対にだっ!!」

 

言葉に込められたのは熱い思い。

 

槌と鉄、そして燃え滾る情熱(ほのお)さえあれば、武器はどこででも作れる。更に仲間を想う心があれば、もう作れないものなんてない!

 

鍛冶師としての矜持。そしてベル・クラネルの専属鍛冶師としての矜持。二つの矜持が一つとなり、ヴェルフ・クロッゾは無理難題すらも覆すつもりなのだ。

 

「ヴェルフ君……っ!」

 

一同が言葉を失う中、ヘスティアだけがそう呟いた。

 

そして。

 

「ボクも手伝うよ」

 

「ヘスティア様……」

 

「ベル君が戦うための義手を作るのを、ボクも手伝う!ボクはベル君の主神なんだ!絶望する眷属(こども)を前にして指を咥えて見ているだけなんて、もう嫌なんだっ!!」

 

その声に、全員の心が揺さぶられる。

 

今まで静かに立っていたヘスティアから放たれた感情はそれほどまでに大きく、そして抗い難いものだった。

 

「……義手を作った経験はありますか?」

 

「ない。これから学ぶ」

 

「……必要な素材を購入する資金は?」

 

「ない。それもこれから稼ぐ」

 

「……全て徒労に終わるかも知れませんよ?」

 

「それだけは絶対にない。俺が決めた事だ」

 

「………はぁ」

 

言葉を交わすヴェルフとアミッド。鍛冶師らしい頑固すぎる鋼の意志に、アミッドは困り果てたかのように溜め息を漏らした。

 

そしておもむろに立ち上がると、彼女は机の引き出しを物色し、あるものを取り出す。

 

「そんな考えではいつまで経っても完成しません」

 

そう言ってヴェルフに差し出したのは、一つの義手だった。

 

ナァーザが身に着けているような完成品ではない、骨組みや内部が露出した、未完成の左腕の義手である。

 

「これは……!?」

 

「『銀の腕(アガートラム)』完成までに作られた、試作品の一つです。とは言っても動かす事は出来ますし、日常生活での使用には耐えられます」

 

でも、ダンジョンでは通じない。

 

そう付け加えたアミッドは、ヴェルフの目をまっすぐに見やる。そこに灯っている鋼の意志を信じ、この試作品の義手を差し出したのだ。

 

「貴方が完成させて下さい。この子も引き出しで眠っているより、その方が良いでしょう」

 

「……代金は」

 

「要りません。死蔵していた代物ですから」

 

「……ありがとう」

 

義手を両手でしっかりと受け取り、感謝の意を述べる。

 

その彼の目には、これまで以上の情熱(ほのお)が宿っていた。

 

 

 

 

 

義手は手に入った。あとはそれを、どう戦闘用に作り替えるかだ。

 

色々迷った末、ヴェルフはヘファイストスの工房を借りる事を選んだ。ダンジョンで完成させた魔剣を見てもらう際に取り付けた約束で、彼女も事情を酌んでくれたのだ。

 

そしてやって来た当日。

 

場所はかつてヘファイストスがヘスティアの頼みを受けてナイフを作成した、あの隠し工房である。

 

「我がままを聞いてくれて、すみません」

 

「良いのよ。貴方が槌を振るっているところ、私も久しぶりに見てみたいしね」

 

ヘファイストスは笑いながらそう言い、その目をヴェルフの隣へと向ける。

 

そこにいるのは他でもない、ヘスティアだ。

 

「でも、あんたがいても出来る事は何もないわよ。飽くまで鍛冶仕事をするのはこの子なんだから」

 

「そ、そんな事分かってるさ、ヘファイストス!」

 

「へぇ。じゃあ何で?」

 

旧友同士の掛け合いを始める二柱の神はそのやり取りを中断させ、真面目な表情を作る。その雰囲気に、ヴェルフはごくりと生唾を飲み込んだ。

 

「……本当に、ボクは今までみんなにおんぶにだっこだった。こんなダメダメな主神なのに大した文句も言わず、今まで付いてきてくれた」

 

リリ、ヴェルフ、命、春姫。

 

新たに加わった団員たちの顔を思い浮かべながら、それでもやっぱり一番大きな存在は【ヘスティア・ファミリア】最初の入団者……ベル・クラネルだ。

 

「ベル君は……ボクのファミリアに最初に入団してくれた彼が、冒険者の道を閉ざされようとしている。こんな一大事の時まで、ボクは何も出来ないなんて嫌なんだ」

 

「……そう」

 

神友であるヘスティアの思いを聞き、ヘファイストスは眼帯に覆われていない目を細める。下界に初めてやって来た時からは信じられない程の変化に、胸の内で小さく微笑みを漏らす。

 

「でも、一体何をするつもり?さっきも言ったけど、義手を作るのはこの子よ?」

 

ヘファイストスの言う事には寸分の間違いもない。

 

鍛冶と言う特殊な技能を扱える者は限られている。槌すら握った事のないヘスティアが踏み込んでいい領分ではない。

 

しかし、それを理解した上で彼女は“手伝う”と言っているのだ。

 

「……ヘスティア?」

 

ヘファイストスの横を通り抜け、ヘスティアはてくてくと歩いていく。

 

向かう先は火のついていない炉。そこにしゃがみこみ、彼女は持参してきたあるものを取り出す。

 

それは火打ち石と、一掴みの麦藁。そして数本の小ぶりな枝だった。

 

「……そうだったわね。あんたの司る事象は……」

 

ヘスティアの意図を汲み取ったヘファイストスは納得したように頷き、彼女のしたいようにやらせる事にした。

 

それを傍から見ていたヴェルフは、堪らず質問を漏らす。

 

「ヘファイストス様。あの、ヘスティア様は何を……」

 

「見て分からない?火を付けているのよ」

 

「いや、それは分かりますが、それが一体……?」

 

「……ああ、貴方はよく知らないのね」

 

ヘスティアは火打ち石で火花を散らせ、麦藁に着火させる、それをあらかじめ組んでおいた木の枝のそばに置き、燃え上がらせる。

 

「私たち神には、司る事象っていうものがあるの。私だったら鍛冶とか、そんな感じでね」

 

「はぁ」

 

「そして、この子が司る事象は『ウェスタ』」

 

「『ウェスタ』?」

 

聞き慣れない言葉。しかしそれに似た言葉を、ヴェルフはあの時に確かに聞いた覚えがある。

 

 

 

聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)

 

 

 

「―――あ」

 

それは記憶に新しい、モス・ヒュージの強化種をベルが倒した時に口にした言葉だ。

 

「『ウェスタ』……私たちの言葉で『燃え続ける聖火(ほのお)』っていう意味」

 

それを聞き、ヴェルフはようやく理解した。ヘスティアが手伝うと言った意味を。ベルの力になりたいと言った意味を。

 

ヘスティアが灯した火は小さな炎となり、用意された石炭へと熱を与える。そうして、ヴェルフが義手を作り替える部品を作るための舞台を整える。

 

神が火を用意し、鍛冶師が鉄を打つ。たった一人の冒険者のために。

 

「………っ!!」

 

途端に、ヴェルフの胸が打ち震えた。

 

言葉にし難い感情が、槌を振るう活力となるのが分かった。

 

「さぁ、ヴェルフ君。始めてくれ」

 

赤々と燃える炉は、いつもよりも神々しく見える。これさえあれば最高の品を作る事が出来る。確証はないが、確信だけが溢れてくる。

 

「ベル君のための義手を……ボクたち全員(・・)で作ろう」

 

「―――はいっ!!」

 

手拭(バンダナ)を巻き、槌を握り締める。

 

使用する金属はアダマンタイト。これもヘファイストスが用意してくれたものだ。『新しい魔剣を作り上げた貴方になら』と渡されたそれを、迷いなく炉へ入れる。

 

(そうだ。その通りだ、ヘスティア様……)

 

全身を焼く高熱に当てられながらも、ヴェルフの目は決して怯まない。

 

(俺だけで打つんじゃない。俺とヘスティア様だけで打つんじゃない……!)

 

彼の頭にあるのは、先ほどヘスティアが口にした言葉。

 

 

 

『ボクたち全員(・・)で作ろう』

 

 

 

(リリ助、命、春姫……いいや、これまで俺たちが出会ってきた全員の想いを束ね、俺が代表して打つんだ!!)

 

鳴り響く金属音。

 

立ち込める鉄の焼ける匂い。

 

ヘファイストスの傍らで大粒の汗を流しながらも、ヘスティアはしっかりとその光景を目に焼き付ける。

 

(ベル君、待っていてくれ)

 

彼女は手を胸にやり、願いを込める。

 

どうか彼にもう一度、道を……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなぁ……!」

 

話を聞いた僕は、もう限界だった。

 

堪えようにも堪え切れない。あれだけ流したはずの涙が、止めどなく溢れてくる。

 

情けなく、みっともなく、子供みたいに。それでもみんなは笑う事なく、ただただ温かに見守ってくれている。

 

「さぁ、ベル君。着けてみてくれ。それでようやく、本当に完成だ」

 

「………はい!」

 

縛っていた左腕の袖を解く。

 

そうして捲り上げ、肘から少し先しかなくなってしまった左腕に、義手を嵌める。

 

慣れない重量感に戸惑いながらも、僕は具合を確かめる。

 

握る。開く。

 

強く握る。強く開く。

 

初めて身に着けたとは思えない程に馴染む義手からは、確かにみんなの想いが伝わってきた。

 

「……ヴェルフ」

 

「おう」

 

「……リリ」

 

「はい!」

 

「……命さん」

 

「はいっ!」

 

「……春姫さん」

 

「……はい」

 

 

 

「………神様」

 

「うん」

 

 

 

僕はみんなの顔をゆっくりと見回し、言うべき言葉を模索する。

 

ありがとう?

 

ごめんなさい?

 

嬉しい?

 

これからもよろしく?

 

いいや、違う。どれもこの場には相応しくない。

 

それじゃあ、何て?

 

………。

 

ああ、そうだ。あの言葉だ。僕はようやく答えを導き出す。

 

そして涙に濡れたくしゃくしゃで、情けない笑顔と共に、口を開いた。

 

「みんな……ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいベル!前から随分来てるぞ!」

 

「うん、分かってる!」

 

 

 

僕は今日もダンジョンに潜る。

 

一度は諦めかけた冒険者としての道を、今日も歩んでいる。

 

 

 

「自分も出ます!春姫殿はリリ殿のサポートを!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

義手を手に入れた後、僕はすぐにギルドへと向かった。冒険者登録の抹消を、取り消してもらう為に。

 

幸いにもエイナさんは、まだその手続きをしていなかった。何でもギルド上層部が対応したらしく、僕はギルドの主神であるウラノス様と、フェルズさんに感謝の意を捧げた。

 

 

 

「こっ、の!」

 

『ギャウンッ!?』

 

 

 

襲い来るモンスターの群れに、僕は先陣を切って突っ込んだ。右手でナイフを捌き、時に牽制を、時に大胆に立ち回る。リューさんと生還した『深層』での経験は、確実に僕の糧になっている。

 

それでもモンスターは強い。僕が僅かでも気を抜けば、その隙を突いて牙を剥いてくる。現に今もこうして、左肩に喰い付こうとしていた。

 

 

 

「ベル様っ!?」

 

「大丈夫っ!」

 

 

 

リリの悲鳴が聞こえてくるも、僕は慌てない。背後から迫り来るモンスターの顔面に、渾身の力で左拳を喰らわせる。

 

ゲェ!!と悲鳴を上げて殴り飛ばされたモンスター。それもそのはず、アダマンタイトで出来た拳なのだから。

 

 

 

「……おい、マジかよ」

 

「これは……っ!」

 

「お、大きい……!」

 

「この群れの主ですか……!?」

 

 

 

襲い掛かるモンスターの群れを撃退し、最後に姿を現したのは一際巨大なモンスターだった。他と比べても体格は倍以上、歩くだけで地面が揺れると錯覚してしまう程だ。

 

ヴェルフも、命さんも、春姫さんも、リリも。みんなの顔が緊張で強張ってしまっている。勝てるかどうか、そんな感情が手に取るように分かる。

 

だからこそ、僕はこの言葉を口にする。

 

 

 

「大丈夫」

 

 

 

僕は一人前に躍り出て、モンスターと対峙する。

 

遥か上に存在するモンスターの目を睨み返し、心の内で感情を昂らせる。

 

英雄願望(スキル)】の引金(トリガー)

 

思い浮かべる憧憬の存在は『鉄腕ゲットフォード』……ではない。

 

それは、なりたい自分自身。

 

何度挫けそうになっても、何度試練が襲ってきても。決して諦めず、しかし一人で駄目なら仲間と共に苦難を乗り越えようとする、どこか恰好のつかない、そんな英雄の姿。

 

リィン、リィン、と鐘の音が聞こえてくる。

 

僕は右手を前に突き出し、手のひらをモンスターへと向ける。

 

それを支えるように義手の左腕で、突き出した右腕をしっかりと支える。

 

神様の聖火。

 

ヴェルフの技術。

 

リリ、命さん、春姫さんの想い。

 

他にも数え切れない程たくさんの人たちの想いに寄り添いながら、僕の口は必殺を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「―――――【ファイアボルト】!!」

 

 

 

 

 

僕の冒険はこれからも続いていく。

 

挫けそうになっても、試練にぶち当たっても。支えてくれる仲間がいる限り、僕は戦い続けていける。

 

そして仲間が危機に陥った時は、僕が助ける番だ。一人じゃ出来ない事も、仲間がいればきっと乗り越えていけるから。

 

格好良くなくても。

 

どこか締まらなくても。

 

情けなくても、泣き虫でも。

 

それでも仲間と一緒に冒険を続けていける―――――そんな英雄に、僕はなりたい。

 

 

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