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<調査報告>なぜベナン共和国で日本語が学ばれているのか     大石有香

本文は『言語と交流』第20号 2017.7に寄稿したものを執筆者の承諾を得て掲載しております。執筆者の大石有香氏にはこの場を借りてお礼申し上げます。

1.はじめに
ベナン共和国(以下、ベナン)は、西アフリカのギニア湾沿いに位置する、人口 1,088万人(the world bank,2015)の国である。余談であるが、この数年で人口が 1 割以上増加している。これは、これまで戸籍整備がなされている地域とそうでない地域がある、それから遊牧民族は戸籍整備が難しい、などの状況があったのだが、現在、戸籍整備が進みつつあることが理由の一つだと言われている。このような状況から、国というもののとらえ方は、地域によって、民族によっては特有のものがありそうだ。
 2004年から2017年現在まで、筆者が日本語学習教材制作や、カリキュラム整備などにおいて、ベナン共和国での日本語教育に部分的に関わってきた中で明らかになったことがあるが、本稿では、それらの一部と、2016年10月に日本語学習者に実施されたインタビュー調査により判明した日本語学習動機をあわせ、タイトルでもある「なぜベナン共和国で日本語が学ばれているのか」を明らかにしていきたいと考えている。

2.ベナン共和国での日本語教育の概要
 
ベナンでは 2003 年、日本語教育機関であるIFE日本語学校で、日本語教育が開始された。この学校は2003 年から2017 年現在までベナンで唯一の日本語教育機関であり、延べ1500 名以上の日本語学習者を、延べ 50 名の日本留学者を輩出している。IFE 日本語学校への聞取り調査によると、2017 年 5 月現在、在校生数は 100 名ほどであ る。IFE 日本語学校の運営は、特定非営利活動法人 IFE(日本側事務局)と、IFE 財団 (ベナン側事務局)の両者により行われている。
 ベナンには 2010 年 1 月に日本大使館が設置されたが、それまでは言うに及ばず日本留学を果すには困難が伴った。しかし、日本語教育が行われていることにより、日本の国会予算委員会で糸川正晃氏が日本大使館創設を提案した。それが端緒となり在ベナン日本大使館が誕生することとなった。その後は言うまでもなく日本留学への門戸が希望者全員に開かれている。
 また、2011 年には大阪外国語大学から日本語教育実習生を、2017 年には上智大学の 学生を受入れており、日本人大学生との交流も始まっている。
 2014 年には、「un dokpe nu mau(邦題:おかげさまで)」というフォン語を媒介語とした日本語学習用聴解教材が、杏林大学の荒川みどり研究室の協力を得て、特定非営利活動法人IFE 編集により制作され、現在個人学習用として使用されている。主に、理由があり IFE 日本語学校には通学が適わないが、日本語学習を希望する場合向けに制作された。制作には一部、国際交流基金の海外日本語教育機関支援を受けている。 ベナンの公用語はフランス語であるが、日本語学習者、日本語学習希望者のなかにはフランス語が身近ではなく、各民族の言語のみを使用する者もいる。しかし、過去に民族の言語を媒介語とした日本語学習教材が存在しなかったため、まずは 2014 年に フォン語を、2015 年にはワーマ語を媒介語とした日本語学習用聴解教材が制作されている。2017 年現在までに、アフリカの言語を媒介語とした日本語学習教材は、管見の限り、この 2 種のみのようである。これらの教材には場面シラバスが用いられており、簡単なフレーズを憶えれば、最終的には、ベナンを訪問した日本人を祭りに誘うことができるストーリーになっている。前述のとおり、民族の言語のみを使用する者も多いため、まずはベナン側の制作協力者の母語であったフォン語とワーマ語を媒介語とした教材を制作している。補足すると、フォン語を媒介語とした聴解教材は、グン語話者も使用可能である。使用者からは、媒介語として母語が使われているため学びやすいとの声があった一方、なぜフォン語とワーマ語のみしか制作されないのか、という批判も多くあった。民族の言語は数多いため、他言語についても制作すること然るべきということだった。一概に数は明言できないだろうが、確かに民族の言語数は多いため、このような場合は配慮が必要であることを学んだ。

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2014年制作 日本語聴解教材 フォン語解説
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2015年制作 日本語聴解教材 ワーマ語解説

3.インタビュー調査と、その結果
 
2016 年 10 月に、日本語学習者にインタビュー調査を実施する機会に恵まれ、28 人が集まってくれた。本稿では、調査項目の一つである日本語学習動機について述べたい。半構造化インタビューの形式をとり、質問に対し自由に語ってもらっている。インタビュー調査実施者は、特定非営利活動法人 IFE 代表理事の山道昌幸と、IFE 日本語学校教員の石田泰久であり、インタビュー調査中の録画データを本稿では使用している。

(1)インタビュー調査対象者の属性
 28 人の属性については次のとおりである。男性 23 名、女性 5 名の計 28 名、うち社会人10 人、大学生・大学院生 15 名である。高校生2 名、無職 1 名であった。日本語 学習歴は、1 年以上 2 年未満 9 名、2 年以上 3 年未満 9 名、3 年以上 4 年未満 7 名、4 年以上 5 年未満 1 名、6 年以上 7 年未満 1 名、9 年以上 10 年未満 1 名である。年齢は 15~20 歳 5 名、21~25 歳 14 名、26~30 歳 7 名、31~35 歳 1 名、36~40 歳 1 名、母 語は、フォン語 12 名、グン語 5 名、デンディ語 4 名、ナゴ語 1 名、フォラ語 1 名、ペ ダ語 1 名、ヨルバ語 1 名、トリ語 1 名、アジャラ語 1 名、フランス語 2 名である。母 語総数が 28 名以上であるのは、2 言語以上持つ者がいるためである。本報告での母語 とは、家庭で使用している言語とした。

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学習者1人1人にインタビューを実施

(2)日本語学習の動機
 日本語学習の動機を、日本語学習開始時点と、日本語学習継続時点(2016 年 10 月、 インタビュー調査時)の 2 時点に分け述べたい。
 日本語学習を開始した理由であるが、大別すると2つあり、趣味と、日本留学である。趣味と日本留学どちらも兼ねるという者も少数見られるが、ほぼ半数ずつである。
 まず趣味においては、最も多い理由が「日本文化が好き」であり、国際交流基金(2014) による調査でも「(ベナンでは)ポップカルチャーに対する関心も、若年層の間では少 しずつ高まっている」と報告されているが、なかでもアニメ、マンガ、音楽が好きとの回答が最も多い。その視聴媒体は、インタビュー対象者が経済都市コトヌー周辺在住であり、コトヌーとその周辺ではインターネット環境が整備されていることから、 インターネットが主であった。コトヌー周辺を離れるほどにインターネットはつながりにくくなっていく。ベナンのインターネット環境は wifi である。2009 年時調査では、 インターネットを使用した情報取得が可能であるのは、限られた職種に就いている場合に限られていたため、この 7 年間の間にインターネットの環境整備がなされたのだろう。ただ月あたりの接続料は、社会人の平均月収の 1 割ほどと割高である。しかし、 その環境下においても日本文化を収集しているということには強い熱意が感じられる。マンガについては、IFE 日本語学校の学習者が日本語で自作したものをスキャンし、それをクラスメートらに配信したりし楽しんでもいるようだ。アニメなどのほかには、 日本料理が好き、日本の習慣が好き、などの理由も見られた。
 次いで多い理由は、日本語の文がおもしろい、日本語の音がおもしろい、もともと幅広く言語に興味があった、という言語についてのものであった。
 またその他として、日本の技術力に興味がある、高校生のとき教師からすすめられた、などの理由もあった。日本の技術力に興味がある、については日本留学を目指さない学習者であった。
 次に日本留学についてであるが、「日本語学習を継続している理由」とあわせて述べていきたい。日本語学習を開始した理由は、趣味と日本留学がほぼ半数ずつであったが、日本語学習を継続している理由となると、趣味を兼ねるという者も少数見られるが、ほぼ全員が日本留学という回答であった。日本語学習開始時から変わらず、学習動機は日本留学である者が半数ということである。日本留学には、自身の専門分野のさらなる探求を求める者が多い。たとえば、農学分野専攻の者は、農学をさらに学び畑の作り方をベナン人に教えたい、乾期中の水確保の方法を研究したい、現在使用されている農薬は体に害を及ぼすため、安全な害虫駆除の研究がしたい、など。またソ ーラーパネルの研究をしたいがベナンではできない、しかし日本では学べる、など。ほかに、北部の村に電気を普及させるために日本留学したい、微生物の研究がしたい、 などの回答もあった。
 2013年までは留学といえばフランス留学が主流であり、国費、私費留学ともに富裕層に限られるなどの特徴があったが、日本大使館が設置されてからは富裕層でなくとも幅広く国費留学が可能となった。そして、日本留学を目指す者は、前述のとおり、帰国後の就職や生活に直結した研究を希望しており、日本留学を目指す者は実利を求めていると言えるだろう。たとえば実際に、日本留学し森林保護について学んだ者は、帰国後森林保護官の職に就いている。薬学を学んだ者は、現在ベナンで抗マラリア薬の製薬を始めている。浄水の研究をした者は日本留学時の大学の研究者とともに、現在ベナンでの浄水実験を始めている。
 ただ、日本留学は希望すれば誰もが現実のものとできるという訳ではない。それは両国に経済格差があることから、主に日本留学の手段は国費留学であるからだ。
 ところで、日本の外務省は、2015年度、ベナンにおける日本語教育の普及を支援す ると表明している。このことからも現在、日本留学への道すじが整いつつあるが、やはり、希望すればだれもがという訳ではない。ではどんな条件を持していれば、日本 留学を果たすことができるのだろうか。実際のところ、2017 年現在までの、日本留学経験者らの留学動機は、自身の専門分野のさらなる探究であることが多い。そのため、 もし日本留学を現実のものにしたい場合、留学動機を明確にできるかどうかが条件の 一つになるだろう。
 しかし、ベナンの場合、日本語教育が盛んな国・地域と比較すれば、動機を明確にできにくい環境があることも事実である。まず、日本留学に関する情報収集の手段が限られることがあがるだろう。過去に日本留学を果たした者の留学動機には、自身の専門分野や興味ある分野について「ベナンには学べるもしくは探究できる環境がないが、日本にはある」というものが多い。その情報収集の方法はスマートフォンからである。ただ、前述したとおり地域によっては、また経済的な理由から、誰もがスマートフォンが利用できる環境にある訳ではないため、まずは多くの者が日本留学に関する情報に触れることができる工夫が求められている。
 今回のインタビュー調査に協力してくれた学習者らは、日本留学の目的をさらに具体的にしていく必要がある者もいるが、IFE日本語学校のサポートを受けながら、今後も日本留学を目指し進んでいくだろう。


4.まとめとして

 今回の調査では、ベナン共和国で日本語教育が2003年に開始されてから 14年後の、2017年時点の日本語学習者の実態の一端が明らかになった。時が移り、大石(2009)の報告内容から変化し、日本語学習動機にスマートフォンが大きく影響していることも判明した。この7年の間にインターネット環境が整備されつつある。
 今回の調査対象者は、図らずもスマートフォンが使用できる環境にある学習者に限られたが、スマートフォンを利用しない学習者も多いことがわかっており、その彼らの実態が不明なままである。今後は彼らにも調査をし、実態を明らかにしていきたい。
 また、本報告タイトルでもある「なぜベナン共和国で日本語が学ばれているのか」という問いに対しては、これまでに述べた理由に加え、IFE日本語学校が存在していたという理由も外せないだろう。
 日本との経済交流や文化交流、学術交流が盛んではないベナンのような国では、公的機関、私的機関に関わらず、日本語教育は始めにくいのが通例である。しかし、ベナンでは2003年に開始され、途切れることなく日本語教育が続けられている。ベナン共和国政府公認ではあるが、いわゆる公的機関ではない、経営と運営を一手に担っている日本語教育機関は、アフリカ大陸の中では、管見の限りIFE日本語学校のみのようである。経営・運営ともに、日本側事務局である特定非営利活動法事IFEと、ベナン側事務局であるIFE財団の両者で行われている。もし、このどちらかが欠けていれば、ベナンの日本語教育は過去どこかの時点で頓挫していただろう。なぜなら、生徒募集や学校建物の維持管理、日本語教師の生活環境整備、他・・などはIFE財団が、 日本留学情報収集・提供、日本留学生受入れ、日本語教師派遣、日本語教師研修、カリキュラム整備、教材制作、他・・などについては特定非営利活動法人IFEが担っている。そして、両機関が両輪となり、経営・運営することにより、初めてベナンでの日本語教育が継続可能となっている。日本人とベナン人共同で日本語が学べる環境を ってきた、と言っても過言ではないだろう。
 その結果、徐々にではあるが経済交流、文化交流、人的交流が生まれ、日本大使館も誕生した。そして、新たに日本語学習を希望する者が生まれると、IFE日本語学校で日本語が学ばれるようになり、日本留学する者も輩出され、帰国後はベナンの発展に尽力する。このようなサイクルが、今、育ちつつある。
 日本留学を目指す者にも、そうでない者にも、日本と日本語がこれまで求められてきており、それは現在も同様である。そしてそれが適う環境を作ってきたのは、ベナンの日本語学習者らと、たけし日本語学校設立前からベナンの日本語教育に携わってきたIFE財団、そして特定非営利活動法人IFEの者らの存在だと、まずはあげておきたい。

引用文献
the world bank(2015)「DATA Benin」http://data.worldbank.org/country/benin?view=chart
(情報 取得日 2017 年 5 月 6 日)
糸川正晃(2004)「第 166 回 国会予算委員会 第 8 号」(平成 19 年 2 月 14 日午前 9 時開議)
kokkai.ndl.go.jp(情報取得日 2017 年 5 月 6 日)
国際交流基金(2014)「日本語教育、国・地域別情報 ベナン(2014)」 https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2014/benin.html (情報取得日 2017 年 5 月 6 日)
外務省(2015)「草の根文化無償資金協力」
http://www.bj.emb-japan.go.jp/j/apl_projects/culture/c201501.html(情報取得日 2017 年 5 月 6 日) 大石有香(2009)「西アフリカベナン共和国の日本語教育事情」日本語教育学会予稿集

参考文献(出版年順)

日本語教育学会編(1962)「日本語教育のために:創刊準備号」日本語教育学会 椎名和男(1991)「国際交流のための日本語教育」、木村宗男編『講座日本語と日本語教育 第 15 巻 日本語教育の歴史』明治書院

山道昌幸(2004)「アフリカにおける日本語教育の役割 ―西アフリカ・ベナン共和国からの報 告―」日本語教育学会予稿集

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西アフリカ ベナン共和国にゾマホンさんと「たけし日本語学校」をつくりました。 ふだんは東京にある企業で仕事をしながら、約20年間、ベナンの活動をしています。 よろしければ私のFBもご覧ください。https://www.facebook.com/masayuki.yamamichi
<調査報告>なぜベナン共和国で日本語が学ばれているのか     大石有香|たけし日本語学校
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