疾風に一目惚れするのは間違っているだろうか


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作:如月皐月樹
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11/11 

11:英雄願望


「そういえばベル様、今朝はいつもの修行には行ってないようでしたが、いかがされたのですか?」

 

「あれ、言ってなかったっけ? 実は昨日の修行を最後に、二週間近くは『星屑の庭』には行かないんだ」

 

 ダンジョン9階層。その入口に着いたあたりでの会話だ。

 今朝はいつもの早起きではなく、リリやヘスティアと一緒に起きて朝食をとっていたベル。

 そのことを不思議に思ったリリからの質問だった。

 

「あれだけ毎日のようにボロボロにされているのですから、少しくらいは休息を挟んでもよいとは思いますけど、少し長すぎではありませんか?」

 

「休むことについては痛い目をみたことがあるから、それはまぁそうなんだけど……【アストレア・ファミリア】は今日から【ロキ・ファミリア】と一緒に遠征なんだ」

 

「ああ、なるほど。それでしたら仕方ありませんね、ベル様」

 

「そうなんだけど……しばらくリューさん達と会えないのは寂しいんだよね」

 

「別に今はリリだっているじゃありませんか。これまではヘスティア様と二人きりだったそうですが、今ではリリも立派な【ファミリア】の仲間なのですから。リリがいることを忘れないでください、ベル様」

 

「うん、ありがとうリリ。励ましてくれて」

 

「いえいえ」

 

 そんな会話をしながらダンジョンを歩いていたが、ふと、二人はいつものダンジョンとは違うと、違和感を覚えた。

 ベルは硬い声でリリに話しかける。

 

「ねえ、リリ」

 

「はい、ベル様」

 

「静かすぎるよね」

 

「静かすぎますね」

 

 ダンジョンの雰囲気があまりにも静かすぎて、焦燥を感じ始めるベルとリリ。

 既に9階層には入っている。その割にはモンスターと遭遇しない。

 

 ベルは周囲の警戒を怠ることなく、常に周りの様子を窺いながらリリに話しかけようとするも、ベルの耳に何かを引きずるような音が入り、ピタッと動きを止めた。

 その様子を見たリリは怪訝な顔をしており、まだ『それ』には気付いていないようで、ベルに問いかけてくる。

 

「ベル様? どうかされましたか?」

 

「リリ、後ろに隠れて。いや、逃げる準備をして」

 

「な、何を言っているのですかベル様? ここは9階層ですよ? ベル様が後れを取るような状況などそうそう……」

 

「いいから早く!」

 

「っ、わかりました、ベル様」

 

 ベルの必死の叫びにリリがそう返事をして、ベルの背後に回ろうとした時だ。

 ベルの全感覚が最大級のアラートを鳴らし、そいつが目の前に現れた。

 

「なっ、み、ミノタウロス!? しかも冒険者様の武器を持ってる!?」

 

 リリが驚愕の声を上げるも、ベルにその声は届いていない。

 ぬるりと、そんな風に物陰から静かに姿を現したミノタウロスは、冒険者が使う大剣を持っていた。

 そのミノタウロスの姿を視認したベルは、一か月前の日のことをつい昨日のことのように思い出す。

 

 あの時感じた確かな恐怖。

 吹き飛ばされ、壁際に追い詰められた記憶。

 ベルが駆け出しだったあの頃と見違えるほど強くなっていたとしても拭い去れない──敗北の記憶。

 それがベルの身を包み、瞬間、体が硬直したのをどこかそれが自分の体ではないかのように感じた。

 

 体が動かない。

 頭も五感も全力で警戒を発している。

 逃げろと全身が叫んでいる。

 はやく、はやく、はやく、と自分に必死に呼びかけるも、体が動く気配がない。

 ミノタウロスはベルたちを見つけ、ギラッとその目を親の仇の如くベルに向けた。

 委縮する体と心。

 

「べ、ベル様! しっかりしてください! ベル様!!」

 

 リリの声が聞こえた。

 瞬間、バチッと頭の中を思考が駆ける。

 

 ──今、自分にできることは?

 

 その思考がよぎった瞬間に、ベルの体の硬直が解け、叫んでいた。

 

「リリ逃げて!! リューさん達を呼んできて!! きっともうダンジョンに入ってる!!」

 

「っ、けどベル様は!? どうされるおつもりなんですかベル様!?

 

「アイツの足止めをする!! アイツは()()()!! 普通のミノタウロスじゃない!!」

 

「そっ、それほどなのでしたらっ、いくらベル様でも死んでしまいます!! 一緒に逃げましょう!!」

 

「無理だ!! だからリリ早く!! リューさん達を!!」

 

「でもっ、でもっ……」

 

「いいから早く!! 行けえええええええ!!」

 

 叫びながら、リリが逃げる事も確認せずに、ミノタウロスに吶喊した。

 

「~~~っ、絶対に呼んできますから!! それまで絶対に死なないでください!!」

 

 リリがその場を去ったと同時に、戦闘が始まる。

 

「ヴオオオオオ!!」

 

 咆哮と共にブンっと空気を裂く音が聞こえ、大剣が袈裟に振り下ろされる。

 それにヘスティア・ナイフをぶつけようと、側面から振り切ろうとしたところで咄嗟にステップに切り替え回避を断行。

 

(っ、これは!!)

 

 まだ見込みが甘かったと、飛んできた礫で擦り傷をつくりながらも内心自分に対して舌打ちする。

 一瞬だけ弾きその隙に攻撃を入れようと思っていたミノタウロスの一撃は、今のベルでは一瞬すら弾くことができなかったと、その結果を見て直感する。

 ナイフが大剣にぶつかる寸前ゾッと嫌な予感が走り、急いで回避に切り替えてよかったと安堵も漏れた。

 

(もしあのまま弾こうとしてたら骨が砕けてた!! もっと弾く方向を考えろ!!)

 

 あまりにもあんまりなミノタウロスの馬鹿力。

 まさかの最初の一撃(ファーストアタック)で利き腕がお釈迦になったかもしれない事実に戦慄する。

 ドガァンッとベルが躱した勢いそのまま迷宮の床に振り下ろされ、床にクレーターをつくった。

 

 振り下ろされた大剣はそのままに今度は頭突きがくる。

 凶悪な角。あれも一撃でもまともに喰らってしまえば即終了(ゲームオーバー)

 慌てて横っ飛びで回避し、床を転がりながら立ち上がる。

 

「……っ」

 

「ヴオオオオ!!」

 

 大剣でできた大きなクレーターの横に、それよりもさらに大きなクレーターができている。

 これはまずい、とベルは全身に冷や汗をかきながら、今一度ミノタウロスと今の自分の彼我の実力を認識した。

 

 たった一度の攻防でこの疲労。

 あのミノタウロスの大振りな攻撃は全て絶殺。

 ならばそうでないものでも致命傷は必至。

 

 まだ恐怖はある。寧ろ今の一瞬の攻防でより深まった。

 でもそれを押し殺すようにベルは叫び、果敢にもミノタウロスに突っ込んだ。

 

「はあああああああ!!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「ねえリオン、そんなにお弟子君と会えなくなるのが寂しいの? それともお弟子君のことが心配?」

 

「なんですか、アリーゼ。私がそのような顔をしているように見えたのですか?」

 

「それもあるんだけど……どうも嫌な感じがするのよね、今日のダンジョン」

 

「それは気になりますね。アリーゼの勘はよく当たりますから」

 

 ダンジョン8階層。

 【ロキ・ファミリア】の先見の部隊にいるリューとアリーゼはそんな会話をしていた。その少し後ろでは、輝夜とライラも歩いていて、二人の会話を聞いていた。

 そしてその会話に【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナが加わる。

 

「なんだい、あの【疾風】のリオンが弟子を取ったという噂は本当だったんだね」

 

「フィンさん! 実はそうなのよ!」

 

「なぜ貴女が答えるのですか、アリーゼ。ですが、ええ。それは事実です【勇者】」

 

「へー、どんな冒険者なんだい? 君の弟子というのだから、やはりそれなりに見どころがあるんだろう?」

 

「そりゃもちろん! フィンさんもお弟子君のことを見たら絶対にびっくりするわ!」

 

「だからなぜアリーゼが答えているのですか」

 

 そんな話の最中だ。どこか慌てた様子の冒険者の四人組が、走ってくるのが見えたのは。

 

「おーい! どうしたのー?」

 

「げぇ!? あ、【大切断(アマゾン)】!?

 

「な、【ロキ・ファミリア】に【アストレア・ファミリア】!?」

 

「え、遠征か!?」

 

 何かから必死になって逃げてきたという様子の彼等に、ティオナが声をかけてしまった。

 それを見た彼女の姉であるティオネはティオナを叱る。

 

「ちょ、馬鹿ティオナ! ダンジョン内での冒険者同士で不用意な接触は避けるべきでしょう! すいません団長!」

 

「いや、いいよティオネ。僕も気になるし。そこの君たち、何があったのか話してくれるかな?」

 

「あ、ああ。実は9階層にミノタウロスが出たんだ。それも大剣を装備しているやつ」

 

 9階層という言葉にリューはぴくりと耳を動かした。

 ベルとリリが今日行く階層は12階層。

 時間的に今彼等がいるのは9階層から10階層だと思い、その冒険者達に今一度確認を取る。

 

「9階層にミノタウロスとは、本当なのですか?」

 

 リューの方から話しかけたことに驚いたのか、その冒険者達は一瞬たじろぐも、すぐに答えてくれた。

 

「そうだよ【疾風】! 俺達はそいつが駆け出しっぽい白髪のガキを襲ってるところを見て、必死になって逃げてきたんだ!」

 

 その言葉に、あらん限りに空色の目を見開くリュー。

 隣で聞いているアリーゼも顔を青くしており、後ろに控える輝夜は目を細め、ライラは表情を険しくする。

 

「ね、ねえ、リオン……私とっても嫌な予感がするんだけど。さっきとは比にならないくらいに……って、リオン!?」

 

 白髪のガキと、その冒険者が言った瞬間にはリューはアリーゼの言葉も聞かず、途轍もないスピードで走り出していた。

 それを見たアリーゼはすぐに後を追おうとするも、すんでのところで立ち止まり、フィンたちに早口で事情を伝える。

 

「ごめんなさいフィンさん! その子リオンのお弟子君かもしれない! 私行ってくるわ!」

 

「すまないな【勇者】。そういうわけだ。私達も行くぞ、ライラ」

 

「おう」

 

 そうしてすぐさまリューの後を追うアリーゼ達。

 あまりに必死な彼女達の姿に【ロキ・ファミリア】の面々は唖然とするも、一足早く立ち直ったリヴェリアがフィンに問う。

 

「どうする、フィン。私達も彼女達の後を追うか?」

 

「うーん、そうだね。僕達も行こうか」

 

「戦力が過剰すぎな気もするが、なぜだ?」

 

「あの【疾風】の弟子かもしれない子だ。一目見てみたい。それに、親指が疼く」

 

「そうか。わかった」

 

 

 

「クラネルさん、無事でいてください」

 

 まさに疾風の如く駆け抜けるリューは一人呟いた。

 その呟きの内容はベルの身を案じるもの。

 今のベルならば、普通のミノタウロスならば倒せるとリューは考えている。

 それだけのアビリティと技量を、シルバーバックの時と同様にベルは持っている。

 だが、アリーゼではないが、リューも嫌な予感を覚えていた。

 

 そうして見えてきた9階層への入口。

 しかしそこには一人で佇む猪人(ボアズ)の武人がいた。

 

「なぜ、私の邪魔をするようにそこに立っているのです【猛者(おうじゃ)】」

 

「一つ、手合わせを願おう」

 

「そんな暇はありません。そもそも貴方が私と戦おうとする理由も見当たらない。この問答の時間も惜しい。早くそこを退きなさい」

 

「断る」

 

「っ」

 

 ギリっと歯噛みし鋭い瞳でオッタルを睨みつけるリュー。

 オッタルのレベルは7。嘗てのアルフィアと同じ。

 今の自分一人では天地がひっくり返っても勝てないと、リューは腰に携えるアルヴス・ルミナへと手をかけるが何もできない。

 

「俺の役目は足止め。戦うつもりがないのなら、そのままでいい」

 

「貴様……!」

 

 自分の邪魔をするオッタルにも、何もできないでいる自分自身にも、ふつふつと苛立ちを募らせるリュー。

 一触即発。いつ爆発してもおかしくない、しかし何かが起きればすぐに崩れてしまいそうな空気の中で、その何かがやってくる。

 

「リオン! やっと追いついた……って【猛者】!?」

 

「なぜ、貴様のような者が道を塞いでいる」

 

「うげっ、【猛者】かよ。めんどくせぇ」

 

「アリーゼ、輝夜、ライラ。丁度いい、加勢してください。こいつをどかします」

 

 苛立ちからか【猛者】をこいつ呼ばわりするリューに、アリーゼは若干悲鳴交じりに叫んだ。

 

「リオン!? 【猛者】をこいつ呼ばわりするのは後がすっごく怖いんだけど!?」

 

「そんなことを言っている暇はありません。このままではクラネルさんが死んでしまうかもしれない」

 

「リオンの言う通りだ団長。今は一分一秒が惜しい。早く剣を取れ。私はもう抜いているぞ」

 

「はぁ~、面倒事や厄介事は御免なんだけど、今だけは我慢してやるよ。ほら、団長も武器を取れって」

 

「って、もうみんな構えてる!? 【猛者】とやり合うのに覚悟決まりすぎじゃない!?」

 

「そんなもの私達にとってみれば今更ですアリーゼ。【猛者】、貴方の望み通り、手合わせをしてもらいます」

 

 なんだかんだとアリーゼもクリムゾン・オーダーを取り構え、リューもアルヴス・ルミナを抜き放つ。

 現状オラリオにいる【アストレア・ファミリア】全員が、揃ってオッタルに殺気を向けた。

 その彼女達を見やるオッタル。

 

「【疾風】に、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】【大和竜胆(やまとりんどう)】【狡鼠(スライル)】か」

 

 自分を取り囲む面子を確認したオッタルは一人ごちる。

 

「使命を果たせぬこと、己が身を呪うぞ」

 

「何か言いましたか【猛者】。退く気が無いのなら、私達全員で力ずくでも退かします」

 

 リューがアルヴス・ルミナをオッタルに突きつけ最後通告を放つも、オッタルが武器を取る気配はない。

 それどころか、何もせずにその場から一歩横にずれる。

 

「いや、いい」

 

「いい、とは? 貴方がここから退くと、そう受け取っても?」

 

「そうだ。お前たち全員を相手取るのは少し面倒だ。故に、通してやる」

 

「そうですか。では通らせてもらいます」

 

 少々拍子抜けしてしまったが、何もせず通らせてくれるというのならお言葉に甘えようと、リューは他の面々より一足早く先へ進み、その後をアリーゼ達も追おうとした。

 そしてリューがオッタルの横を通った時に、彼はリューに向かって何やら呟いた。

 

「この先で見ることになる光景で、貴様が変わる事を我が主も期待しているぞ【疾風】」

 

「そうですか。今はそのようなことはどうでもいいので、聞き流させてもらいます」

 

 リューはただそう返し、9階層へと急ぎ足を運ぶ。

 そして正規ルートをしばらくしたところで、パルゥムの少女がリュー達の目の前に現れた。

 リリはリュー達の姿を見ると必死の形相で呼びかけてくる。

 

「リュー様! アリーゼ様! 輝夜様! ライラ様! ベル様が! ベル様があああ!!」

 

 ただそれだけで、彼女達はベルの身に何があったのか察し、さらに表情を険しくした。

 リューは走りながらリリに問いかける。

 

「アーデさん! 途中の冒険者から話は聞いている! 場所はどこなのです!」

 

「っ、正規ルートの先! E16のルームです!」

 

「ありがとうございます! アリーゼ! 貴方はアーデさんを! 私は先に行きます!」

 

 アリーゼの返事も待たず、リューはリリから聞かされた場所へ己の全速力でもって駆け続け──そして、白髪の少年が血だらけの姿で、うつ伏せに地面に倒れているのを見つけた。

 遠目からでは分かりにくいがまだ息をしているのを感じ、ひとまずリューは安堵する。

 彼の奥にいるのが件のミノタウロスだろうと、リューは自分の愛用する武器を構え、ベルを庇うようにミノタウロスに対峙した。

 

「クラネルさん、私が来るまでよく頑張りましたね。今、助けます」

 

 リューの眼光に睨まれたからか、ミノタウロスはベルを襲うのを躊躇い、足踏みしている。

 その様子を見て、リューは改めてミノタウロスのことをよく観察した。

 

(まず間違いなく強化種。レベルは……クラネルさんの様子も鑑みるに、レベル3目前か。本当によく凌いでくれました。ミノタウロスのあれらの切り傷はクラネルさんがつけたもの。あの冒険者達が言っていたように武装は大剣。……とにかく、本当に生きていてくれてよかった)

 

 そうして一瞬で状況を整理したリューは、ミノタウロスを倒そうと足を踏み出し、誰かに肩を掴まれ止められた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「クラネルさん、私が来るまでよく頑張りましたね。今、助けます」

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 いつも聞いている、僕が好きな人の声がした気がした。

 

 目を開ける。

 

 顔を上げる。

 

 瞳に映ったのは憧れの人(あのひと)の後ろ姿。

 

 見間違えるはずのない長い金髪とエルフの耳。

 

 憧れの人(リュー・リオン)の姿がそこにはあった。

 

 助けに来てくれたんだと思った。

 

 これで僕は助かるんだと思った。

 

 ──誰が、誰に、助けられるんだ?

 

 ふと、そんな考えが頭を巡る。

 

 ──誰が?

 

 僕だ。

 

 ──誰に?

 

 リュー・リオン(あのひと)に。

 

 ──どうされるって?

 

 助けられる。

 

 ──いったいこれで何度目なんだ?

 

 最初に助けてもらったのは、5階層でミノタウロスに追われていたとき。

 

 ミノタウロスに吹き飛ばされて、壁際に追い詰められたところを救われた。

 

 二度目に助けられたのは、彼女が修行をつけてくれることになった時。

 

 弱っちい僕を強くしてくれようと、彼女の方から指導しようって言ってくれた。

 

 僕は彼女に強くされることで、助けてもらった。

 

 三度目に助けられたのは、シルバーバックを倒したあと。

 

 気絶していた僕と神様を酒場まで運んでくれた。

 

 あの人はお礼をされることでもないって言ったけど、僕は彼女に助けられた。

 

 四度目に助けられたのは、リリの時。

 

 僕だけではどうしようもないと、【アストレア・ファミリア】を頼った。

 

 彼女達は当然のように僕を助けてくれた。

 

 彼女は最初、リリを嫌ってたけど、それでもちゃんと助けてくれた。

 

 ──で、これは何度目だ?

 

 五度目だ。

 

 ──本当に、何度彼女に助けられるつもりなんだ?

 

 だって、仕方ないじゃないか。

 

 僕が弱いから、彼女に助けられるんだ。

 

 ──仕方ない? そんなの言い訳じゃないか。

 

 そうだね、言い訳だ。

 

 ──『英雄』になるんじゃなかったの?

 

 ……そうだ。僕は『英雄』になりたい。

 

 ──だったら、こんなところで這いつくばってちゃ、ダメじゃないか。

 

 そうだ。

 

 そうだ!

 

 立て!

 

 立ち上がれ!

 

 前を向け!

 

 武器を取れ!

 

 物語の英雄のように!

 

 憧れの人(あのひと)のように!

 

 僕の最初の憧憬(おかあさん)のように!

 

 今日僕は、初めての『冒険』をする。

 

 だから僕は、立ち上がって、彼女の肩を掴んで、叫んだ。

 

「もうリュー・リオンに! 助けられるわけにはいかないんだ!!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「もうリュー・リオンに! 助けられるわけにはいかないんだ!!」

 

 そう叫んだ白髪の冒険者は、リューを押しのけミノタウロスに向かっていった。

 その様子を後から来た【アストレア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の面々は呆然と見つめる。

 

「あ? なんだあのガキ? 自殺願望でもあんのか?」

 

「ちょ、黙りなさい糞狼! 彼【アストレア・ファミリア】と懇意にしている冒険者かもしれないのよ! 変な軋轢生むような真似しないで!」

 

「うっせえよ糞アマゾネス。あれが自殺志願者じゃなかったらなんだってんだ。こんな所で死なれても寝覚めがわりぃ。俺があのミノをぶっ殺す」

 

 そう言ってベートが前へ出ようとするも、それはいの一番に彼を助けようとしていたエルフの少女に止められた。

 

「待ちなさい【凶狼(ヴァナルガンド)】」

 

「あぁ? なんだよクソエルフ? もしかして正義の眷属様が駆け出しを見殺しにでもするつもりかぁ?」

 

 木刀で自分を抑えるリューを見て、ベートは彼女に悪態をつく。

 だがリューはその悪態に気にした様子もなく、ただ首を横に振った。

 

「そうではありません。この戦いに介入するな、そう言っているのです。もしするというのであれば……私はいつもやり過ぎてしまう」

 

「はっ、なーにが『やり過ぎてしまう』だ、笑わせんな。何年もランクアップできてねぇ、レベル4の糞雑魚がイキがるんじゃねえよ。退け、俺がやる」

 

「ちょっとベートやめなって! 団長も何か言ってやってください」

 

「なんだよ人が折角やる気出してやってんのに、邪魔すんな糞アマゾネス」

 

「……なぁベート、君はあれが駆け出しの冒険者に見えるかい?」

 

「あぁ?」

 

 フィンにそう言われ、ベートは再び少年の方に目を向ける。

 そこで行われていたのは、一方的に蹂躙される駆け出しの冒険者の姿ではなく──ミノタウロスの強化種と互角に切り結ぶ少年の姿だった。

 

「なんだぁありゃ? あれのどこが駆け出しの冒険者だ。あの野郎ども、嘘つきやがったな。ありゃどっからどう見てもベテランじゃねえか」

 

「そうだねベート。……なあ【疾風】のリオン。よかったら彼を弟子にとった日を教えてくれないか? それと知っているなら冒険者になった日も」

 

「ふふん! あの子をリオンが弟子に取ったのは、つい一か月前よ! 冒険者になったのは一か月半前!」

 

 聞かれた本人ではないが、アリーゼがフィンにそう答えると、その場に居る【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者たちは驚愕に目を開く。

 

「う、うそうそうそ! 絶対うそよ! あれが一か月半!? ねえアリーゼ! あれが本当に一か月半なの!?」

 

「そうよ!」

 

 驚愕のあまり何度もうそと連呼するティオネに、アリーゼが自信満々に答える。

 そのアリーゼの様子に【ロキ・ファミリア】もそれが嘘ではないと確信した。

 

「なあ、アリーゼ・ローヴェル。少し彼のことについて、詳しく教えてくれないかい?」

 

 フィンがアリーゼにそうお願いするも、今は瞬きすら惜しいと白髪の少年が戦う姿を瞳に焼き付けるアリーゼは、そのままの状態でフィンに答えた。

 

「別に全然構わないのだけれど、ちょっと待ってもらえるかしら? 今はお弟子君のことに集中したいから。後でちゃんと教えるから」

 

「……そうだね」

 

 フィンもアリーゼの言いたいことがわかるのか、改めて少年の姿を目に映す。

 今もスレスレでミノタウロスの攻撃を躱し、それで生じた少しの隙に五つの攻撃を繰り出している。

 少年が戦う姿に【ロキ・ファミリア】の面々が口々に言う。

 

「うわっ、えっぐいわねあの持ち替え」

 

「それにあれ、相手から見えない場所で入れ替えてる。相手の視線も計算して誘導してる。すごい」

 

「そうだね。あのミノタウロスが黒いナイフを警戒しているのを分かって、高速で左右の手に持つナイフを入れ替え撹乱してる。しかも……」

 

「あぁ、それだけではない。敢えて黒いナイフを使わないという選択もとっている。それでさらに隙をつくり、そこにもう片方のナイフで攻撃を加えている。あの少年、相当格上との戦闘に慣れている。技量、戦術──戦闘センスは申し分ない」

 

「それだけでもないよ、リヴェリア。自分より格上の、それも自分よりも大きな相手の懐に潜り込める勇気と度胸。胆力も相当なものだ。これはまた、凄い新人だね」

 

 この場に集う第一級冒険者達がベタ褒めするほどの大立ち回りを繰り広げる少年──ベルだったが、その胸中は穏やかではなかった。

 

(押し切れない! 攻めきれない! 防御が硬い!)

 

 一番最初にリューに修行をつけてもらった時のようだと、ベルはそのミノタウロスの防御の技を見て思う。

 このミノタウロスの防御は、あの時のリューのものほど優れているわけではない。

 だからこそベルでもミノタウロス相手に攻撃が通っているが、決定打を決められていない五分五分の状態。

 

 一瞬でも気を抜いたらやられる。

 そう思うほど思考が研ぎ澄まされていく。

 余計なことを考えず、目の前の強大な(ミノタウロス)を倒すことだけに集中する。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 放たれるは十の炎弾。

 それがミノタウロスの視覚を奪い決定的な隙を作るも、ベルは無理には攻め込まず、右手に持つあの武器を奪おうと、ヘスティア・ナイフをあらん限りの力で脆くなっている部分へと叩きつけた。

 瞬間、奏でられるは金属音。砕け散る大剣を余所に、さらにベルはミノタウロスを斬りつける。

 

「ねえ、今の魔法、詠唱してた?」

 

「いや、小声でもしていなかったな」

 

「あれね! お弟子君の速攻魔法! 無詠唱よ!」

 

「無詠唱!?」

 

「おいおいおい、なんだよそりゃあ。普通魔法を撃つには詠唱が必要なはずだろ? それを無しにできるってのか? 反則もいいとこじゃねえか」

 

「そうね! けど威力は低いから、撹乱とか手数の補強って感じでお弟子君は使ってるわ!」

 

「確かに今は威力も低いが……それでも魔力を伸ばせば十分な威力を出せるようになるだろう。いやはや、嫌な冒険者を思い出すなぁ」

 

「あ! お弟子君はその人の子供よ! 正確には義理の息子で甥っ子だけどね!」

 

「あの【静寂】に子供がいたとは……考えられんな」

 

 そんな会話を余所に、ベルはさらに加速した。

 まさか、とその場に居る全ての冒険者が何度目ともわからない驚愕を露わにする。

 

「あれだけ速かったのに……まだ速くなるの!?」

 

「あれは……手を抜いていたんだろうね。相手を出し抜くための『駆け引き』だ」

 

 それはベルが戦闘を再開してからずっと仕込んできた罠。

 自分の一番の武器である速度を利用した囮。

 かつてリューにやられたのと似たことを、この好敵手(きょうてき)相手にぶつけていた。

 

(全部を! ありったけを! 今までリューさんから教わった全てを! この敵に! 好敵手に!)

 

 思い出す。

 あの英雄譚を。

 かつて祖父が、一番好きだと言っていたあの英雄譚を。

 

「『アルゴノゥト』みたい」

 

 それは滑稽な喜劇。

 

 道化を演じる英雄が、友の力を借り、精霊の力を借り、最後には救おうとしたお姫様にも力を借りて、牡牛を倒す、ただそれだけの物語。

 

 戦闘が加速する。

 佳境を迎える。

 終わりが近づく。

 

 いつまでもいつまでも続けていたいと、ベルは思っていたけれど、それでもやがて、終わりを迎える。

 

 体は互いに満身創痍。

 手札は全てさらした。

 故にここからはノーガードの殴り合いだと、ベルはミノタウロスに突っ込んだ。

 

「馬鹿がっ」

 

 思わず、といった様子でベートが口走る。

 それはミノタウロス相手に悪手も悪手、最悪手だ。

 が、

 

「「「「大丈夫」」」」

 

 ベルのことをよく知っている四人は、ベルの狙いを正確に把握していた。

 

 互いに向き合い突っ込む中で、ベルの目の前に迫るミノタウロス。

 その体の下を潜り抜け、ベルはナイフを胸部に突き刺した。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 そして唱えるは速攻魔法。

 ミスリルの刃から魔法が伝わり、ミノタウロスの体内に侵入する。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 ミノタウロスの体が膨れる。

 炎雷が体を内側から焼き、膨張させる。

 

「【ファイアボルトオオオオオ】!!」

 

 瞬間、爆散。

 内側から魔法で焼かれたミノタウロスの上半身が吹き飛び、魔石とドロップアイテムだけが、ごとりと迷宮の床に落ちた。

 

「ま、精神疲弊(マインドダウン)……」

 

「立ったまま気絶しちゃってる、あの子」

 

「クラネルさん!」

 

 今にも倒れそうなベルに駆け寄ったリューは、ベルの体を支え、そして抱き上げた。

 

「すいませんアリーゼ。クラネルさんを【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院までお連れします。すぐに戻るのでご安心を」

 

「わかったわリオン! もし途中でお弟子君が目を覚ましたらおめでとうって言っといて! きっとランクアップしてるだろうから!」

 

 そんな会話にもはや驚くものはこの場にはいなかった。

 あんな戦いを見れば当然だ。

 例え少年が冒険者になって一カ月半の新人だろうと、ランクアップぐらいはするだろう。

 そんな確信をこの場に居る全員が持っていた。

 

 そしてリューがダンジョンから地上に出るころ、ベルは微かに目を覚ました。

 

「りゅ、リュー、さん?」

 

「ええ、そうですクラネルさん。ですが無理に喋ってはいけない。傷口が開きますから」

 

「そう、ですね」

 

「だから無理に喋らないでください。傷に触りますよ」

 

「そ、れは、やめて、欲しい、です」

 

「私はそういった意味でいったのではありません。ほら、もうじき治療院に着きますから、大人しくしててください」

 

「は、い」

 

 そしてベルを【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に送り届けたリューは、最後にアリーゼからの伝言と、自分の言葉をベルに伝える。

 

「クラネルさん。アリーゼからはランクアップのお祝いをいただいていますよ。おめでとうと。私の方からも祝わせてください」

 

「あり、がとう、ございます、リューさん」

 

「ええクラネルさん。ランクアップ、おめでとうございます。それでは私も遠征に行かなければならないので、これにて。帰ったらゆっくりとそのお祝いをしましょう。では」

 

 最後にリューはそう言い残して、遠征へと戻っていった。

 【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で治療を受けるベルは、そのまま深い眠りについた。




ふい~、やっとこさミノタウロス戦が終わりました。
一段落一段落といったところです。
物語が進むペースは、今の所文字数換算で、原作の倍から3倍くらいかな?
十万文字は書いていて、原作3巻でミノタウロスでしたっけ?
まぁ、ひとまずこれで落ち着けますね。
次どうしましょうかね?
ソードオラトリア入って、リューさんの冒険を書いてもいい気がしますが、実は最初の穢れた精霊の話、小説ではまだ読んでないんですよ。漫画では読みましたけど、ほぼ内容わすれてまして……。
とりあえず、原作の黒ゴラは出そうと思ってます。強化しますけど。
だって【アストレア・ファミリア】いるし……アリーゼ達レベル6だし……。
それよか先にヴェルフとの出会いかなぁ……上手く書ける自信がない。
なんだったら一気に時間を飛ばして、18階層から始めちゃおうかな。で、そのままアポロンでもいいし。うん、とりあえずはそんな感じになると思います。
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