「アリーゼさん、いきなり引っ張らないで下さいよ。びっくりしちゃったじゃないですか」
「いやー、ごめんねお弟子君。私もリオンが手を握られてるところを見てびっくりしちゃって。お詫びにここのご飯は奢るから。それで許してくれないかしら?」
「はぁ……わかりました」
そんな会話をアリーゼとするベル。
突然アリーゼに手首を掴まれ引っ張られたベルは、アリーゼと二人で酒場『火蜂亭』の二人掛けのテーブル席に座っていた。
店員にいくつか肉料理を頼んだ後、アリーゼの方から「それでお弟子君」と切り出された。
「お弟子君はリオンのことをどう思ってるのかしら?」
「りゅ、リューさんのことを!? えっと……綺麗で、優しくて、強い……す、素敵な人だなぁとは思ってますけど……」
す、までは出かかったが、流石のベルもリューの身内に「リューのことが好き」とまでは言えず、咄嗟に「素敵」と言い換える。
そのベルの解答に、アリーゼは「うーん」と声を唸らせた。
「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど……とりあえず、今はそれでいいわ! どうせ毎日のように会ってるんだから、そのうちなるようになるわよね」
「は、はぁ……」
一人納得するアリーゼに置いてかれるベルを余所に頼んだ料理──豚肉の串料理と飲み物が届いた。
そして手を合わせてから二人で料理に手を付ける。
ちなみに飲み物は、アリーゼが果実酒で、ベルは炭酸入りのレモン水だ。
肉を頬張り、飲み物で喉を潤したところで、ベルはアリーゼに質問の真意を尋ねる。
「えっと、どうしてアリーゼさんはこんなことを僕に聞いたんですか?
「うん? うーんっと、大事なことだからっていうのもあるんけど……一番はリオンのためね!」
「リューさんのため? 僕がリューさんのことをどう思ってるのかが、どうしたらそこに繋がるんですか?」
よくわからないと、また肉を頬張っているアリーゼを見ながらベルは首を傾げる。
言い方は悪いが、ベルがリューのことをどう思っていようと、リューはリューだ。
ベルの気持ちは変わりようがないが、それでリューの何かが変わるような気がしない。
いや、リューとの関係性は変わりたいと思ってるのだが、それは今は関係ないだろう。
そんな風に考えていると、肉を飲み込んだアリーゼが、逆にベルに聞いてきた。
「お弟子君はリオンが肌を許す人が極端に少ないぐらい潔癖なこと、知ってるわよね?」
「似たような事は、まあ聞いたことがありますけど……そんなに少ないんですか?」
リューがエルフの中でも一際潔癖というのは、エイナからも聞いた話だ。
それが具体的にどの程度なのかは知らないが、少なくともベルの見た限りではアリーゼとシルには許しているといったぐらい。
そしてアリーゼが「そう!」と続ける。
「今までリオンの手を握れたのって、私と酒場のシルちゃんぐらい。お弟子君で三人目ってところかしら」
まさかの二人だけだった。それもベルが知っている範囲内。
あまりの潔癖具合にベルは目を丸くする。
「そ、そんなに少ないんですか!?」
「そうなのよ! だから私ってばすっごいびっくりしちゃって……それであんな風に連れて来ちゃったんだけど……お弟子君も私の気持ちわかるでしょ?」
「そんなこと聞かされたらそりゃ納得はしますよ。説明ぐらいはして欲しかったですけど……」
「それについてはごめんって。ほら、お弟子君ももっと料理と飲み物を頼んでいいから!」
そう言って「すいませーん! この『極東風・鶏肉の甘辛煮込み』とエールを一つずつ下さーい!」と店員に呼びかけるアリーゼ。
それを見て「じゃあ僕も」と、ベルはオレンジジュースと『三種の肉の揚げ物・盛り合わせ』を頼む。
そして新しく頼んだ料理を待っている間も、二人は会話を続ける。
「それで……リューさんのためって話でしたけど……」
「そうだったわね。で、ここからが本題っていうか、まぁ結構真剣な話でね。今でこそああやってリオンは落ち着きのある大人っぽい人なんだけど……昔……それこそ五年くらい前まではそうでもなかったのよ」
「リューさんが? あんまり想像できないんですけど……」
ベルの知っているリューは、いつも冷静で、あんまり感情を表に出さない、アリーゼの言うとおり大人っぽい人だ。
そうではないリューを、ベルはあまり想像できなかった。
「実は……ちょっとした事件があってね。それより前までは私とか輝夜とかライラとか……当時【ファミリア】の末っ子だったリオンを散々揶揄って遊んでたのよ。アルフィアもその時いたけど、リオンを揶揄うってよりかは私達全員を死地に追い込んでは叩いて鍛えて伸ばしてって具合で……お弟子君もわかるでしょ?」
「お義母さんについては確かに想像できますけど……リューさんで遊んでたって、ちょっと酷くないですか?」
「いや~当時のリオンの反応が可愛くてついって感じ。だって【ファミリア】の末っ子だもの。色々とリオンも青かったし、あれは見物だったわ!」
なんだか昔を懐かしむ様子のアリーゼ。
そこで追加で注文した飲み物が先に届き、二人はそれを受け取って、喉に流し込む。
ぷはぁ、と息を吐いたアリーゼは続けた。
「で、その事件の後からリオンったら急に人が変わったかのようになっちゃって、あんまり揶揄いがいがなくなっちゃったのよ。それまでは私達が揶揄うと顔を赤くしたり焦って慌てふためいたりしてたのに、今じゃ何を言っても『そうですか』とか『そうですね』って、柳みたい受け流されちゃって。あ、柳ってわかる?」
「知ってます。確か極東に生えている木の名前でしたよね? 風を受けるとゆらゆら揺れる、しなやかな木だったかと」
「よく知ってるわね! それでね、別に今のリオンが嫌いってわけじゃないんだけど、どうにも違和感があるのよ」
「違和感……ですか?」
「そ、違和感。こう、リオンが自分の中にある気持ちを我慢してるような違和感っていうか、そういうの。なんだか私達に遠慮してるみたいで、ちょっと寂しいのよ」
そう言って、少し悲し気な顔をするアリーゼはジョッキを掴んでエールを煽った。
再び、ぷはぁ、と息を吐くアリーゼを横目に、ベルは二人の料理を店員から受け取る。
それぞれの料理をテーブルに置いたベルは、牛肉と思われる肉の唐揚げをつまみつつ、アリーゼに続きを促した。
「それで、僕にこの話をして、アリーゼさんは僕にどうして欲しいんですか?」
「別にお弟子君に何かして欲しいわけじゃないわ! ただ、リオンがお弟子君と一緒にいるときは、ほんのちょっとだけ、昔に戻ったような反応をするのよ。お弟子君は心当たりない?」
「そう言われても……僕は昔のリューさんを知りませんし……。ただ、リューさんに修行を付けてもらえることになった日に、小さく噴き出して笑ってる姿は見ました。あれはすごく可愛かったので、よく覚えてます」
そうベルが言うと、途端にアリーゼは緑の瞳を丸くして身を乗り出しながら問い詰めてきた。
「ほ、本当に!? あのリオンが噴き出して大声で笑ってたの!?」
「そこまでは言ってませんよ! ただちょっと『ふふっ』って笑ってただけです!」
「本当の本当に笑ってたの!? あの潔癖堅物エルフのリオンが!?」
「本当です! だからちょっと落ち着いてくださいアリーゼさん! 服に料理がついて汚れちゃいますよ!」
そう言われ気付いたのか、アリーゼは「ご、ごめんねお弟子君」と椅子に戻り、服が汚れていないか確認する。
アリーゼが落ち着いたのを見たベルは、そこでアリーゼに質問した。
「そんなに珍しいんですか? リューさんが笑う所なんて。僕も見た回数はあんまり多くないんですけど、若干微笑むぐらいなら見たことはありますよ?」
「それはもう! リオンがちゃんと笑う姿なんて私ここ数年見てないもの! あったとしても口角がちょっと上がるぐらいで、それもわかりにくいものだけど……」
「あ、それはわかります。リューさんって滅多に表情を崩さないですよね。少しだけお人形さんみたいだなって思った事ありますもん」
「お人形っていうと、【ロキ・ファミリア】の【剣姫】ちゃんも思い出すわね。あの子も全然表情を変えないから、一部の人は【人形姫】なんて呼んでたりするし」
「へー。そういえばアリーゼさん達は【ロキ・ファミリア】と仲が良いんですもんね。僕はちゃんと会ったことありませんけど」
前にベルが【ロキ・ファミリア】を見たのは、『豊穣の女主人』の手伝いをしている時だ。
シルに教えて貰ったが、あの酒場は【ロキ・ファミリア】が懇意にしている酒場だそうで、よく来るのだそうだ。
「そうね! って、話しがちょっとズレちゃったわね。どこまで話したっけ?」
「えっと、リューさんが僕といるとちょっとだけ昔に戻ったみたいってところです」
「そうそう、そこだったわ! で、リオンがお弟子君に相当気を許してるんだなぁって、私ちょっとだけ嫉妬もしてたんだけど」
「嫉妬してたんですね……」
「今は私の気持ちはいいのよ! それでね、少しだけ羨ましいなぁとも思ってたんだけど」
「やっぱり結構嫉妬してるじゃないですか!?」
「そうね! けど今はそれもどうでもいいの! だってお弟子君がリオンの運命の相手だったんだもの!!」
「運命の相手!?」
これまた誤解を生みそうな表現に、周囲の客も「なんだなんだ」とアリーゼに視線を向けている。
ベルはそれに気が付き顔を羞恥で赤らめるも、アリーゼは他の客の視線など気にもしておらず大きな声で話し続ける。
「そう! 運命の相手! だってリオンの手も握れるんだもの! これを運命の相手と呼ばずしてどうするのよ!」
「アリーゼさんもしかしなくても酔ってませんか!?」
「酔ってないわ! 少し気分がいいだけよ! 店員さん! エールをもう一杯ください!」
あ、これは酔っぱらってるなとベルは思った。
他の客も同じことを思ったのか、既に視線は向けておらず、それぞれの会話に入っている。
「そ、それで、アリーゼさん? 運命の相手どうこうはいいとして、まだ続きがあるんじゃないんですか?
「そうだったわ! それでお弟子君はリオンの手を握れるでしょ? だからお弟子君にはちょっと期待してるのよ!」
「僕に期待? 何をですか?」
そうベルが問うと、アリーゼは急に雰囲気を変え、真面目な顔を作る。
その雰囲気に中てられ、ベルも静かにアリーゼが口を開くのを待った。
アリーゼは口に含んでいたものを全部呑みこむと、静かに口を開いた。
「今のリオンを変えてくれるんじゃないかって期待。私、あの子のことが心配なのよ」
「心配って、どういう意味ですか?」
ベルからすれば、リューに心配するようなことは何一つない。
あるとすればリューに関わる人の方で、それもリューがその人達にやりすぎてしまわないかという心配だ。
あの師匠の口癖は知っている。なんならつい昨日聞いたばかりだ。
再度のベルの質問に、アリーゼは恐ろしいことを平然と口にした。
「いつかリオンが死んじゃうんじゃないかって心配。だって今のあの子、全然生きてる気がしないんだもの」
「ど、どういう意味ですか!? アリーゼさん!?」
ベルはダンっと机を叩き、声を震わせながらもアリーゼに大声で問う。
また他の客に目を向けられるも、今度ばかりはベルもそれを気にする余裕がない。
リューが死んでしまう未来など、ベルからすれば到底受け入れられない。
よしんばそんなことになってしまえば、自分も後を追って死んでしまうかもしれないとベルは思う。
それだけの気持ちをベルはリュー相手に抱いているのだから……本人は知らないが《スキル》に現れるほどリューのことを想っているのだから、それも当然だ。
アリーゼは「別に今すぐにとかじゃないわ。アルフィアでもあるまいし」と前置きして訳を話しだす。
あ、お義母さんの病気の事知ってたんだと思うも、ベルはアリーゼの話に耳を傾けた。
「なんて言えばいいのかしら? 不安? 焦燥? 自殺願望ともまた違うし……何とも言葉にしづらくて申し訳ないんだけど、なんかそんな気がしてならないのよね。勘だけど」
「勘、ですか?」
「そ、私の勘。これでも結構当たるのよ? あの【勇者】ほどじゃないけどね」
【勇者】フィン・ディムナにも似たようなものがあるのかとベルは思いつつ、アリーゼが続きを話すのを待つ。
しかし、アリーゼはもう話す気はないのか、自分の料理に手を伸ばして美味しそうに食べていた。
その様子にベルも話はここでおしまいかと思い、今度は鳥の唐揚げを口に入れた。美味である。
そこでベルは新しい話題として「そういえば」と話し出す。
「アリーゼさん、今日僕が初めてパーティを組んだ
「エイナちゃんね。それにしても【ソーマ・ファミリア】かぁ。またぞろ厄介なところの人とパーティを組んじゃったわね、お弟子君」
「確かにエイナさんも【ソーマ・ファミリア】の冒険者は乱暴な人が多いって言ってましたけど、リリ──そのサポーターの名前はリリルカ・アーデって言って、リリと呼んで欲しいって言われたのでそう呼んでいるんですけど、リリはそうは見えないし、なによりサポーターになるしかなかったって言うぐらいには戦闘の才能もないそうなので、そういった心配はないんですけど……何か知ってるんですか?」
アリーゼは「そうねぇ」と、一度エールを飲んでから知っていることを声を潜めて話し始める。
「実はね【ソーマ・ファミリア】には闇派閥に加担してる疑いがかかっているのよ。あ、これはあまり
「闇派閥ですか……はい、わかりました。そういうことでしたらあまり話せませんもんね。アリーゼさん達が鎮圧するまで酷かったって聞いてますし。それで、何の疑いがかけられてるんですか?」
「あの時は本当に大変だったわ。で、疑いの方はね、資金提供の疑いなのよ。どうもお金の流れが怪しくてね。あそこの団長は陰険メガネのザニス・ルストラって男で、それはもう金にがめつくてね……なんでも【ファミリア】の団員にステイタスの更新を主神にしてもらいたければ、一定の上納金を払えってルールを作ったって噂なの。お弟子君はそのサポーターの子から何かそれらしいこと聞いてない?」
そう聞かれ、ベルは「うーん」と腕組みしながら今日したリリとの会話を思い出し、それらしい記憶を引っ張り出した。
「そうですね……リリは主神のソーマ様? は派閥の運営に興味がない趣味神のような方で、【ファミリア】の運営は全部団長がやっているって言ってましたし、その噂は本当だと思います。リリもお金に困ってる……いや、あれは頑張って貯めてるって感じでしたし……【ファミリア】内で酷い扱いを受けているそうなので……もしかしたら脱退用の資金でも貯めてるんじゃないかな? お金にがめつい人が団長なら、それぐらいのことを要求してもおかしくはないですよね?」
「あの陰険メガネならやりかねないわね。他に何か気になったことはない?」
「他には特にないんですけど……リリは僕に声をかけてきた時、『初めまして』って言ってきたんです」
「それがどうかしたの? 初対面だったら普通じゃない?」
「それもそうなんですけど、そうじゃない気がするんですよね。アリーゼさんは、この前のあの男性のヒューマンのこと覚えてます?」
「ああ、あのリオンが追い払った情けない男ね。それで?」
「はい。あの時女の子が追いかけられてたって言ったじゃないですか。その女の子はパルゥムだったんですけど、どうもリリと似てるんですよね。まるで同一人物みたいに。リリにはちゃんと犬人の耳があったので、パルゥムではないんですけど、なんか雰囲気が似てるんですよ」
「流石に種族が違う子が同一人物ってことはないと思うんだけど……お弟子君がそう思うってのが引っかかるわね」
「いえ、僕もパルゥムの女の子を見た時はほんの一瞬だったので、確信はないんです。……すいません、確信がないのにこんな話して」
「いいのいいの、他に何かないって私が聞いたんだから。それにしても、パルゥムねぇ。最近手癖の悪いパルゥムがいるって噂になってるし……お弟子君も、今日大事なナイフを落としたんだから、気を付けてね?」
「はい! もう二度と落としません!」
その後はちょっとした雑談を挟み──主にアルフィアに受けた
「アリーゼさん、そんなに泣かないでくださいよぁ」
「ぶえぇぇ、だってあのリオンがよ~。あのリオンの手を取れる子がもう一人……しかも男の子……こんなの運命の相手って言わないでなんて言えばいいのよぉ~。リオ~ン、お弟子君のこと、絶対に逃がしちゃいけないんだからねぇ~。まかりまちがっても誰かにとられちゃいけないんだからねぇ~。ヒック」
「ああもう、涙で顔がぐしゃぐしゃですよアリーゼさん。ほら、顔を拭いてあげますから、こっち向いてください」
「だってぇ~お弟子く~ん。あのリオンよ~。あの潔癖で純粋で頑固で恋のこの字も知らないあのリオンなのよ~。何年私があの子と一緒にいると思ってるのよ~。こんなの泣きたくなるに決まってるじゃな~い。ヒック」
「わかりました、わかりましたからアリーゼさん。帰りますよ、アリーゼさん」
「リオ~ン、本当の本当に、お弟子君のこと、逃がしちゃダメなんだからね~」
そんなことを何べんも何べんも繰り返す酔って涙が止まらないアリーゼを、ベルはどうにかこうにか介抱して『星屑の庭』に送り届けた。
二人を出迎えてくれた輝夜はというと、
「本当に、一体何をしているのだうちの団長は。他派閥の、しかも年下の男に介抱されながら本拠に送ってもらう真似などしおって。すまなかったな兎、うちの団長を送り届けてもらったこと、礼を言う」
と、酔ったアリーゼに呆れながらベルの後を引き継いでくれた。
「ヒック」