「親知らず」でバンドが頓挫
しかし『成りあがり』のいちばんの魅力は「あけすけなリアリティ」ではないかと、私は考えるのだ。
嘘をついていないのではないか。盛っていないのではないか。実際は分からないが、少なくとも私は思春期の頃、書かれていることすべてを真実として捉えた。
例えば、キャロルの前段階として、「ヤマト」というバンドでブレイクしかけるのだが、それが突然、頓挫する理由が、ありがちな「メンバーの音楽性の違い」なんかじゃなく、何と矢沢永吉の「親知らず」だというのである。
――オレが、歯を悪くしたわけよ。オヤシラズ。 死にそうになったんだ。(中略)それで、腐ってきだしたわけよ、奥歯が。化膿しだしたのね。強力に。ものすごく腫れたわけ。口が開かなくなるほどだった。(中略)結局、一か月間、バンド活動ができなかった。一か月後に戻った時に、バンドは、もうダメだった。
親知らずについて、これだけリアルに書かれているミュージシャン本は、世界広しといえど『成りあがり』だけだろう。
以上のような仕立てによって、『成りあがり』は約200万部売り切った。延べ200万人に、決定的なシンパシーを抱かせた。そのシンパシーの束が、ソロデビューから50年経った令和の今でも、矢沢永吉を別格的存在に君臨させているのだと思う。
では最後に、私が選ぶ、若いビジネスパーソン向け「『成りあがり』傑作フレーズ・ベスト3」を紹介する。これらのフレーズにご興味を持たれた向きは、ぜひ手に取ってほしい。まずは3位。