今年の締めくくりはクソ野郎の悪あがきで。
「カカカカッ、
それは
天も、地も、海も、神も、命も、何もかも。
全てがその一八〇センチ程度の身体に内包され、凝縮されている。
しかも、まだ全力じゃない。
本気を出せば、重力はもっと強くなり、世界全てを呑み込むブラックホールとなる筈だ。それなのに、今は大地がゆっくりと浮かぶ程度。
質量を取り戻すのに時間がかかるのか、それとも俺たちを
「けどッ、どうやって宇宙に行けば──」
「──
え? と聞き返す暇もなく。
ルーアハは新たな動きを見せた。
「第一界門、解放。──
ドボッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
ルーアハの掌から爆発的に炎が輝いた。
それは『
白い炎はあるゆるモノを焼き尽くす。それは燃えるはずのない宇宙空間そのものでさえも。
太陽が昇る。夜が明ける。そんな変化が霞むほどの眩い炎。
「あッ、ぶねぇ……‼︎」
「加速するよ!
その炎を間を通って、俺と九相霧黎は飛翔する。
正確には霧黎が高速で空を飛び、俺はそんな霧黎に必死で掴まっている。
「お前……」
「ぼくに言いたい文句は山ほどあるだろうけど、今この間だけ水に流してくれ。ぼくにとっても、あなたにとっても、あの自称神が邪魔なのは同じだろう?」
「ああ、あのクソ野郎は俺がブチ殺す。だから……背中は任せたぜ、後輩」
「ぼくが絶対、ヤツの下まで連れて行く。だから……前だけを見ていてくれ、センパイ」
今、この瞬間。
二人の
たとえ相反する二人でも、同じ方向を向くことはできずとも、背中は合わせることはきっと可能だから。
「第二界門、解放。──
ッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
音が圧となって体を揺さぶる。
神性存在を弱体化させる赤い霧が無ければ、俺の三半規管はブッ壊れていた事だろう。
「く、そ……‼︎ これ進んでんのかッ⁉︎」
「進んでいるよ! だけどッ、進んだ分だけ押し戻されている‼︎」
「進んでねぇじゃねーか‼︎」
「うるさいな! ぼくだって炎を避けるので精一杯なんだよ‼︎ ぼくの
「何か⁉︎ 何かってなんだッ⁉︎」
《
咄嗟に、携帯電話に向かって叫んだ。
「イヴリン! 《
『既にやっていますわ! だけどッ、《
「はぁ⁉︎ 何だそれ⁉︎ 何がどうなって──」
「
「────は?」
呆然と。
口を開けて、ソラを見上げる。
そうだ、少し疑問だった。
《
そんな強力なものがあるのなら、たった一度の奇襲のために隠すよりも何度も使った方が全体を通して見れば得なんじゃないかと思った。
だけど、そんな事はない。
アダマスはきちんと未来を予測していたのだ。
「我が
「……それが、なんの」
「分からんか? この世にある全ての存在は老い、朽ち、劣化する。それは世界そのものやそこにある摂理も例外ではない。
『なッ、そんな事があり得ますの⁉︎』
つまり、歪んだのは世界の方だった。
まるでゲームの強すぎる武器が
ただ防御をするために世界から一つの
「カカカッ、もはや其方達で暇潰しする必要もない。今度は
「そ、んな」
「惑わされるな! あなたが持つ《
「……そうか、そうだよな。物理法則が破綻すればこの世界も無事じゃない。ヤツが世界と共に心中するなんて殊勝な事をするはずがない」
「チッ、焦らんか。つまらんのう……」
ならば、と。
ルーアハは再び掌を翳す。
「第三界門、解放。──
血、血、血、血、血、血、血、血、血。
視界を埋め尽くす鮮やかな赤。
振られた炭酸が勢いよく吹き出すように、ルーアハの血液はウォーターカッターの如く
圧倒的広範囲攻撃。
絶対的高威力攻撃。
避けられない、受け止めきれない。
……だったら、こちらも出し惜しみする訳にはいかない。
「《
三度目。
〇秒経過、残り六秒。
異能そのものを無効化する訳じゃない。
異能が俺に及ぼす効果、それだけを無効化する。無効化対象を限定する事によって、この異能は六秒間持続する。
守られる範囲は俺とその装備品だけ。《
「六秒だ! それで俺をヤツの下へ届けろ‼︎」
「──
あらかじめ俺の能力をディートリヒから聞いていたのか、瞬時に理解した霧黎は魔法を唱える。
一秒経過、残り五秒。
暴風を切り裂き。
血風を無視して。
霧黎の飛翔は加速する。
今までのように回り道なんてしない。
目指すは最短距離、真っ直ぐ進むのみ。
二秒経過、残り四秒。
「第四界門、解放。──
ルーアハの対応は素早かった。
掌から大陸のような巨大質量が生成される。
だが、ヤツはそれを放たない。無駄だと知っているからこそ、異能による攻撃を選ばない。
ぐっ、と開いていた掌を握り締める。
巨大質量が手の中に隠れるほどの小ささまで圧縮される。
異変が起こったのは、その直後だった。
三秒経過、残り三秒。
空間が歪む。
そう、錯覚するほどの重力が発生した。
《
しかし、後方から超速で飛来する物体があった。
物理法則に従って飛来する異能の関係ない存在は、間違いなく俺を粉砕するだろう。
四秒経過、残り二秒。
『───
予測していた衝撃は来なかった。
スペースデブリは俺の身体を通り抜ける。
イヴリンが発動した《
ルーアハに対しては発動せず、スペースデブリには効いたという事は、弱体化によって追加された制限は生命の有無か、質量の制限か、異能であるかどうかか、それともそれら全てか。
何だっていい。兎も角、一瞬の機転が俺達を救った。
五秒経過、残り一秒。
『ブチかましなさい!』
「行け‼︎」
「ッ、おおおオオオオオオオオオオッッッ‼︎‼︎‼︎」
腕の筋が千切れるかと思うくらいに手を伸ばす。
九相霧黎、イヴリン、他にもたくさん。
大勢の助力によって、ルーアハに手が届く。
「《
六秒経過、残り〇秒。
「────は?」
指に伝わるルーアハの肉体の感触。
だけど、それだけ。
肉体は在っても、魂がここに存在しない。
「カカカカカカッ‼︎」
「ッ、防げ! センパイ‼︎」
真っ先に九相霧黎が気づいた。
既に彼は知っている。
本来は自身の身体に上書きして使用する
即ち、
こんなモノは、六道伊吹を引き付けるためのデコイに過ぎなかった。
「第〇界門、解放。──
ルーアハの肉体──《小宇宙》がヒビ割れる。
「っっっ、《
四度目。
当然、使うしかなかった。
呆気なく、《小宇宙》は消滅する。
しかし、ルーアハの姿は何処にもない。
なるほど、と。
九相霧黎は顔を顰めて呟いた。
「魂だけの移動。憑依転生者でもあらかじめマーキングが必要な緊急離脱技だね。憑依転生者でもないヤツが使えるとは思わなかったけど」
『……そもそも、第二摂理は
第二摂理、『頽廃』の摂理。
それは老いによる終わりを証明するもの。
逆説的に、世界のあらゆる
……そんなもの、詭弁に過ぎない。
これは第二摂理が引き起こした、一種の
そして、そんなバグを悪用するルーアハならば、魂単独の移動なんて馬鹿げた技を使っていても不思議ではない。
「……だけど、異能の反応はまだ宇宙からする。逃げたとしても、この宇宙の何処かにはいる」
もしかすると、《小宇宙》の展開は濃密な異能反応によって自身の身を隠すためのものだったのかもしれない。
ヤツが地上に移動していたのならば、異能の反応がズレて気がついていた。
『宇宙の何処かって……どれだけ広いと思ってますの……?』
「でも、第二位の
「「────あ」」
俺と霧黎は同時に声を上げ、顔を見合わせた。
《
骨肉は大地に、血潮は海に、頭脳は天空に、毛髪は草木に、死体に湧いた蛆虫は人間に。
だが、それには続きがあった。
「
「──
振り向く。
そこに、
「
夜明けにはまだ早い。
なのに、もはや日の出はとうに昔。
それを見たら、どんな学者だって地動説を捨てて天動説を選ぶだろう。
「ムシケラがァ、死ねェェええええええええええ‼︎」
もはや威厳も何もない神の醜態。
なのに、その強さだけは間違いなく本物だった。
「────あ、れが……あんなのがっ、ヤツの肉体だって言うのかよ‼︎」
「………………」
巫山戯るな、ただそう思った。
太陽。紛れもない物理法則の産物。
俺の異能じゃどうしようもない。
手で触れる前に、灼き尽くされて仕舞いだ。
「そもそも触れられるのかッ? あれは何処に接触したら触れたことになるんだ⁉︎」
『太陽はガスの集合体ですが、太陽本体と言えるのはその表面……光球でしょうか? でも、そこに辿り着くには一〇〇万度のコロナや二〇〇〇万度のフレアを超えねばなりませんわ』
もう想像することすらできない温度だが、まともに受ければ骨さえも残らないだろうという事は分かる。
「……《魔界侵蝕》も使えない。あれは神の動きを阻害するけれど、太陽は動かすまでもなくそこにあるだけで脅威となる」
『別の異能はありませんの? 他者の異能をコピーできるのでしょう?』
「残念ながら封印中だ。既にある手札の中なら、ぼくが
「──
俺は九相霧黎の首にかかった縄を掴む。
物理的に触れる事はできない。
それでも確かに、手と縄が重なる。
「いいのかい? 今は協力していても、ぼくはあなたの敵だ。それは、敵に塩を送る行為に他ならない。この戦いが終われば、ぼくは確実にあなたを殺す」
「知るか、そんなもん。敵対してから考えりゃいいことだ」
「……それに、その封印はあなたの友達が命を賭けて仕掛けた攻撃だよ。ここで台無しにされたなら、決死の想いに意味がなくなる。栗栖椎菜は犬死にだ」
「あ? 椎菜が死んで俺は怒ってテメェをブチ殺す。それ以外に何が必要だよ。罪悪感でも抱いてやがんのか? だったら勝手に自殺でもしやがれ」
「だけど──」
「
五度目。
ゴンッ‼︎ と。
縄ごと九相霧黎を殴り飛ばす。
鬱陶しいな、コイツ。
「ああもう、クソったれ! やってやるよ! あとで後悔しても知らないからな‼︎」
「しねぇよ。椎菜を殺したテメェは殺す。ついでにディートリヒもブチ殺す。それだけだ」
目の前で、九相霧黎は太陽に手を
「《
世界観に馴染む、ただそれだけの異能。
《
「片道切符でも文句は言わないでくれよ」
「ハッ、片道切符を渡すのは俺の役目だ。ただし、地獄行きだけどな」
『準備は完了しましたか? ブッ飛ばしますわよ‼︎』
《
空間が歪み、瞬きの間に太陽のすぐそばまで移動していた。
『太陽の表面まで飛ばしたつもりでしたが、少しズレたようですわね』
「……第三摂理の劣化によって発生した制限か?」
『考察している暇はありませんわ。そちらの温度は大丈夫ですの?』
「ああ、ぼくの異能で太陽の熱を弾いている。余熱だけで死にそうだけど、自然発火するほどの温度じゃあない」
そう言って、霧黎は魔法を唱えて更に加速する。
その速度は、音速すらも上回る。
『アルヴェン境ザザザザザザザッ、突破! 彩ざざざざざざざざざざざ気圏に突ザザザザザザザザザザッ‼︎ 残りは約七〇〇万キざざざざざざざざざざざざトルざざざざざざざざザザザザザザザザザザッ‼︎』
太陽のプラズマの影響か、イヴリンとの通信にノイズが走る。
……いや、そもそもなんでこの状況で繋がってるんだ? 電波に対して『万象貫通』でも使っているのだろうか?
しかし、ルーアハもただ見ているだけじゃない。
外聞なんて捨て去った神は、もう醜く暴れ回ることに恥なんて覚えない。
「燃え尽きろぉぉおおお、ムシケラァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎」
カッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
眼前が白い光で満たされる。
「これが太陽フレアか……ッ‼︎」
「ッ、ぁ、ァァアアアアアアアアアアアアア‼︎」
《魔界侵蝕》……神聖存在の
《死体化生神話》をコピーした今、心臓に神経が通っているのはルーアハ一人ではないのだから。
もはや生理的に耐えられるレベルを超えた痛み。霧黎は絶叫するしかなかった。ルーアハに至っては、声を上げる余裕すらなかった。
《死体化生神話》の制御が乱れる。
それでも、俺に太陽の熱は届かない。
…………だけど、それは、俺に対してだけだった。
「後輩ッ、お前……‼︎」
「ぁ、ぎッ、っっっ‼︎」
俺が無事なだけでも奇跡としか言いようがなかった。
たとえ弱体化しているのだとしても、数千年異能を使い続けているルーアハと、ついさっき異能を手に入れたばかりの霧黎。異能操作においてどちらが優れているかなんて言うまでもない。
俺をルーアハのもとに届けることに全神経を注いでいる九相霧黎が、自身の防御にまで気を回せる訳がないんだ。
「い、け……‼︎」
「ッ‼︎」
それでも。
九相霧黎は俺の背中を押した。
それだけで、理解した。
あまりの眩しさに周囲を見ることなんてできない。
だけど、辿り着いた。九相霧黎は役目を果たした‼︎
「ムシッ、ケラがァ‼︎ 朕を誰だと思っている⁉︎ 我が名はルーアハ‼︎ 転生者の長にしてこの世界で最も尊き──」
「──黙れよ、クソジジイ。テメェはただの頭のイかれたゴミムシに過ぎねぇよ‼︎」
「ぎ、ざまァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎‼︎」
音もなく、
第二摂理、『頽廃』の摂理。
だが、俺が異能を使うまでもない。
相殺。
ルーアハの最後の足掻きは砕け散った。
俺は白い光を握り潰すみたいに右手を伸ばした。
そこにある確かな魂の感触を掴む。
右手に宿るのは、あらゆる魂を殺害する力。
「──《
六度目。
パキリ、と。
硝子を踏み砕くような音が響く。
全知全能を自称する神。
ヤツは自分の無知に目を逸らし続けたが故に呆気なく消滅した。
「「テメェに相応しい
直後、太陽の表面が爆発した。
制御の失われた太陽が暴発する。
最後に目に映ったのは、意識を失った霧黎の姿と──
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
イヴリン
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000
次回で中編2はラストです