目が、覚めた。
「………………は」
気がつくと、いつの間にか辺りは真っ暗だった。
街灯も何もかも潰された、地平線まで暗闇の平面。満天の星と三日月の明かりだけが暗闇を照らす。
そんな場所で、俺は眠っていた。
「あれは……」
すぐ近くにある巨大な塔が見える。
暗闇の中でも見えたのは、それが星を隠すほどの巨大な建造物だったからだ。
「……俺が死ぬ前に見た、ルーアハの異能か?」
塔……いいや、そう見えるほど巨大な腕。
しかし、その腕は微動だにしなかった。
少し離れた所からは戦闘音が聞こえる。
相変わらず、ルーアハの異能を感知する事はできない。だが、状況から考えて、まだ誰かがルーアハと戦っている。
そこで理解した。
この腕は俺を殺すためのモノで、その誰かがルーアハに立ち向かったからこそ俺はまだ生きていられるのだと。
「一体誰が──」
──ヴヴヴヴヴヴッ、と。
ポケットの振動が思考を断ち切る。
それはスマートフォンの着信だった。
「あ? なんで今……そういや、第三位を殺したから妨害電波が無くなったのか?」
非通知。
電話相手の名前は分からない。
恐る恐る、着信に応答する。
「はい、こちら六道伊吹。お前は──」
『──
「……お、まえは」
「やっと、か。遅かったね、センパイ」
「
一度目。
俺が異能を使用できるのは一日に六度まで。
だが、一日という基準は二四時間を示しているのではない。
朝起きてから、夜眠るまで。長時間の睡眠で身体を休めることで、異能が再び六度まで装填される。
チラッと横目で九相霧黎を見る。
この後輩に対して言いたいことは山ほどあった。……主に、ディートリヒについて。
だけど、それは今じゃない。言葉を飲み込んで、何処かに存在するルーアハを睨む。
「カ、カカカカカカッ、誰かと思えば六道伊吹ではないか。わざわざ朕の前に姿を現すとは、死にに来たのかのう?」
「いいや、死なせに来たぜ」
誰もいない空間に、ルーアハの声がだけが響く。
空気を直接揺らしているのだろうが、そんな事に思考を割く暇があったらすぐに俺を殺せば楽だろうに……。
「……身の程を弁えろ、ムシケラ。魂を破壊できる力を手に入れて調子に乗っておるのか? じゃが、其方には何もできん。其方の手は朕には届かん。ほうれ、朕の居場所さえ分からんのじゃろう?」
「似たような事を言って、呆気なく殺されたヤツなら知ってるぜ。フラン=シェリー・サンクチュアリって言うんだけど。
「……ッ‼︎」
ビキビキビキビギッ‼︎ と。
ルーアハの怒りに応え、世界が揺れ動く。
だが、想定よりは揺れが小さい。
恐らくだが、原因はこの赤い霧。
九相霧黎の使うこの異能が、ルーアハを弱体化させているのだろう。
「巫山戯るなッ、ムシケラがァ‼︎ 朕は全知全能の神じゃぞ⁉︎ 自身なら何でもできると思い上がったかッ、ガキィ‼︎」
「何でも出来るとは思わねぇよ。……だが、それはテメェもだ」
「何じゃと?」
「
全知と呼ぶには余りにも無知で。
全能と称すには余りにも無能だ。
「……遺言はそれで終わりじゃな?」
「響かねぇな、煽り方も知らねぇのか? 長い人生で何も学べていないのが丸分かりだぜ。年齢以外に自慢できるモノとかあんのか?」
「きッ⁉︎」
「テメェが自分の事を全知だと思ってるのは、自分が知ってる事以外を見ていないからだ。テメェが自分の事を全能だと思ってるのは、自分の失敗を絶対に認めないからだ。そんなの、馬鹿にされてる事に気がついていないだけの裸の王様と何が違う?」
「き、サマァッ‼︎」
シュバッ‼︎ と怒りで毛が逆立つように、地面から槍の如き樹木が生え育つ。
やはり、何故だかは知らないがその異能を感知する事はできなかった。
──しかし。
ブオン‼︎ と。
高速で飛来した物体が木の槍とぶつかる。
木の槍は容易くその物体を貫くが、何故かそこで動きを止めた。
「遅えよ。それに、遠回りすぎる」
「そ、れは……」
「テメェが本当に全能だってんならこんな攻撃方法じゃなくてもいいはずだ。服を操って俺を締め付けるか、それとも俺自身を操ってぐちゃぐちゃにすれば終わりだ」
「……………………、」
「人工物は操れない? 違う、テメェはコンクリートやビルを操っていた。生物は操れない? 違う、テメェは植物を操っていた」
ルーアハは答えられない。
全知全能、その肩書きが剥がれ落ちていく。
「テメェの神話……骨肉は大地に、血潮は海に、頭脳は天空に、毛髪は草木に、死体に湧いた蛆虫は人間に、だったか? そうだよな、考えてみれば当たり前だ」
「……………………カ」
「
「カカカカカカカカカカカカカカカカカカッ‼︎」
ルーアハは笑って攻撃を放つ。
木の槍を、黒き津波を、死の嵐を。
しかし、再び。
ブオン‼︎ と高速で飛来する物体がそれを阻害する。
「借りるぜ……サササッチ、みんな」
ルーアハが土砂で潰した二万人の死体。
この下に埋まってるそれらを
ただの死体ではルーアハの攻撃は防げない。だが、ルーアハは人間を操れない。それは人間の血が混じった物に対しても適用される。
例えば、俺の着ている衣服がそれに当てはまる。
ルーアハ自身は服も靴も操れる。だが、俺の血でベトベトになったそれに干渉する事ができない。
全知全能を自称する神の、絶対的な死角。
死体を貫いた木の槍は、その血が垂れて速度を殺される。
死体を呑み込んだ黒き津波は、その血が広がって勢いを失う。
死体を切り刻んだ死の嵐は、その血が舞って威力が消える。
「それがッ、それが何じゃ‼︎ 朕がムシケラを操れなかった所でッ、それ以外を操ればいいだけの話じゃろう⁉︎」
ギュオンッ‼︎ と周りの空気が固まる。
空気の
だが、ルーアハは忘れている。
「来い、《
それは転生者の死体を加工した
不壊の剣、無敵の刃を鎧として纏う。
「カカッ、カカカカカカ‼︎ 無駄な足掻きじゃのう! 生き延びた所で何になる⁉︎ 一〇〇年経てば死ぬようなムシケラがッ、未だ朕の居場所さえ分からないクソガキがァ‼︎」
「何言ってんだ、テメェの居場所なんざもうじき分かる」
「なァ⁉︎」
何のために俺が《
その後に、何ために俺が《
ルーアハの異能は感知できない。
それは何故か? 簡単に言えば、
ヤツの異能の持続は
どれだけ使っても限界なんて来ない。
ならば、考慮すべきだ。
間抜けな例で言えば、眼鏡をかけながら眼鏡を探す人と本質的には一緒だ。眼鏡をかけた状態に慣れすぎて、頭にある眼鏡の感触に気付けない。
それと同じ。ルーアハの異能は俺が異能感知に目覚める前から、そもそも俺が生まれる前からずっと使用され続けている。俺にとってはルーアハの異能の感覚が普通であるため、違和感として感じる事ができなかった。
だからこそ、《
そして、ルーアハの異能を実際に体感する事でヤツの感覚を割り出した。
既に俺はルーアハの異能の感覚を掴んでいる。
「さぁ、行くぜ。ついて来れるか、ロートル?」
「待────」
「──《
二度目。
世界からルーアハの異能が消え失せる。
だが、必要なのはその直後。
「──
再び、異能の感覚が世界中に広がる。
しかし、全て均一に広がった訳じゃない。
ある一点を起点として、感覚は生じていた。
「マントルの中に隠れてるとか、随分と臆病じゃねぇか! なァ⁉︎」
「ッ⁉︎」
即ち、ルーアハの居場所。
もう逃げも隠れもできない。
「じゃがッ、それを知って其方に何ができる⁉︎ フランの時とは違いッ、朕の居場所は転移しても生存できない絶命圏‼︎ 其方の手は届かない‼︎」
「馬鹿か、攻撃手段は一つじゃねぇ。分からねぇのか、全知全能?」
「
「たった一度も使った事のない、どんな効果があるのか誰も知り得ない
「じゃがッ、朕は設計の段階から全てを知っておる! 使われた事がないのだとしてもッ、そのスペックは丸裸に──」
「──だから、テメェは無知なんだよ」
嘲るように俺は笑った。
前世で全知と持て
疑うって事を知らないのかとさえ思う。
「
「………………あ?」
それは一本の杖だった。
ロドリゴが所持していた、とある
その杖を見た瞬間、ルーアハの思考は高速で回転する。
(《
半信半疑のまま、ルーアハは死の嵐を繰り出す。
たとえどんな効果があろうと、発動する前に潰せば問題はない。
そして、予想に反して呆気なく杖は砕かれた。
「これで──」
「
「────は」
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
天空から光のような何かが放射される。
それはあらゆる物質を透過し、
「な、にがッ⁉︎」
「もう一度言ってやるよ、テメェは全知全能じゃない。骨肉は大地に、血潮は海に、頭脳は天空に、毛髪は草木に、死体に湧いた蛆虫は人間に。だから、テメェは知らねぇ。
そこにあるのは一基の人工衛星。三〇年間秘されていた《
ルーアハがかつて生きた
だが、ここで言う『世界』とは非常にこぢんまりとしたもの。現世で言うならば、地球とその大気圏程度の大きさしかない。天上より上は存在せず、地下より下もまた同じ。
ルーアハの
故に、それは宇宙に築かれた。
神の杖。最大の
たった一度の奇襲を成功させるために三〇年もの間隠されていた、対ルーアハ抹殺用兵器。
ルーアハの居場所が不明だった為に今まで使われていなかったそれは、異能感知によってようやく日の目を見る。
「後は頼むぜ、
『任されましたわ‼︎』
それを操作しているのはイヴリン。
〈
勿論、イヴリンだけで動かしている訳じゃない。人工衛星はそんな簡単な造りをしていない。戦闘員・非戦闘員関係なく、大勢の人間が関わって《
ブレンダは死んだ。
ジェンマは死んだ。
ロドリゴは死んだ。
レオンハルトは死んだ。
この街で、“
でも、それでも。
まだだ、と叫ぶ者がいる限り。
天命機関は死なない。
“
ただ自分たちが蘇るんじゃない。
次代に技術を継承する、想いを受け継ぐ。
天命機関二千年の歩みがそれを証明する。
『光から離れてください!
《
その
この杖が指し示した物に対して、あらゆる物質を透過・無視できる効果が付与される。
具体的に言えば、《
他にも、《
では、例えば。
ルーアハに『万象貫通』の効果を付与し、その上でルーアハ以外に対して『万象貫通』の効果を付与したバキュームクリーナーを用意すればどうなるか。
『ぐォォオオオオオオオオ⁉︎ 朕がッ、空に吸い込まれるッ⁉︎』
答え、引き揚げられる。
地中で踏ん張ろうとしても『万象貫通』によって何も掴む事ができず、吸引力は距離で減衰する事なくルーアハを引き寄せる。
ルーアハの為に隠されていた兵器。それ単体で無数の敵を窒息死させる事すら可能な史上最高峰の
『このまま宇宙まで釣り上げたら「万象貫通」を解除します。その時こそ、伊吹の出番ですわ』
「任せろ」
UFOに
その正体は、ありふれた四〇代後半くらいの男だった。髪色は金色を帯びた緑色……とでも表現すればいいのだろうか?
生え際が少々後退している事を除けば、イケオジとでも呼ばれそうな見た目をしていた。あれで二〇〇〇歳を超える年齢だと言うのだから驚きだ。
もはや、ルーアハに
ヤツは既に大気圏を超えていた。
何も操れるモノがない宇宙空間で、死を待つことしかできない。
……その筈なのに。
「────カカッ」
「カカッ、カカカカカカカカカッ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ‼︎‼︎‼︎」
『…………は?』
イヴリンの戸惑う声が聞こえる。
俺だって同じ気持ちだった。
彼女は何らかの数値からそれを察知したのだろう。
だけど、そんな事をせずとも見れば分かる。感じれば分かる。
『
ルーアハの上昇が止まった。
むしろ、下降し始めた。
……
だけど、違う。
「……朕は其方らが恐ろしくて堪らない。気持ちが悪い、吐き気がする。どうして絶滅しないのかのう。朕の邪魔ばかりしよって。其方らの様な生命体が誕生した事が現世における最大の過ちと言えるじゃろう。故に──」
かつて、天動説の時代において、地球が
地動説に移り変わって、太陽が
この瞬間。
「──《小宇宙》」
それは、簡単に言えば圧倒的な質量だった。
ルーアハの一八〇センチ程度の身体の中に、
重力の変動は異能の副産物に過ぎない。
余りにも単純。
だが、単純故に回避は不能。
地軸はズレ、太陽の運航は滞り、銀河の中心が明確に揺らいだ。
あと数分も経てば、宇宙は修正不可能なレベルにまで歪んでしまう。
「──
最大にして最強。
短いタイムリミットの中、絶望的な神話の戦いが始まる。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
イヴリン
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000
世界観:《
転生者:ルーアハ
グレード:
タイプ:
ステータス:
強度-A/出力-A/射程-A/規模-A/持続-EX
異能:《死体化生神話》、《小宇宙》