直後、世界がひっくり返った。
これより先は異世界、神の死体で築かれる
「ほほーい☆ 朕の情動を受け止めておくれー‼︎」
そんな軽い言葉で、想像を絶する天変地異が巻き起こる。
天が、地が、海が。
「大地山岳、即ち我が骨肉なり」
轟‼︎ と大地が
山、土砂、岩、地盤、瓦礫、鉱物。それら全てが一塊りに纏められ、一本の巨大な腕が形成される。
全長は成層圏に達するような、掌の大きさだけでも街の半分を埋め尽くすような巨大な腕。立ち尽くす霧黎に強風が吹き付ける。
異能ではない。ビル風のようなものだ。余りにも巨大すぎる腕は、気流など自然の摂理を捻じ曲げる。
「レッツ、モグラ叩き☆」
「待────」
ババババババババババッ‼︎‼︎‼︎ と。
超高速で腕が振り下ろされた。
一度では無い。何度も、何度も、ルーアハは執拗に地面を連打する。
「はッ、はッ、はッ、ごばっ⁉︎」
九相霧黎は荒い息を吐く。
自分がこうして息をしていられるのが信じられなかった。
たった一度だって避けられる筈のない攻撃も、何度も掻い潜ったのだから。
無傷ではない。急激な運動に身体が追いついていない。消耗しすぎた体力に、胃がひっくり返って嘔吐する。それでも、今生きていられるのが奇跡だと思った。
「ほーう、
巨大な腕、とは言っても土砂や瓦礫の集合体である以上、その表面は決して平面ではない。例えば、腕の中に纏められた一棟のビルは、直撃すれば死ぬが窓ガラスを蹴破れば唯一の安全地帯となり得る。
故に、九相霧黎は腕の凹んでいて攻撃が当たらない箇所を一瞬で見極め、躊躇う事なく滑り込んだ。もしも一瞬でも躊躇していたならば、今頃彼は地面に染みになっていた事だろう。
「ならば、これはどうじゃ?」
そして、ルーアハにも躊躇いはない。
即座に次なる一手を繰り出す。
「渦流海嘯、即ち我が血潮なり」
ザザザザザザザザザザッ‼︎ と。
轟音を立てて、黒き津波が競り上がる。
逃げ場所なんてない。全て等しく、黒き津波は地上を呑み込む。
「
《禁呪魔法》、二節の詠唱。
ふわり、と九相霧黎の身体が津波の届かない高度まで浮かび上がる。
高速で迫る腕とは異なり、こちらの津波には詠唱する猶予があった。
しかし、思い出す。
九相霧黎の後ろに何があったのかを。
(ッ、〈
「余所見する暇があるのかのう?」
バチンッ‼︎ と。
いつの間にか形成されていた二本の巨大な腕が、蝿を叩くかのように九相霧黎を挟み殺す。
先程の失敗を活かしてか、それは瓦礫などは含まれない純粋な土砂の塊だった。人工物が含まれていないからこそ、隙間や安全地帯もまた存在しない。、
「っ、ぁぇッ⁉︎」
「ほう、まだ死んでおらんか。人体とは案外丈夫なものじゃのう。……否、材質の違いに目を付けたか?」
土砂、と一言で纏めてもそれは泥から鉱物まで多種多様。
九相霧黎は攻撃を避けれないと悟り、咄嗟に鉱物を避けて柔らかい泥の部分にぶつかりにいった。
せめて、少しでも
……それでも、酷い有様だった。
頭には窓ガラスの破片が突き刺さり、左腕はあらぬ方向へ曲がっている。それもまた、移動の軸となる足の
「カカカッ、そんなものであるか? 折手メアの語る『原作』とやらでは、其方が朕を倒したそうじゃが……少々、期待外れじゃのう」
「…………っ」
「ふむ、何故この程度の力しか持たず朕に歯向かった? 大人しく命を捧げれば良いものを……」
「……ずっ、と……疑問、だった」
血だらけで、地面に倒れ伏す。
手も足も出なかった。
それなのに、九相霧黎の口元は笑っていた。
「なん、で……あなたはっ、この段階まで、隠れ潜んでいたッ?」
「………………、」
「
「……で、あるとしたら?」
「つまり、あなたが姿を現したのはぼくがアドレイド・アブソリュートを殺した後。……ああ、やっぱりそうだ」
九相霧黎は嘲笑するように叫んだ。
「
「ごけばッ、がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎」
──
喉が張り裂けるような、耳を
「アドレイド=アブソリュートからコピーした異能、《魔界侵蝕》。その本質は神性特攻の
その答えが、先程の絶叫。
《死体化生神話》。
世界そのものを肉体と見做す異能。自身の肉体のように世界を動かし、張り巡らされた神経を通して世界中の盗撮・盗聴を可能とする全知全能の力。
だが、逆に言えば世界全てに痛覚があるという事でもある。本来ならば痛くも痒くもない程度の攻撃であっても、
「ァっ、ぐゥゥ、巫山戯やがって……‼︎ 暇つぶしとか第一位とかもう関係ねぇ‼︎ ぶっ殺してやるッ‼︎」
絶叫は止んだ。
人間を模った土塊も消えていた。
虚空に声だけが響く。
ルーアハは痛みに耐えきれず、異能を解除したのだ。
《魔界侵蝕》の与える痛みは、確かに激痛だ。
意識は点滅し、大の大人でも泣き叫ぶ。
だが、九相霧黎なら耐え切れた。
だが、六道伊吹なら迷わず突っ込んだ。
その程度の痛み。にも関わらず、ルーアハは圧倒的質量の操作という明確な切り札を捨てて逃げた。
詰まるところ、全知全能とはその程度。苦戦などした事がない、いつだって
「底は見えた。浅いね、全知全能。無知無能に改名したらどうだい?」
「こんのォォオオオオオオオッ、朕の皮膚を這うだけのムシケラの分際でェェエエエエエエエエエッ‼︎」
「結局、第一位に会いたいなんてのも嘘だろう? あなたは安全圏から人を死ぬのを眺めるしか脳のないカス野郎だ。自分より遥かに強い第一位に会いたいだって? 馬鹿言うな。初めて自分より強いヒトに会ったから媚を売ってるだけだろう? あなたは狂信者なんて器じゃない。何処にでもいる悪趣味な小悪党、その程度がお似合いさ」
「──────」
もはや、ルーアハは何も言わなかった。
何も言えないほどにブチギレていた。
そして、ただ一言。
「樹海森林、即ち我が毛髪なりッ‼︎」
ブワッ‼︎ と地面から大量の樹木が生える。
足を絡め取ろうとするそれらを千切り、人など簡単に刺し殺せそうなほど尖った木々の突きを避ける。
「毛髪……痛覚のない部分か、日和ったね」
大地を操ってた時と比べれば簡単すぎる。
無数の攻撃を容易く回避する。
だが、攻め手に欠けるのもまた事実。
九相霧黎は未だ、ルーアハ本体が何処にいるのかも分かっていないのだから。
「雷雲天蓋、即ち我が頭脳なりッ‼︎」
ズドンッ‼︎ と落雷が霧黎に突き刺さる。
セルフ心臓マッサージで自己蘇生し、霧黎は空を睨む。
(《魔界侵蝕》が届かない範囲からの攻撃。いよいよビビっているのも隠さなくなってきたね)
何ら恐れる事はない。
相手は図体がデカいだけの、単なる
「……いやぁ、ガッカリだよ。ディートリンデからラスボスと聞いていたからどんなものかと期待してたのだけれど。情けない姿だね、第二位。ここまでコケにされながら、本人はビクビク隠れているだけなんて」
「くっそがァァアアッ、舐めやがってェェエエエエエエエエエエエエエエエエッ‼︎」
(…………挑発には乗る。だけど、流石に姿は現さない、か)
煽ってはいるが、霧黎が不利なのは未だ変わらない。
敵の攻撃を
何故ならば、霧黎は知っているのだ。
かつて《
《
「暴風狂飆、即ち我が吐息なりッ‼︎」
痺れを切らしたルーアハが、広範囲攻撃を繰り出す。
それは嵐。鋼の戦車すら数秒も保たずに切り裂かれる絶死の暴風圏。見渡す限り全てを噛み砕く
逃げられない。
故に、九相霧黎は迎撃を選択する。
それは、《
第三位が死に、そのクローン達も死に、宇宙の何処かに隠されていたフラン=シェリー・サンクチュアリの予備の肉体──ただし、魂が破壊されたため中身のない空っぽの器──に接続権が委譲された権能。
原子レベルを超えた並行世界レベルで存在を分解し、あらゆる物質を消滅させる第三の
消える、消える、消える。
黒き津波が、鞭打つ樹木が、鳴り止まぬ雷が、死の風が。
一切の余韻すら残さずに、ルーアハの攻撃が消滅する。
そして──
「──
「………………ッ‼︎」
だが、ルーアハはその一瞬を待っていた。足が止まり、回避できなくなるその瞬間を。
「──真空虚無、即ち我が欠落なり」
それは、亀裂のようにも見えた。
光さえ反射しない完全な無、漆黒の刃。
(だめ、だ……)
九相霧黎は即座に悟った。
これは迎撃できない、
(だって、これは無だ。
真空、それは比喩でも何でも無く。
そこに一切の物質は存在していない。
そこに一抹の世界も広がっていない。
なのに、霧黎の足は動かない。
急停止した身体は、急反応に追いつかない。
そもそもの話、霧黎は限界を超えて動いていた。これ以上超える限界なんて、ありはしなかった。
(くそ……ごめん、ディートリンデ)
真空の刃が迫る。
あらゆる有を否定する、無の産物が霧黎の身体を斬り裂く。
「…………………………え?」
真空の刃、だけではない。
水、樹、雷、風。ルーアハが操っていた世界の全てが静まりかえる。
「…………ああ、なるほどね」
そこで、霧黎は全てを理解した。
何ら不思議はない。来たのだ、ルーアハの──いいや、
「やっと、か。遅かったね、
「
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
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