「取引、じゃと? 天命機関の
「本気も本気っすよ。ルーアハさんなら既に知ってるっすよね? 自分はまだ見えないその女が死ぬ事以外に興味は無いんすよ」
ジェンマは不遜にも、天上の神に向かって言い切った。
お前に興味はない、と。
「ヤツが生き返るくらいなら、第一位が世界を滅ぼす方がマシってもんすよ」
「それで、折手メアを殺す手伝いをしろじゃと?」
「そうっす。別に悪い話じゃないっすよね? ルーアハさんの計画を邪魔するつもりはないですし、元々
「そうじゃのう。──じゃが、其方の口車に乗るというのが気に食わんのう」
ニタリ、と表情に悪意を滲ませてルーアハは口角を歪める。
「其方は対価に何を差し出す? この朕の力を借りるのじゃ、それ相応のものを貰わねばならんのう」
「それは勿論、取引っすからね。ルーアハさんに
「カカッ、その程度の対価で朕が動くとでも──」
「──
心理を手繰る異端の天使は、神さえも手玉に取って笑った。
「ひとまず、これで安心かな」
「当店はご期待に添えましたでしょうか、お客様?」
「ああ……助かったよ、
何とか見つけた〈
ディートリンデを治療するための道具と、安眠できる
「しかし、良かったのですか? コピーした異能を売り払ってしまって」
「大丈夫だよ。売ったのは《石化魔眼》と《暴食魔剣》、それに僅かに残った第三位の異能だけ。全部、ぼくが扱えないものだ。戦闘に必要なものは残してあるよ」
とは言いつつも、状況はかなり厳しい。
今の九相霧黎に残っている異能はたった二つ。《禁呪魔法》と《魔界侵蝕》だけ。
《勾留・魂魄呪縛》のせいで《
武装も心許ない。
ブレンダから奪った《
残ったのは、彼女から学び盗んだ武術の腕だけ。
「──いや、待て」
ふと、気づく。
彼が保有する、もう一つの力。
(ぼくは第四摂理への接続権を保有しているが、正当権利者たる栗栖椎菜が亡くなった今、この力はどうなっているんだ? 第五摂理のように破綻しているのか、それとも──)
「……
数十秒間の説明。そして、彼はゆっくりと頷く。
「可能でごさいます。しかし、それはお客様にとって──」
「──
だけど、と。
少年は手を強く握りしめる。
「第一希望は……ぼくの、わがままなんだ。彼女の『しあわせ』を考えるなら、安易な第二希望に飛びついた方が合理的さ」
「…………お客様が、それを望むのでしたら」
「勿論、第一希望を諦めたわけじゃない。限界ギリギリまで第一希望を狙いつつ、念のために第二希望を用意しておく。きっと、これが最善だ」
心の中で悪態をつく。
これが最善だ、なんて。そう簡単に割り切れる筈がない。
だって、霧黎はディートリンデのことが好きなのだ。きっかけなんて分からない。理由なんてどうでもいい。彼女が元々は男だったなんて知ったことか。
生まれて初めて、人を好きになった。
助けるべきだから、じゃなくて。
助けたいから、そう思えた。
だから、捨てる。
第一希望を──
第二希望に全てを託す。──
「そのためには──」
そう、策を巡らそうとして。
ゾワッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
九相霧黎さえも震えるような、そんな神威を知覚する。
「…………悪いけれど、ディートリンデを預かっておいてくれないかな。後払いってできる?」
「必要ございません。当店は『ディートリンデ様の安眠』を販売いたしました。一時的なお預かりも商品の内に含まれております」
「ありがとう。できるだけ、すぐ済ませるからさ」
カランカラン、と〈
その先に見えたのは、五キロ先にある地平線の彼方まで続く平面の大地と──
「容態はいかがかね?」
「残念だけど面会謝絶だ。帰ってもらおうか」
──
「カカッ、ちょっとした冗談じゃろうが。そう邪険にするでない」
「……あまり余裕がなくてね。彼女に何の用かな?」
九相霧黎は睨み付けるように目を離さない。
いや、目を
一挙一動、何が相手の癪に触るか分からない。ほんの一秒後に自分が死んでいても不思議ではない。
「過保護じゃのう。じゃが、心配するな。此度に用があるのは其方じゃよ、九相霧黎」
「ぼくに……?」
ピシッとルーアハの人差し指が霧黎を差す。
その指すらも、霧黎にとっては恐ろしい。
「ディートリンデから聞いておるかもしれんが、朕の目的は第一位の転生じゃ。〈
「……それとぼくに、何の関係がある」
「そう急くでない。……本来ならば、もう既に第一位の幻影が見え始めても可笑しくない段階じゃ。七年前はそうであった」
「………………」
「じゃが、何も起こらない。計画に支障が出ておるということじゃのう。世界の異界化を妨げる因子……其方は何だと推測する?」
「《
即答だった。
九相霧黎は即座に、六道伊吹の世界観を口にした。
「やっぱり、ぼくは関係がない。あなたが六道伊吹を殺せば、それで終わる話だろう?」
「そうじゃの。朕もそう考え、ヤツを殺す計画を立てた。ヤツさえ死ねば、計画は元の軌道に乗る。……
「……思って、いた…………?」
雲行きが、怪しくなってきた。
それに続く言葉を九相霧黎は予想できなかった。
「──
「……ッ⁉︎」
思わず、霧黎は息を呑み込んだ。
ありえるはずのない名前を耳にした。
「たった一人の世界観で、これほど大規模な異界化を妨げられるとは思えない。もう一人、別に《
「は?」
「ヤツの《
「おい、待てっ、待ってくれッ‼︎」
「
そんな訳があるか‼︎ と。
九相霧黎はそう叫びたかった。
実際の現世と六道伊吹の思い描く《
元から歪んだ世界に馴染んで、歪みを是正する世界観を獲得できる筈がない。
(ルーアハもジェンマもッ、どうしてそんな簡単なことが──ッ)
(…………あの女ッ‼︎
強さだけで
人望、功績、信頼。全てが揃って初めて、人の上に立つ事ができる。
復讐のためなら何だってやる? 馬鹿か!
熾天使は悪意に染まらない。
彼女達を突き動かすのは、いつだって世界をより良くしたいという善意だ。
(……騙されていた。疑問に思うことすらできなかった)
恐らく、最初は九相霧黎を操ってルーアハか第三位にぶつける予定だったのだろう。
だが、途中で逸れたことで目標を切り替えた。ルーアハを操って、九相霧黎にぶつける。両者共に消耗させ、六道伊吹の手助けをする事が狙いだった。
「待て! ルーアハッ、あなたは騙されている‼︎」
「……ふむ、朕が間違っていると?」
「そうだよ! 大間違いだ‼︎ これはきっとジェンマの策略だ! ぼくとあなたを共倒れにさせることが彼女の──」
「──
「………………え?」
神威が増した。
それは物理的な圧力となり、九相霧黎を後退りさせる。
「
「そ、んな、馬鹿な話がっ、あるか! ジェンマを連れて来い‼︎ ぼくが直接ッ、彼女から聞き出して──」
「
「……あ?」
びちゃ、と。
一辺一〇センチ程度の立方体が落ちてきた。
その表面はまるでブロック肉のようで、生々しい血が今なお垂れ流されている。
「なに、が」
「連れてきたぞ」
「…………?」
「分からんか?
「………………………………は?」
意味が、分からなかった。
理解が及ばない。記憶の中の女性と、目の前のブロック肉が繋がらない。
「そう疑問に思う事ではない。朕も天使の言うことなど信じられなかったのじゃ。
「…………………………、」
「彼女は最期まで一貫した意思を持っておったぞ。肉体がコンパクトに
あまりの
容易く人間の体を一〇センチの立方体に圧縮するルーアハに対して、ではない。
「其方の選べる道は二つじゃ。自己の潔白を証明するため朕に命を捧げるか、諦めて隠していた力を見せるか。どちらでも良いが、はよ選ばんと強制的に命を捧げて貰うぞ?」
「なんで、どうして⁉︎ あとちょっとでっ、彼女は『しあわせ』になれるっていうのに‼︎」
「心配せんでも、後ろの〈
「やるしかッ、ないのか⁉︎」
九相霧黎は覚悟を決めて拳を握る。
だけど、その手は震えていた。
ほとんど全ての異能を失った九相霧黎に対し、相手は世界全てを掌握する全知全能の神。
圧倒的な戦力差、絶対的な神威を前に足がすくむ。
直後、世界全てが雄叫びをあげた。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000