第三章中編1ラストです。
「む、くろ。すまない……」
「……今は寝ておくんだ、ディートリンデ」
高熱で
時刻は深夜を超えて、もはや早朝と言っても過言ではない。〈
(ディートリンデはもう限界に近い。そして、ぼくも……)
側から見れば、熱を出しただけのディートリンデよりも九相霧黎の方が重傷に見えた。
傷だらけの身体、血が染みてボロボロの制服。断たれた右手は戻らず、《
「ぁ、〜〜〜〜〜っ‼︎」
ずり落ちそうになるディートリンデを支えようとするも、右手の断面が擦れて痛みに悶絶する。
意識のない人を運ぶのは大変だと聞くが、右手を失った状態で人を背負うのは想像できないほどの苦労があった。
「っ、待ってろ、ディートリンデ。すぐにあなたを
一歩、一歩。
亀のような歩みで前に進む。
〈
だけど、希望はそこにしかなかった。
カネさえあるなら何でも買える。
九相霧黎は全てを支払ってでも、ディートリンデの苦しみを和らげたかった。
──だが、現実は無慈悲だ。
或いは、それこそが彼らの行いに対する報いと言えるのかもしれないが。
「…………く、そ」
「終わった、のですか……?」
サササッチは不安げに首を傾げた。
地面には、フラン=シェリー・サンクチュアリの死体が転がっている。
「ああ、ブチ殺した。気が済むまで死体を蹴ってやろうぜ」
「……
「なんでだよ」
「なんでだよ⁉︎
サッチはガチの困惑を表情に浮かべる。
無表情が
「本当にいいのか? 鬱憤は晴れたのか?」
「
「ふーん、そっか……」
「
サッチの疑問を無視して。
じゃあ、と俺は手を差し伸べた。
「帰るか、一緒に」
「かえ、る……?」
「? 地球に帰らないのか?」
サッチだけでなく、周囲のクローン達はみな一斉に首を傾げた。
「いいの、ですか?
「今更だ。俺はテメェらを許すつもりは一切ないし、未来永劫逃げられると思うなよ」
「…………ッ、はいっ‼︎」
……嬉しそうに、彼女達は頷いた。
ならば、後はもう憂いはない。
二万人集まり、《
来た時と同じように時空を超え、地球へ帰還する。
「ただいま、地球─────
「カカカッ、遅かったのう? 待ちくたびれたぞ、六道伊吹」
「────は?」
天蓋、ではない。
実際にはそう見えた山の如き手。
瓦礫、土砂、地盤。それら全てをひっくり返し、天に放り投げたかのような有様だった。
俺は、何もできなかった。
『空間跳躍』による帰還。
その、一瞬の隙を狙われた。
跳躍後の着地時に防御の姿勢を取れないように、この瞬間、俺は完全に油断していた。
俺は、何もできなかった。
だから、反応が遅れた。
だから、逃げ出すことができなかった。
それが攻撃だと気づいた時にはもう、その山は鼻先まで迫っていたのだ。
俺は、何もできなかった。
異能で迎撃しようと手を伸ばした。
しかし、無意味だと思い知らされる。
たとえ異能を無効化した所で、何も変わらない。手の形が崩れた土砂が降り注ぎ、圧倒的質量によって圧殺されるだけ。
俺は、何もできなかった。
サササッチが潰される音を聞いた。
俺は、何もできなかった。
一四二二七号が捩じ切れる音を聞いた。
俺は、何もできなかった。
二万人も居たはずなのに、たった一人の生存者さえ許されなかった。
そして、俺というちっぽけな人間は天蓋に押し潰され────
「カカカカカカッ、やはり
第二位、ルーアハ。
上空に君臨した神は、全てが平坦となったこの街を見下ろして告げた。
いいや、平坦になったのは街一帯といったレベルではない。
地平線まで見渡す限り、半径五キロの円上にある全地域すら
「生き残っておるのは四人かのう」
全知全能。
何人も、ルーアハの眼から逃れられない。
とは言っても、全てが平坦となったこの街じゃ辺りを見回すことは非常に簡単なのだが。
「“
ニタリ、と。
ルーアハは
「のう、“
「………………」
それは、ボーイッシュな少女だった。
黒髪で、短髪で、可愛いというより美形と言った方が適した顔立ち。ありふれたパーカーを着ていて、服装に頓着していない印象を受けるが、一方で髪には白いインナーカラーが見える。
何よりも特徴的なのは、片眼を覆い隠す眼帯。隠された左眼が、冷たい刃のような青い右眼を際立たせる。
“冥府送り”、
『テントラ2』における二番目のヒロイン。
〈
「ずっと逃げ隠れていた其方が、今更朕に何のようかね?」
「この、状況……でも、第五摂理は……貰える、の?」
少女は、顔に似合わないゆっくりとした口調で尋ねる。
それはまるで、根暗な女の子が無理矢理に明るい格好をさせられているかのようにも思えた。
「勿論だとも。
「そう……でも、うん、別に。あたしには、支払えるものが、ないから。おまえの言う通り、無理でも、もしかしたら買えるかも、だから」
「全く、健気じゃのう。自らを顧みない者に貢ぐなど」
「うん、でも……助けたいって、思ったから。あの子のために、あたしは、第五摂理を手に入れて、《
「狂信者め。朕もその気持ちが分かるから、何とも言えんがのう」
ルーアハは優しそうに目で(木乃伊の顔に眼球は無かったが)、二神双葉を嗜める。
「先に、“
「…………あり、がとう、ね?」
「なあに、感謝する事はない。朕は其方の事を高く見積もっておるのじゃよ。
予想外、とは彼女が生き残っている事に対してではない。
二神双葉が動かなかったこと──
この星で、この世界で──
「さて、と」
ルーアハは二神双葉を見送り、残った一つの課題に目を向けた。
「
全知全能。
逃れられないのは、六道伊吹もまた例外ではない。
「一時的な
ルーアハは話しかける。
「じゃが、無駄じゃ。其方も分かっておるじゃろう? 第五摂理は破綻しかけておる。同じ手は何度も使えん。あと一度が限界と言った所かのう?」
「 」
「そして、元の時間座標に戻る場合、その復帰地点は消失時と同じ場所じゃ。ならば、あとは簡単じゃろう?」
ゴゴゴゴゴッ‼︎ と。
ルーアハは愉快そうに手を上げると、それに連動して地面が盛り上がり、三〇キロメートルは優に超えるだろう腕を模した摩天楼が
「
即ち、
六道伊吹と言えども、準備もなく超速で迫る圧倒的質量には太刀打ちできない。
「カカッ、カカカカカカカカカカカッ‼︎ 無様じゃのうッ、折手メア‼︎
「──いーや、見てられないっすねぇ〜」
ルーアハの、思考が止まった。
だって、あり得るはずがない。
全知全能のルーアハがそれを見逃す訳がないのに。
「──な、んだ、其方は⁉︎ 何処から現れたッ⁉︎」
「簡単な話っすよ。全知全能は揺るがない。ルーアハさんは確かに自分の事を視認していた。……
彼女は絶死の天蓋崩落を掻い潜り、全知全能の意識の空隙を通って此処に来た。
ルーアハが持つ
それは世界そのものと成り果てた神が、世界全ての感覚を持ち、世界全てを意のままに操れるという強力な異能。
だが、一方でそれを行使するのは転生した肉体──人間の脳である。故に、ジェンマはその僅かな隙を突いた。
「……何の用かのう? わざわざ姿を現したという事は、朕と敵対する事が目的ではあるまい」
「まぁ、その通りっすね。自分の要件は一つっす」
ジェンマは虚空を指差して告げる。
「
憎悪、正義、信仰、商談、愛情。
様々な信念が入り混じった後半戦が開幕する。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000
次回予告。
やめて!
お願い、死なないでアダマス!
あんたが今ここで倒れたら、ディートリヒに憑依されて体を乗っ取られているクリスはどうなっちゃうの⁉︎
勝ち目はまだ残ってる。ここを生き残れば、ハッピーエンドに辿りつけるんだから!
次回「五八話:アダマス死す」
デュエルスタンバイ──‼︎