地球から十四光年先。
とある赤色矮星にて。
「チッ、また転移したか。たかだか人形如きに厄介な感情が生じたものだな」
その星に設置された核シェルターで、七歳くらいの少女はぼやく。
ショッキングピンクの髪に、全てを見透かすようなブルーの瞳。一切の紫外線から身を守って生まれた白い肢体を恥ずかしげもなく曝け出し、白衣を一枚だけ纏った美少女がそこにいた。
彼女こそが六界列強・第三位、フラン=シェリー・サンクチュアリであった。
彼女が七歳の姿をしているのは冗談でも趣味でもなく、ちょっとした手違いだった。
三年前、ブレンダに殺害された当時は慢心して肉体の代替品を作成していなかった。故に、即座に地球から逃れるには宇宙船に放置していた作りかけの幼い肉体に転生するしか無かったのだ。
しかし、それが意味するのは残酷な真実。
フラン=シェリー・サンクチュアリは転生するだけでなく、転生先の肉体さえも量産できる。つまり、熾天使“聖杯”レオンハルトがかつて計画していた人類絶滅によって転生者を一掃する計画が成功していたとしても、彼女は変わらず生き延びていたということ。
事実、六界列強上位三名は人類が絶滅しようとその生に影響はない。
(……原住民の語る十四光年先へ渡航する方法とは何だ?)
そんな彼女が頭を悩ませているのは一つの事柄。
当然のようにサササッチの会話を盗聴していたフランは、六道伊吹が十四光年先に手を伸ばす手段を保有していることを知った。
(原住民の文明レベルではそんなもの存在しない。ヤツは何を考えて──)
「──いや、一つあったか」
カチ、とフランは通信網を通してサササッチを除く全クローンに通達する。
クローン達とは違い、ネットワークの管理者たる彼女はオンオフの切り替えが可能だった。
「天命機関が乱入した時に用いた七天神装、《希望の舟》を見つけ出して破壊しろ」
七天神装の一つ、《希望の舟》。
その特権の効果、『空間跳躍』。
天命機関と六道伊吹が〈列強選定〉に乱入した時に見かけた宇宙船のようなもの。ワープを行うあれならば十四光年先にまで辿り着けるかもしれない。
第三摂理を解き明かして利用した兵器。
七天神装は科学文明の成果物と言えるだろう。
(だが、原住民はどうやってそれを見つける気だ? 予め隠した座標を教えられていた? しかし、あれだけ巨大な宇宙船を隠せる場所などない)
自問自答を繰り返す。
転生者である以前に科学者であるフランは、思いついた疑問を放置しておくことができない。
(あるいは都市外に宇宙船を安置してあり、何らかの連絡手段で呼ぶことで空間跳躍してくる方式か? しかし、通信妨害用電波によってあらゆる通信機器は使用不可能の状況にあるはずだが──)
『──報告、六道伊吹及び製造番号三三三一号を発見』
「……は?」
しかし、六道伊吹はあっさりと見つかってしまった。
考えすぎか、或いはただのハッタリに惑わされたか……と少女はピンク色の頭を掻いた。
「索敵班か? 発見した座標を報告しろ」
『否定、当機は陣地作成班でございます。位置座標は前回戦闘ポイントから変わりありません』
「────は」
今度こそ、フランの思考が停止する。
わざわざ《1847UF96:テレポートポッド》で逃げたにも関わらず、まだ戻ってくるとは。裏をかいたつもりかもしれないが、それは下策だ。
作成した陣地による集中砲撃で穴だらけにさようとして、フランはネットワークを通してその視界を観測した。
『よぉ、さっきぶり。突然で悪いけど力を貸せよ』
そう、虚空に話しかける六道伊吹の姿を。
「……………………………………まさ、か」
前回戦闘ポイント、そこには何があったか。
確かにあったはずだ、その死体が。
それは、映像には映らない。
それは、機械越しじゃ観測できない。
でも、確かにそれはある。
第三摂理の導入によって発生したその現象をフランはよく知っている。
「ロドリゴの幽霊が発生しているのかッ⁉︎」
幽霊。
即ち、精神情報の残留によって発生する現象。
ああ、発生してるだろうと思ったぜ。
幽霊が発生する条件は知らない。未練か、死を超えるほどの精神力か、或いはもっと別の何かがあるのか。
だが、俺は既に一人の幽霊を知っている。先代の“宝石”、クリス。
熾天使である彼女が幽霊になれるのなら、同じ熾天使たるお前が幽霊になれない理由はないよなァ!
「よぉ、さっきぶり。突然で悪いけど力を貸せよ。熾天使“杖”、ロドリゴ‼︎」
『よく来てくれたねぇ、儂の知恵を貸してあげるよぉ』
さすがロドリゴ、言葉を交わす事すらなくこちらの言いたい事を察してくれた。
彼は右手を伸ばして、ある物を指差す。
『《希望の舟》はこの街には存在しない。だから、外部の協力者に連絡をとって送ってもらう必要があるよぉ』
「不可能。外部との連絡は妨害されています」
『いいや、違う。正確には、ジャミングされているのは通信機器さぁ。儂の声が貴君にも届くように、原始的な手段を用いた連絡は阻害されていない』
そもそもの話、連絡妨害用電波は〈列強選定〉の当初から用いられていた。
だからこそ、ロドリゴはまったく別の連絡手段を用いていたじゃねぇか。
『骨伝導。簡単に言えば、見えないワイヤーを用いた糸電話だよぉ』
俺はロドリゴの死体の側に落ちていたワイヤーを掴み取り、その先に続く誰かに向かって叫んだ。
「寄越せッ、《希望の舟》を! ロドリゴの仇を取るためにッ‼︎」
直後、空間が歪む。
ロドリゴが死してもなお、自身の職務を全うして糸電話に耳を澄ませ続けた誰かの努力が俺に希望を与える。
「不可能。『無駄だ。《希望の舟》を手に入れたから何だ? 空間跳躍が可能でも、我が座標を特定しなければ話にならない』」
「いいや、テメェは忘れてんじゃねぇのか?」
「ええ、此処には当機がいます。当機と本体は連絡網を通して繋がっている……‼︎」
フランがサササッチの居場所を分かるように、サササッチもまたフランを居場所を特定する事ができる。
連絡網を通して思考が逆流し────
──プチッ、と。
呆気なく、繋がりは切断された。
「…………え?」
「不可能。『我は連絡網の管理者だぞ? 人形が持つ権限を1だとすれば、我の権限は100。一方的に回線を断ち切るなど容易だとも』」
残されたのは、無防備な俺とサササッチ。
そして、武装した無数のクローン達。
「『もう転移する暇すら与えない。さぁ、我が文明の前に平伏せ原住民』」
そして、一斉に兵器が起動して────
「………………………………『は?』」
──何も、起こらなかった。
クローン達は沈黙を保つ。
武器を構えてはいても、その引き金に手をかけない。
そして、すべてのクローンを代表するように一人の少女が前に出た。
「不可能……なのに、無駄なのに、どうして貴君は諦めないのですか? どうして我々とは違うのでしょうか? どうして当機は……なんで、貴君には成れないのでしょうか……」
それは、サササッチに対する問いかけだった。
クローン達の中で唯一名前を得た、感情を得た彼女に対する質問。
そして、サササッチは真摯に答えた。
「回答、当機と貴君は違います。……ですが、貴君は本体ともまた異なる人間でございます」
「………………わた、しは、『違う! そんな機能は設定していない‼︎』」
「貴君は当機には成れない。……だから、どうなるのかは貴君が自分で決めるしかないのです」
「当機は…………当機の名は、『待てッ、ふざけるな! 我はそんな感情は入力していない……‼︎』」
あり得ない現象が起こった。
フランの思惑をひっくり返すような、そんな特大のイレギュラーが。
「当機の名は一四二二七号。フラン=シェリー・サンクチュアリではない、たった一人の『わたし』でございます」
「はははッ、やるじゃねぇかお前!」
思わず、俺は笑ってしまった。
新たな人格を獲得したクローン──いいや、一四二二七号に敬意を表する。
(そんなッ、ことが……‼︎ こんな馬鹿みたいな感情の芽を見逃す訳が────ッ⁉︎)
その時に思い出した、ある一人の女のことを。
心理を専門とするとある熾天使のことを。
『ジェンマッ、あんのクソアマがァァアアアああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎』
ほんの数秒の会話。
たったそれだけで、感情を植え付けられた。
その言葉はクローンを通して発せられない。
風向きは変わった。あまりにも感情を得た個体が多いことで、思考が逆流する。
クローンが持つ権限を1だとすれば、管理者の権限は100。
だが、それは一対一で考えた時の話。たとえ1の権限であろうと、二万人のクローンが一斉に反旗を翻せばその権限は100を優に超えた20000となる。
「報告ッ、見つけました! フラン=シェリー・サンクチュアリの座標──ウォルフ1061cを‼︎」
それは地球から十四光年先にある赤色矮星。
生命移住可能領域、ウォルフ1061c。
「───無窮を突き進むモノ、出帆」
瞬間、空間が歪む。
その舟に乗員制限なんてない。
二万人、全員をクソ野郎のもとまで連れて行く。
そし、て。
バキィッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
空間を蹴破るように《希望の舟》がフランの根城に突っ込む。
(クソッ、逃げるか……? いいや、逃げても連絡網から座標は漏れている。ならば、既に陣地を構築している此処で戦闘した方がマシだ)
そして、何よりも。
(この我が原住民に恐れて逃げるなんてッ、認められる筈がない……ッ‼︎)
自らの誇りを捨て去ることはできない。
フラン=シェリー・サンクチュアリは正面衝突を選んだ。
「侵入できたから何だと言うんだ。我が陣地、《62727KG73:プラネットフォートレス》もまた異能。人形に教授した程度の兵装では装甲を破ることも──」
「──《破界》」
四度目。
バキバキバキッ‼︎ と。
呆気なく、《62727KG73:プラネットフォートレス》は砕け散った。
真横。
あらゆる障害物を破壊して、フランへ手を伸ばす。
「なァ⁉︎」
「死ね」
ウォルフ1061c は生命移住可能領域である。
大気があり、生命が生存可能な温度環境となっている。故に、宇宙船の外を飛び出してもすぐに死ぬことはない。
ただし、一つの計算外があった。
ウォルフ1061cは地球の1.8倍の重力を持つ。
その計算外が、ほんの僅かに俺の動きを鈍らせる。
「──《15555CF15:グラビトンコントローラ》ッ‼︎」
「ぅおッ⁉︎」
ぐわんっ、と六〇キロを超える俺の肉体が軽々と飛びあがる。
重力方向が変更された。正確に言うならば、飛び上がったのではなく俺は上に落ちている。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ! 我は負けない! 我々の文明は原住民なんぞより優れているッ‼︎」
「そうかもな。テメェの使う道具はどれもこれもウチの科学技術を超えた産物だ」
「ならば何故ッ、我は追い詰められているッ⁉︎」
「それは、テメェが馬鹿だからだ。優れてたのは文明だけ、それを使うテメェの脳味噌は俺達よりも劣っている」
ビキビキビキッ‼︎ と。
血管がブチギレる音が響いた。
「は、はは、はははは、ははははははははははははははははははッ‼︎ この我に勝ったと思い上がったか? だがッ、ここからが我の本気‼︎ 九相霧黎を巻き込まない為に封じていた、数々の兵器を見せてやろうではないかッ‼︎」
「……………………」
「かつての世界で、全宇宙を火の海にしてもまだ余る火力を持つとされた災厄の兵器! 世界を終わらせる十三の弾丸──蹂纂界弾‼︎ それはまるでッ、世界の終わりを十三回体験するような──」
「ゴタゴタうるせぇな、ビビってんのか? さっさとやれよ、臆病者」
「────ブッ殺す‼︎」
出し惜しみは無かった。
太陽系、或いは銀河系といった小規模な破壊ではない。
宇宙全てを滅ぼす一撃が、十三発一斉に放たれた。
《99999ZZ99:リーサルウェポン01》。
例えば、宇宙を全て満たす細胞死滅光線。
光の何倍もの速度で暗闇を照らし、宇宙に沈黙を齎す死の太陽。
《99999ZZ99:リーサルウェポン02》。
例えば、宇宙を一点に圧縮する無次元特異点。
その闇からは光さえも逃げられず、あらゆる物を引き寄せ折り曲げる究極のブラックホール。
《99999ZZ99:リーサルウェポン03》。
例えば、宇宙から熱を奪う熱的死。
絶対零度の息吹で凍らし、あらゆる熱量を無に帰す超宇宙規模の氷河期。
《99999ZZ99:リーサルウェポン04》。
例えば、宇宙に穴を開ける時空崩壊。
内側から宇宙を食い破り、やがて時空間すら破壊する無の泡。
《99999ZZ99:リーサルウェポン05》。
例えば、人間の脳では理解できないナニカ。
確かに宇宙を蝕み、しかして未だ認識すら出来ていない意味不明の終わり。
例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば。
有形、無形、関わらず。
ありとあらゆる兵器を感知する。
俺の異能では足りない圧倒的物量。
そもそも、触れる事すら敵わない兵器だって多々ある。
だから、俺が選んだのは頼る事だった。
だって、これは俺一人の戦いじゃないんだから。
「力を貸してくれ…………みんな‼︎」
「「「「「「終末摂理──‼︎」」」」」」
世界そのものが変質する。
顕現するは第三の死因。
この世に刻まれた『拡散』の法則。
語られざる終末論の一つ。
その輝きに触れた瞬間、あらゆる兵器は消滅した。
消滅と言っても完全に消え去った訳ではない。
原型を留めないレベルに、害を持つ事が不可能になるほど、局所的な並行世界分岐が行われた。原子レベル──それ以上に細かく分解されたのだ。
「────は」
「どれだけ凄い肩書きを持ってようが、所詮六界列強の世界観に存在するもの。世界の終わりを乗り越えられなかった程度の産物だろ?」
蹂纂界弾とやらが終末摂理に勝てる訳がないんだ。
皮肉にも、フラン=シェリー・サンクチュアリのかつて生きた世界の末路がそれを証明している。
「…………あり、えない」
「何が?」
「人形共は我という司令塔の命令無しには動けない! そのように設計している! たとえ感情が生じてもッ、すぐに集団で連携できるようになるはずが──ッ」
「──テメェ、自分が誰を殺したか忘れたのか?」
司令塔はいた。
──熾天使“杖”、ロドリゴ。
幽霊となって口を出す事しか出来なくなっても、彼は使命に全力を尽くした。
経験と指揮能力だけで熾天使に選ばれた男。
彼の手にかかれば、二万人同時の指揮なんてお手のものだ。
「来い! サッチ‼︎」
「発動、《974JF31:ジェットパック》」
上空へ落ちる俺をサササッチが受け止める。
機械の翼をもって、重力に逆らい空を翔ける。
「くる、な。くるな、くるなっ、くるなくるなくるな、くるなくるなくるなッ、あ、ああ、ああああああああああああ、くるなァァアアああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎‼︎」
異能、異能、異能、異能、異能。
フランは手当たり次第に道具型の異能を投げつける。
だが、それは正規の使い方ではない。武器も、乗り物も、電子機器も、その機能に関係なく全てをただ投擲物という原始的な用途に用いた。
フラン=シェリー・サンクチュアリは、科学者であって戦士ではない。
なまじ遠距離から全てを解決できる異能を持っていたから、クローンに全てを任せていたから、近距離の戦闘に慣れていない。だから、こんなにも簡単に狂乱する。
少女の腕力で放たれた、それも狙いも付けずに放たれた道具が当たる訳がない。
全てを避け、魂を殺す右手を伸ばす。
咄嗟に、フラン=シェリー・サンクチュアリは叫んだ。
「終末摂理ォォオオおおおおおおっ‼︎」
「──《破界》」
五度目。
パチンッ、と。
軽い音を立て、何の変哲もない右手が終末摂理を摘み取る。
結局、クソ野郎の誇りとやらはその程度だった。
誇りだの何だの言っておきながら、最後の最後に頼るのは前世で育んだ技術ではなく、現世で手に入れた得体の知れない異能だった。
それが、コイツの限界だ。
「たす、け──」
「──安心しろよ、クソ野郎。テメェが死んでも代わりがいるんだろ? 殺すのはテメェだけだ、良かったなァ?」
痛いくらいに握り締めた右手を振り抜く。
鉄拳が少女の顔面を撃ち抜く。
今この瞬間、俺とフランの距離はゼロとなった。
「───《魂絶》ァァアアッ‼︎‼︎」
六度目。
パキリ、と。
硝子を踏み砕くような音が響いた。
辞世の句を詠む時間は無かった。
まるで糸の切れた人形のように、パタリと少女は崩れ落ちた。
「テメェに相応しい結末だぜ」
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
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