「逃げるぞ!」
「
ごちゃごちゃとうるさいピンク髪の女の子を抱えて、俺は第三位のクローン達から逃げ出した。
「
「
「うるっっっっせぇぇえええええええええ‼︎」
不可能、不可能、うるせぇな……‼︎
抑揚のない声が癇に障る。
後方から迫る攻撃はもはや原理も効果も理解できなかった。
ただただマズイとだけ分かる。すぐにコイツらを振り切らなくてはならない。
「死に晒せ! 《
《
勢い良く血が吹き出し、クローン達に降りかかる。
第三位が俺の異能の情報を集めたって言うのなら知っているはずだ。俺の血液に触れても、接触条件は満たされると。
もちろん、ハッタリだ。
こんな所で無駄遣いできるほど俺の異能の残弾は潤沢ではない。
だが、クローン達は《3303DC01:デッドコピー》という異能の産物。たとえハッタリだと気づけても、触れたら自身が消滅する可能性のある液体の中に突っ込める訳がない。
「────『無駄だ』」
「……『我々には
…………は?
頭が沸騰した。
クローンなんて正直どうでもいい。
だけど、その言葉だけは許容できなかった。
「
死を恐れる必要がない、だって?
巫山戯んなッ、クソ野郎が!
自分の命を賭けてから言いやがれッ‼︎
「ムカつくぜ……‼︎ 人を殺しながら命を賭ける度胸もないクソ野郎とッ、
「──────」
ほんの一瞬、追手が止まった気がした。
だが、その程度で距離は変わらない。
もう間も無く、俺は追い付かれる。
そんな時、耳元で声がした。
……小さく、か細い、抑揚のない無機質な音。それでも確かに、こちらを心配している事が分かる暖かい声が。
「…………
「は?」
フラン=シェリー・サンクチュアリのクローンの一人。
俺が背負っている彼女は手を翳してこう呟いた。
「
突如、エレベータのような謎の箱が出現する。
悩む暇もなく、俺は箱の中へ飛び込んだ。
「『……何を考えている、
「
「『チッ、
追手たちが伸ばす手は届かない。
閉まる扉の隙間で、二人のクローンは会話を交わす。
「
「──
パタン、と。
次の瞬間、転移装置の扉は閉じた。
「逃げられた、のか?」
「
淡々とした口調で、少女は事実を述べる。
その表情から感情を読み取ることはできない。
「そう、か。でも、一時撤退できただけでも助かった。ありがとう、………………あー、お前のことはなんて呼べばいい?」
「
七七三とかだったらナナミとか呼べたんだけど、三三三一って名前にしづらいな。まぁ、本人も不要って言ってるしテキトーな名前でいいか。
「了解、じゃあサササッチって呼ぶわ」
「…………
「何でもいいんだろ? 文句言ってんじゃねぇよ」
サササッチ(仮称)は
「そんじゃあ本題に入ろうぜ、サササ」
「
「うるせえうるせえ、じゃあサッチな。……聞きたいんだけど、あのクソ野郎が言った事って本当なのか?」
どうしても、信じたくなかった。
フラン=シェリー・サンクチュアリが十四光年先に──俺の手の届かない場所にいるなんて。
だけど、サササッチは淡々とした言葉で俺の希望を切り捨てる。
「
「…………そうか」
「
「………………」
第三位の異能をコピーしたばかりの九相霧黎がそれを使い熟せなかったように、最低限の異能の説明しか受けていないサササッチもまた異能全体におけるごく一部の
「……なら、お前はどうしろって言いたいんだ? このままコソコソ隠れて自分を逃がせとでも?」
「
「ネットワーク……⁉︎」
「
転生者だけが使える掲示板……聞いた事はある。
あいにくと、俺は招待されていないが。
「
「……そうかよ」
「
「結局、何が言いたい」
その時、初めてサササッチの
ほんの僅かに、それでも確かに彼女の口角が動く。サササッチは微笑んだのだ。
「
…………は、と声にならない息を吐く。
だって、その行動が意味するのは……。
「……死にたいのか?」
「
「………………」
「
「お前は、それでいいのか……?」
「
──
「………………ぁ、え?」
「
「なに、を……」
「
「──────」
そうだ、忘れるな。
俺は異能の反応を覚えている。
ロドリゴを殺したのは、コイツだ。
それがたとえ、フラン=シェリー・サンクチュアリからの命令だったとしても。
それがたとえ、ドローンの操作を行なったのが別人だったのだとしても。
彼を殺害した
「テメェは言った、命の価値を理解していると。だったら、なんでロドリゴを殺した? テメェとは比べものにならない命の価値を持ったヤツをよぉ‼︎」
「それ、は……」
「死にかけのジジイなら命の価値が安いとでも思ったか? 命令されただけだから仕方がないとでも思ったか?
「
鼻が折れて血が垂れる顔面を片手で掴み、サササッチの頭を地面に押し付ける。
問いに答えるまで逃がしはしない。
「ムカつくんだよッ、テメェはッ! 人様を殺しておいてなに悲劇のヒロイン面をしてやがる‼︎ 答えろよッ、なんで殺した!」
「
「人を殺した理由なんて殺人鬼にだって回答できる! 快楽でも、怨恨でも、正義でも、憤怒でも! 何だっていいッ、それとも何も考えてなかったってのか⁉︎」
「
「今は
そして、そして、そして。
一瞬にも、永遠にも感じられる沈黙の後。
少女の唇から絞り出したような声が溢れる。
「
クローンだとか、
そんなものは関係がない、ありふれた言葉が。
「……こわいのです。
「…………」
「我々はつながってる。だから、みんなの死に際の苦しみもしっています。しにたくない。しにたくない。しにたくない」
「だったら……」
「
ぽたり、ぽたり、と。
血といっしょに、透明な水も地面に零れる。
「しにたくない。いきたくない。くるしい。解放されたい。そんな時、
「──────」
「死ぬ勇気のない
サササッチはディートリンデのようには成れなかった。
生きたい時に生き、死にたい時に死ぬ。きっとそれが理想なんだろう。
だけど、生きたくないのに生き、死にたいのに死にたくない彼女は、ずるずると惰性で人生を歩むだけ。
「
彼女は笑った。
血と、涙と、鼻水と、汚れた顔で。
だけど、見た中でいちばんの笑みを浮かべて。
それを見て、俺も笑ってしまった。
「誰が殺すかよ、バーカ‼︎」
「………………ぇ?」
その唖然とした顔を見て、思わず爆笑してしまう。
何が人形だ、アホヅラ晒しやがって。
「俺は怒ってるんだよ、サッチ。テメェを苦しめて殺したいくらいにはな」
「ッ、だったら──」
「
誰が
そんなものじゃ俺の怒りは収まらない。
「つーか、テメェはイラつかねぇのかよ! こんなクソつまらねぇ茶番劇を仕立てやがったクソ野郎がッ、今も
そもそもの話、コイツが生きようが死のうが俺の怒りは収まらない。
俺が殺したいのは最初からたった一人。
「フラン=シェリー・サンクチュアリ、テメェは殺したくないのか?」
「…………たい」
「自殺するよりも先にやる事があるんじゃねぇのか?」
「……ろ……たい」
「叫べよッ、サササッチ! 自分の声でッ、テメェの
「殺したいに決まっていますッ‼︎」
はははッ、良い表情をするじゃねぇか。
気味の悪い
「けどッ、どうやって⁉︎ 彼女が存在するのは十四光年先ッ、
「確かに、俺だけの力じゃ届かないだろうな」
「
「誰がテメェに頼るっつった? 俺をッ、
具体的に言う事はできない。
だって、それは第三位にも伝わるから。
だけど、既に俺は策を思いついている。
「俺がヤツを殺すことは既に確定事項だ! ならッ、テメェはどうしたいッ! ここで指を咥えて見とくのかッ⁉︎」
「…………ほん、とに」
「行こうぜッ、クソ野郎の死体を蹴りにッ‼︎」
「ほんとうに
「当たり前だッ‼︎ 俺はアイツみたいな理不尽をブチ殺すために此処にいるッ‼︎」
倒れた彼女の手を握り、起き上がらせる。
情けない時間はここで終わりだ。
見てろッ、六道伊吹の物語を見せてやる‼︎
「さぁ、反撃開始だ」
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
デッドコピー×20000