「さて、ちゃっちゃと終わらしちゃいましょうか」
そう、少女は告げる。
彼女の右手には《神威聖剣》が握られていた。
九相霧黎の額に冷や汗が流れる。
敵は
真正面から戦ったら準備万端の時であっても勝てるかどうかは怪しい。
ましてや、現在の手札は無に等しいのだから。
無意識に、霧黎は赤紫色の縄で縛られた首をさする。
一手でも誤ればその瞬間に死ぬ。慎重に、霧黎は策を巡らせ──
「何をやっているッ、霧黎‼︎ 先ほど手に入れた力があるだろうがァ‼︎」
──その策は、九相霧黎を信じる少女の無邪気な声援で砕かれた。
元
肋骨を折られて戦闘不能になった彼女は、野次を飛ばすように霧黎の背後から叫ぶ。
「霧黎の異能は他者の世界観に馴染むこと‼︎ たとえ《
「待て待て、待ってくれ! 味方であるあなたがぼくの手の内を明かすんじゃない!」
「貴様は第三位の異能を手に入れたのではないのか⁉︎」
「これは流石にぼくも予想外だぞ⁉︎」
「……へぇ、素晴らしい異能ですね」
これで、コピーした異能による奇襲は不可能になった。
観念して、九相霧黎は第三位からコピーした無数の異能を展開する。
瞬間、椎菜は左手を動かす。
右手に持った《神威聖剣》はブラフ。
本命は《神聖魔法》、手指詠唱による攻撃。
だが、ピタリと指の動きが停止した。
それだけじゃない。椎菜の全身の運動が……空間そのものが停止する。
「──《石化魔眼》」
即ち、霧黎が展開した第三位の異能もまたブラフ。
彼がコピーできた異能はそれだけじゃない。
アドレイドに異能を奪われてから出会った転生者には、アドレイド自身も含まれる。よって、霧黎は彼女の異能も手にしていたのだ。
数少ない手札で構築した、最強の初見殺し。
そして、霧黎は必殺の一手も保有している。
顕現するは世界の
停止した空間ごと一掃する、最強無比の一撃。
霧黎は警戒を怠らず、遺言をほざく暇すら与えずに
──しかし。
にやり、と椎菜の口角が弧を描く。
停止した空間の中ではあり得ない光景。霧黎が脳が作り出した幻覚。だが、その予感は正しかった。
「……あ?」
一瞬、彼は理解できなかった。
唐突に神経を走る激痛。
足下にある
「がッ、ごあアアアあああああああああああああああああああああああああああ⁉︎⁉︎⁉︎」
絶叫。
生まれて初めての
無数の異能を奪われた今、右手を再生する事もできやしない。
(な、んでだ⁉︎ なにがっ、どうやってッ⁉︎)
痛みと動揺で思考が纏まらない。
だが、それも仕方がない。
だって、栗栖椎菜はまだ霧黎の視界の中で停止したままなのだから。
右手を切断したモノを予測することすらできず、九相霧黎は椎菜を視界に収めたまま右目で
「────は?」
「《
そこに居たのはディートリヒ・フォン・エルケーニッヒ──
「
──
《神体加護》、それは
本来ならば自身の肉体を置換するように顕現するそれを、椎菜はまさしくゲームのアバターを操作するかのように遠隔で操った。
「巫山戯るなよッ、バケモノが……‼︎」
彼女の手にはもう《神威聖剣》は無かった。
代わりに、ディートリヒ・アバターの手に握られていた。霧黎の右手を切断したモノの正体はそれだろう。
右手が斬られたのに出血が無い事が不思議だったが、切断の瞬間に傷口を焼かれたと考えると辻褄が合う。
視認と同時、両者共に攻撃体勢へ移る。
「
「
発声はディートリヒ・アバターの方が早かった。
しかし、《神聖魔法》の長文詠唱よりも《禁呪魔法》の短文詠唱の方が魔法の構築は一歩早い。
一節の風属性魔法がディートリヒ・アバターの内側で破裂し、詠唱を妨害する。
「ッ‼︎」
霧黎は一瞬の隙を見逃さない。
ブレンダから学んだ技術を乗せて力一杯武器を振るう。
その武器の
勝てる、と。
そう、思ってしまった。
九相霧黎は気づいていなかった。
切り落とされた右手、
「────ごアッ⁉︎」
キュガッッッ‼︎‼︎‼︎ と、空気が消滅する。
直後、突如発生した真空を起点として気流が乱れ、爆発のような衝撃が起こった。横殴りの衝撃が九相霧黎を吹き飛ばす。
(くそっ、まずい……‼︎)
右手を失った……仕方ない。
体勢を崩した……どうにかなる。
……だが、目を逸らしてしまった。
「うーん、
二度目の《石化魔眼》は不可能だった。
《神威聖剣》、剣の形をした一つの太陽。
「《神威聖剣》、
「発想からして常人とは違う……‼︎ 一般人だった女の子が一つの異能をここまで応用できるものなのか⁉︎」
あまりの光量に目が眩む。
栗栖椎菜に焦点を合わす事ができない。
それはまるで、太陽を直視できないように。
「九相霧黎さん。わたし、貴方の弱点が分っちゃいました」
「何のことだか……」
「
「……………………」
その沈黙は、何よりも雄弁に霧黎の回答を表していた。
「貴方は第三位の異能をブラフに使うばかりで、実際に使用する事はなかった。それは具体的にどの
「………………、」
「そりゃ使える訳がないですよね。ちょっと触っただけで太陽系ごと消滅させる兵器が起動しちゃったら大変ですから。貴方は得体の知れない兵器に、自分とディートリヒさんの運命を委ねられなかったんです」
「………………………………………………………………」
図星だった。
第三位の異能をコピーした所で、それを使い熟せなければ役には立たない。
「だったら簡単です。アドレイドさんの異能をコピーしてようが、ブレンダさんの技術を習得してようが、彼女達二人よりわたしの方が強いですから」
「……いいや、それはどうかな。確かに今のぼくよりもあなたの方が強いんだろう。だけど、異能っていうのはそれほど長く使い続けられるものじゃあない」
「へぇ、耐久戦狙いですか」
「《
《
霧黎の読み通り、休息を挟みながらでも三日が限界。《神体加護》の
「対して、ぼくの力は《
「………………」
「削って、削って、削って、削る。鮮やかな勝利なんて必要ない。要は最後にぼく達が立っているなら、それで勝利なのだからね」
「ええ、確かにそうですね。だけど、一つだけ質問です」
にやにやと、栗栖椎菜は笑みを浮かべる。
それは勝利宣言のようにも思えた。
「
そう、いつの間にか。
ディートリンデは黙り込んでいた。
バッ、と振り返る。
彼女は青褪めた顔で横たわっていた。
「なっ、栗栖椎菜ッ‼︎ あなたは一体何をした⁉︎」
「何もしてませんよ。わたしとの戦闘で忘れてるかもしれませんけど、彼女は肋骨が骨折しているんですよ?」
再生やら回復の異能やらのせいで軽視していたかもしれないが、骨折というのは結構な
腹部の腫れと内出血による吸収熱。もしかすると最初の手の内を明かした発言は熱で意識が朦朧としていたのか? 顔や手足は青白く、乱れた呼吸と全身から抜けた力、額を流れる冷や汗からショック症状も考えられる。
今すぐに死ぬわけじゃない。
だけど、放置していたら間違いなく死に至る。
「…………悪いけれど、モタモタしている暇は無くなった。速攻で殺させてもらうよ」
「あら、お母さんは感動しました。まぁ、だからと言って負けてはあげませんけど」
ダンッ‼︎ と大地を蹴る。
霧黎はブレンダから盗んだ縮地によって瞬きの間に距離を詰める。
攻撃対象は栗栖椎菜──
(《神威聖剣》を身に纏っていては自分の目も眩しさで使えないはず。なのに、彼女は視界があるかのようにぼくと会話していた。ならば、潰れた視界を補う目があるはず…………
対する椎菜は《白亜神殿》を構築した。
それは神が存在するという
椎菜が改造して使用するそれは、神経という微細な場所で顕現させることで、相手の生体電流を滅茶苦茶にする荒技。
「《魔界侵蝕》……‼︎」
だが、効かない。
体内に展開された《魔界侵蝕》が、椎菜の《白亜神殿》を打ち消す。
「…………っ」
代償として、強烈な痛みが霧黎を襲う。
《魔界侵蝕》の赤い魔力は人間にとって害をなす。もはや痛みを超えて、チカチカと意識を明滅させる。
それでも、霧黎は耐えた。意識を保ち、ディートリヒ・アバターに接近した。
ザンッ‼︎ と、一閃。
《
《神体加護》によってすぐさま回復するだろうが、この一瞬は栗栖椎菜の視界が塞がれている!
「あなたの負けだ‼︎」
ブオン! と《
何も見えない栗栖椎菜の胸に深く突き刺さる。
「───
ゴキャッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
最高の
たとえ
「……たのむ、死んでいてくれ……‼︎」
なのに、嫌な予感が止まらなかった。
眩しくて見えはしないが、そのシルエットは確かに穴が空いている。それでも、勝てたと確信が持てない。
そして、《神威聖剣》の鎧が解ける。
そこから現れた死体に息を呑む。
「…………
九相霧黎は理解できてしまった。
栗栖椎菜は本来自身の肉体と置換するべき《神体加護》を独立させて遠隔操作していた。
元々あったディートリヒ・アバターは消滅し、《神体加護》は彼女の肉体を置換して構築される。そして、《
それを証明するかのように、構築された《神体加護》の
そして、まるで何事も無かったかのように栗栖椎菜は舞い戻る。
「さて、反撃開始です」
その手には《神威聖剣》。
世界を熔断する太陽の斬撃が振るわれる。
咄嗟に、回避の体勢を取り、タイミングを測るために《神威聖剣》を直視した。
だが、それはブラフ。
チカッ‼︎ と視界が閃光で埋め尽くされる。
太陽を直視させられ、視覚が封じられた。露骨なまでの魔眼潰し。敵を観測する事も、遠距離から狙い撃つ事も不可能。接近戦など以ての外。
即ち、ここでの最適解は周囲をまとめて吹き飛ばす広範囲攻撃!
────だけど。
(ッ、くそっ! ぼくにはディートリンデを巻き込む攻撃はできない‼︎)
相手に対する思いやり。
それが両者の明暗を分けた。
栗栖椎菜には巻き込む恐れがある者なんていなかった。
ここに仲間は連れて来ていないし、もしも六道伊吹が巻き込まれたとしてもまぁどうにかなるだろうと楽観している。
故に、最大最広の攻撃でもって九相霧黎を迎え撃つ。
魔力式ブラックホール。
あらゆる物質を
(相殺を──)
「不可能、ですよ」
相手がアドレイドだったならば、
だが、相手は
直後、音も光も消滅し────
「…………
交錯は一瞬だった。
視界を潰されたはずの九相霧黎は真っ直ぐに栗栖椎菜を狙い撃ち、今度こそ《
「……なぜ、わたしが見えたんですか?」
「あなたの真似をしただけさ。
アドレイドからコピーした異能、《石化魔眼》は《神体加護》と同じように
失明というダメージを《石化魔眼》で受け切る事で、九相霧黎が元から持っていた眼球を保護する事ができた。
(最悪なのは、失明した《石化魔眼》が治らないこと。またアドレイド・アブソリュートからコピーすれば元に戻るだろうけど、それも不可能だからね)
果たして、削られているのはどちらだったのか。
六道伊吹との決戦に向けて戦力を整えるはずが、時間が経つにつれて弱体化している気しかしない。
「……わたしの攻撃の方が早かったはずです。どうやって、
「防いだ訳じゃない。あれは防げない。……だから、時間を稼いだだけさ。あいにくと、過去に同じ攻撃を受けた事があってね」
「…………?」
「
それは、ほんの一瞬のラグ。
だが、その一瞬が椎菜を殺す隙となった。
本来ならば時間をかけて第三位の異能に慣れたかった所だが、今すぐに使えないのなら仕方がない。
使えない異能を捨てて時間を稼げるのなら、捨てない手はないだろう。
「さぁ、異能の封印を解除してもらうよ」
結局の所、霧黎が椎菜を生かしている理由はそれだ。
下手に殺して、《勾留・魂魄呪縛》が転生者の死後も残留する異能になられるとタチが悪い。確実に解除するには、椎菜から異能を奪って自分で解除するしかない。
だけど、栗栖椎菜は。
一般人とは思えないイカれた女は勝ち誇った表情で嘲笑った。
「
「……………………は?」
返した? 誰に?
決まってる。本来の持ち主である佐武真尋に。
ならば、つまり、どういう事だ?
まさかコイツは……
「
「──────ッ、巫山戯るなっ‼︎」
厳密には、二度とではなく佐武真尋を殺すまで。だが、大した変わりはない。
彼女は日本にいる。イギリスのこの地にいる限り、少なくともこのバトルロワイヤルの舞台では解除される事は無い。
《石化魔眼》は潰された。
第三位の異能は奪われた。
残った
「じゃあ、
「ッッッ⁉︎ ディートリンデ……‼︎」
直感に従い、九相霧黎は飛び出した。
《
そして、今度こそ。
栗栖椎菜を起点として
制御を捨てた破壊の一撃は全てを呑み込み、その魔の手は霧黎とディートリンデにも────
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜