とうとう本作も一周年を迎えます。
ここまでエタらなかったのはお読みいただいた皆さんのお陰です。ありがとうございます。
「……これで六道伊吹も死んだかな?」
「どうせ屁理屈付けて生き延びているのである。ヤツをこの手で直接殺すまで油断は禁物だァ」
珍しく疲労困憊の九相霧黎。
アドレイドとの戦闘で消耗した体力と、最後に出し抜かれた衝撃による精神的ショックは未だ回復されていない。
そんな彼を気遣ってか、ディートリンデもまた珍しく霧黎の身体を支えて歩く。
「ひとまず、何をすればいいかな」
「異能のストックを奪われたのがマズい。
「というか、ぼく達と六道伊吹を除けば、今生きてる転生者はヒロインの女の子くらいしか居ないんじゃないのかな?」
「いいや、恐らくはまだヤツも────しまった」
途端、ディートリンデの歩みが止まる。
九相霧黎も合わせて足を止めた。
「くそッ、霧黎が
「異能……じゃないね。ぼくに接続される世界観は感じない。迷彩効果と心理誘導……
「…………出てくるのである、
科学技術の最先端。そんなものを扱うのは天命機関に他ならない。
そして、天命機関には誰よりも心理に長けた者がいた。
「──
ベージュの髪色に、修道服を纏った女性がそこにいた。
天命機関が扱う技術の一つに、人避けの結界というものがある。
心理的に人が近寄りづらい空白地帯を人為的に作る技術であり、それを反転させれば道を誘導させる事が可能だ。
……言うは易く、行うは難しという言葉の典型例であるが。
「そっちの見覚えのある制服を着た高校生が九相霧黎くん、隣の
「そんな可愛くない名は捨てたァ‼︎ 我が名は──」
「──ああ、今はディートリンデちゃんって名乗ってるんすよね。失礼したっす」
ジェンマは頭を下げる。
その行動には隙があり過ぎて、ディートリンデは困惑した。
「へぇ、同僚から話は聞いてるってことかな。ぼく達に何の用だい?」
「……わざわざ聞くまでも無いであろォ。この戦場で相見えたのだァ、理由はたった一つしか無いのである」
ディートリンデは睨み付けるようにして言い放つ。
「我の命が狙いだなァ?」
「
……………………。
沈黙が場を支配する。
もしも音に感触があれば、それは刺さるような静寂だっただろう。
「………………何の用だァ?」
「あっ、無かった事にした」
「煩い! 黙れ! 霧黎ッ、貴様どっちの味方であるかッ⁉︎」
「いや、あなたの味方だけど……ごめん。つい、うっかり」
「霧黎ォォオオおおおおおおおおおおお‼︎」
「仲がいいっすねぇ〜」
ジェンマは微笑ましく笑う。
その笑顔に敵意など一ミリたりとも感じられなかった。
ディートリンデはますます困惑する。
「きっ、貴様……ほんとに何が目的であるか???」
「簡単な事っすよ、
驚きに目を見開く。
天使が天命機関を裏切って転生者側につくことなど珍しい。
しかも、彼女は〈
「土壇場で天命機関を裏切るような女を我が信用するとでも?」
「……裏切り? 馬鹿を言っちゃいけないっすよ。自分が天命機関に所属していたのは
「目的……?」
ジェンマは──
「
ディートリンデはその転生者に心当たりがあった。
何せ、彼女をあらゆる時間軸から追放したのはディートリンデ自身であるから。
「
「あっ、やっぱりディートリンデちゃんが殺してたんすね〜」
「いやッ、おかしいッ‼︎ 貴様は何故ヤツの存在を記憶しているッ⁉︎ 忘れた事さえも知覚できなくなっているはずであろォ⁉︎」
一部の例外として、アドレイド・アブソリュートが挙げられる。《石化魔眼》による概念固定によって睡眠すら必要としない彼女は、誰かを忘れたことだけは知覚できていた。
だが、ジェンマは違う。普通に睡眠を取りながら、どうしてだか忘却を知覚していた。
「単に、自分に対してプロファイリングをしただけっすよ」
「ッ⁉︎」
「いやぁ、急に燃え尽き症候群になって違和感があったんすよねぇ〜。プロファイリングをした結果、恐らく自分はとても憎い誰かを殺すためだけに天命機関に所属して、原形が見当たらないほどに肉体を改造したっす」
簡単な事のように言う神経が心底理解できない。
だって、それは常軌を逸してる。自分の心や記憶よりも、行動から推論した知らない過去を信じるなんて頭がイカれてるとしか思えない。
「だが、ヤツは死んだであろう? 何故、今更裏切るのだァ?」
「自分の記憶からも消えたってことは、ディートリンデちゃんは十中八九そいつを『矛盾』の摂理で殺したんすよね?」
「…………それがァ?」
「
折手メアの復活。
ディートリンデは初めてその可能性に思い当たった。
六道伊吹だけでさえ手一杯なのに、彼女まで復活してしまえば絶対に死んでしまう。
「万が一にも復活して貰っては困るんすよね。きっと、記憶を取り戻した自分はそう思うっす」
「……そうか、〈
「
此処に折手メア被害者の会が結成される。
因果応報。行き場を失った報いの刃は六道伊吹へ降りかかる。
「本当に情け無い老害だねぇ、儂は……」
大穴を覗いて、ロドリゴは呟く。
間に合わなかった。結局、犠牲になったのは未来ある六道伊吹だった。
ファウストの自爆によるものか、大穴には血痕の一つすら残っていない。
もう、ロドリゴしか残っていない。
ブレンダが死んだ。レオンハルトが死んだ。ジェンマは裏切った。六道伊吹が死んだ。アドレイド・アブソリュートが死んだ。
「それでも、新たな
いつか世界を救う為に。
そんな大義名分ばかりを掲げて、
「
金髪の少女はそう言って笑いかけた。
《
「来てくれたんだねぇ、
「来るに決まってるじゃないですか。此処にはわたしが腹を痛めて産んだ
「…………ディートリヒ・フォン・エルケーニッヒを娘と言う神経は理解できないけどねぇ」
第四摂理の継承者、
ロドリゴを除いた全ての
「作戦はあるんですよね?」
「勿論だよぉ。共に六道伊吹の仇を取ろうじゃあないかぁ」
「ふーん、そうですか」
「ああ。だから、力を合わせて──」
「──
パァンッ‼︎ と。
椎菜の
「え? …………は?」
「ロドリゴさんってこんな簡単な事も分からないんですね。そんな人の言う作戦なんか信じられません」
「貴君は一体何の話をしているのかなぁ⁉︎」
ごくごく当たり前の事のように椎菜は告げる。
「
それは、或いはディートリンデと同じ。
六道伊吹がこの程度で死ぬ訳がないという絶対の信頼。
「わたしの娘とその彼氏はこの際どうでもいいんです」
「そんな事ないと思うけどねぇ⁉︎」
「どうでもいいです。彼らはもう伊吹さんと敵対してるんですよね? なら、どうせ伊吹さんがブッ殺してくれますから」
「っっっ⁉︎」
異次元の思考回路。
ロドリゴが一つ一つの過程を積み上げて未来を予測するなら、椎菜は六道伊吹に関わる結果を決めつけて過程を推論する。
全く科学的ではない。本来なら考慮するのも煩わしい
だが、忘れるな。
目の前にいる少女はただの恋心だけで七百年生きた怪物に上回ったバケモノ。
「うん、はい。何となく分かりました」
「……何をかなぁ?」
「一旦、盤面にいる戦力は無視して構いません。そして、現在進行中の作戦は全て中断してください。どうせ予想外の事態が起きて失敗します」
「どういう──」
「──
例えば、と。
椎菜は一番初めの想定外を指摘する。
「
「
「カカカッ、特等席で
座標不明。
メイド服を着たショッキングピンクの髪色の女──
そして、それに応じるように骸骨とも
六道伊吹の《
「
「ふむ? そんな事があったかのう? 朕は誰よりも寛大な
「『……短気な癖に自覚が無いクズというのは厄介だな』」
フランは
「それに、そもそもの話じゃが……朕が怒るような事があったかのう?」
「……
ニタァ、とルーアハは口元が裂けるような醜悪な笑みを浮かべた。
「
……六道伊吹の介入があった。
天命機関による妨害があった。
参加者たる転生者のほとんどが死に、運営も滞った。
「六度じゃ。六度の殺し合いと、生贄に捧げられる六三人の転生者の骸。
「…………、『
ゴコゴゴゴゴゴゴッ、と地面が揺れる。
地震ではない。
「其方も分かるじゃろう!
「…………
「異なことを言う。見た事もないなど当たり前じゃろう。
「『チッ、生きていると分かったらそれでいい。我々はもう行く』」
興味を失った声色でフランは踵を返した。
カツンカツン、と暗闇に響く足音が遠のいていく。
その後ろ姿に、ルーアハは疑問を投げかけた。
「引き篭もりの其方が動くとは、一体何しに行くつもりかのう?」
「………………あー、『馬鹿か。女の用事など一つに決まっているだろう』」
顔はいつも通りの
だが、声色だけは弾ませて彼女は言った。
「『
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
▽一般人
栗栖椎菜
第三章前編はこれで終わりです。
サムライレムナントを買ったので進捗は終わりです。
中編を気長にお待ちください。