「おい、ロドリゴ‼︎」
『ざざざざザザザザザざざざざざざざっ‼︎』
「ッ⁉︎」
応答は耳障りな
原因は明白だった。
目の前の脅威、堕ちた天使。
「通信阻害。
「ファウスト……‼︎」
絶体絶命。
不安定な足場どころか、足場さえない断崖絶壁で俺の天敵たる物理兵器を構えるファウストを相手にしなければならない。
「待て‼︎ なんか勘違いしてないか⁉︎ 九相霧黎とやらから何を聞いたかは知らないが、俺は天命機関の味方──」
「問答無用。変形」
「なんっ、は⁉︎」
頭上の円環の輝きに伴い、
ファウスト──その
疑問符を浮かべる余裕なんか無かった。
ファウストが担いでいる
「
ッッッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
音なんていう概念は吹き飛んだ。
それは爆音を超えて、
物理兵器に加えて、実用化されていないはずの架空兵器や、俺なんかの知識では到底理解できないような近未来兵器だって。
逃げ場は無かった。
本来なら対軍相手に使用されるような火力をたった一人、俺個人を殺すためだけに用いているのだから当然だ。
回避は不可能だった。
──
「おおア‼︎」
物理的な兵器。
この世界の
だけど、俺の
だが、俺はそれを知らない。それは俺の世界観には存在しない。ならば、そんなモノは俺に効かない‼︎
無効化できる兵器に体当たりを行う。
直後、背後で爆発が起こった。
それらは俺にも害を及ぼす通常兵器。爆破による衝撃が、そして壁を砕いて散らした破片が俺を傷付ける。
だが、その勢いすらも推進力に変えて俺は飛んだ。
「変形。
ガシャコンッ、と再びの異音。
ほんの一瞬で、ファウストの兵器が様変わりしていた。
ナイフ、チェーンソー、パイルバンカー、ドリル、他にも、他にも、他にも。
一瞬の交錯。
《
だが、致命傷には及ぼない。恐らく、この程度の損傷に意味はない。
再びガシャコンッという異音が鳴ると、破壊された兵器は何も無かったかのように修復されていた。
「……液体金属みたいなものか。どんな武装にも変形できる万能兵器。破壊されたとしても、破壊されなかった状態に変形すれば元通りってか?」
「流体金属性ナノマシン──《
「ハッタリだな、挑発が下手すぎる。マイクパフォーマンスは苦手か? 動揺が透けて見えるぜ。───
「………………」
作成された兵器自体はこの世界のモノだろう。
その材料となった《
だが、一秒もかからない武装の変形。
「テメェの頭の輪っか、
「──正解。
『変幻自在』……その効果は物体の変形、或いは改造ってところか。
なら、変形の瞬間に触れられれば勝ちだ。兵器の形成さえ無効化できれば、敵は丸裸になる。
「……得心」
「あ?」
「瞬間的な能力特性の把握は不可解。逆説、六道伊吹は《
「何の話だ?」
「……意外。
不思議そうに、首を傾げて。
ファウストは言い放った。
「《
「…………ッ⁉︎」
息を呑み込む。
その名前には聞き覚えがあった。
栗栖晶子。
その名は旧姓だ。
現在の名前は
つまり──
「
ああ、全ての疑問が晴れた。
俺の母さんと椎菜の母さんは仲の良い従姉妹だったらしい。俺を引き取った理由もそこにあるのだろう。
だったら何故、椎菜の母さんは俺に余所余所しかったのか。何故、俺の母さんに複雑な感情を抱いているのか。
──
きっと、椎菜の母さんは転生者なんて概念は知らない。それでも、多分、違和感があったんじゃないか……?
だから、俺を家族とは思えなかった。血は繋がっていても、椎菜の母さんにとって俺は親しい従姉妹の体を乗っ取ったバケモノの子供でしかなかったから。
心の中で納得する。
ちゃんと理由があったのだと安心する。
──
「母親……? それは
「…………え?」
次の言葉は、予想もできなかった。
その時にはもう頭の回転が止まっていた。
「《
「────は?」
今度こそ、俺の頭は真っ白になった。
《
しかし、俺が産まれたのは十七年前。ここには三年のズレ……空白の三年間が存在する。
この矛盾を解決する方法は二つ。
一つは、俺の誕生年が間違いだった場合。俺は十七年前よりも更に前に産まれていた可能性だ。
だが、これはあり得ないだろう。高校二年生と大学二年生の間違いなら発生するかもしれないが、育ての親が0歳と三歳を間違えるとは思えない。
ならば、もう一つの可能性が思い当たる。
「
俺の母親は栗栖晶子じゃなかった。
俺は何処の誰かも分からないヤツから産み落とされた得体の知れない人間だった。
その瞬間、俺は動揺によって周りが見えていなかった。
ファウストはその一瞬を見逃さなかった。
「変形。
たらり、と鼻血が垂れた。
でも、そんな些細なことは気にならなかった。
初めに気になったのは、匂い。
ひと嗅ぎしただけで昇天しそうな、そんな良い匂いが漂ってきた。
そして、次にオーラ。フェロモンの可視化と言えばいいのだろうか、彼女の周囲にピンク色のモヤモヤが見えた。
「────。──、────」
彼女が何かを話している。
内容は理解できない。だけど、その音が心地よくて、脳みそが溶けそうだという感想を抱いた。
心臓がバクバクと煩い。なんだ、これは。これが恋か……? いや、違う。こんなモノは恋じゃない。恋心を抱いたのはコイツじゃない。これは──
(待てッ、俺は何を考えていた⁉︎)
ぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたッ‼︎‼︎‼︎ と。
気づくと、尋常じゃない量の血が鼻から垂れ流されていた。
エロいことを考えて鼻血が出るなんて都市伝説みたいな話じゃない。これは明らかに攻撃だった。
意識を飛ばす匂い。
少し見えるピンク色のナニカ。
心拍を速める効能。
鼻血──体内を破壊する毒性。
そして、俺に効いたということは俺の中の
咄嗟に、俺は叫んだ。
「
つまり、これはそういう種類の
毒ガスと気付けず、気付いた時にはもう手遅れになっている最悪の兵器。
大穴という周囲が囲まれた場所で使用するには最適の殺戮兵器だろう。
(恐らく……空気よりも重い。でなければ、こんな天井が全開の場所で使える訳がない。なら、この大穴から脱出できれば自然とどうにかなる──‼︎)
息を止める。
今更この程度で防げるとは思えないが、何もしないよりマシだと思った。
体内に残る酸素を振り絞り、全力全開で上を目指す‼︎
「変形。
もちろん、ファウストが妨害しない訳がない。
ドガガガガガガガガッ‼︎ と
いやらしい事に、俺を直接狙った攻撃ではなく俺が登ろうとした壁を狙った連射。先程のように無効化されるものだけにぶつかる事も出来ず、降り注ぐ瓦礫を懸命に掻い潜る。
(あと数メートル……‼︎ それだけ登れば──)
「───
奮闘も虚しく。
大穴自体が作り替えられ、天井が閉じていく。
「くっ、そがぁぁあああああああああああ‼︎」
逃げ道を閉ざす天蓋に《
だが、無駄だった。岩の天井はそれだけじゃ貫けない程に分厚かった。
そして、俺はそこで力尽きた。
毒ガスの満ちた暗闇に再び落ちていく。
「……三十分経過。攻撃対象:六道伊吹は死亡したと推定」
密閉空間に三十分。
ただでさえ酸欠で死ぬレベルであるのに、毒ガスが満ちているのだ。生きているはずがない。
ゆっくりと、ファウストは岩の蓋をこじ開ける。間違っても自分で毒ガスを吸ってしまわないように、ゆっくりと毒性を抜いていく。
この毒ガスはファウスト自身にも毒性を発揮する。だからこそ、翼を持つファウストが巻き添えを食らわないように空気よりも重い性質を持っていた。
そして、十分な安全を確保した後、ファウストは大穴に降り立った。
大穴の中心部で、六道伊吹は眠るように──と言うには余りにも苦しげな表情を浮かべているが──死んでいた。
「
六道伊吹の死体に興味はない。ファウストの役目は六道伊吹、
これは単に《
──
「──《
「────ぇ?」
三度目。
バキィッ‼︎ と。
何者かの手が頭上の《
ガラス細工が粉々に粉砕されたかのような音が響く。
何者か、なんて曖昧な表現は必要ない。
だって、その存在は目の前にいるのだから。
だけど、手を伸ばしたのが
それでも、痛いほどに強く握り締められたその手は間違いなく
「…………不可、能」
「よお、待ち侘びたぜ」
「六道伊吹の生存は不可能ッ‼︎ 生物である限りっ、この毒ガスからは回避不能っ‼︎」
いつもの無表情は何処へやら。
ファウストは額に汗を流して叫ぶ。
対して、俺は淡々と答えた。
「ああ、毒ガスの中じゃ生きられねぇ。その通りだ」
「
「──
とんでもない暴論。
だが、間違いではない。
あらゆる毒は体内での化学反応──代謝によって効果が顕れる。逆に言えば、代謝という生存に必要な
「忘れたのか、《ゾンビウイルス》を。俺はいつだって自分自身を仮死状態に持っていける」
「────っ」
「聞かせてくれよ、人型決戦兵器。なぜ俺の命を狙う? 返答次第じゃこのまま帰してやっても構わないぜ」
そもそも、ファウストと戦う必要はない。
転生者共と殺し合っている最中に、味方同士で戦力を削り合う理由なんて無いはずなのだ。
「……理由」
「テメェは何を吹き込まれた?」
「────理想の、肯定」
「あ?」
ぽつぱつ、とたどたどしく。
ファウストは回想しながら言う。
「ファウストは、転生者も助ける事を希望。転生者だからって……それだけの理由で、彼らが殺害されるのは不条理」
「…………」
「
それは、驚くほどごく当たり前の事だった。
転生者にだって人権はある。
転生者だから殺すなんてのは間違っている。
「……それで? 何故、俺を狙う?」
「天命機関、六道伊吹は
「ああ、そうだな。間違ってはいねぇよ。俺はディートリヒを殺そうとしている。もしかしたら、ヤツも今世では何の罪も犯してねぇのかもな」
もしもの話だ。
天命機関が転生者を殺す組織で無ければ、また違った未来があったのかもしれない。
ディートリヒは自身の生存が最優先。天命機関に命を狙われていなければ、わざわざ他者を害するなんて面倒な事は行わなかったのかもしれない。
命の危険が無ければ、九相霧黎と出会って丸くなった彼女は何処かで隠居していたのかもしれない。
だったら、彼女を殺すことに正当性なんかあるのか? 天命機関が先に手を出さなければ、何も起こらなかったかもしれないのに?
「だったらっ──」
「──
面倒臭くなったのでファウストの顔面を殴り飛ばす。
右ストレート、予想外の一撃を食らったファウストは綺麗に放物線を描いて吹っ飛ぶ。《ゾンビウイルス》の効果が残っていて、馬鹿力が発揮されたのだろう。
「何の罪もない? そんな訳あるか。たとえ輪廻に還ったってヤツの罪は無くならない。俺が、絶対に忘れない。あれだけ好き勝手やってきたヤツが、今更いい雰囲気で生き残るなんて許せるか」
「でもッ‼︎」
「
《
コイツはここで戦闘不能にする。善悪だとか、正誤だとかは関係ない。他人の言葉で簡単に揺らぐ程度の覚悟しかないヤツは味方になっても邪魔なだけだ。
「安心しろ。俺の意見はテメェと同じだよ。罪が無いヤツは殺さねぇ。だから、テメェも殺しはしねぇ」
「……
「
《
先程、顔面を殴った感触からしてコイツの身体もまた金属製だ。恐らく、サイボーグかアンドロイドか、そんな所だろう。
だから、容赦なく四肢を切り離した。死なない程度に戦闘不能にする。
だけど、俺はとても簡単な見落としをしていた。
『
ファウストは流動体金属性ナノマシンとやらで様々な武装を作成した。
だけど、銃に必要なのは金属だけじゃない。銃身と弾丸と、もう一つ必要なものがあるはずだ。
『
恐らくは、ファウストの設計図が転生者に奪われない為に作成した自爆機構。
レオンハルトが保管していたそれを、ヤツに奪われたというのか⁉︎
「ディートリヒ……‼︎」
「霧、黎──」
『──
直後、街ごと揺れる衝撃があった。
壁に囲まれた大穴の中じゃ、逃げ場は無かった。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ