直後、世界がひっくり返った。
これより先は異世界、神秘蔓延る幻想の世界。
アドレイドは容赦しなかった。
初手から、人一人殺すには有り余る火力を叩きつける。
「
二節、火属性魔法。
アドレイドの《禁呪魔法》は隕石衝突にも等しい熱量と衝撃を生じさせる──
──
「…………ちッ」
「会話も無しにいきなり攻撃とは、やはり貴様は野蛮であるなァ……」
不発。
アドレイドはその感触を知っている。
それ即ち異能の無効化。
「《
異能を無効化する異能、《
つまり、まるで
故に、九相霧黎が行った“領域拡大”は異能殺しの異能の使い方としては真っ当だった。
広範囲かつ半永続的に異能を無効化する空間。……封殺される転生者にとっては
「交渉しようではないかァ、アドレイド。我の背後には贔屓にしている
「厄介な異能ね。世界観のステータスはオールAって所かしら?」
「無視であるかァ⁉︎」
「でも、それで? その異能封殺空間、アンタにとっても不利になるんじゃないかしら?」
ディートリンデなんか眼中になかった。
今のアドレイドはディーリヒ憎しで追って来ていた頃とは違う。彼女は天命機関の協力者として、六道伊吹の助けとなる為に戦っている。
そして勿論、ブレンダが遺した情報を彼女は知らされている。
「
異能をコピーする異能。
九相霧黎が元々保有していた異能はそれであり、《
他者の異能を無断でコピーし、
(コピーしたタイミングは間違いなく〈
しかし、その無数の異能も《
敵の異能のみを指定して無効化できる可能性はあるが、それならばそもそも普通の遠隔無効化で構わないはずだ。恐らく、反応も出来ないような速度で放たれた異能や奇襲による攻撃も防ぐための無差別異能無効化空間だろう。
(……いえ、七二五だけじゃないわね。六道伊吹がコピーされた事に気が付いていなかった事も合わせると、コピーには大した
そんなものを捨ててまで異能封殺空間を展開する必要はあったのだろうか。
アドレイドの疑問から数拍置いて。
ようやく言葉の意味を理解したかのように、九相霧黎は当たり前のように言った。
「
パンッ、と。
軽い音が一発。
「…………は?」
「心臓を狙ったんだけど、上手くいかないものだね」
じわぁ、と腹を中心に熱が広がる。
弓矢に射抜かれた時とはまた違う。
それはアドレイドが前世と現世を合わせて初めて経験した、銃撃による痛みだった。
パパパパパンッ‼︎ と連続する射撃音。
計六発の弾丸がアドレイドを狙う。
彼女の類稀なる身体能力は素早い動きで銃口から逃れるが、皮膚を切り裂いたかのような擦り傷を負ってしまった。
「クソ喰らいなさい‼︎ その銃が
「いいや、これはさっきお店で買ったただの拳銃だよ。これは普通に異能さ」
「この空間で異能は使えないはずでしょう⁉︎」
「ああ、その通りさ。──《
淡々と、簡単そうに彼は言う。
つまりそれは、他者の異能をコピーしてより優れたステータスで強化しているばかりか、それを応用して新たな技を開発しているということ──⁉︎
「ヤツの趣味に合わせるならば……《
「そういうところ律儀だね。別にセンパイに名前を伝えるわけでも無いのに」
それは攻撃に対して世界観を貫く効果を与える異能。
先程の“領域拡大”とは異なり、六道伊吹も獲得できる応用技だろうが、手から離れる銃弾にもその効果を付与できるのは射程がAランクの賜物だ。しかも、“領域拡大”と併用して使用できるのは出力がAランクだからだろう。
「ふふん」
それでも、アドレイドは笑みを浮かべた。
腹から血を垂れ流しながら、なんて事ないように胸を張る。
カチャリ、と再び構えられた拳銃を正面から見据える。
「負けっぱなしは気に障るわ。もう一発撃ちなさい。今度こそ無傷でアンタをブン殴ってやる!」
「……は?」
何を馬鹿な事を……とでも言いたげに霧黎は顔を歪めた。
彼に油断は無かった。だからこそ、敵の言う通りになんてするはずがない。
「悪いけど弾切れだよ。
パパパパンッ‼︎ と。
弾切れと言った拳銃から不意打ちに銃撃が放たれ、加えて左手で手榴弾が投げられる。
アドレイドは不敵に笑う。
そして、近代兵器には絶対に敵わないだろう細い腕を突き出して叫んだ。
瞬間、世界ごと兵器が消滅した。
それは防御だけに留まらず、前方にいる九相霧黎にまで喰らい付く。
咄嗟に《
「な、んで」
「アンタの異能は世界観をコピーできない。だから、アンタはオリジナルよりも優れた異能を手に入れる。だけど、それは逆もあり得るんじゃないかしら?
「この空間では異能を使えないはずだろう⁉︎ あなたはどうやって異能の無効化を無視したッ⁉︎」
「話聞いてた?
「────ッ⁉︎」
アドレイドは唯一の例外に
「──六道伊吹の
ディートリンデはそれを知っていた。
アドレイドが
「……今すぐ、《
「
「霧黎ッ、急げェェエエええええええええええええええええええええええええええ‼︎」
「第四摂理擬似接続。
キュガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
世界が原子レベルで
辺り一帯が建物一つない空白地帯と成り果てた。〈
「……ギリギリであったなァ⁉︎」
「《
「ヤツの異能は《石化魔眼》、《暴食魔剣》、《禁呪魔法》、《魔界侵蝕》の四つ。この内、気をつけねばならないのは《石化魔眼》だけである。今のうちに透明化しておけェ」
ディートリンデをお姫様抱っこしながら飛翔する九相霧黎は、忠告に従って《
「他の三つの異能は?」
「《暴食魔剣》は当たりさえしなければ問題は無い。《魔界侵蝕》に至っては痛みを我慢すれば何の意味もないのである。面倒なのは《禁呪魔法》であるが、ヤツの魔法は我の《神聖魔法》とは異なり、詠唱が短い代わりに規模が小さ────」
「────
瞬間、ありとあらゆる暗闇が消えた。
上空から降り注ぐ天を覆うほどの火の矢の雨。
透明化した九相霧玄を見つける事ができないからこそ、アドレイドは街全体を巻き込む魔法を放つ。
「誰の魔法のッ、規模が小さいですってッ⁉︎」
「そんな馬鹿なッ⁉︎ 貴様の魔法は貴様自身が魔力を従えッ、貴様自身の脳で演算して魔法を形成するのであろう⁉︎ 何故それほどまでに大規模で複雑な魔法を編めるッ⁉︎」
「そうね、アタシだけじゃ無理だった。──
「……あり、得ない。だって、貴様は違うだろう⁉︎ 貴様はッ、アドレイド・アブソリュートという暴力の化身はっ……我がそう成りたいと思った魔王はッ、他人の力など借りない絶対孤高の帝王であろうがッッッ‼︎‼︎‼︎」
それは今までのアドレイドからすると考えられない言葉だった。
彼女は変わった。前世に縛られ続ける転生者のはずが、六道伊吹と出会ってアドレイド・アブソリュートという人間は成長した。
「
きらりと、手首のブレスレットが輝く。
それは
他人から異能を奪い取ることもできる『枯渇』の摂理を使用して、イヴリンから借り受けた異能だった。
この異能の効果は脳の代用。
脳の休息時でも思考する事が可能になり、脳と合わせて併用するとスパコン二つ分の演算能力を発揮する。
故に、自身の脳を使って魔法を形成する《禁呪魔法》との相性が良い。アドレイド単体では簡易かつ小規模な現象しか引き起こせずとも、《
「
ドガガガガガガガガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
無数の魔法が街を粉砕する。
《
「霧黎っ、たすけろォ‼︎」
「分かった、あなたは
故に、防御を選択する。
その選択は間違いではない。間違いではないが……
「
……アドレイドを相手するには、あまりにも攻勢に欠けていた。
元より、これらの魔法は防御される事を前提とした攻撃。
真の目的はダメージを与える事ではなく、
「ッ、霧黎‼︎ 《
「遅い‼︎」
九相霧黎の手札は多い。
たった一つの異能しか使えない六道伊吹とは違い、ストックしている無数の異能を使用をする事ができる。
「《石化魔眼》‼︎」
透明で見えないから何だ?
そんなもの、
「 、 っ ぁ」
致命的な硬直。
アドレイドはその一瞬を待っていた。
回避不能──空間ごと停止している。
防御不能──
直後、消しゴムを引いたみたいに世界が削れた。
この一撃をまともに食らってしまえば、たとえ
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、がはッ、……ふぅ」
アドレイドは肩で息をする。
第四摂理擬似接続。同じ世界観だからこそ可能な現象だが、無理をして力を引き出している。栗栖椎菜に直接許可を取っているとはいえ、実戦で使用するには体力を消耗し過ぎる。
「これでアイツも──」
「────
……信じられなかった。
その少年は……
コキリ、と首を鳴らす。まるでアドレイドの攻撃がその程度の苦労だったかのように。
「どう、やって……ッ⁉︎」
「あなたと同じさ────
「────」
「外した、か。案外、制御が難しいものだね」
見当違いの方向に輝きが瞬く。
アドレイドとは全然関係の無い場所が消滅する。
それでも、確かにそれは
しかし、異能だけに限定しないならば終末摂理を対抗可能だ。世界の終わりを無効化する事は不可能でも、世界の終わりに世界の終わりをぶつけて相殺することができる。
「なん、で」
「何を呆けているんだい? あなたにも出来るんだ。ぼくに出来たって不思議ではないだろう?」
「そんな訳がない……‼︎ これは同じ世界観だから出来ることよ‼︎ アンタの異能は世界観のコピーはできない──」
「
「────は?」
少年はマジックの種明かしをするように言った。
「ぼくの異能──《
どんな世界にも馴染める。
それは勿論、転生者が展開する
「……初めから異世界を前提とする世界観⁉︎ どんな前世だったらそうなるッ‼︎ アンタが生きていた世界はどんな異世界だったって言うのよッ⁉︎」
「──
「ッ⁉︎」
「異世界だって現世と地続きにあるただの秘境さ。この世界に区切りはない。足を一歩踏み出せば、いつだって
「────まさかッ、アンタは……⁉︎」
そして、九相霧黎はその
直後、世界が繋がった。
これより先は異世界、なんて境界は存在しない。
トン、九相霧黎の手がアドレイドの手首を掴んでいた。
(いつの間に⁉︎ 瞬きなんてしなかったわよッ⁉︎)
そもそもの話、《石化魔眼》を持つアドレイドの目の前に姿を現す訳がない。
アドレイドが今まで見ていたのは幻だった。会話も、単なる時間稼ぎに過ぎなかった。
(やばッ、これ逃げられ──)
世界そのものが異世界へと変質する。
顕現するは第四の
この世界に刻まれた『枯渇』の法則。
語られざる
回避不能──もう遅い。
防御不能──もう遅い。
そして、触れられた手首を中心として、世界の終わりが炸裂した。
「……まだ生きてるんだ。凄まじい生命力だね」
「バケモノであるなァ……」
「────」
決着はついた。
九相霧黎とディートリンデは擦り傷はあれど五体満足。
対して、アドレイドは
「最後にギリギリで
「────」
「いや、効果あったと言うべきなのかな。
そう言って、九相霧黎はディートリンデの擦り傷を異能で治す。
…………
「……………………は?」
「そう、ね。アンタの、勝ちよ。アタシは負けた」
「おい、待て。あなた、まさかッ⁉︎」
「でも、ね?」
アドレイド・アブソリュートは死に際とは思えないような笑顔で言い放った。
「
ブシャッ‼︎ とアドレイドは内側から弾け飛んだ。
九相霧黎の攻撃ではない。
それは無詠唱の無属性魔法。暴発のようにただ魔力を撒き散らすだけの原始的な魔法。
──つまり
「あ、あ、あああ」
「ど、どうしたであるか……? 勝ったのであろう? 何を、そんな、手を見つめている?」
手を見て震える九相霧黎に、ディートリンデが心配そうに話しかける。
「アドレイド・アブソリュートッ‼︎ 最後の最後にとんでもない事をしてやられた……‼︎」
「なっ、何を……?」
「最後に彼女が使った
「は? いや、ならばヤツは何をしたと──」
九相霧黎はこめかみに青筋を立てて叫んだ。
「
『枯渇』の摂理は異能を奪い取れる。
ディートリンデだってかつてはそれを悪用して無数の異能を保有していた。
だから、彼女もそうした。自身の敗北が確定した瞬間、次に九相霧黎と戦う誰かが勝てるようにお膳立てした。
《
〈
アドレイドは異能を奪った上で、奪い返されないように死んで逃げたのだ。
「アドレイドッ、アブソリュートぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼︎」
それは九相霧黎が人生で初めて経験した、負けにも等しい屈辱だった。
「生存者リスト」
▽天命機関
ブレンダ
ジェンマ
ロドリゴ
レオンハルト
ファウスト
etc
▽転生者
六道伊吹
アドレイド・アブソリュート
二神双葉
三瀬春夏冬
九相霧黎
ディートリンデ
フラン=シェリー・サンクチュアリ
ルーアハ
世界観:《
転生者:
グレード:
タイプ:
ステータス:
強度-A/出力-A/射程-A/規模-A/持続-A
異能:《