「きゅ~かいそ~う!?」
「はい! リューさんからも許可をもらいましたし、今日は9階層まで行ってきました!」
ギルドの防音機能が備わる個室。その一室でベルとエイナは話していた。
話題は当然、今日のベルの到達階層。
にこにこと笑顔で報告するベルに、エイナは怒鳴り声を上げる。
「キィ・ミィ・は! この前いったいどこの階層で死にかけたんだったっけ!?」
「5階層です!」
「それをあまつさえ6階層じゃなくて9階層!? いったい君もリオン氏も何を考えてるの!?」
「僕はともかく……リューさんが何を考えてるかなんて、僕にはちょっとしかわからないですよ? だってリューさん、お義母さんみたいに大抵の場合が無表情ですし」
「そういうことを聞いてるんじゃないの! これこの前も言わなかったっけ!?」
「言ってましたね!」
「素直でよろしい……ってちがーう!!」
一際大きいエイナの声に、ベルは体をビクッとさせる。
「だいたい君が一人で9階層まで行けるわけないでしょ! もしかしてリオン氏に手伝ってもらったの? それならまだ納得がいくんだけど……」
「普通に一人で行きましたけど……だってリューさん今日も都市の巡回があるって言って……誘ってみたんですけど断られましたし……残念でした」
「そうなんだ、残念だね。……ってまたはぐらかされてたまるものですか!?」
「今のはエイナさんが悪いと思うんですけど……」
「ごもっともだねベル君!」
そんなツッコミをいれつつも、エイナは溜息交じりに話をベルの到達階層に戻した。
「はぁ……それで、今日は一人で9階層まで行ってきたんだっけ?」
ベルはそれに頷きながら肯定する。
「はい。リューさんからも、それぐらいの階層までだったら、ソロでも行っていいって言われたので。僕もダンジョンギミックが発生する10階層からは、まだソロでは不安なので……」
「それもそうね。ちゃんとベル君が勉強した内容を覚えてくれてて、そこは私としても嬉しいんだけど……」
「お義母さんにも教わってましたから」
「そうねぇ。けどねベル君! 初見の階層に! それも9階層に! 冒険者になって一か月ちょっとの君じゃ、ソロで行くのは難しいと私は思うの!」
「そうですか? 僕もリューさんと同じ意見で、二人揃って9階層までならって思ったんですけど……」
何か二人の間とエイナとでは認識の齟齬があるようだ。
そう思ったエイナは、失礼を承知でベルにお願いした。
「ねえベル君。君の今のステイタスを見せて貰ってもいいかな?」
「ステイタスですか? 個人情報なのでちょっと……って言いたいところなんですけど、何となくそんな気はしてました。いいですよ」
あっさりと了承したベルに、逆にエイナの方が驚く。
「え!? 私の方からお願いしたからあれだけど……本当にいいの!?」
「はい。だってそうしないとエイナさんから許可を貰えないでしょうし……リューさんからも、僕の成長速度は異常だって言われてましたから。それに僕だって、自分のステイタスがちょっとおかしいのに気付いてますし。これ、どうぞ」
そう言って、ベルはエイナにステイタスの写しを渡す。
まさかこんなものまで用意していたなんてと、エイナはベルの用意周到さにまた驚きつつも、その羊皮紙を受け取る。
ベル・クラネル
Lv.1 所属【ヘスティア・ファミリア】
力 :SS
耐久:SSS
器用:SS
敏捷:SSS
魔力:B
《魔法》
【ファイアボルト】
・速攻魔法
《スキル》
【】
(な、なに……これ?)
具体的な数字は書いてないが、それでもベルのアビリティ評価に驚愕を隠せないエイナ。
いつの間にか魔法も発現させていて、しかも魔法の性質上、上げにくいはずの魔力のアビリティ評価がなんとB。
その発現させた魔法も速攻魔法と聞いたことが無いもの。まず間違いなく
色々な事含めて、恩恵を刻まれて一か月の冒険者のステイタスだなんて、エイナには到底信じられなかった。
「昨日までの一週間はちょっとした用事があってダンジョンには行けてなかったんですけど、今のステイタスはそんな感じです」
一週間ダンジョンに行かないでこの評価なの!?
と、心の中でエイナは叫んでいたが驚愕のあまり声に出ていない。
いやそもそも、一週間ダンジョン探索を休んだところで変化するステイタスなんてたかが知れているのだが。
「ベ、ベベ、ベル君? これ、神ヘスティアが写し間違えてない? 私の目がおかしくなってないんだったら、Sが二、三個、なんなら四個縦と横に並んでいるような気がするんだけど……そうよね? 写し間違いよね!? そうだと言ってえ!!」
もはや金切り声になっているエイナに、ベルも叫び返す。
「え、エイナさん!? 落ち着いてください! それは神様の写し間違いでもなんでもないですから! だから落ち着いてください!」
「余計に落ち着けられないでしょそんなこと言われたらあ!!」
「ご、ごめんなさい!!」
エイナのあまりに大きい怒鳴り声に、思わずベルは謝った。
ふーっ、ふーっと息を吐き、どうにかこうにか落ち着いたエイナは、ベルに再び問いかける。
「そ、それで? これが今のベル君のステイタスであってるの?」
「はい、そうですエイナさん。このアビリティ評価も、昨日一週間ぶりに神様にステイタスを更新してもらった時のものですから、そうなりますね」
「本当に、頭が痛くなっちゃう。なんなの、SSにSSSって。こんなステイタスをちょっとおかしいなんて表現しちゃうベル君もベル君だよ」
「うーん。似たような冒険者は、他にもいるにはいるんですけど……やっぱり珍しいですよね」
「珍しいなんてレベルじゃないよ、ベル君。こんなのきっと世界に君一人しか……ちょっと待って。さっきなんて言ったのベル君?」
「? 似たような冒険者もいるってやつですか?」
「そう! それ! ベル君の知ってる人? もしいるのならギルドの資料を漁ってみるからさ」
「多分ですけど、あんまり意味はないと思います。冒険者登録は抹消されているでしょうし、そういう記録をギルドに残した覚えはないって言っていたので」
「言っていたって……やっぱりベル君の身近な人? もしかして……」
「そのもしかしてですよ、エイナさん。お義母さんのことです」
「本当に……君のお義母さんっていったい何者なの?」
「僕が知ってることといえば……元冒険者ですごく強いって人ってことぐらいですかね。あとは……五年前まで【アストレア・ファミリア】にいたことかな?」
「ここで【アストレア・ファミリア】が出てくるんだ。なにかと縁があるんだね、ベル君」
「そうですね。そのおかげで【アストレア・ファミリア】のみなさんとも話が弾んで楽しいんです」
今までちゃんと話したことがあるのはリューとアリーゼ、主神のアストレアだけだが、ベルが酒場の手伝いに入っている間に輝夜とライラとも顔は合わせていた。
話が弾んだのは弾んだのだが……後者の二人にはベルはほとんど揶揄われているだけだったと補足が付く。
それはもう、酒場での変な格好のせいで揶揄われた。なんならアリーゼやリューにも揶揄われた。
義母のようだと言われたのは、若干、いや結構嬉しかったが。
と、酒場での一週間を振り返るベルとは異なり、エイナは何かを思い出すように、ほっそりとした顎を親指と一指し指で挟み考えるような仕草をとった。
「五年前かぁ……その頃の【アストレア・ファミリア】はごたごたしてたって話は知ってるけど……そのこととお義母さんは何か関係あると思う?」
「どうでしょうか。五年前にちょうどお義母さんが僕の住んでた村に帰って来たので。お義母さんからは、当時のオラリオの話は少ししか聞いてませんし……。あとはアストレア様から聞いたんですけど、お義母さんはステイタスの更新をするためだけに改宗したらしくて……だからギルドにも登録していないらしくて……ごめんなさい。わからないです」
「謝らなくていいよ。はぁ、でも、わかった。こんなもの見せられたら、許可を出さない訳にはいかないよね」
「じゃ、じゃあ……」
「うん。9階層までなら、ソロでも行っていいよ、ベル君」
「ありがとうございます! エイナさん!」
9階層へのソロでの探索許可をエイナが出したことで、笑みを浮かべてベルがお礼を言う。
そんな笑みを浮かべるベルのことを微笑ましく思いながら、エイナは「ただし!」と続けた。
「10階層以降には行ったらだめだからね! このアビリティならソロでも行けないことはないんだろうけど、行くのならパーティを組むかリオン氏に付き添ってもらう事! わかった?」
「はい! わかりました、エイナさん!」
「よろしい!」
そこで今日の面談は終わり、ベルは魔石やドロップアイテムを換金してからギルドから去った。
「ふぅ、ちゃんと許可を貰えてよかった。エイナさんを驚かせちゃって申し訳ないけど事実だし……下手に誤魔化すよりは全然いいよね」
ひとまず、エイナの許可を得られたことにほっとする。
心配性な彼女のことだ。説得力のある物証で納得させるしかないとは思っていた。
こういう展開になるのではないかと、ヘスティアに数字を抜いたステイタスの写しを用意してもらっておいて良かったと思う。
「待てこの糞パルゥムが!!」
「うん?」
路地裏から罵声が聞こえたと思えば、小さな人影がベルの前に飛び出してきた。
「あうっ」
「っとと、大丈夫ですか?」
「ぅ……っ」
飛び出してきた小さな影を受け止め、誰かに追われているようだったので後ろに庇う。
その人の後からやって来たのは、二十代くらいの粗野な男の冒険者だった。
「あ? なんだクソガキ? その糞パルゥムを庇ってんのか?」
「なんなんですかあなたは?」
「そんなことどうだっていいだろ! どけ! 俺はそこのパルゥムに用があるんだよ!」
剣まで抜こうとする男性にベルは退いてはいけないと思い、ナイフの柄に手をかける。
「……っ!」
なんだか後ろで庇っている人がナイフを見ている気がしたが、ベルは今、目の前の男性から目が離せない。
「……退きません。あなた、この人に乱暴するつもりでしょう?」
「だったらそれがどうしたってんだクソガキ! そいつは俺に殺されても仕方ないようなことをしたんだよ! 分かったならさっさとどけ!」
「だったら尚更退けません」
「っの、クソガキがぁ……」
苛立ちを募らせる男性に、「あ、これはいよいよまずい」と思った時だった。
「クラネルさん? 何をしているのですか?」
「あらお弟子君! こんばんは!」
「リューさんにアリーゼさん? あっ、はい、こんばんわ」
たまたま都市の巡回中に通りかかったのか、リューとアリーゼの二人がベルに声をかけてきた。
二人はベルと男性の剣呑な様子を見ると、何かトラブルがあったのだと察したのだろう。
和やかな空気だったのが一瞬で険しくなる。
「なっ、【アストレア・ファミリア】!?」
「クラネルさん、何があったのですか?」
「えっと、この人に小さな女の子が追われてて……その子を庇っていたらこの人が剣を……」
「なるほど、そういうことですか。剣を納めなさい、そこのヒューマン。でなければ……私はいつもやりすぎてしまう」
「ちっ……命拾いしたな、クソガキ」
男性は舌打ちして捨て台詞を吐くも、リューに鋭い視線を浴びせられビクッと肩をすくませ、なんとも格好のつかない形で去っていった。
なんとか荒事にはならずに済み、ベルは息を吐いてからナイフにかけていた手を下ろし、リューに礼を告げる。
「ありがとうございました、リューさん。おかげで助かりました」
「いえ、あの程度の男であれば、クラネルさん一人でも簡単に無力化できたでしょう。私はただタイミングよく通りかかっただけだ」
「そんなことないです。リューさん達が来てくれたおかげで戦闘にならずに済みましたし、僕もその女の子も助かりましたから」
確かにリューの言う通り、あの男性冒険者はベルの事を舐めていたし、ベルならばは無力化できていただろう。
だが戦いにならないに越したことはない。
やっぱり見た目が原因で舐められるのかなぁなんて考えていると、「ところでお弟子君」とアリーゼがベルに問う。
「その女の子っていったいどこにいるの? 確かにさっきまでもう一人いたような気がするけど、今はどこにもいないわよ?」
「え!? ……本当だ。どこに行っちゃったんだろう?」
アリーゼに指摘され、キョロキョロと辺りを見回すも、小さな女の子の影も形も見つからない。
「逃げちゃったのかな?」
「うーん、追いかけられてたのなら仕方ない気もするけど、気にはなるわね」
「ですが、今は気にしても仕方ないでしょう。姿も見当たりませんし。……クラネルさんはこれから帰りですか?」
アリーゼとリューの言葉にそれもそうかと納得したベルは、リューの質問に答える。
「はい。今日は神様もバイトがお休みなので、これから『豊穣の女主人』で待ち合わせしているんです」
「そうですか。でしたら……アリーゼ、今日の巡回はここまででしたよね?」
「そうね、今日はもうここまでだし……うん、いいんじゃないかしら」
なにやら二人だけで通じ合うように会話をするリューとアリーゼ。
それを聞いていたベルは、ひょっとしたらなんて期待する。
「えっと……つまりは?」
「ええ。昨日まで二人で働いていましたが……酒場で一緒に食事でもしましょう、クラネルさん」
「! はい! リューさん!」
◆◆◆
「お兄さんお兄さん。ちょっとボロボロな体の白い髪のお兄さん」
「はい? 僕の事ですか?」
「そうです。まるで暴漢にでも襲われたあとのような、真っ白な髪と赤い瞳の兎のようなお兄さんのことです」
「はは、兎についてはよく言われますけど、暴漢に襲われたって……。えっと、それで僕に何かご用ですか?」
「はい! 初めましてお兄さん。お兄さんはサポーターをお探しではありませんか?」
そうやって、バベル前のベンチでいつものようにシルから渡されたお弁当を食べ、リューさんは暴漢じゃないんだけどなぁ、なんて思ったベルに尋ねてきたのは、小さな体に似合わない、とても大きなバックパックを背負った小さな少女だった。
クリーム色のフードを被った少女は続ける。
「見たところソロの冒険者様のようですし、もしよろしければ、リリのことをサポーターとして雇っては貰えませんか?」
「サポーターですか……ええ、いいですよ。ちょうどパーティメンバーを探していたところですし。お願いします」
拍子抜けしたのか、その少女はブラウンの瞳を丸くしていたが、すぐに気を取り直した。
「そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。リリはリリルカ・アーデといいます。お兄さんのお名前はなんというんですか?」
「僕はベル・クラネルっていいます。よろしくお願いします、アーデさん」
そうやって互いに自己紹介を終え、サポーターということなので、ベルが契約について話を進めようとするとこれまた少し驚いた様子を見せるも「その前に」と切り出され、少女の方からお願いをされた。
「ベル様、一つリリの方からお願いがあります。聞いてくださいますか?」
「ベ、ベル様……えっと、はい、なんですか?」
慣れない呼び方に戸惑うも、これが少女の流儀なのだろうということで飲み込む。
少女は「ありがとうございます!」と笑みを浮かべてお願いを言う。
「リリのことはリリと、そう呼び捨てにしてください。冒険者様であるベル様に、サポーターのリリなんかが敬称をつけられて呼ばれるところを他の冒険者様に聞かれでもしたら、リリは反感を買ってしうかもしれません。そういった事態は避けたいので、お願いできますか?」
「僕の周りにいる人はそんなこと思わないと思うんですけど……昨日の人みたいな冒険者もいるし……はい、わかりました」
「敬語も不要ですよ、ベル様」
「う、うん。わかったよ、リリ」
「ありがとうございます! ベル様!」
人好きのする笑みを浮かべ、少女──リリはお礼を言った。
そこで一つの会話が尽きたので、ベルの方から契約について話をふる。
「それで、契約についてなんだけど……サポーターの相場ってどれぐらいなの?」
「そうですね。サポーターや契約する冒険者様にもよりますが、大抵はその日の稼ぎの二、三割が限度でしょう。悪い冒険者様と契約なんかしてしまうと、一割どころか報酬も貰えないなんてこともあります」
「うわっ……聞いたことはあるけど、そんな酷いことをする人もいるんだね。それじゃあ……」
と、ベルはリリから貰っていた羊皮紙に契約内容と自分のサインを書き、リリに返す。
「ありがとうございます、ベル様。……ってはああああああ!?」
「ちょ!? リリ!? 急に大声を出してどうしたの!?」
その叫び声にバベル前にいる周囲の冒険者の視線が殺到する。
それに気付いたリリは、ハッと顔をベルの方に向けた。
「ベ、ベル様。少し、端っこの目立たない場所までついて来て下さい!」
「え? う、うん」
ベルの服の裾を掴むリリに引っ張られるように移動して、二人は広場の端に身を寄せた。
それでも周囲の警戒を怠っていないのか、リリは潜めた声でベルを問い詰める。
「そ、それでベル様? この契約内容は一体全体どういうことなのですか!?」
「どうって、そのままの意味だけど……」
「そのままもどのままもありませんよベル様! なんなのですか、三割どころか五割だなんて……普通こんな契約を初対面の! それもまだ働きも見ていないサポーターとなんか結びません!」
「え? だってリリ、結構すごいサポーターでしょ? 僕ならリリにこのぐらいの報酬は出してもいいと思えるんだけど……違った?」
「はあ!? なんなのですかベル様!? そんなことを見ただけで分かるのですか!?」
「え……う、うん。雰囲気とか、仕草とか、その人が培った確かな技術とか経験って、その人が隠そうとしないと意外と滲み出てるものなんだ。リリからは人を手助けする力が高いのが見え隠れするし、手先も器用そうだし、長い間サポーターを続けてきたって、そんなベテランの雰囲気を感じたから」
「な、なんなのですかその観察眼は……た、確かにリリは長いことサポーターをしていますが、それにしたってこの報酬はおかしいです!」
「でも……サポーターの人って聞いた限り稼ぎが少なそうだし……あっ、気を悪くしたらごめんね」
「い、いえ、それは事実ですので……」
「そう? それに、僕だけだったとしても、こういうことをする冒険者がいたっていいんじゃないかな?」
「そっ、それはっ……確かにリリ達サポーターからしたら、ベル様のような冒険者はありがたいですが……その行為は……」
「偽善、かな?」
「っ!?」
リリが口にしようか躊躇った言葉をベルから言われ、リリは目を見開く。
そんなリリの様子を見て、ベルは笑いながら続けた。
「やっぱりそうだよね。でもねリリ、笑わないで聞いてほしいんだけど、僕は『英雄』になりたいんだ」
「は、はぁ……笑いはしませんが、驚きはします」
「やっぱり、驚くよね。うん、それで、僕は『英雄』になりたい。だから目の前で困ってる人がいて、自分が助けられるのなら、僕はその人を助けてあげたい。そんな僕の我がまま。だからリリ、この契約で納得してくれないかな?」
「……はぁ、わかりました。理解はできませんが、納得はいたします。では、この契約でお願いします、ベル様」
「うん。僕の方こそ、お願いね、リリ。それじゃあ今日の探索階層なんだけど……」
と、そのまま今日のダンジョン探索について、二人で打ち合わせを始めた。
話し合いの結果、まずは10階層まで行き、余裕があれば12階層まで足を進めることになった。
「それじゃあ行こうか、リリ」
「はい! ベル様!」
リリは元気な返事を返し、ベルの背中を追っていく。
ただ、ベルには聞こえない声量で最後にボソッと呟いていた。
「変なの」
と。
◆◆◆
「じゅ~にかいそ~う!?」
昨日と同じような反応をされたなぁと思うも、ベルもまた昨日と同じようにエイナに返事をする。
「はい! 今日組んだベテランのサポーターさんとも12階層まで行けるねって話して、今日は12階層まで行ってきました!」
「昨日ソロで9階層に行く許可を出したばかりでしょう君には! パーティを組んだようだけどあまつさえ10階層じゃなくて12階層まで行くなんて、君もそのサポーターの人も何を考えているの!?」
「えっと、昨日酒場でリューさん達と僕のステイタスの話をしたんですけど、使いやすい魔法もあるし、僕のステイタスなら12階層まで行けるってリューさんもアリーゼさんも言ってて。それにリリとも探索中に相談して、僕の体力的にも大丈夫そうだったので、それで行ってきました!」
「細かい説明をありがとう! けどお説教するからね!!」
「そ、そんなぁ!!」
エイナのお説教の言葉に悲鳴を上げるベル。
そんな悲鳴をものともせず、エイナは怒りのままベルを叱る。
「情けない声を出さない! 言い訳無用! だいたいダンジョンギミックに不安があるんじゃなかったの!?」
「それは問題ありませんでした。10階層で慣らしましたし、意外とすぐに慣れたので。あれぐらいだったらまだお義母さんとの修行の方がきつかったです」
「本当に君はお義母さんといったいどんな修行をしてたの!? ダンジョンより修行の方がキツイって相当だよ!?」
「色々ですよ……色々……」
「その色々を聞いてるの私は!!」
あははははは、なんて遠い目をしながらから笑いで誤魔化すベルを見て、エイナはようやく荒げていた息を落ち着かせた。
「もう……ほんとに頭も胃も痛い。ベル君、お願いだからこれ以上私を怒らせたり驚かせるようなことをしないでくれる? こんなんじゃベル君より先に私の体がもたないよ」
「うっ、それはその……ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初からしないで欲しいな。それか事前に私に言って。このままじゃ私、ベル君と一緒にダンジョンまで行っちゃうよ」
「それは規則で禁止されてるじゃないですか。エイナさんらしくもない」
「こんなことを私に言わせるくらいのことをしているって自覚して欲しいの。分かった?」
「うぐ……わかりました」
「はぁ……それで? サポーターの人と組んだんだっけ?」
お説教もこれで終わりと、ベルはエイナに今日の探索内容を話していく。
ダンジョンでの出来事でエイナが何かを言うといったことはなかったが、リリの話になった時、ベルの方からエイナに質問する。
「それで、リリは【ソーマ・ファミリア】の所属らしくて、一応ちゃんとした契約書も書いたんですけど、他派閥の人とのパーティを組むのは問題ありませんか?」
「【ソーマ・ファミリア】? ちょっと待ってねベル君」
そう言って一度席を外し、ギルドの資料室から持ってきたのだろう分厚い紙の束を手に持ってエイナは戻って来た。
「【ソーマ・ファミリア】は商業系の派閥だね。一応ダンジョン探索もしているみたいだけど、派閥の主な活動はお酒の販売みたい」
「お酒ですか?」
「うん。その筋だと結構有名みたいで、【ソーマ・ファミリア】のお酒は美味しいって評判だよ。ただ、冒険者についてはあまりいい噂は聞かないかな?」
「というと?」
「乱暴な人が多いらしくてね。そういうこともあってギルドも注視してるし、【アストレア・ファミリア】なんかも目をつけてる筈だよ。気になるのならリオン氏に聞いてみるといいんじゃないかな?」
「そうですか……リリも派閥内で酷い扱いを受けてるって話してたし……大丈夫かな……」
「【ソーマ・ファミリア】のことはともかく、アーデ氏自身には何も問題なさそうだけど……厄介ごとに巻き込まれないようにね?」
「はい、わかりました」
これで今日の話は終わりと、そう思った時だった。
エイナが「あれ?」と、ふと疑問に思ったことを口にする。
「ベル君、いつもの黒いナイフはどうしたの?」
「へ? 何を言ってるんですかエイナさん? ナイフならここに……」
ベルはいつもナイフを挿している腰のあたりに手をやり、ナイフの柄を掴もうとして、スカッと空ぶった。
「え? まさか……落としたああああああ!?」
「ベ、ベル君!?」
「ごご、ごめんなさいエイナさん! 失礼します!!」
別れの挨拶もそこそこに、ベルはギルドを飛び出した。
ギルドまで来た道を急いで探すも見つからず、しかし諦めきれずに別の道まで足を伸ばし、けれどやっぱり見つからず、結局そのまま帰路についた。
「本当に……どこで落としちゃったんだろう……神様、ごめんなさい」
トボトボと、俯きながら帰り道を歩いていると、何かが自分にぶつかってきた。
「きゃあ!」
「うわっ……って、リリ?」
なんだか最近よく人とぶつかるなぁ、と思いつつも、ぶつかってきた相手がリリで驚くベル。
どこか怯えた様子のリリを見て、ベルは心配になり声をかけた。
「大丈夫、リリ? 何かから逃げてきたように見えるけど」
「ベル様? えっと実は……凶暴な野犬に襲われまして……ですがもう大丈夫です。巻きましたから」
「そ、そうなんだ。あっ、そうだリリ。僕の黒いナイフを見なかった? どっかで落としちゃったみたいで……」
「ベル様のナイフですか? 申し訳ありません、ベル様。リリはそのようなものを道中で見た覚えがなく……」
「そっかぁ……」
リリにそう言われてしょげていると、バタバタと二つの足音が聞こえてきた。
「……見失ってしまいましたか」
「リオン! ちょっと待って! 流石にこの量の食糧を持つのは難しいって!」
「レベル6なのだからそのぐらいはできるでしょうアリーゼ」
「レベルが上がったからといって手足が増える訳じゃないわ!」
「リューさん? それにアリーゼさんも」
「おやクラネルさん、また会いましたね」
これまた昨日と同じような出会い方に、なんだか変な運命力が働いているのではないかと、一瞬益体もないことを考えるも、ベルの頭はすぐに神様のナイフのことに切り替わる。
「そ、そうだリューさん! いつも僕が使っている黒いナイフを見ませんでしたか!?」
「ああ。そのナイフでしたら、今私が持っていますよ、クラネルさん。明日渡そうと思っていましたが、ちょうどいい」
これを、と、リューが言い切りナイフをベルに差し出す前に、ベルはリューの両手を取った。
特に拒む様子も見せないリューは、少し困惑した表情をする。
「わあああああああ! ありがとうございますリューさん! 拾ってくれて!」
「く、クラネルさん? 手を放してもらえないでしょうか? このままではナイフを渡せません」
「あっ、ご、ごめんなさいリューさん。つい、感極まっちゃって……」
パッとリューの手を放してナイフを受け取り、今度はちゃんと鞘に納める。
もう絶対に落としません神様と、心の中でベルは呟いた。
そしてリューがベルに何か聞こうと口を開いたタイミングで、ドサドサっと重たい物が落ちる音がした。
音の正体は、買い物をしていたのだろうアリーゼが落とした大袋。
地面にはリンゴやらジャガイモやらが転がっていた。
突然のことにベルとリューは咄嗟にアリーゼの方を見る。
アリーゼは絶句してワナワナと震えながら、二人のことを指さしていた。
「リ……」
「「リ?」」
なんだろうと、ベルとリューの二人揃って仲良く首を傾げるも、アリーゼの震えは止まっていない。
「リ、リリリリっ……リオンに!! 春が来たわ!!」
「ええ!?」
アリーゼの唐突な叫び声とその内容にベルは驚愕の声を上げる。
名前を上げられたリューの方はと言えば、いたく冷静であった。
「このような往来で何を大声をあげているのですか、アリーゼ? 目立ちますよ?」
「そんなこと今はどうだっていいわ! ごめんリオン! ちょっとだけお弟子君を借りていくわね! 荷物をお願い! 行くわよお弟子君!!」
「アリーゼさん!? ちょっと待って……って力つよ! あっ、りゅ、リューさん! ナイフありがとうございましたー!!」
早口でそう言って、アリーゼはベルの手首を掴み、嵐のようにその場を去っていった。
その場に残されたのは、地面に散乱した野菜たちと、怪訝な顔をするリュー
────────────────────―
色々捕捉
エイナさんとの防具選びですが、実は本作のベル君、既に兎鎧を買ってます。気に入っています。他にもそこそこの値段のナイフ、短刀と装備しているので、エイナさんに防具の心配をされることはありませんでした。
武器についての描写は第一話でしていますからね。ちゃんとお義母さんに言われた通り、安い方の【ヘファイストス・ファミリア】の武器を買ってます。
神様のナイフを見た時驚いていたのは、鞘にロゴタイプが入っていたのを見たからです。そこら辺の事情も把握してます。
ごめんねエイナさん。お義母さんがいるせいで、デートフラグなんてなかったんだ。
それはアーディが持って行ってしまったんだ。
ベル君の観察眼は、規格外のお義母さんと一緒に過ごしていたから養われました。
あとは冒険者になって割とすぐリュー、アリーゼ、輝夜、ライラとも会っていたり、意外と街の冒険者の姿も見ているので、日々その眼は養われています。
原作でも人の視線に敏感だったりするし、他の五感が優れていてもおかしくはないよね……よね?
リリがベルからナイフを奪えた理由は、ベルの気が緩んでいたから。
12階層まで行って、意外と疲れも溜まって、帰り道で原作のように壁に埋まったキラーアントの処理をしている所で隙を作ってしまい、リリに盗まれました。
なお原作ではリリに持たせられたナイフを使っていましたが、本作では自前のものに切り替えてます。
リリもダンジョンで戦うベルを見て、盗める隙ができれば御の字くらいに思っていたのですが、思わぬチャンスが飛び込んできたのでそれを逃しませんでした。