作:幸運の白兎
▼ページ最下部へ
◇ダンジョン 上層
ダンジョンの7階層。
そこには多数のキラーアントに囲まれた1人の冒険者が居た。
通常ならば、このような事態に陥った場合、冒険者の生命は絶望的だ。
数の暴力で押すことで有名のこのモンスターは、攻撃力こそあまり無いものの、防御力の高いキラーアントは一対一で倒すのは困難というほどではないが手間が掛かり、その間に別の個体に攻撃される事が多いために、小規模のパーティは勿論、状況によっては中堅ファミリアでさえ全滅に追い込まれてしまう事のある程に危険性の高いモンスターなのだから。
「ふっ。・・・はあぁぁぁあ!!」
──だが、それは囲まれている存在が“並の冒険者”であったらの話。
第一級冒険者という強大な存在の前には、キラーアントなど50体居ようが100体居ようが問題にならない。
(・・・凄い)
ベルの戦いぶりを見てそんな感想を抱くのは、彼のサポーターとして同行した少女──リリルカ・アーデ。
彼女の種族であるパルゥムは身体能力こそ、ヒューマンにすら劣るが、一つだけ、どの種族よりも優れている点がある。
それは目だ。
体が全ての種族よりも小さいことから、戦うよりも逃げることに力を入れてきた種族であるパルゥムは、必然的に敵を誰よりも先に発見出来る能力を身に付けることを強いられるようになり、その結果、種族全体で視力が向上するようになった。
どれだけ視力が優れているかといえば、パルゥムで“近眼”とされている者の視力がヒューマンで言う1、5程であることからもお分かり頂けるだろう。
ちなみにリリルカは2、0で、恩恵を得た今は500メドル先の人間の顔を判別出来るほどだ。
──だが、そんな彼女の目ですら、彼の動きは残像すら見ることが出来ない。
更に言えば、キラーアントの大群はベルだけでなくリリルカをも囲っていたのだが、ベルはキラーアントを次々と倒しながらも彼女の方にキラーアントが行かないように戦っており、今のところ、彼女に近づく個体は1体たりとも存在していなかった。
(これが第一級冒険者。英雄という称号を約束された人間)
基本的に第一級冒険者は成れば問答無用に“英雄候補”と見做され、何かしらの世界に貢献するような偉業を達成すれば“英雄”と見做される。
そう、例えばかつてゼウスとヘラが成し遂げたベヒーモスやリヴァイアサン討伐のような。
勿論、英雄候補になったからと言って誰しもが英雄になれる訳ではなく、“英雄候補”から“英雄”に殻を破る過程で死んでしまう事もある。
──しかし、候補ですらない人間にとって第一級冒険者は羨望の的であり、その候補ですらない人間に虐げられる立場のリリルカにとっては憎悪の対象でしかなかった。
(こんな、力が。リリにも有れば!)
現状を抜け出せたかもしれない。
もっとも、ステイタスの更新にも金が掛かるというソーマ・ファミリアの方針上、強くなるまでに幾ら金が掛かるかも分からないし、そもそもランクアップする事をあのザニスが許可するとも思えないので、どのみち彼女の願いはソーマ・ファミリアに居る限り、叶わなかっただろう。
だが、今の彼女にとってそんな事は関係無かった。
(絶対に奪ってやる!)
強者の象徴たる第一級冒険者を出し抜き、その武器を売って自由を得る。
それこそが今の彼女の目標であり、信念だった。
◇
「じゅ、10万3000ヴァリスぅ!?」
リリルカはその金額に思わず驚き、思わず叫び声を上げてしまう。
ダンジョンでの活動を終え、地上へと戻ったベルとリリルカはその足でギルドの換金所へと向かった。
あまりにもドロップアイテムと魔石の数が多すぎて運ぶのが大変だったが、それでもなんとかバックパックに背負い込みながら換金所まで運んだ。
そして、ギルドの鑑定員は顔を引き攣らせながらも淡々と鑑定を終え、報酬を渡したのだが、その額がとんでもないくらいに大きく、リリルカは驚いてしまっていた。
「意外と少なかったなぁ。あれだけ多くのモンスターを倒したのに」
「はぁ!なに言っているんですか!!10万3000ヴァリスですよ!たった1日で!これ集めるのに、レベル1の冒険者が何人必要だと思ってるんですか!?」
クワッと凄い剣幕で捲し立てるリリルカ。
彼女のそんな反応も当然と言えた。
なにしろ、通常のレベル1がソロで稼げるのが2000〜3000ヴァリスであり、パーティを組んでも1人あたり大体5000ヴァリスくらいなのだ。
それを考えれば、サポーターを含めてたった2人で10万3000ヴァリスというのは、どれだけぶっ飛んだ数字であるかが分かるだろう。
「えっ?で、でも、いつも僕、ソロで15万ヴァリスくらい稼ぐし。まあ、階層は全然違うんだけどね」
「あっ」
それを聞いたリリルカは今更ながら、ベルが第一級冒険者であることを思い出す。
そう、そもそも第一級冒険者が本来活動する領域は上層などではない。
上層、中層、下層、深層の4つに区別される中で一番深い領域──深層を活動しても可笑しくない冒険者だ。
それこそ深層の浅い辺りならば、単独でも階層主や闘技場に突っ込まない限りはなんとかなってしまうだろう。
まあ、ベルの場合、ダンジョンに慣れていないこともあって到達階層は今のところリヴィラの在る18階層で止まってしまっているのだが、それでも上層より全然稼げる領域で活動していることは間違いない。
「・・・そういえば、そうでしたね。ベル様は第一級冒険者ですからね」
「リリ?」
「何でもありません。それより分け前を──」
「ああ、そうだったね」
そう言いながら、ベルは少し考え込むような仕草をする。
(どれくらいリリに与えるべきかを考えているのでしょうか?)
結局、剣を盗る事は出来なかった。
思ったより警戒心が強すぎたせいで盗る隙が全く無かったのだ。
まあ、第一級冒険者から盗むことに少しビビって臆病になっていた点も否めなかったが、どちらにしろ今日のところは諦めるしかないとリリルカは思っており、その思考は次の機会を必ず取り付ける方向にシフトしていた。
仮に報酬が貰えなかったとしても、それはそれで良い。
ヘファイストス・ファミリア製を示すロゴの付いた剣は、それだけで何百、何千万ヴァリスとするだろうから。
考えが纏まったのか、こちらに顔を向けてくるベルを見ながら、そんな算段をつけていたリリルカだったが、そんな彼が彼女に告げた言葉は驚くべきものだった。
「あげる」
「は?」
「全部上げるよ。今日の分の報酬」
あまりにもあっさりとそう言うベルに、リリルカはなにを言っているのか理解できなかった。
それはそうだろう。
報酬の比率が低い、あるいは貰えない可能性を考えていたのに、その真逆の答えが返ってきたのだから。
「はっ?えっ?どうしてです?」
「うん?まあ、思ったより稼ぎは少なかったし、効率良く稼ぐためとはいえ、わざとキラーアントを呼び寄せるなんて事をして君を危険な目に遭わせちゃったからね。その詫びも兼ねてね」
「で、でも。リリはサポーターで、魔石とドロップアイテムを拾うことしか・・・」
「それはそれで凄いことだと思うよ。戦場でものを拾うって、思っているよりも大変な作業だから」
それはベルの本音だった。
リリルカとパーティを組むまではソロで活動していたから分かるが、ダンジョン内での魔石・ドロップアイテムの収拾は結構大変な作業なのだ。
拾っている最中に敵が来たらそれに対応しなければならないし、魔石は小さいので大量に敵が来たりしたら見逃してしまうこともある。
更に言えば、収拾のためのバックパックなども持っていかなければならず、荷物も嵩張って戦い難くなってしまう。
確かに命の危険は直接戦闘をする者よりは少ないかもしれないが、戦闘をする者にとって戦闘に集中できるというのはそれだけありがたい事なのだ。
「・・・」
「じゃあ、そういう事で」
そう言うと、二の句が告げられないでいるリリルカを置いて、ベルは足早にその場から去っていった。
「・・・・・・変なの」
後に残されたリリルカは立ち去っていくベルの姿を呆然とした様子で見届けながらそんな言葉を呟いた。
次の約束をさせるという当初の目的を忘れたまま。
◇
「・・・お人好し過ぎたかな?」
ギルドを出てホームに帰る途中、ベルはそんな事を口にする。
リリルカの狙いについては殆ど最初から気づいていた。
なにしろ、ベルの剣をあまりにも注視しすぎていたのだ。
恩恵を貰ったばかりの頃ならば分からなかったかもしれないが、器を昇華させ、1年以上もの間、様々な経験を経たベルにはリリルカがヘスティア・ソードを狙っていることはすぐに分かってしまった。
多大な借金を背負ってまで貰った主神からの贈り物にそのような視線を向けられていることをベルは不快に感じたが、それはそれとして仕事はちゃんとしていたので、報酬はちゃんと渡すつもりだったのだが、流石に全てを渡すつもりはなく、当初の予定では山分けにするつもりだったのだ。
それを翻したのは、彼女が自分の事を第一級冒険者だと口にした時からだった。
通常、相手が第一級冒険者だと知っていて悪さをしようとする人間は殆ど居ない。
ましてや、あの少女は下級冒険者。
そんな人間が第一級冒険者などという存在を怒らせれば、その先の運命など決まったようなものだ。
──しかし、それは逆に言えば、そんな人間を狙わなくてはならないほど困窮しているということ。
どんな事情かは分からないが、そこまで追い詰められている少女をそれほど悪く思う気にはなれなかった。
(それに一日くらい稼ぎがなくともなんとかなるのは本当だし)
生活費などで少し使ってしまっているが、まだファミリアにはオラリオ外で活動していた時のものも含めて、1500万ヴァリス程の貯金がある。
無論、防具などを買えばすぐに溶けてしまうだろうし、借金返済には全然足りないが、少なくとも食うに困らないだけのお金は確かにあるのだ。
なので、当面の生活費に関しての心配はいらないし、むしろ、リハビリとしての運動だと考えれば丁度良かったかもしれない。
ベルは前向きにそう考え、先程の一件についての思考を打ち切った。