それは遥か彼方の静穏の夢の続き


メニュー

お気に入り

しおり
作:幸運の白兎
▼ページ最下部へ


9/12 

栗鼠のような少女


◇ミアハ・ファミリア ホーム 青の薬舗

 

 

「──うん。少し骨に罅が入ってるね」

 

 

 ミアハ・ファミリアの団長の犬人族(シアンスローブ)──ナァーザ・エリスイスは何時もの眠たげな顔のまま、差し出されたベルの左腕をそう診断する。

 

 

「まあ、ちゃんと薬を飲んで療養すれば、明日か明後日には完治するだろうけど」

 

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 ベルはそう言ってナァーザに頭を下げる。

 

 18階層での一件の後、レヴィスの攻撃を受け止めた左腕に違和感を感じたベルは少々薄情だとは思ったものの、ハシャーナをリヴィラの冒険者達に預けてすぐに地上へ上がり、この『青の薬舗』へとやって来た。

 

 そして、案の定、左腕の骨には罅が入っており、治療が必要な状態となっている。

 

 

「・・・それにしても、一体何があったの?仮にも第一級冒険者の骨に罅が入るような事態なんて、あまり心穏やかじゃないんだけど」

 

 

「あはは。ちょっと他の冒険者と揉めちゃいまして。名前は知らないですけど、かなり力がある冒険者で、その人の攻撃をまともに受けたらこんなことに」

 

 

 ベルは苦笑しながら、話を暈した。

 

 嘘は言っていない。

 

 成り行きとはいえ揉めたのは事実だし、力のある冒険者であったことも確かだ。

 

 ただ、その素性を言っていないだけ。

 

 

(あの雰囲気。多分、表の人間じゃない。闇派閥かどうかは分からないけど、ナァーザさん達を巻き込む訳にはいかない)

 

 

 ベルはオラリオの冒険者になったのこそ3週間前だが、冒険者としての活動そのものは1年以上前から行っている。

 

 その中で“裏の活動”をする者にも遭遇したことはあり、レヴィスがそういった類の人間であることを察していた。

 

 ・・・もっとも、あれほど流れ作業的に殺しを行う人間に遭遇したのは今回が初めてだが。

 

 まあ、いずれにしろ、団員1人だけの医療系ファミリアを物騒なことに巻き込むわけにはいかない。

 

 少なくとも、ベルの考えはそうだった。

 

 

「ふーん。そうなんだ。でも、良かったね。あまり酷いことにならないうちにこうして治療出来て。あまり酷くなりすぎると、うちじゃ手に負えなくなっていたところだから」

 

 

 まあ、アミッドのところでも限度というものは存在するけど。

 

 ナァーザはもう一方的なものになってしまったライバルファミリア──ディアンケヒト・ファミリアの団長の顔を思い浮かべながらそう呟く。

 

 

「・・・そうですね。あのまま揉め事が続いていれば、不味かったですね」

 

 

 今思えば、あそこで事が終わったのは、相当な幸運だったのではないかと思う。

 

 あのまま本格的な戦闘に突入していたら、左腕の怪我が悪化していたのは勿論、最悪殺されていた可能性だって有ったのだから。

 

(とはいえ、防具が壊されちゃったし、その補填の為に費用が掛かるのは無視できない話なんだよね)

 

 

 そう、レヴィスの攻撃を受けた際、ベルが身に付けていた防具は左腕の部分だけとはいえ、完全に破壊、いや、粉砕されていた。

 

 一応、作り直すことも不可能ではないだろうが、あそこまで壊れているとなると、いっそ新しく買い直した方が安く済むのではないかとベルは思っている。

 

 しかし、第一級装備品に分類される防具というのは、通常の物よりも重く頑丈に作られるゆえにどうしても金が掛かり、まだ残っているヘスティア・ソードの借金の事も合わさってベルは憂鬱げな表情になってしまう。

 

 もっとも、その壊れた防具のお蔭で怪人(クリーチャー)の攻撃という凶悪な代物をまともに受けておきながら、ベルの左腕は骨に罅が入る程度で済んだわけなのだが。

 

 

「・・・なんか色々と大変そうだね。まあ、こないだのお詫びに今回の薬代は安くしとくから、元気出してよ」

 

 

 ベルの表情から何かどうしようもない悩み事が有るのを察したのか、ナァーザはそんな気遣いを見せた。

 

 ちなみにナァーザの言う“こないだのお詫び”とは、2週間前に起きた回復薬(ポーション)偽造発覚事件の事を意味している。

 

 この事件はミアハ・ファミリアで買ったポーションがこれまで飲んできたポーションより効きが悪いことに違和感を感じたベルが、ミアハにその事実を口にした事によって端を発した事件であり、この一件でナァーザの商品偽造が発覚して、主神のミアハは激怒した。

 

 しかし、ナァーザの話す事情が事情であったこと、そして、その事情にベルも──ほんの少しではあったものの──絡んでいたことによって彼女を責めることは出来ず、最終的に『インチキ商売』を今後しないことを条件にベルはミアハの依頼を受諾。

 

 そして、ミアハ・ファミリアの新商品である二重回復薬(ディアル・ポーション)を第一作をヘスティア・ファミリアに譲渡したことによって手打ちとなったが、この一件でナァーザのベルへの信頼が絶大なものとなったのは言うまでもないだろう。

 

 

「・・・本当に、ありがとうございます」

 

 

 ベルはナァーザの気遣いに感謝しながら、内心でせめて今日明日だけは戦闘を行わずに療養に専念することを誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───っで、結局、こうなっちゃったと」

 

 

 ベルは引き攣った顔をしながら、目の前で倒れる男──ゲド・ライッシュを見下ろす。

 

 『青の薬舗』を出て僅か20分。

 

 先程の誓いはあっさり破られる事となった。

 

 偶々、目の前で栗色の髪をした小人族(パルゥム)の少女がこの男に襲われようとしているのを見て、つい介入して少女を助けてしまったのだ。

 

 そして、4度も器を昇華させたベルとランクアップを一度たりとも果たしていないゲドでは勝負になるわけもなく、ベルは武器を使うことすらせずにゲドを叩き伏せていた。

 

 

「てめぇ・・・なんのつもりだ?」

 

 

「なんのつもりだ、と言われても・・・あなたがこの子を殺そうとしていたから止めただけですけど」

 

 

 そう、それ以外に特に理由はない。

 

 この男にも何か事情があったのかもしれないが、町中での殺傷行為は言うまでもなく犯罪だ。

 

 そうである以上、どんな事情があってもまずは止めるべきだだろう。

 

 ましてや、襲われようとしていた女の子の方はパット見、子供なのだから尚更だ。

 

 

「はぁ!?なに言ってんだ、てめぇ!そいつは俺の剣を盗んだ奴だぞ!」

 

 

「そうなんですか」

 

 

「ああ。だから、そいつを──」

 

 

「でも、だからといって殺そうとするのはやり過ぎです」

 

 

 ベルはゲドの言葉を途中で遮り、キッパリとそう告げる。

 

 そう、どんな理由があれ、殺人はやり過ぎだった。

 

 そもそもベルだって、仮に男が短剣を振り回さず、女の子を捕まえようとしただけなのであれば、一先ずは様子見に徹しただろう。

 

 勿論、その後に首を突っ込んだ可能性が高いが、少なくともいきなり叩きのめすといった行為はしなかった筈だ。

 

 そうせざるを得なかったのは、あの場ですぐ止めなければ、ゲドが女の子を殺していただろうからだった。

 

 

「それにあなたの言っていることが正しいのであれば、この女の子を捕まえてガネーシャ・ファミリアに突き出せば良かったでしょう。何故、そうしなかったんです?」

 

 

「ぐっ。ガキがっ、言わせておけば!」

 

 

 正論を言われたことが癪に障ったのか、ゲドは自身の短剣を拾いながら立ち上がり、ベルに斬り掛かろうとする。

 

 だが、その時──

 

 

「───待ちなさい」

 

 

 突如、彼らの耳に響く若い女性の声。

 

 それを聞いたゲドとベルはほぼ同じタイミングで音のした方角──階段の上へと視線を移すと、そこには豊穣の女主人の制服を着た金髪のエルフの女性──リュー・リオンが立っていた。

 

 

「町中で剣を振りかざすとは・・・穏やかではありませんね」

 

 

「あぁっ!?口出しすんじゃねぇ!とっとと失せろ!このっ──」

 

 

「───吠えるな」

 

 

 そう言いながら、リューは空色の瞳を細める。

 

 今でこそ鳴りを潜めているが、彼女はあの“大抗争”を勝利に導いた秩序側の立役者の1人であり、暗黒期を生き残った猛者の1人だ。

 

 そんな人間の本気の威圧は、格上の筈のベルですらゴクリと喉を鳴らした程であり、レベル1でチンピラに毛の生えた程度の実力しかないゲドが耐えられる筈もなかった。

 

 

「私はいつもやりすぎてしまう」

 

 

「ッ!? ちっ、クソが!」

 

 

 敵わないと本能で悟ったゲドは、そのままその場を立ち去っていく。

 

 そして、階段を降りてこちらにやって来るリューにベルは礼を口にする。

 

 

「ありがとうございました。リューさん」

 

 

「いえ、差し出がましい真似を」

 

 

「そんなとんでもない!あのままでは収拾がつかなくなっていたかもしれませんし。あっ、そうだ。あの子は・・・」

 

 

 そこでようやくその存在を思い出したのか、ベルは襲われていた少女が居た場所に視線を向ける。

 

 ──だが、そこには既に少女は居なかった。

 

 

「あれ?居ない」

 

 

「ん?」

 

 

「怖くて、逃げちゃったのかな?」

 

 

 ベルはそう口にするが、その少女がすぐ近くの身を隠しながら不敵な笑みを浮かべていることには気づくことはなかった。




アストレア・ファミリア

オラリオの治安維持を担当するファミリア。団員は10人(アリーゼ、輝夜、ライラ、リュー+原作新生アストレア・ファミリア)で、派閥ランクはA。原作では5年前のジャガーノート事件でリュー以外の団員が全滅し、その後、セシルを団長とした新生アストレア・ファミリアが再建されたが、本作では7年前の大抗争で幹部陣を除く7人の団員が戦死したことにより、治安維持活動から手を引き、探索系ファミリアへと移行した(そのお陰で5年前のルドラ・ファミリアの件でジャガーノートと遭遇せずに済んだ)が、ファミリアの再建が進んだことで再び治安維持活動に戻った。団員のレベルはレベル5〜レベル1がそれぞれ2人ずつと、派閥としては非常にバランスが取れている。
9/12 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する