作:幸運の白兎
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「・・・・・・」
「───くん」
「・・・・・・」
「───んだ」
自身に呼び掛ける甲高い声。
それを耳にしたベルは、徐々に意識を覚醒させていく。
「ベル君!!」
もう1年以上の付き合いとなる主神の叫ぶ自分の名前。
この瞬間、ベルは完全に意識を覚醒させた。
「かみ、様?」
「ベル君!良かったぁ」
「わっ、ちょっ、ちょっと!神様!?」
心配そうに目尻に涙を貯めていたヘスティアは、そう言いながら愛しい唯一の眷属へと抱き着く。
ベルは驚きながらも彼女を受け止めつつ、周囲を見渡す。
「・・・ここって。ミアハ・ファミリアのホームですか?」
「ああ、そうだよ!君が倒れているのを見て、急いでここに連れてきたんだ」
そう、ここはベル達がよくポーションや解毒薬などを買うミアハ・ファミリアのホーム。
かつてはディアンケヒト・ファミリアに並ぶ中堅派閥であったが、現在はとある一件によって没落し、ヘスティア・ファミリアと同じく団員一人の超零細派閥となっており、ホームも小ぢんまりとしたものとなっていた。
が、それでも人一人を収容して治療するには十分な部屋数があり、ヘスティア達はその内の一室を借りる形となっている。
ちなみに主神のミアハと唯一の団員であるナァーザは買い出しのためにホームには居らず、今このホームに居るのはヘスティア達だけだった。
「そうですか・・・あの神様」
「ん?」
「僕が持っていた短剣はどうなりましたか?」
そう問い掛けたものの、ベルにはその答えが既に分かっていた。
なんせ、目の前で砕かれたのだから。
しかし、それでも何かの間違いであって欲しいと思い、敢えてヘスティアにそう尋ねたのだ。
「短剣?・・・ああ、アレか。ごめん、君を助けるのに夢中だったから見てなかったよ。でも、君の周囲に刃物の破片みたいなのが飛び散ってたから、多分・・・」
「そう、ですか」
分かっていた答えではあったが、改めて言われるとやはりショックだった。
あの短剣はオラリオに行く前に義母から貰った第一級武装の短剣であり、ヘスティア・ソードに比べれば重要性こそ劣るものの、ベルにとっては同じくらい大切なものだったのだから。
「・・・ベル君。こう言ってはなんだけど、あまり気を落とさないでくれ。命があっただけでも儲け物なんだ。それに、こういったことはこの先、おそらく何度もある」
「分かってます。でも、それでも──」
悔しい。
ベルの心情は一言で表せば、その一言だった。
確かにヘスティアの言う通り、いずれはあの短剣も何かしらの戦闘が切っ掛けで失うことになっていたかもしれない。
──だが、あの短剣は貰ってまだ一ヶ月にも満たっておらず、しかも実際に使用したのは今回が初めて。
しかも、その喪失の仕方も砕かれるという自分の未熟さを主張させられるかのようなもので、ベルとしてはとてもショックだったのだ。
「・・・ごめんなさい。少し、外で頭を冷やしてきます」
「あっ、ベル君!」
部屋を出ていくベルをヘスティアは咄嗟に呼び止めるが、それに構うことなくベルはそのままミアハ・ファミリアのホームから外へと出ていった。
◇
ミアハ・ファミリアのホームを出たベルは、その足でダイダロス通りへと向かった。
既に騒動は治まっているようで、ガネーシャ・ファミリアの団員達があちらこちらにバラけて後始末を行っている。
(ここら辺、上層のモンスターが暴れたにしては傷跡が大きいな)
何か凶暴なモンスターが脱走したのだろうか?
そんな事が頭を過ぎりながらも、ベルは先程大男と戦って敗れた場所へと向かおうとする。
だが、ある路地裏を曲がった時、彼は意外な人物との再会を果たす。
「あっ。ベル君」
そこに居たのは、青髪セミロングの女性──アーディだった。
だが、数時間前に会った時とは違い、彼女の顔には笑顔はなく、何処か暗い影を落としたかのような表情をしている。
「アーディさん。どうしたんですか?こんなところで」
彼女はガネーシャ・ファミリアの副団長。
であれば、この騒動の後始末を行う団員達に指示を下さなければならない立場だ。
ベルは彼女の事を明るい性格をしながらも、仕事はキチンとやる人と思っていたので、こんな路地裏で1人佇んでいる姿を見たことは正直意外だった。
「うん。団長や他の団員の子達に今のうちに休んでおけって言われてね。まあ、こんな暗い顔してたら、そんな事言われても仕方ないんだけどね」
「そうでしたか。あの、逃げ出したモンスター達は・・・」
「・・・」
そのベルの問い掛けに、アーディは無言のまま顔を俯かせる。
つまり、そういうことだ。
(仕方ない、よね)
幾ら
その場合、優先されるのは捕獲ではなく、当然の事ながら殺害だろう。
ベルとて、数時間前のアレが無ければ同じことをしていたであろうので、他の冒険者達を責めるわけにはいかない。
そう考えたベルであったが、ここでふと有ることに気づく。
(あれ?もしかして、さっきアーディさんと交流したモンスター達も)
その事をアーディに確認したかったベルだったが、彼女の表情を見てすぐにそれを取り止める。
もしアーディが担当していたモンスター達が脱走したモンスターでなかったとすれば不幸中の幸いに終わる話だが、逆に脱走したモンスターならば彼女を更に悲しませることになると思ったからだ。
──しかし、そんなベルの思惑とは裏腹に、アーディはポツリポツリとその事を話し始める。
「ベル君と、別れたすぐ後でね。私、いきなり気絶しちゃったんだ。それで、気が付いた時には、あの子達が脱走してて、処理、された、って」
「アーディさん・・・」
説明しながら涙を流し始めるアーディに、ベルは掛ける言葉が見つからなかった。
大切にしていた存在なのだろう。
それはモンスター達と交流していたアーディの表情からしても明らかだ。
だが、それがこんな形で失われてしまった上に、そもそも何が起きたかも分からないこの現状では悲しむしかない。
(本当に、悔しいなぁ)
このモンスターの脱走騒ぎ。
状況から考えて、あの大男と無関係ではないだろう。
下手をすれば、自分と手合わせがしたいがためにこんな事をした可能性もある。
ならば、自分がもっと強ければ、脱走騒ぎそのものは防げずとも、あの男を捕らえて事件の全貌を明らかにすることも出来たのかもしれない。
(やりきれないな)
ベルは無力感に苛まれながら、拳をギュッと握り締めていた。
◇バベル最上階
オラリオ中心部に存在するバベルの最上階。
そこには一柱の女神が住んでおり、時折、彼女の護衛と従者が出入りする場所となっている。
そして、その女神──フレイヤは上品な椅子に腰掛け、オラリオの夜景を眺めながら己の従者──オッタルにこう告げた。
「改めてありがとう、オッタル。あなたのお蔭であの子の魂は更に光り輝くようになったわ」
「光栄です」
オッタルは目を瞑りながらそう答えるが、内心では少し不満があった。
なにしろ、対戦相手が万全の状態には程遠く、しかも格上の筈のこちらが奇襲を仕掛けたに近い状況下で戦った訳なのだから。
まあ、そういった事態に備えなければならないのも冒険者という生き方ではあったが、それでも戦士としては思うところがあったのだ。
しかし、それを表に出さないのは流石武人といったところだろう。
──もっとも、
「ふふっ。これで圧倒的強者からの洗礼は十分ね。次はあの子が格上の存在に勝つところを見たいわ」
「では、今度はレベル6。アレン達の誰か、もしくは
「そうね・・・」
そのオッタルのある意味では味方を生贄に捧げるような非情とも言える提案に、フレイヤは少し考え込むような仕草をしたが、やがて首を横に振った。
「駄目ね。おそらく今回の事で次にそんな人物が現れたら、あの子も本気で殺しに来るかもしれないし、そうなったらアレン達も加減できなくなる。どちらが勝っても目覚めが悪くなるわ」
「・・・出過ぎたことを申しました」
「良いのよ。私が聞いたんだから。それでね、オッタル。代わりと言ってはなんだけど、良いことを思いついたの。頼まれてくれるかしら?」
「なんなりと」
「適当なモンスターを見繕ってあの子にあてなさい。そうね、同格でも良いけど、1つレベルが上くらいの強さのモンスターを当てれば最適よ」
「それは・・・」
フレイヤの言葉を聞いたオッタルは、その条件の難しさにかなり苦い顔をする。
いまフレイヤが言った条件で、咄嗟に思い浮かんだのは、アンフィス・バエナやウダイオスといった
しかし、これらのモンスターを上の階層に引っ張り出すのはオッタルといえども不可能に近いし、逆にベルを連れ去ってこれらのモンスターにぶつけるとしても、これらのモンスターは第一級冒険者と言えども何の事前知識も持っていなければ、まともに戦うことは難しい存在であり、まだ下層や深層に進出していないベルでは勝つことは難しいどころか皆無に等しい。
それではただベルを殺害するだけになってしまうので、この案は却下だ。
次に思い浮かんだのは、50階層前後の階層から適当なモンスターを連れてくるという案だが、それではどうやって1人で連れ出すのかという問題が出てくる。
なので、これも却下。
となれば──
(上層、あるいは中層での強化種の育成。これが一番妥当だ)
この辺りの階層なら、特殊なカーゴでも使えば移送することは容易。
そう考えたオッタルだったが、それにも問題があることには気づいていた。
それは上層や中層に出現するモンスターは
ここからベルの試練とも言って良いレベルにまで成長させるには、かなりの魔石とそれなりの日数が必要だ。
まあ、前者はともかく、後者の日数に関する問題は先の2つの案を選択しても大して変わらないのだが、もしフレイヤが早期の達成を望んでいるのであれば、この案も却下しなければならないだろう。
「フレイヤ様。1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「あなた様のご要望を達成するために少々時間を頂きたいのですが」
「どれくらい?」
「・・・一月程」
少々言いづらそうにそう言うオッタル。
本当はもっと早くしたかったが、魔石を集めるのに1週間、そこからモンスターを見繕う時間や鍛錬をする時間を半月、更に何か有った時の為の予備期間として1週間は取っておきたかったのだ。
もっとも、フレイヤとしても自分の注文がかなり無茶なものであるのは承知の上であったので、オッタルの言葉に特に不満を表すことはなかった。
「そう。構わないわ。元々、数日でやれなんて無茶なこと言うつもりはなかったもの。それくらいなら全然構わないから、それでやって頂戴」
「はっ」
──かくして、