作:幸運の白兎
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◇第7区画 廃教会
「ふっ!」
完全に暗くなり、闇に包まれた空間の廃教会の外。
そこでは豊穣の女主人から帰ったベルが練習用の木刀を使って素振りをしていた。
その太刀筋は刀型の剣──ヘスティア・ソードを使うのを前提としたものだけあり、極東のものの色合いが濃かったが、それでも叔父が教えてくれた剣の基礎は健在だ。
そして、オラリオに来る前に
──つまり、今のベルは第一級冒険者として相応しい剣技を振るっていたわけなのだが、それでもベルの顔は晴れなかった。
(もっと強くならなくちゃ)
そうしなければ誓いを果たせない。
そもそも黒竜はあの強大な義母ですら討伐は不可能と断言していた程の存在なのだ。
それよりも圧倒的とまでは言わないが、それでも確かに弱いロキ・ファミリアという存在に、自分はあんなに怯えてしまった。
それは見方を変えれば自分が弱い証拠であり、ベルにはそれが許せない。
すぐにダンジョンへ行って己を鍛え直したい心境であったが、流石に帰りが遅くなるとヘスティアが心配してしまう。
故に、こうして素振りをすることで一生懸命自身の技を磨こうとしていた。
「ふっ!・・・ふっ!」
だが、何回振っても技が磨かれている実感はない。
勿論、こういう技と駆け引きの身に付けは一朝一夜で出来るものではないというのは、ベルとて知っているので、地道にやっていくのが一番であるというのはよく分かっているのだが、それでもあんなことがあった後では焦りだけが募ってしまう。
そして、そんな気持ちを抱えながら、更に素振りを続けようとしたその時、バイトに出掛けていた主神が戻ってきた。
「ただいま。あれ、ベル君?素振りかい?ここ最近じゃ珍しいね」
「神様・・・」
「どうかしたのかい?なんか暗い顔してるけど」
「あっ、いえ。別になんでもないんです」
「・・・そっか」
ベルの言葉に、ヘスティアはそう言って微笑みを浮かべる。
そんなヘスティアの儚い笑顔を見たベルは嘘をついてしまったことを後悔した。
人は神に嘘はつけない。
それは下界に住む人間全ての絶対の原則。
だからこそ、彼女はベルの言葉が嘘だということが即座に分かってしまう。
だが、ヘスティアは敢えてそれを追求せず、微笑みを顔に浮かべただけだった。
そして、そんな主神の様子を心苦しく思ってしまったベルは、ついこんな言葉を漏らしてしまう。
「・・・神様。僕はこれ以上強くなれるでしょうか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「エイナさんから聞いて初めて知りましたが、僕は誰よりも早く第一級冒険者になってる。実力にもそれなりの自信はあります。でも──」
そこでベルは先程の豊穣の女主人でのことを思い出す。
あの時、自分がロキ・ファミリアに感じた想いは紛れもない恐怖と畏怖。
きっと義母であるならば、鼻で笑って一蹴していただろう。
もっとも、自分としては流石にそんな失礼な態度を取りたいとは思わないが、それでも余裕のある態度を取りたかったのは事実だ。
それが出来なかったのは、明らかに自身の未熟さが原因。
なまじ第一級冒険者という強者になってしまったがゆえに、ベルにとってこの現実はかなり堪えた。
「だからこそ、僕は精神的に脆い。そんな僕がこれからもっと強くなることは出来るのかなって、そんなこと思っちゃって」
そんな自身の心に対する疑念。
たかだか少し会話しただけで大袈裟なとも思うが、それでもロキ・ファミリアとの邂逅はベルの心に確かな棘を残していた。
「・・・ベル君」
そして、そんなベルに対し、ヘスティアは優しげな声でこんな言葉を投げ掛けてきた。
「ボクはね。君に強くなって欲しいとは思ってる」
「はい」
「でも、それは君に例の誓いを守って欲しいからじゃない」
「えっ?」
その言葉に驚いたのか、ベルは大きく目を見開くが、ヘスティアはそれに構うことなく言葉を更に紡いでいく。
「僕が君に強くなって欲しいと願う理由。それは君にもっと格好良くなって欲しいと思ったからなんだ」
そう言ってヘスティアが思い出したのは、丁度1年程前。
恩恵を得てから3ヶ月の時が経過し、ステイタスがレベル1の上位に達してもなかなかレベル2へランクアップすることが出来ないことを嘆いていた時、ヘスティアはベルにこう言ったのだ。
『そんなに焦って強くなる必要はないんじゃないか?』、と。
だが、それに対してベルはこう返した。
『お義母さんの悲しむ顔は見たくない。それに、誰かを助けるためにも強さは必要ですから』、と。
それはもう穏やかな表情と笑顔で。
「誰かの涙や悲しみを拭うために走り続ける君の姿をボクは好ましく思ってる。そりゃあ、いっぱい怪我しちゃうこともあるし、なんなら死にかけたことだってあるけど、それでも一歩一歩前進して確実に強くなってる。ボクはそんな君を見続けたいんだ。だから、ベル君」
ヘスティアは一旦言葉を切り、軽く一呼吸を入れると、再び桜色の唇を動かす。
「そんな弱気にならないでくれ。君が本当に戦うべきは他人じゃない。自分自身だ。今までだってそうしてきただろう?」
「────」
その言葉に、ベルは衝撃を受ける。
確かにそうだった。
これまで自分がしてきた“冒険”において、本当の意味で戦ってきたのは常に自分自身だ。
それまでの弱い自分と戦い、必死に殻を破ろうと足掻き続け、遂には困難な試練を乗り切り、ランクアップを果たしてきた。
そこに他人の入る余地などない。
大体、自分自身の強さの問題に、他人という要素を入れてどうしようというのか?
「そう、でしたね。確かにそうでした。ごめんなさい、神様。つまらない弱音を漏らしちゃいました」
「良いんだよ、時にはそういう事もある。そして、そんな時には何時でもボクに相談してくれ。ボクは君の神様なんだからね」
「───はい!」
ベルは先程とは違い、なんの憂いもない笑顔でヘスティアの言葉にそう応えた。
◇
オラリオの北。
地図にも載らない田舎の村の郊外には、ポツリと建てられた一軒の家が存在しており、その家では今、1人の女性が暮らしている。
「・・・飽きたな」
ソファーの上でそう言いながら、今まで読んでいた本を閉じて傍へと置く灰色の髪の美女。
彼女の名はアルフィア。
かつてオラリオに在籍していた頃、“静寂”の二つ名を与えられた第一級冒険者であり、そのレベルはかつてオラリオ最強と謳われたゼウス・ファミリアの
オラリオ、そして、学区に在籍するレベルの最高が7であることを考えれば、今の世界において、彼女が世界最強の戦士であることは疑いようもない事実だと言えるだろう。
そんな彼女が現在、唯一心配していること。
それは義息子であり、甥であるベル・クラネルがオラリオにおいてちゃんとやっていけているかというもの。
今までも旅には出ていたが、オラリオは“英雄の都”と言われるだけあって強者が集う場所。
現在でこそ、ベルと同じ第一級冒険者の数はゼウス・ヘラ時代の半分程に減っているが、それでも30人以上は居り、圧倒的と言える程ではない。
しかも、風の噂ではかつて自分に嬲られていた
「やはり、私も行くべきだったか?」
それはベルがオラリオに向かう前にも何度も思い、最終的に断念した考え。
最後の英雄を目指す以上、今代のオラリオの英雄達の洗礼は受けた方が良いと思っていたし、なによりベルの存在は
まあ、ステイタス更新の際に発現したスキルから、自分が誰かを育てていることは察しがついているだろうが、それがメーテリアの子供だと分かれば、ゼウスを追い掛けるのを辞めてでも会いに行こうとするだろう。
加えて、ヘラ・ファミリアの所属のままだとオラリオに入れないので、ヘスティアのところに
それ故に、アルフィアはベル達と一緒にオラリオに行くという選択肢を捨てた訳なのだが、やはりどうにかして一緒に行くべきだったのではないかと、今更ながら後悔していたのだ。
「・・・いや、ここは少し様子を見るか。ベルには定期的に手紙を出すように言っておいたし、それが途絶えたり、文面にフレイヤの影が見えるようになれば──」
その時はヘラにベルの事を伝えて、共にオラリオに乗り込むしかない。
もし魅了で洗脳されているのならば、それを解くためにもフレイヤを送還しなくてはならず、あのフレイヤにそれだけの事をやってくれるのはヘラくらいのものなのだから。
もっとも、その後の処理が色々と面倒なことになりそうだが、その時はその時でどうにかするしかないとアルフィアは思っていた。
(これはあの子の物語だ。それを自らの欲望で歪めるというのであれば、幾ら英雄候補を多く抱える貴様らでも許さんぞ。神フレイヤ)
アルフィアはそう思いながら、翡翠と金色のオッドアイの視線をオラリオの方角に向けて睨み付けていた。