作:幸運の白兎
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◇豊穣の女主人
豊穣の女主人。
それは元フレイヤ・ファミリア団長──ミア・グランドが経営する酒場。
料理の値段は相場よりやや高いものの、それに相応しいくらいの美味しさであり、また店員達も美人ばかりなためにそれを目当てに通う客も多い。
そして、そんな店員の1人に誘われ、この酒場へとやって来たベルは、久々の外食を満喫していた。
「ふぅ〜。もうお腹一杯だ」
少し膨れたお腹を擦りながら、ベルは満面な笑みを浮かべる。
こうして外食をするのは実に一ヶ月以上振りだ。
オラリオ外での旅を終えてから、この街に来るまでは基本的に全部自分や義母が食事を作るか、主神が持ち帰ってきたジャガ丸くんを食べるかであり、その間に外で食事をする機会は一切無かった。
まあ、自分で作る方が美味しいので、その必要が無かったという事もあったのだが、こんな美味しい料理を出す店があるのであれば、時には外食するのも悪くないかもしれない。
「でも、どうせなら神様も連れてきたかったなぁ」
惜しむらくは、主神であるヘスティアを連れてこれなかったこと。
まあ、バイトだというのなら仕方がないとも思うが、それでもベルとしては久々の外食を敬愛する主神と一緒にしたかったのが本音だった。
「楽しんでいますか?ベルさん」
そんな事を考えていたベルに声を掛けてきた薄鈍色の髪をした少女。
彼女の名はシル・フローヴァ。
この酒場の店員の1人であり、ベルを酒場に誘った張本人だった。
「はい!こんな美味しい料理を食べたのは初めてです」
「それは良かった。これからも是非来てくださいね。ミアお母さんも貴方の事が気に入ってるみたいですから」
「はい。今度は神様も連れてきます!」
そう言いながら、ベルは先程ミアにサービスだと言って置いていった
苦い味と共にアルコールの成分が体内へと入っていくのを自覚しながら、ベルはふと視界に入ったシルとは別の店員を見る。
(うわぁ、金髪エルフの女性だぁ。これで髪が長かったら、一目惚れしてたかも)
視界に入ってきた
ベルの好みは金髪に長髪をしたエルフの女性であり、あの女性には2つの要素が揃っている。
故に、もしその髪が長ければもしかしたら一目惚れをしていたのではないかと、ベルはあったかもしれない未来を想像した。
「ベルさ〜ん。誰を見ているんですかぁ?」
だが、十秒以上も凝視していたのが仇となったのか、ベルの視線の先に気づいたシルはそう問い詰めてきた。
「あっ。いえ、僕は何も・・・」
「嘘です。絶対にリューに見惚れていました。こんな可愛い美少女が目の前に居るというのに、最低です!」
「あはは・・・」
プンプンと頬を膨らませるシルに、ベルは苦笑するしかなかった。
恩恵を得てから1年余り。
外で活動していたベルは、時折、ヘスティアと共に旅をする機会があり、全くの世間知らずの少年というわけではなかった。
しかし、こういった女性の対応に慣れているのかというと、そうではない。
好意を寄せてくる人はいたが、全て当たり障りのない解答をしたり、ヘスティア(時々義母)が妨害してぶち壊しにしたりしたからだ。
それ故に、どう解答しようか迷ったベルであったが、その結論を出す前にシルはこう言葉を重ねる。
「この不愉快さはあなたが毎日この店に来てくれないと、抑えられそうにないです」
「いや、毎日というのは流石に。それにそういう場合って、出ていけって言うのが一般的じゃ・・・」
「私の心がそれで良いと言っているので問題はありません!」
「そんな無茶苦茶な・・・」
「じゃあ、お店に頻繁に来てくれるだけで良いです!それならどうです?」
「ま、まあ。それくらいなら」
シルの妥協とも言える提案に、ベルは思わずそんな答えを返してしまう。
実際にはそんな約束をする義理は特に無いのだが、極端なまでのお人好しのベルは彼女の勢いに押されてしまい、そんな言質を取られてしまっていた。
「そうですか!良かった。ミアお母さんも喜びます!あっ、そう言えば1つ気になったことがあるんですけど、ベルさんはどちらのファミリアに──」
「ご予約のお客様!ご来店ニャ!!」
シルがベルの所属ファミリアを聞こうとしたものの、その声は茶髪の
そして、その直後、とあるエンブレムを掲げた冒険者の集団が店の中へと入ってきた。
(ん?あれって・・・)
入ってきた集団の中に居る金色の髪をした美少女や
昨日、ダンジョンで遭遇したそれらの人物の姿を見たベルは、その集団の正体をすぐに察した。
「ロキ・ファミリア」
都市最大派閥の片割れであり、第一級冒険者だけでも自分と同格のレベル5を4人、そして、格上のレベル6を3人擁するファミリア。
個での強さでは同格のフレイヤ・ファミリアには及ばないとされているが、集団としての結束力では都市随一というのがエイナから聞いた前評判。
それが何処まで本当なのかはベルにも分からないが、それでも彼らが自分より年季の詰んだ冒険者であり、おそらく同じレベルの者でさえ、自分より強いかもしれないということはなんとなく分かる。
もっとも、勝負にならないほどの差ではないだろうし、
「ここはロキ・ファミリアの人達もよく来るんですか?」
「ええ。お得意様・・・とまでは言いませんが、宴会の際は皆さん、よくこの店に来ていらっしゃいますよ」
「へぇ〜」
そんな会話をしているうちに来店したロキ・ファミリアの面々は用意された席へと座っていく。
それを見ながら、ベルはシルに視線を戻す。
「あっ、そうだ。折角なので、1つだけシルさんにお聞きしたいことが」
「なんですか?」
「ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアって、本気で戦ったら、どっちが強いと思います?」
ピシッと空気が凍りついたかのような雰囲気が店内に充満する。
ベルとしては特に他意はない問い掛けで、ただ純粋に気になっただけだった。
──しかし、聞いた相手が少しばかり悪かった。
「ええっと・・・」
シルは困った顔をする。
普段なら、このような問い掛けをされれば、ニッコリと笑いながらはっきりと『フレイヤ・ファミリアです!』と言ってのけただろう。
なにしろ、彼女こそフレイヤ・ファミリアの主神──フレイヤの仮の姿。
自身の眷属を貶すようなことを言う筈も無いのだから。
だが、今はタイミングが悪い。
「さ、流石にロキ・ファミリアの皆さんが居る場でそのような話は揉め事の原因となるかと」
そう、この店内にはその比較の片割れであるロキ・ファミリアが居るのだ。
しかも、よく見れば主神であるロキはこちらの方に視線を向けており、ここで自慢げにフレイヤ・ファミリアを誇るような事を言ってしまえば確実に面倒なことになるし、それで騒ぎになればミアのキツいお仕置きが待っているだろう。
故に、シルは適当に誤魔化すという選択を選んだ。
そして、幸いなことに、ベルもまたそのシルの言葉に理解の色を示す。
「あっ、そうですね。すいません。少し無神経でした」
そう言いながらも、ベルはシルがフレイヤ・ファミリアの方が強いと思っていることを察していた。
もしロキ・ファミリアだと思っているのならばそのまま言えば良いだろうし、分からなければ『さあ?』と惚けるだけで済む話だからだ。
とはいえ、シルの言うようにロキ・ファミリアが居る場でそれを指摘するような無神経な事をするつもりはベルにはなかった。
(嫌な思いをさせちゃったな)
自分の迂闊な問いにベルが反省していた時、そんな彼に肩を組んだ人物、もとい神物が居た。
「なんや。面白そうな話をしとるやないか。うちも混ぜてぇな」
独特の口調──極東の言葉で関西弁──を口にする赤髪の女神。
彼女こそ、都市最大派閥の片割れ──ロキ・ファミリアの主神──ロキだった。
「な、なんでしょうか?」
不味い、聞かれていたか。
そう思い、焦りながらも必死に動揺を隠そうとするベルだったが、元々、隠し事が得意ではない彼に謀略の神として広く知られるロキを誤魔化すことなど不可能だった。
「いやいや。うちんとこのファミリアとフレイヤのとこのファミリア。どっちの方が強いかとかそこの娘に聞いてたやん」
「そ、それがなにか?」
「ああ、ああ。そんな怖がらなくてええわ。それが気になってるのは少年だけや無いやろうしな。それで、1つ聞くで、少年。お前はうちのファミリアとフレイヤのとこのファミリア。どっちが強いと思ってるんや?」
「ええっと。それは・・・」
ベルは困ってしまった。
個人的に言わせてもらえば、ベルはフレイヤ・ファミリアの方が強いと思っている。
なにしろ、あそこには出会った時の義母と1年半前に亡くなった叔父と同じレベル7の冒険者──オッタルが居るのだ。
更にその他の幹部達は内実こそ知らないが、レベルと数ではロキ・ファミリアの幹部陣と並んでいる。
ならば、オッタルが居る分、フレイヤ・ファミリアの方が優位だろうと思うのは、至極当然の話だった。
が、それを比べる対象であるロキ・ファミリアの主神の前で言う度胸はベルにはない。
さて、どうしようか。
この状況を切り抜けるために必死に頭を捻っていたベルであったが、そんなベルを楽しげに見ていたロキの頭上に鉄拳を下す人物が居た。
「──やめろ。ロキ。少年が困っているだろうが」
「ぐおおぉお!ず、頭蓋骨が割れるかと思ったわ!!流石にやりすぎやぞ!!」
「他人に迷惑をかけるからだ。すまなかったな、少年。“これ”はすぐに連れて行く」
「あっ、は、はい。分かりました」
「うむ。では、行くぞ。ロキ」
「ああん!もうちょっと良いやろ、リヴェリアママ」
「良いわけないだろ。あとママと呼ぶな」
そんな遣り取りをしながら、緑色の髪をしたハイエルフの女性はロキを引き連れて自分達の席へと戻っていく。
──そして、店内には元通りの喧騒が徐々に戻っていった。
「面白い人達でしょう?ベルさん」
「・・・ええ、そうですね。ちょっと肝が冷えましたけど」
たったあれだけのやり取りで第一級冒険者に至った自分の肝を冷やす。
これがロキ・ファミリア。
その強大さを噛み締めたベルは、改めてまだまだ自身が未熟であることを感じ取っていた。