作:幸運の白兎
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◇オラリオ 第7区画 廃教会 地下室
オラリオ北西部に位置する第7区画の廃教会。
そこは元々ヘファイストス・ファミリアが所有していた土地であったが、宿無しで放り出されるヘスティアを憐れんだヘファイストスによって彼女に譲られることとなり、ヘスティアがオラリオの外でファミリアを結成してからは殆ど放置されているも同然の状態となっていた。
しかし、2週間前にヘスティア・ファミリアがオラリオに活動の拠点を移したことによって、廃教会はヘスティア・ファミリアのホームとして機能することとなり、主神であるヘスティアと唯一の眷属のベルはその地下室で暮らしている。
そして、日が沈んで数時間程が経った頃、ソファーで本を読んでいた黒髪のツインテールをした少女・・・のような容姿をした女神──ヘスティアは、唯一の眷属である少年──ベル・クラネルが帰ってきたのを見て、喜びの声を上げながら出迎えた。
「おかえり。ベル君」
「ただいま帰りました。神様」
抱き着いてきた主神を受け止めながら、ベルは笑顔でそう言葉を返す。
廃教会を拠点にして2週間。
このやり取りは、彼らにとって日常の一環となっていた。
当初は戸惑っていたベルであったが、何度も繰り返すうちに慣れてきたのか、今ではこのやり取りをそれなりに気に入っており、流石に自分からやることはないものの、ヘスティアのこの行動を積極的に受け入れるようになっていたのだ。
「今日は遅かったね。何かあったのかい?」
「ええ。ちょっとトラブルが起きて。まあ、大したことではなかったんですけど」
「ふうん。まあいいや。それよりご飯にしよう!ボク、もうお腹ペコペコだよ!」
「あっ、はい!今、準備しますね」
そう言って食事の準備をし始めるベル。
基本的にファミリアでの食事を担当するのはベルであり、地下だということで火こそ使えなかったものの、手際良くテキパキと料理を作り上げていく。
そんなベルの様子を見ながら、ヘスティアは幸せな気分を感じていた。
(ふふっ。二人っきりで旅するのも良かったけど、やっぱりこうして1つの場所に定住するのが一番だよ!)
元々、ヘスティアはアウトドア型の神ではなく、インドア型の神だ。
それ故に、ファミリアを発足させてからの1年間のダンジョン外での活動は新しい発見が多くあり、退屈嫌いな神としては面白いと感じてはいたが、やはりこうして1つの場所で日常を過ごすのが一番だとヘスティアは感じていた。
──もっとも、ベルの実家も日常という意味では同じであったが、騒がしいのが嫌いな
(ヘルメスの紹介ってことで、最初は胡散臭く思ったけど、あの時、誘いに乗ってよかったよ)
思い出すのは1年と3ヶ月前。
ヘファイストスのところから追い出され、眷属を探していたヘスティアは、ある日、オラリオの外に居るとある少年を眷属に迎え入れてくれないかとヘルメスから誘われた。
最初はあまり乗り気ではなかったが、これ以上、オラリオで眷属を募集しても、乗ってくれる子供はなかなか現れないだろうと悟ったヘスティアはダメ元でその少年と会ってみることを決めたのだ。
──そして、それは大正解だった。
一目で気に入ったヘスティアはすぐに彼を眷属とし、彼女と同じくヘルメスの紹介という事で警戒していたらしいアルフィアも取り敢えずまともそうな神ということで主神にするのを許可。
これがヘスティア・ファミリア発足の経緯だったが、その後に起こった事態の数々は彼女にとっても驚嘆の連続で、ベルにとっても心が折れそうになることは多々あった。
しかし、そんな時に限って彼は言うのだ。
最後の英雄になるという誓いを果たしたい、と。
(最後の英雄、か。普通にそれを望むんだったら応援してあげたかったんだけどね)
最後の英雄。
それが下界の悲願であり、三大
だが、彼女としてはベルがそんな英雄になる事を素直に歓迎出来なかった。
それは危険だからという理由ではない。
いや、厳密に言えばそれもあるが、それだけの理由であったならばヘスティアも最終的に折れて応援していただろう。
しかし、ベルは自身の願いではなく、他人とした誓いだからという理由でそれを目指している。
つまり、身も蓋もない言い方をしてしまえば、誓いがそのまま呪いになってしまっているのだ。
だからこそ、ヘスティアはベルの夢を素直に歓迎する事ができない。
彼女としては神と違い、命の期間が有限である彼には、自由に夢を持ってそれを目指して欲しいと思っているから。
(しかし、例え呪いであったとしても、ベル君がそれを望んでいることは確かだ。・・・ボクは本当にどうすれば良いんだろうな)
主神として
その想いに嘘はない。
でなければ、わざわざヘファイストスに頭を下げ、5億もの借金を背負ってまで彼に自身の
しかし、その為に強くなる意思の根源が呪いに等しい以上、本音を言えばあまり歓迎はしたくない。
ヘスティアが陥っていたのは、正にそんなジレンマだった。
◇ギルド本部
「うーん」
ベルが帰った後のギルド本部。
その一室では机の上に置かれた一括りの資料を前に難しい顔をするハーフエルフ──エイナ・チュールの姿があった。
(これ、本当に提出していいのかなぁ)
エイナはそう言いながら、『オラリオ外におけるベル・クラネル活動記録書』と書かれた資料を手に取る。
そこにはベルが恩恵を得てから第一級冒険者に至るまでの事が詳細に書かれていたのだが、丁寧に書かれている文章とは裏腹に、その内容はあまりにも常識を逸していた。
(ランクアップまでの期間が短すぎる上に、積み上げた偉業や修行内容が可笑しすぎるよ!なんなのこれ!)
そう、ベル本人から聞いた成長と経験の記録はあまりにも異常過ぎた。
なにしろ、最初のランクアップの所要期間はたった
そして、レベル4から5が5ヶ月と、どの段階のレベルアップの所要期間を見ても半年も満たしておらず、合計14ヶ月というとんでもない速さで第一級冒険者に至ってしまっているのだ。
加えて、ランクアップの速さも速さなら積み上げた偉業もとんでもないもので、あの黒竜が封印されているという竜の谷の竜種を単独で倒したり、極東の古代モンスターを倒すというとんでもないものすら含まれていた。
まあ、修行内容の項目には『木に縛り付けられてモンスターに凌辱される』、『水辺の岩に体を括り付けて死の恐怖を味わわせる』というもっと訳の分からない事が書かれていたので、皮肉にもそのお陰でベルの“冒険”に対する衝撃は和らいでいたりする。
・・・いずれにしろ、なんの慰めにもならないという事実には変わりなかったが。
「これじゃあ、オラリオの冒険者達に死ねと言っているようなものだよぉ。いつの間にオラリオの外は修羅の世界みたいになっちゃったの?」
現実逃避がしたくなったエイナは思わずそんな疑問を口にするが、ベルがレベル5であるということは確かな以上、これらの記録は本当である可能性が高いということも彼女は理解していた。
──そして、だからこそ、こんな報告書が上層部に本気にされる筈がないということも十分すぎるほど容易に想像できてしまう。
故に、不正だと承知の上でこの報告書は提出せずに、ベルを説得してもう少し現実的なカバーストーリーを作ってもらう事を考え・・・すぐに色々な問題点に気づいてしまった。
(偉業はどうするの!?それにランクアップの期間を誤魔化すためには、神ヘスティアの降臨時期的に別のファミリアから
当たり前だが、ランクアップには偉業が必要だ。
そして、ここに書かれてある偉業を否定する以上、別の偉業を書く必要がある。
だが、第一級冒険者に至るまで、ましてやダンジョンではなく、オラリオの外での偉業など咄嗟には思いつかないし、思いついたとしても、この報告書よりちょっとマシな程度のものでしかないだろう。
最悪、偉業はそのままでランクアップ期間だけ誤魔化すという手もあるが、それはそれで“別のファミリアから
何しろ、ヘスティアが降臨したのはたった1年半前なのだから。
(・・・やっぱり、どうやっても無理が出てくる。このまま提出するしかないのかな?)
そもそもどうしてこんな事を自分が悩まなくてはならないのだろうか?
自分は上層部の『ベル・クラネルがオラリオの外でどのように第一級冒険者に至ったのか聞き出し、報告書にして提出しろ!』という命令を忠実に守っているだけだ。
例えその報告書の内容が荒唐無稽だったとしても、それが真実であるならば文句を言われる筋合いはない。
改めて自分の苦悩の原因が全て上層部によるものだと気付かされ、エイナは上層部の者達に対し、沸々とした怒りを感じ始める。
(うん。正直が一番。組織である以上、報告は正確にしないとね)
このところ、色々と疲れていたエイナはそう結論付け、上層部に問題を丸投げすることに決めた。
───かくして、このとんでもない報告書はギルド長であるロイマンの元に届けられることとなるのだが、『ふざけるな!』と叩き返され、それにキレたハーフエルフによるボイコットが起きてギルドの事務作業に多大な支障が出るのはまた別の話。