作:幸運の白兎
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(もう!最悪!!)
アストレア・ファミリア所属の少女──セシル・ブラックリーザは負傷した左腕を庇いながら、ジワリジワリと自身に近づいてくるミノタウロスの群れを睨み付ける。
自分が今居る中層は
そもそも彼女は鍛冶師であって専門の戦闘職ではなく、流石に魔導士よりは上であるものの、それでも技と駆け引きはレベル3の中では低い方で、ミノタウロス相手にも数体程度ならばステイタスのゴリ押しでなんとか勝てるという少々情けなく思える程度の実力しか持っていない。
しかも、この時セシルは新米のレベル1の団員2人という足手纏いを抱えており、それによって行動を大幅に制限されていた。
その結果、負傷した上にこうして行き止まりの場所まで追い詰められてしまっているというのが今の現状だったのだ。
余裕だった筈の探索が一転して命が奪われる一歩手前となっている現状に、セシルは自身の不幸を呪わずにはいられなかった。
「・・・アリッサとメアリー。上手く逃げられたかな?」
こんな状況で思うのは、自分が必死になって逃がした2人が無事に上層、あるいはリヴィラまで逃げられたかというもの。
・・・正直、可能性はあまり高くない。
なにしろ、2人はレベル1な上に新米なために戦闘経験もそれほどなく、更にはここは適性レベルが2とされている中層。
更に自分が今居るのは16階層であるために上層までは4階層も上がらなければならないし、上層でも下の方ならばアビリティが高くない彼女達にとっては危険な領域だ。
下に行けば18階層のリヴィラまでは2階層なので多少は安全だが、それでもその間にある17階層をレベル1の状態で越さなければならないので、戦闘に慣れたレベル1ですら少なからぬ命の危険が伴う。
それを新米の彼女達が抜けられるとは到底思えなかった。
もっとも、どちらを行ったにしろ、今のセシルには彼女達の無事を祈ることしか出来なかった。
なにしろ、自身もミノタウロス相手に絶体絶命の窮地に陥っているのだから。
「なんとか、なんとかならないの・・・」
そう言葉にしながら、必死に打開策を練ろうとするが、全身をほぼ負傷した上に武器を喪失、更にはポーションなどもあらかじめアリッサ達に預けていた為に彼女の手元にはなく、とどめに背後が行き止まりで正面はミノタウロス達に塞がれているという状況では流石にどうにもならなかった。
せめて魔法が使えれば話は別であったかもしれないが、あいにくセシルは魔法を覚えていない。
加えて、セシルが思考を巡らす間にも、ミノタウロス達はどんどんと近づいていき、遂には彼女の目の前にまで到達する。
詰み。
今現在の彼女の状況を一言で表すのならば、正にそれだった。
(・・・ごめんなさい。お父さん)
自身の最期を悟ったセシルは、気づけば心の中で喧嘩別れをしてしまった父親に謝罪していた。
5年前、偶々ゾーリンゲンに訪れ、
そこで先輩であったアリーゼ達に実力の差を思い知らされて心が折れそうになったこともあったが、それでもこの5年間で2度の器の昇華を果たし、
そして、最近ではアリッサやメアリーといった新米の団員が入団してきたことで自分が先輩という立場となったことで責任感と同時に充実感も出ていたのだ。
それがこんな形で終わってしまうことになり、セシルは故郷の家族達に申し訳ない思いで一杯だった。
(せめて仲直りだけはしたかったな)
そう思いながら、セシルはソっと目を閉じながら最期の瞬間を待つ。
そして、そんなセシルに対し、彼女の目の前に来たミノタウロスは石斧を振り上げ──
ザシュッ
──次の瞬間にはその首を斬り落とされた。
「えっ?」
突然、自分の顔面に降り掛かった血の雨に気づいたセシルが驚きながら目を開くと、そこには1つの白い影のようなものが自分を囲むミノタウロス達を次々と倒していく光景があった。
何が起きているのかと混乱したセシルであったが、ミノタウロス達もまた彼女同様に状況を把握できずに混乱しており、辺りに石斧や拳を振り回している。
しかし、それが白い影に当たることはなく、逆に他のミノタウロスに当たってしまい、同士討ちを誘発していた。
そうこうしている間にもミノタウロス達はドンドンと数を減らしていき、やがて残り1体となり、今まで動き回っていた白い影は丁度自分とその残ったミノタウロスの間に立つ。
そして、そうなるとセシルの瞳にも白い影の正体が映し出されるようになった。
「男の、子?」
そう、それは白髪の珍しい髪色をした1人の少年。
セシルからでは後ろ姿しか見えず、顔立ちは分からなかったが、それでも体付きから男性であることや自身よりも年下であろうことなどは推測でき、そういう意味でも彼女は驚愕に目を見開かざるを得なかった。
そして、最後のミノタウロスも今まで同胞をやったのがこの少年だと本能的に理解したのか、狂乱した様子で少年に向かって石斧を振り上げる。
だが──
「あっ・・・」
それとほぼ同時に少年は刀を構え、圧倒的な速さで一気に距離を詰める。
一閃。
その言葉が似合うほどの速さで振るわれた少年の刃はミノタウロスの反応すら許さぬまま、その胴体を真っ二つに切り裂いた。
そうして呆気なくも最後のミノタウロスが倒れた後、少年がセシルの方を向いたことで、彼女はようやく少年の顔を目にする。
「あの・・・大丈夫ですか?」
安心させるような柔らかな笑みを浮かべながら、セシルにそう話し掛ける中性的な顔立ちをした白髪赤目の少年。
彼の名はベル・クラネル。
ヘスティア・ファミリア唯一の団員にして、オラリオに40人と居ない第一級冒険者の1人だった。
◇ギルド本部
オラリオ北西部のメインストリート、通称『冒険者通り』に存在するギルド本部。
その受付窓口では冒険者サポートを行うサービスが行われており、それを行う受付嬢達は嘘か真か冒険者にやる気を出させるために、美人ばかりで構成されている。
そして、ベル、ひいてはヘスティア・ファミリアの担当であるハーフエルフの美女──エイナ・チュールもまたそんな受付嬢の1人だった。
「──そっか。中層でそんな事が。それでその冒険者達はどうしたの?」
「はい。取り敢えず後から来たロキ・ファミリアの人達に預けました」
「なら、大丈夫そうだね。それにしても、そのミノタウロスに囲まれていた冒険者もそうだけど、君が助けた女の子も凄い幸運だったね。レベル1だったんでしょ?」
「ええ。装備と動きから推測した限りではそうでしたね。ミノタウロスに囲まれていた人の方はレベル2か3くらいでしたけど」
ベルはそう言いながら、あれは本当に相当な幸運だったと感じていた。
あの時、ベルは中層のモンスターを狩りつつ、マッピングを進めていたのだが、15階層のマッピングが終わって一先ず帰ろうとした矢先に1人の少女──確かアリッサといっただろうか──が慌てた様子でやって来て、すぐ下の階層で彼女の仲間が窮地に立たされていると知ったのだ。
そして、その後、急いで救援に駆け付けてセシルという少女は助かった訳なのだが、もし自分があと少し早く帰っていたり、そもそも15階層に居なかったりすれば、セシルはおろか、アリッサも助からなかっただろう。
「まあ、誰も死ななくて良かったですよ。これで誰かが死んでいたら、きっと後味が悪くなっていたと思いますから」
「そうだよね。でも、アストレア・ファミリアかぁ」
「何かあるんですか?」
「ああ、いや、悪いことではないんだけど、あの派閥は元々都市の治安を維持する活動を行っていた派閥でね。7年前に壊滅状態になっちゃってからその活動から手を引いていたんだけど、つい最近、活動を再開したばかりだったの。だから、ここで死人が出ていたら、どうなっていただろうなって」
「ああ、なるほど。確かに幸先が悪すぎますね」
エイナの言葉を聞いたベルは改めてあの少女達を助けて良かったと感じた。
詳しい事情は知らないが、一度壊滅したにも関わらず、治安を維持する活動を再開したということは、よっぽど正義感と意志の強い善良な派閥なのだろう。
そんな派閥が活動を再開させた矢先に死亡者を発生させたとなれば、今度こそ心が折れても可笑しくはなかった。
「でしょう?それにアストレア・ファミリアは7年前の大抗争で伝説的な働きをした事から、今でも街の人達からの人気があるの。だから、もし今回の事で死人が出ていたら周囲への影響も大きかっただろうなぁ」
「そうですね。・・・それにしても7年前、か」
エイナの言葉にベルは相槌を打ちつつ、脳裏に引っかかった7年前という年月の数字に思いを馳せる。
(そう言えば、あの誓いをしたのも丁度そのくらいの時期だったな)
思い出すのは、あの金色の小麦畑での義母への誓いの言葉。
それは現在のベルの根幹を成すものであり、7年前のあの日から今の今まで決して違えることは無かったもの。
それが有ったからこそ、自分は第一級冒険者に至るまで強くなれたのだと思っているし、おそらくこれからもそうだろう。
少なくとも義母が生きている限り、自分はその夢を諦めるつもりは毛頭ない。
──そして、その誓いをした元々の原因となったのは、あの黒い神様の来訪だった。
(お義母さんを“悪”へと誘おうとしたあの神様。今頃、何をしているんだろう?)
あれから一度も会っていないあの黒い神様。
今更会いたいとも思わないが、その動向は多少なりとも気になっていた。
(もしかして大抗争というのもあの黒い神様が・・・いや、考えすぎか)
どうもマイナスのイメージが大きいためか、あの神様に対して必要以上に悪いように考える癖があるようだ。
ベルはそんな自分に苦笑しながら、自らの考えを引っ込める。
──それが実は正解であったと知ったのは、それから暫く後の事だった。