【阪神大震災30年】わざわざ30年式典に天皇皇后両陛下がいらっしゃったのに、雅子さま(私と同じ歳)の後に「兵庫の疫病神」が背後霊のように…県民として恥ずかしい😓
本日、2025年1月17日、あの忌まわしい「阪神淡路大震災」から、30年目の節目である。
本来なら、天皇・皇后両陛下のご案内するのは、「かなざわ和夫」さんか「いなむら和美」さんだったはずだった。
なのに、「公選法違反」「公益法違反」「殺人容疑」「パワハラ常習犯」「詐欺罪」「脅迫罪」など、犯罪のデパートのような「維新知事」の「斎藤元彦」がアテンドを行っている。
犯罪者が天皇皇后のお相手をする。嗚呼、県民として恥ずかしい・・・。
斎藤元彦は、一回も、大地震や大災害の「被災者」になったことがない。
30年前、我々が、どれだけ苦労したのか、また、東日本大震災、能登半島大地震の被災者の皆さんが、いかに苦しみ、なかには自ら命を断つ方もいた。
それぐらい、「被災者になる」というのは「生き地獄」に堕ちることなのだ。
そんな苦労や地獄を、まったく経験したことがないのですよ、斎藤元彦は!
そんな地獄を共有出来ないやつに、知事としてふるまってほしくない。
すぐに自◉して、知事を辞めていただきたい。
1995年1月17日の午後になると、あちこちから、煙があがりはじめ、それが真っ赤な炎になった。
私の高校時代の友人の「青木明」の家に行くと、家がゴウゴウと燃えていた。その燃える家の前に、青木のオヤジがヤクザみたいなオッサンとふたりで炎を睨みつけていた。
「お父さん、2号線より北側に避難しろと、ラジオで言ってますよ」
「じゃかましい!わしの家は燃えてんねんぞ!どこへ逃げても、もう帰る場所はないんやぞ!」
「そうじゃ!そうじゃ!他人は口出しすんな!」
「・・・すみません・・・」
私はなぜか謝って、両親と一緒に北へ北へと歩き始めた。
そのころ、同じく高校の同級生で、神戸市消防局に就職した消防士の「豊田知洋」は、消防服姿で、水の出ないホースをもって、倒壊した木造一軒家の下敷きになったオッサンとケンカしていた。
「クソ!なんで水が出えへんねん!」
「コラッ!はよ、火消さんかい!その家の2件となり見てみぃ!ガソリンスタンドやぞ!そこまで火が来たら大爆発やぞ!」
「おっちゃん、ちょっと静かにしとってくれんか。僕もなんでホースから水が出えへんのか、わからんのや!」
「おまえ、税金で飯食うとるんやろ!なんとかせえ!」
火事が多すぎて、消防用の水は枯渇し、ホースの先を1キロ先の海につっこみ、海水を利用しようとしていることなど、豊田と家の下敷きになったオッサンはまったく知らない。
とにかく、大災害が起こると、情報が完全に滞ってしまう。
「出た!」
豊田の持っているホースの先から、海水が勢いよく放水された。
「おっちゃん、まっとれよ!」
「はよ、してや!それにしても、自衛隊はどないした。ワシはいつまで家の下敷きになっとかなアカンのや…」
◉30年経ってもまるで変わらない「避難所」の酷さ
神戸市長の久本さんが、斎藤元彦(きちがい・無能)の代役をすべきだったらよかったのに・・・と悔やまれる。。。
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自民党の石破茂は、総裁選で「『防災庁』をつくるといっていたが、いまだにそんな動きは見せていない。しっかり仕事をしろ!嘘つきめが!
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南海トラフ巨大地震で、大阪府民は全員、死亡。維新だからね。
兵庫県も、斎藤元彦だと、1万人〜3万人は死ぬだろう。維新だからな。
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