図2は、所有者別の上場株数分布状況であるが、1945年度末に政府及び公共団体は株式全体の8%程度を保有していたのが確認できる。この政府保有株式は、財閥等から譲り受けた株式や財産税の物納により徴収した株式により、1947年6月には、SCLCにより処分されるべき株式として143.7億円にまで膨らんだ。実に全国株式総額450億円の32%に達したのである(株式払込額ベース)。

大蔵省財政史室(1979)『昭和財政史 ―終戦から講和まで―』第14巻、379~380頁参照

【図2】所有者別の上場株数分布状況

 図2では、1945年度と1949年度の間が空白期になっているが、政府及び公共団体の比率が1945年度の8%から1947年度には3分の1以上にまで膨らんだ後に、1949年度には証券民主化により2%超程度まで大幅に圧縮されたと推察できよう。その大部分が、1949年度にかけて「個人・その他」に吸収されたわけである。

繰り返された「短期的な資金移動の反動で株価下落」

 個人にしてみれば証券民主化により大量に株式を購入した後に、大幅な株価下落を経験したわけである。借り入れにより膨らんだ株式の損失は、耐えられないほどに拡大する。

 株価が上昇する際には、借金で積み上げた株式のおかげで、少ない元手で、より大きな成果が期待できるが、下落する際には、より大きな損失に頭を抱えざるを得なくなる。

 そのため、下落の逆回転が始まると、悲鳴と共に売り急ぎが始まった。1950年度には、「個人・その他」の保有比率は61%まで低下し、1953年度には1945年度とほぼ同じである54%まで戻っている。

 短期間に大量の資金を動員し、集中させた反動により株価が大幅に下落する過程で、少なからぬ大衆投資家が株式を手放して市場を去ることになったわけである。このような現象は、金融史の局面局面で繰り返し発生してきている点は心得ておきたい。