嫌な過去も恥ずかしい過去も飲み込んで生きていく
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昨日の。
国会議員の浜田議員だ。
色々思い出した事を書こうと思ったけど長くなりそうだったので、明日やろう。を今書きます。
浜田議員はNHK党という良くも悪くも話題になりまくっている政党の国会議員だ。
議員になった直後くらい、コイツらは社会悪だ成敗せねばらならんみたいな感じでめちゃくちゃ攻撃していた。
当時のNHK党(旧NHKから国民を守る党)はむちゃくちゃで、アンチの住所晒したりお爺さんを私人逮捕したりで誰も歯向かわない無敵状態だった。
あー?俺らにも同じ事してみろやー?
みたいな感じをやっていた。
正直、よくまだ仲良くしてくれるなという感じがある笑
1人ずつ生配信回しながら議員やってる党員に電話して論破して回ったり、党首の立花孝志講演会?みたいなん凸して嫌な質問を繰り返すなどしていた。
100人弱いたが、アンチ歓迎って言ってたのにアンチは僕だけで
「帰れー!」
と聴衆に怒鳴られ
「お前が帰れカス!アンチ歓迎なんだろ!?」
などと1人で言い返していた。
その後は党首の立花孝志さんとは二回くらい参議院会館でライブ配信で対談したりもした。
選挙演説中に凸したりもしていた。
これらの動画はYouTubeとか探したらまだ残ってると思う。
とにかく攻撃性高めだった。
何故あそこまでやっていたのかはわからない。
恥ずかしい過去だ。
20代の若者だったので許してほしい。
色んな流れがあるが僕たちがやらないといけない。みたいに本気で思っていたのだ。
本題ですが、生きてたら恥ずかしい過去とか嫌な思い出とかあると思うんですけど、
それを消そうとしたりなかった事にしても意味がない。というか無理やし。
誰かの記憶には残っているし、自分の記憶から消しても整合性が取れない人間になってしまう気がする。
恥ずかしい過去は恥ずかしいまま飲み込んで生きていくしかないのだと思う。
生きてるだけで傷つく日もあるし恥ずかしい思いも嫌な思いもする。
いちいちそれを消去しようとしてたらキリがない。
むしろ、恥ずかしい過去は「自分は完璧ではない」という事を自覚させてくれるし、
それが謙虚さを生む気がする。
いい事いい思い出、いい結果ばかりで脳内を埋め尽くしていたら傲慢な人間になってしまう気がする。
色んな後悔や反省があるから人間っぽくいられるんじゃないかな。
「みんな違ってみんなカス」
嫌な思い出がない人など存在しない。
過去の"事実"は変えられないけど、向き合ってその事実の捉え方は変えられる。
そういう意味では「過去は変えられる」と言える。
あの経験が自分を強くした(恥ずかしいけど)
あの過去が自分を成長させた(恥ずかしいけど)
そんな感じでたまに思い出し赤面しながら人は生きていくのである。
成長してるか退化してるかはわからないけど僕自身変化し続けていて、大体1年くらい経つと「あの頃の俺の発言(行動)キモ〜恥ずかしい〜🫣」のなっている。毎年。
ただ、それでいい気がする。
それでいいのだ。
これでいいのだ。
そんな事を、
スタバでJKが語っていたのでいい事言ったつもりか!今の話がお前の恥ずかしい過去になれ!と言って泣かせてしまいましたぁ‼️‼️‼️
僕の言葉じゃないからね。
JKの言葉だからね。
