松井健人

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松井健人
@KenMatsu5
ドイツ図書館史(『教養・読書・図書館』)、大正教養主義(2025近刊)、戦後教養論、研究不正論を研究しています。本棚を解体していきたい。

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購入・拝読いたしました、ジャン・カルヴァン(深井智朗訳)『キリスト教綱要 初版』講談社学術文庫、2024年2月14日発売につきまして、公開抗議文「深井智朗氏の隠蔽姿勢と、互盛央編集長の公開質問状への不誠実な回答を批判する」を記し、これを公開いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
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講談社学術文庫&選書メチエ
@kodansha_g
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ご回答申し上げます。
非常に問題の多い話だと思いましたので、なぜカール・レーフラー捏造を行った人物を学術書訳者として選定したのか、講談社学術文庫に公開質問状(カルヴァン『キリスト教綱要 初版』の訳者選定につきまして)を本日お送りいたしました。こちらでもご報告申し上げます。何卒宜しくお願い申し上げます。
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講談社学術文庫&選書メチエ
@kodansha_g
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選書メチエと学術文庫の今月新刊、見本が届きました!
『東京大学大学院教育学研究科紀要』に「偽史言説としての『西田幾多郎全集』(1947年)購入徹夜行列 教養文化史再検討のために」を執筆いたしました。「文字への飢え」とか「教養」とかで解釈するのではなく、転売ヤーとして解釈しましょうという話をしています。しらばく後にウェブ公開されます。
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晃洋書房より『教養・読書・図書館 ヴァイマル・ナチス期ドイツの教養理念と民衆図書館』が8月10日に発売予定となります。今後継続的に告知する形になりますが、よろしくお願いいたします。
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帯文(松井考案)「図書館増設。楽しい読書。ナチスが始まる。」ですが、より詳細にいうと「ナチスの時代になって、楽しい読書(朗読会・読み聞かせ)を行う図書館が全国各地に増設された」になります。これが、ナチスが行った「いいこと」なのか何なのかは、書籍本文ということでよろしくお願いします。
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ご回答頂き、お礼申し上げます。14日に拝読させて頂くこと、楽しみにしております。
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講談社学術文庫&選書メチエ
@kodansha_g
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ご回答申し上げます。
「偽史言説としての『西田幾多郎全集』(1947年)購入徹夜行列――教養文化史再検討のために」『東京大学大学院教育学研究科紀要』が電子公開されました。まず、全集購入行列を当時の朝日新聞が天声人語で猛批判しているところからちゃんと見てみましょう、という感じのお話。repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2007380
『ソシオロゴス』第44号の「「大正教養主義の起源」東京帝国大学教師ラファエル・フォン・ケーベルと学生たち」がPDF公開されました。ようは「教養の人」ケーベルの話が実は学生に伝わっていないという磁場を解明したものになります。ご関心がある方はご笑覧ください。l.u-tokyo.ac.jp/~slogos/archiv
教育思想史学会でコロキウム「教育思想史研究における研究不正・研究倫理を考える ──不正黙認の共同体としての「学界」?」を行います。2019年のカール・レーフラーの捏造追及に携った小柳先生もお呼びして、思想史研究における研究不正・倫理について考えればと思います。
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「本稿の結論は、当時の状況の多角的な検討をないがしろにしてまでも、「飢えの時代にあっても、高尚な哲学書を教養のために人々は追い求めたのだ/そんな時代があったのだ」と思い込みたい教養(教養主義)の呪縛の強さを、明るみにするものでもあったのではないだろうか」
論文「偽史言説としての『西田幾多郎全集』(1947年)購入徹夜行列ーー教養文化史再検討のために」ただいま校正中ー。言いたいことはタイトルそのままです。
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本日発売の『ユリイカ』2021年9月号に「「知の巨人」の小ささ--立花隆における読書と教養」を寄稿しました。もはやタイトルから諸々察せられますが、立花の読書・教養論を検討し、そこから判明する「知の巨人」の「矮小さ」について考察しています。ご笑覧宜しくお願いいたします。
半ば成り行きですが、あまりやる人のいない、人文社会科学系の研究不正・研究倫理に関する研究は今後とも続けていこうと思います。
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一つ感想めいたことを言えば、これまで、なんで行列ができたのが既に大正期から売れていた『善の研究』(1911刊)なの?という問いが欠けていて、従来の解釈が現代の視点(=京都学派の名著)から見すぎていた気はします。→ 刷数を見るため古本で『善の研究』を数冊か買うことに
本日発売のちくま新書『思想史講義 大正篇』に「第4講 教養主義」を執筆いたしました。「「歴史」としての大正教養主義」から「政治的かつオカルト的な大正教養主義へ」までを記しています。従来の大正教養主義像の刷新・解体につながる内容になっているかと思います。宜しくお願いいたします。
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しばらく先ですが、「戦後朝日新聞(1945-1999年)における「教養」言説の展開」といった小論が出る予定ですので、よろしくお願いいたします。
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近刊で「戦中戦後の阿部次郎の活動について 大正教養主義の末路」が出る予定です。2025年内には大正教養主義本も刊行される予定ですのでよろしくお願いします。
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夏に出る予定の論文「戦後教育学における反人文・反大正教養主義としての「教養」の提唱ーー国民的教養論・共通教養論の整理と課題」では、堀尾輝久の反人文学としての教養論を扱います。ご笑覧よろしくお願いします。只今校正中。
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猫の泉氏のように考えるのが良識派だとは思いますが、レーフラー捏造・トレルチの家計簿捏造・調査に対し偽証拠提出・質問回答拒否を行ってきた人物が、原典に対してちゃんとした翻訳を行うのか、という当然抱く疑念があります。原文を訳している保証すら怪しい所が根本的な問題になってしまいます。
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猫の泉
@nekonoizumi
久しぶりにカール・レーフラー氏の名を見かけたけど、まあ、訳書には罪は無いもんな。今何をされているのかと思ったら、牧師と学校法人の理事長をつとめておられるらしい。 x.com/nekonoizumi/st…
重複しますが、東洋大学日本文学文化学会『日本文学文化』(23)に、コラム「文学研究としての教養主義?」を執筆いたしました。筒井清忠、竹内洋以前の教養主義研究はどうだったのか、そして筒井・竹内以後に何が論点として見えにくくなっているのか、について記しました。宜しくお願いいたします。
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来月発売の『メディウム』第4号に「教養主義が終わり、司馬遼太郎が始まる――同時代を読む前田愛と読書文化」を執筆いたしました。前田愛が教養主義の終わりをどう捉えていたのか、そしてそれは具体的にどのような同時代(70年代)の読書文化であったのか、について検討しています。
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学術雑誌『メディウム』
@Medium_Schrift
『メディウム』第4号(特集=前田愛)、先ほど校了しました!! 来月中旬頃に販売開始となります。お楽しみに!!!
近刊ですが、検証論文「日本のドイツ教育哲学・教育思想史研究の研究倫理と研究者業界――小笠原道雄氏のディルタイ、フレーベル、リット研究の事例が問うもの」がオープンアクセス可能な媒体で出る予定ですので、こちらで一連の話の学術的問題点の詳細はわかるかと思います。
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深井智朗氏が捏造・盗用という研究不正に関して何ら反省等行っていない点が、現在進行形で問題視されているところ(x.com/christweekly/s)、『キリスト教綱要 初版』講談社学術文庫の訳者として果たして適切なのかは…。さすがに事後チェックが相当重要になるでしょう。
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講談社学術文庫&選書メチエ
@kodansha_g
来年2月刊のラインナップ、こちらです。ご期待くださいまし。
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論文「戦後教育学における反人文・反大正教養主義としての「教養」の提唱――国民的教養論・共通教養論の整理と課題」を『研究室紀要』に執筆しました。堀尾輝久による大学の人文学教育批判・教養の人文学偏向批判を扱っています。ご笑覧よろしくお願いいたします。repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2007962
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教養といえば大学に行って人文系の本を読むことと、なぜかそう考える人もそれなりにいらっしゃります。しかしそうではなく、大学の人文教育が教養にとって有害ではないのか。そのような議論が展開されていたことを、戦後教育学や堀尾輝久の理論から見ていく、という話になります。
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何かしらを「創られた伝統」と言って批判した気になるのは、いい加減議論として古びていると思う。解明はできても批判まではたどりつかない。「創られた伝統でない伝統」って何ですか?という話。
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西田幾多郎全集購入徹夜行列について、考慮すべき4点。 ①朝日新聞でも行列が批判されていた。 ②『善の研究』の海賊版詐欺や高値転売が横行していた。 ③岩波書店が直接注文不可の現地店舗直販体制で販売していた。 ④西田幾多郎が、戦中は「大東亜戦争」の哲学のスターとして祭り上げられていた。