東スポ創刊3年目の昭和37年。4ページの構成は当初から変わらなかったが、スタート時の「夕刊東京スポーツ」から「東京スポーツ」に紙名変更。使われる活字の種類も増えて、広告数もアップ。プロ野球の記事には順位表が掲載されるなど、新聞としてあちこちに動きが出てきた。
一方、競馬ジャンルといえば、相変わらず記事の露出量は少なかったが、この年の日本ダービーは歴史的な一戦になった。レース史上最も多い頭数で戦った競馬で、その数は32。当時のダービーは多頭数が当たり前だったので、馬数の話題が取り上げられることなく紙面は作られていたが、3段(縦3行)にわたって並べられている確定メンバー=馬名の集合体は圧巻。これを眺めるだけでも価値がある気がする。
ちなみに東スポ本紙は皐月賞2着でそれまで9勝(!)を挙げていたカネツセーキを本命に推していた。当時のトップ見出しは「絶調カネツが主力」。なるほど60年前という、文語調でかつ、硬さが感じられる文字列だ。
このカネツセーキは好枠8番を引いたが、馬群にのみ込まれて28着に大敗。雨中の大激戦を制したのは△フエアーウインだった。こちらは3連勝で臨んだ前走・皐月賞は11着に敗れていたが、最内枠の利もあってきっちり巻き返した。ちなみにこの年のダービーは史上初めて2着同着となった(ヤマノオー&コレヒサ)一戦としても記録に残っている。