決着はついた。
世界の底の底。
剥き出しの白い世界にて、少年が佇む。
その正面には、横たわった童女が。
そして──
「……なんで?」
「…………、」
「どうしてアリスをころさなかったのッ、リクドウイブキ⁉︎」
──童女は、アリス・アウターランドは叫んだ。
即ち、アリス・アウターランドは生きていた。
俺にはその魂を破壊する事ができなかった。
「…………チッ」
苛立ちと共に唇を噛む。
切り離された右手を拾い、《名前のない怪物》としての肉体性能により縫合する。
最終周の世界で、俺の左手はアリス・アウターランドの顔面を殴り飛ばした。
だけど、俺にはできなかった。六道伊吹には、アリス・アウターランドを問答無用で殺す事ができなかった。
「どうして……なんて、訊きたいのは俺の方だ」
「…………」
「なんで、最後に諦めた。あの時ッ、テメェは避けられた! 俺に勝てた! なのにッ、なんで頬を差し出した⁉︎ どうして俺に勝利を譲ったッ⁉︎」
だって、おかしい。
アリス・アウターランドはそんなヤツじゃない。
世界を踏み潰す事を何とも思わないような真性の怪物。特に理由もなく世界を終わらせる最悪の転生者。
「テメェは違うだろ⁉︎ そんな善人みたいな真似をするヤツじゃねぇだろうが‼︎ 最低で、最悪でッ、この世の理不尽や不条理を詰め込んだみたいなッ、そんな対話不可能な終末がテメェだろうッ⁉︎ それなのにッ、どうして……ッ⁉︎」
どうして、俺は躊躇したのか。
アリス・アウターランドを殺せなかったのか。
「…………ふふ」
そして、アリス・アウターランドは笑った。
どうしようもなく、微笑むしかなかった。
「──アナタのせいよ、リクドウイブキ」
「…………………………は?」
アリス・アウターランドは喉を掻きむしる。
まるで、自分でも自分の言葉を押さえつけられないみたいに。
「アリスは、セカイなんてどうでもいい。セカイがおわろうが、そのイチブであるニンゲンがしのうが、どうでもいい。…………その、はずだったのに」
「……?」
「アナタのせいで……アナタがッ、アナタがいたからッ! アナタをリカイしてしまったから‼︎」
「…………ま、さか」
理解。
俺とアリス・アウターランドは無限に等しい時間を共に過ごした。
戦い、闘い、殺し合った、血みどろに塗れた生臭い関係だったのだとしても。
俺たちは宇宙が創世されてからよりも長く、会話し、対話し、言葉を交わし合った。
その経験から俺はアリス・アウターランドを理解した。
アリス・アウターランドの考えを、心を、性格を理解して、それを未来予測が可能なまでに研ぎ澄ませた。
──しかし、それは逆も言えるのではないか? 俺がアリス・アウターランドを理解したように、アリス・アウターランドもまた六道伊吹というちっぽけな人間の事を理解していたのだとしたら。
決して埋まるはずのない断絶が、埋まったのだとしたら。
「────まさか、後悔したのか……?」
そう、アリス・アウターランドは後悔した。
ちっぽけな人間を知って、世界なんていう脆い存在を理解して、そして。
自らの所業を、自らの悪行を、後悔した。無数の世界を滅ぼした自らを恥じたのだ。
「アリスは……なにを、やったの? だって、ニンゲンって……アナタでしょう? リクドウイブキみたいな、チセイをもったヒトが、そんなイキモノがむすうにいるセカイを、むすうにふみつぶした。……アナタを、ムゲンにころしつづけたみたいに」
「…………」
「くる、しい……くるしい、くるしい、くるしい。くるしいくるしいくるしいくるしい! だって、しらなかった! アリスは……ゼンチゼンノウなのに、しろうともしなかった……」
悪夢だった。
ちっぽけな人間をぷちぷち潰す夢。
何も楽しくなくて、何の意味もなくて、ただ自らの悪を突きつけられるだけの夢。
でも、それは気付いていないだけで初めてじゃない。
アリス・アウターランドは何度も何度も同じ事をやった。無数に存在する世界に転生して、無数に存在する世界を滅ぼした。
今回は、それが分かりやすく可視化されただけ。今まで生きるにあたって犠牲になったイキモノの数々を、分かりやすいように見せつけられただけ。
「でも、じゃあ、どうすればいいの……? アリスはうまれるだけでセカイをほろぼす。アリスはぜったいにセカイときょうぞんできない‼︎ アリスがしねばよかったの? アリスが……うまれなければよかったの……⁉︎」
だって、アリス・アウターランドはそうだから。
世界そのものを内包するかのような情報量を有し、産まれると同時に世界を滅ぼし、死ぬ事なく来世の世界に生まれ変わり、その世界も滅ぼして永遠に彷徨い続ける放浪世界。
他人と関わる事ができず、世界と共存する事ができず、ずっと揺籠から出ずに微睡み続ける悠久の童女。唯我独尊にして、唯一無二にして、天涯孤独の転生者。
そういう存在で、そういう結末だから。アリス・アウターランドはそういう理不尽にしか成れないから。だって彼女は、世界の一員になれない外世界から迷い込んだ童女だから。
世界には限界がある。
第二位の世界が寿命で死んだみたいに、第三位の世界が拡散した宇宙の熱量に耐えきれなかったみたいに、第五位の世界がこれ以上の歴史を重ねられず時間が止まったみたいに、この世界が番外位のループですら延命できず最終周に至ったように。
世界には限界がある。世界の容量は有限でしかない。だから、無限の力を持つアリス・アウターランドは存在しているだけで世界を滅ぼす。アリス・アウターランドが生きられる世界なんてどれだけ転生したって存在しない。
だから、アリス・アウターランドは敵だ。
どう足掻いても味方にはなれない。彼女が世界を滅ぼさないためには、そもそも産まれない以外には道がない。
「もう、やだ。もう、セカイをこわしたくない。もう、これいじょう、アリスのテでヒトゴロシなんていやだ。アリスなんて、うまれなきゃよかった。……だから、いいよ」
アリス・アウターランドは。
引き攣るような、今にも泣き出しそうな、そんな顔で歪に微笑んだ。
「────アナタのテで、アリスをころして」
目の前に、全ての元凶がいる。
幾度となく俺を殺した最悪の童女。
手の差し伸ばすだけで、彼女を殺す事ができる。
「…………、………………………………」
ああ、クソったれ。
巫山戯やがって‼︎
「……お前には、この世界は滅ぼさせない」
「ええ」
「世界なんてどうでもいい。けど、お前にこれ以上、手を汚させはしない」
「……ありがとう」
「だから、お前はもうこの世界の事で苦しまなくていい。この世界の事は、この世界で始末をつけてやる。この世界を終わらせるのはお前じゃない」
「…………………………………………は?」
だから。
だから。
だから。
「世界を終わらせるのは──────俺だ」
ギチイッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
右手を強く握って叫ぶ。
たとえ世界の全てを敵に回しても、この世界を滅ぼしてやると決めた。
「…………なん、て?」
「こんなクソったれの世界なんて俺がブッ壊してやる! ひとりの女の子を殺さないと存続しないような世界? 女の子一人が生きてるだけで破綻する世界? 終わっちまえよッ、そんな世界! 存続する価値なんざねぇよ‼︎ グダグダ言って延命する前に俺の手で終わらしてやる‼︎」
それが、六道伊吹の本質。
六道伊吹は善人ではない。
主人公であっても、正義の味方ではない。
人を助けたい訳でも、悲劇を未然に防ぎたい訳でもない。
ただ、怒りを発散したい。六道伊吹の根幹にあるのはあらゆる理不尽を許さない怒りと、それを実際に行動に移してしまえるだけの度胸だった。
善は成さない。
弱きを助けない。
ただ悪を抹殺し、強きを挫くだけの怪物。
勧善懲悪なんて言葉は似合わない。
勧善が欠落した、懲悪の執行者。
「ま、まって! ちがう! そんなのアリスはのぞんでない‼︎」
「テメェの意見なんざ聞いてねぇんだよ! 俺が怒った。俺が気に入らねぇ。たった一人の女の子も救えねぇこの世界をブチ壊したい‼︎」
今までは、俺の怒りはこの世界における悪人に向けられていた。だからこそ、俺はまるで正義の味方ように振る舞えていた。
だが、今回ばかりはそれはできない。だって、俺が怒りを抱いたのはこの世界そのものなのだから。この世界を全てを灼き尽くすまで、俺の怒りは治らないのだから。
「だって、お前は何も悪くない! アリス・アウターランドに罪はない‼︎ お前は産まれただけだ! お前はこの世界に転生して、目を覚ましただけなんだ……‼︎ 世界を滅ぼしたかった訳でも、俺たちを不幸にしようとした訳でもない。目覚めた、ただそれだけなんだよ。それが……どうして責められる⁉︎ ただ産まれるだけの事が、ただ目覚めるだけの事が! 世界中の人に糾されるに相応しいほどの罪なのか⁉︎ お前には善悪も倫理もなかった。だけど、教えられていないのだから仕方がないじゃねぇか! お前はまだ産まれていない! それはこの世界においてだけじゃなくて、あらゆる世界がアリス・アウターランドの転生の瞬間に滅んだとするのなら、お前はたったの一度も世界というモノを目覚めた状態で見た事がない! なら、お前は産まれたばかりの赤子と同じだ。赤子が産まれる際に母親が死んだとして、それは本当に赤子が背負うべき罪なのか⁉︎ 無数の世界が終わったのはアリス・アウターランドのせいだって糾弾するのは、産まれなきゃよかったなんて女の子が苦しむのは本当に正しいのかッ⁉︎ いいやッ、正しい訳がない! それが罪だなんて認めるか! 罪があるとすれば世界の方だろうが! 女の子が産まれただけで滅ぶような世界とッ、何千年かけても世界の一つも救えなかった俺たち現地人が悪いに決まってんだろうがッ‼︎ 何を被害者ヅラしてやがる! もしも世界ってヤツがもっと強かったならッ、もしも人類の文明がもっと優れていたならッ、……もしも、俺がもっと凄い異能をもっていたのならッ、救えたはずだろう⁉︎ お前も世界もッ、両方とも! でもッ、そうはならなかった。なら、誰の責任だ? 決まってるッ、この世界だ‼︎ たった一人の女の子も救えないような俺たちが悪いに決まってんだろうがッ‼︎ どうしてお前が苦しむ⁉︎ どうしてお前を殺す事が正当化されるッ⁉︎ どうしてたったの一人もお前を救おうとは思わないッ⁉︎ どうして世界ってヤツはこんなにも理不尽なんだよォォオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼︎‼︎‼︎」
結局
アリス・アウターランドは殺せない。
六道伊吹では、絶対に。
「……お前が苦しむのは間違ってる。世界の終わりの責任をお前に押し付けるのは、絶対に間違ってる‼︎」
「いい、の……? だって、アナタは、このセカイのヒトなのに……‼︎」
「この世界の人間だからだッ‼︎ 引導を渡すのもこの世界の人間であるべきだろッ⁉︎ だからッ、俺が世界を終わらせる‼︎ お前よりも早く、誰よりも早くこの世界を滅ぼしてやる‼︎」
こんな理不尽な世界なんて許せるか!
こんな不条理な運命なんて認めるか‼︎
だから、だから……ッッッッ‼︎‼︎‼︎
「なぁ、アリス・アウターランド。テメェがこの世界を滅ぼしたくないって言うのなら‼︎ 自分なんか産まれなきゃよかったってほざくのならッッ‼︎‼︎」
誓え。
たとえ世界の全てを敵に回しても。
世界を滅ぼす罪を背負ってでも、この童女が苦しまなくていいように。
「そんな結末は覆してやるッッッッ‼︎‼︎‼︎」
さぁ、ここに始めよう。
世界を終わらせるRTAを‼︎