白。
白く、白い、白き、白。
漂白された、純白の、白紙。
極彩色の対極、色褪せた単一の白。
地面も、空も、地平線も、もはや存在しない。
縦も横も、過去も未来も、何もかもが消えた。
内容物が削ぎ落とされた剥き出しの“界”。
世界の底の底、真なる外と接する境界線。
この世界の最も外側にあり、この世界の基礎となる軸。
世界が一冊の“物語”であるとするならば。
生命とは“物語”の登場人物であり。
歴史とは“物語”が動く展開であり。
法則とは“物語”を綴る言語であり。
元素とは“物語”を構成する
ならば、この白い世界は?
“
“
即ち、
言葉に表す事もできない現実的な非現実。
俺が足を踏み入れたのは、
「よお、アリス・アウターランド」
「りくどういぶき。あきないわね、アナタも」
その世界の中心、
白色光に輝く童女が浮かんでいた。
この寝ぼけ眼を擦る童女こそが、異能を生み出し世界を終わりへと導いた諸悪の根源だった。
「なぁ、訊いてもいいか?」
「いいけれど、どうせアイイレナイわよ?」
「それでも、聞かせてくれ。
「………………」
ずっと、ずっと、それだけが疑問だった。
アリス・アウターランドには動機がない。
世界を壊すに足る
「お前はまだこの世界に
魔王は自らの怨恨から世界を滅ぼした。
天使は世界を救う使命感から世界と敵対した。
最低最悪の少女は自らの快楽のため世界を危機に陥れた。
快楽殺人鬼だって人を殺した理由を言える。
だけど、分からない。
この童女が世界を終わらせる理由が分からない。
「言えよ、テメェの動機を。世界を終わらせるに足る理由ってヤツを」
そして、童女は。
アリス・アウターランドは言った。
「
「────────は?」
「なにか……いるかしら? セカイがおわる、そこにリユウがひつよう?」
「お、まえ……」
「だって……
「何もッ、ないのか⁉︎ 世界を終わらせるのにッ、そこに何の理由も意味も持ってねぇのかッ⁉︎」
断絶だった。
あるいは、第六位よりも大きな断絶。
視点が違い過ぎる。
世界の一部でしかない俺と、軽々しく世界を踏み潰せるコイツとの間には、想像もできない亀裂があった。
人間が地面を這う蟻に気付かず踏み殺すように。あるいは息を吸った結果、酸素が減って二酸化炭素が増えるのをいちいち意識していないように。
アリス・アウターランドには興味がなかった。
転生しただけで滅びる程度の世界と、踏み潰される人間の事なんか、心の底からどうでもよかった。
「いきたいならかってにすればいい。セカイがたいせつならかってにすればいい。でも、アリスがアナタたちのためにアリスをまげるヒツヨウなんてないでしょう?」
「ッ」
「むしろイイじゃない。なんのカチもないただのセカイが、アリスをうんだというイミをもつ。メイヨでしょ? むしろオレイをいうべきじゃないかしら」
「──────っ」
────ダメだ、と。そう思った。
この童女と分かり合う事なんてできない。
アリス・アウターランドは殺すしかない、と。
ただ、それとは別に。
正直な気持ちがぽろっと漏れた。
「
「…………………………は?」
「かわい、そう……? は? アナタが──ちっぽけなセカイのそのまたちっぽけなイチブでしかない、そんなリクドウイブキが、このアリスに?」
「だって、お前が転生した瞬間にこの世界は滅びる。産まれもせず、友達もできず、人生を謳歌する事もなく」
「……べつに、トモダチはいらないけど。それってシュウダンでしかいきられないアナタたちとくゆうのモノでしょ」
「友達がいないヤツの負け惜しみかよ。孤独は孤高じゃねぇぞ?」
「は?」
空間が歪んだ。
世界が悲鳴をあげた。
だけど、もう俺は止まらない。
「それで? この世界が終わった後、お前はどうするんだ? 行き場なんてもうねぇじゃねぇか」
「……べつのセカイにいって、べつのセカイをほろぼすけど」
「イナゴみてぇなヤツだな」
「は?」
「なら、お前の人生はずっとそれだ。無数の世界を一人で巡って、誰と関わる事もなく世界を滅ぼし続ける。……可哀想なヤツだよ、お前。ちっぽけな世界の、ちっぽけな人間の、何処にでもいるありふれた高校生でしかねぇ俺が、憐れまずにはいられないほどに」
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎッ‼︎‼︎‼︎ と。
世界が軋む音が響く。童女の苛立ちが、世界そのものを歪ませる。
「……そう。なら、アリスもあわれみましょう。おろかで、ちっぽけで、ぶざまなアナタたちを。このアリスがシアワセをあたえましょう」
「は?」
「このセカイはアリスのユメ。アリスがめざめたことでおわったセカイは、ぎゃくせつてきにそんなカタチにゆがんだわ。それが『レイメイ』のセツリ」
第一摂理、『黎明』の摂理。
その
「だから、アリスはこのセカイではゼンチゼンノウよ。……まあ、イノウとかいうコンセンはあるけど。それをのぞいたら、アリスはセカイをおもいのままにあやつれるわ」
第一摂理とは全ての異能の前提となるモノ。
世界の全ては夢となるが、では夢とは何か?
一説によると、夢とは脳が行う記憶の整理。つまり、アリス・アウターランドが有する
そして、魂もまた夢を見る。
過去の記憶──
ただし、当然であるが、混線した結果の異能と第一摂理の正統接続者たるアリス・アウターランドの異能には大きな差がある。
通常の異能は魂が見る夢──即ち、転生者の前世の記憶に由来した世界観に依拠したモノしか使えない。
一方で、アリス・アウターランドは彼女の想像力が及ぶ限りの現象を異能として扱える。なぜらば、この世界は彼女の夢だから。
だからこその全知全能。
第二位とは格の違う、本物の超越者。
故にアリス・アウターランドは世界を思いのままに操る事ができる。
「
「………………な、にを」
全員。
それはきっと冗談でも誇張でもない。
全員。全人類。全生命体。あるいは過去から未来まで、存在する思考力を持つモノ全て。
「アナタたちをみんなゼンチゼンノウにしてあげる。ああ、ゼンチゼンノウどうしのむじゅんはきにしなくていいわ。ひとりひとつ、セカイをあげればいいんだから」
「はッ、どうせすぐに終わるんだろその世界も」
「おわるわよ。でも、それはセカイというシャクドでみたらのはなし。アナタたちのにんしきじょうのジカンはすきかってにエンチョウできるわよ」
「……いらねぇな。少なくとも俺は、そんな全知全能の力なんか欲しいと思った事はねぇよ」
「そのネガイもかなえるとしたら? アナタのムイシキのとおりに、ゼンチゼンノウのちからをもたないリクドウイブキがシアワセなじんせいをおくれるとしたら?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………それ、は」
一人一つの世界。
自分の思い通りになる世界。
自分の無意識の願いすらも叶えて、不都合のない幸せな人生を永遠に歩める夢の世界。
不都合のない人生が嫌なら、都合の良い不都合が提供される。
永遠に続く人生が嫌なら、都合の良い人生の終わりが提供される。
一人一つ、理想の世界が丸ごと作られる。
ああ、それは文字通りの夢だ。
世界の終わりに見る
その世界を与えられた瞬間、他者との関わりは完全に途絶する。他者との関わりを欲すれば、提供されるのは自分の頭から生み出された都合の良い他者。
そんなの、自分の頭の中にしかない夢に溺れるのと何が違う? 幸せな幻覚を見続けるのと何が違う?
「──
でも、だけど。
たとえ、それが夢に過ぎないのだとしても。
俺にはその夢の世界を否定する事はできなかった。
アダマスならば切り捨てたかもしれない。
人間とは他者との関わりの中で生まれるモノなんだと綺麗事を言って。
折手メアならば鼻で笑ったかもしれない。
自分の想像力を超えない六道伊吹に興味なんてないと世迷事を言って。
だけど、俺にそんな信念はない。
誰も彼もが全知全能の世界。
誰も彼もが幸せな
俺にはどうしてもそれが魅力的なモノに見えてならない。
(……ああ、だって、仕方ないだろ。俺だって思うんだよ。どうして俺というヤツは普通の人間になれないんだって。
性根は変えられない。
六道伊吹は結局、六道伊吹以外の何者にもなれない。
(でも、その世界なら。俺に都合良く歪められた、何の悲劇も理不尽もない幸せな世界なら。……俺だって普通に生きられるんじゃないか? 怒りに身を任せる事も、不条理に憤る事もなく、ただ何処にでもいるありふれた高校生として……普通に──)
夢の世界に罪はない。
夢の世界に悪はない。
人を殺しても、それは頭の中で人を殺す想像をしたのと何も変わらない。
だって、その世界に存在する生命はただ一人。全知全能の人々は苦しむ事はなく、誰かを苦しませる心配もない。
だから、俺が憤る必要はない。
だから、俺が戦う理由はない。
だから、俺が叫ぶ意味はない。
だから。
だから。
だから。
だから。
だから。
だから。
「
──
「……アナタ、アリスのはなしをきいてた?」
「ごちゃごちゃうるせぇけど、結局お前が世界を滅ぼすのには変わりがないんだろ? ならテメェを殺すよ。気に食わねぇし、腹が立つし」
「それはゼンインのゼンチゼンノウをふみにじってまでえらぶこと?」
「それもさ、信用できねぇよ。みんなが幸せな全知全能の世界っつったって、テメェは他人の全知全能を台無しにできるんだろ? なら、趣味の悪いテメェが全員を不幸せにする世界へ導かないと誰が断言できる?」
理想は肯定しよう。
それでも、俺はアリス・アウターランドを信用できない。
全存在を幸せにできる力を持つ事と、全存在に幸せを与えようと思う優しい心を持つ事は別だから。かつて世界を救えた折手メアが、真反対の行動を取ったように。
「だから、テメェを殺す。テメェを殺して、その死体から
「……メチャクチャね。だからいったじゃない。アリスとアナタじゃアイイレナイって」
その瞬間、世界が蠢いた。
既に世界はアリス・アウターランドの夢。
粒子一つ一つが彼女の異能。
対する俺が有するは、たった六度だけ異能を無効する能力のみ。絶望的なまでの戦力差。
「は、ははははははッ‼︎」
なのに、笑い声が止まらない。
相手はこの世最大の理不尽。
立ち向かう事ができる、ただそれだけで嬉しい。
謳え、何よりも尊い
異世界なんてものを否定し、この世界の常識を転生者に知らしめろ。
さぁ、世界を覆す
直後、世界がひっくり返った。
これより先は現世、悲劇のない当たり前の世界。
「おねんねの時間だぜッ、異世界人‼︎」
「アナタていど、あさめしまえよ」
残り───