「はっ、はぁ、はぁ……」
息が切れる。
全力を出し切った。
俺の体力、折手メアの奇想天外な思考、そしてサササッチの捨て身の攻撃によってアダマスの討伐は成された。
純白だったサササッチのメイド服はとうに赤黒く染まっている。あれでは洗っても綺麗にはならないだろう。
「…………サササッチ」
「……
「…………………………………………、」
それだけだった。
それだけ言って、
それは当然だった。
心臓を潰されて、身体のあちこちが粒子レベルにまで
「…………いぶき」
「分かってる。……進もう」
後悔も、憤怒も、今は後回しに。
ただ前へ進む。それだけを胸に脚を動かす。
前方には空間の孔。
椎菜が切り拓いた『道』。
『
それに足を踏み入れ────
──
「────ッ」
「メアっ⁉︎」
俺には何の影響もなかった。
ただ、折手メアだけが、
「……は、ははっ」
思わず、といった風に。
折手メアの唇から笑いが溢れる。
「ははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっっ‼︎‼︎‼︎」
笑う。
嗤う。
笑い声が響く。
止まらない狂笑。
だって、折手メアには笑うしかなかった。
折手メアが弾かれた理由、その
「《
つまり。
それは、自業自得の結末だった。
「第一位を転生させたのはボクの異能だった。……だから、ボクはその時に願ったのだろうね。
それを強制する、最低最悪の現実改変。
「……俺の異能で無効化すれば、」
「通れるようにはなるだろうね。でも、それで? この先も似たような異能の効果は続いている。それを無効化し続けるかい?
「…………、」
「言っておくけれど、この先ではボクは役に立たない。……
折手メアは、力なく笑った。
「──
因果応報。
折手メアの悪逆の報いは、いつだって彼女の周囲に降り掛かる。
「……ご、ごめん。ごめんなさい。ぜんぶ、ぜんぶボクのせいだ。ボクがぜんぶ悪いのに、ボクは何の力にもなれない。ごめん、なさ──」
「
「────え?」
折手メアの涙を拭う。
そんな悲壮感のある面は彼女には似合わない。
「もしもお前がいなかったら、どうなってた? たぶん、俺は第一位の存在を知らず、世界の終わりとは関係のない所にいたのかもな」
「そう、だよ。ボクのせいで、キミは──」
「──
俺の知らない所で勝手に世界が終わるより、今の方が一億倍はマシだ。
世界を救いたい、なんて思えない。それでも、俺は世界を滅ぼすような理不尽をブチ殺してやりたい。
「お前が謝る必要なんて何一つと存在しない。俺を信じろ。お前が大好きな
息を吸って吐く。
覚悟は決めた。
この先、折手メアはいない。
異能は六度しか使えない。
俺の肉体は都合よく回復しない。
正真正銘の
信じられるのは我が身に宿る力のみ。
「いってらっしゃい。どうか、無事で」
「心配すんな。こんな
一歩、足を踏み出す。
空間の孔。その先に待つ第一位に向かって。
「……心配くらいさせろ、ばーか」
六道伊吹を見送って。
折手メアは塞がってゆく空間の孔を眺める。
もう、折手メアにできる事は何もない。
ぷらぷらと足を揺らし、六道伊吹の事を想うしか。
(謝る理由は一つもないなんて、ボクにはそうは思えないよ)
だって、折手メアが悪なのは事実だ。
にも拘らず世界を終わりへ導き、自分勝手に世界をかき乱した。
そこには罪がある。
誰が何と言おうと、六道伊吹が擁護しようと、折手メア自身が折手メアを許さない。
(なのに、ボクは何もできない。六道伊吹を助ける事も、この世界を救う事も、何一つとして)
それがただ悔しかった。
今の折手メアは弱い。弱くなった。
全盛期の足元にも及ばない。
(──でも、それでも、まだボクに意味があるのなら。いぶきのために、少しでも役に立てるのなら)
だが、諦める事はしない。
後悔に足を止める事はない。
確かに、折手メアは弱くなった。
だけど、それは戦闘力に限っての話。
折手メアの心は飛躍的な成長を果たしていた。
周囲を見渡す。
反省会を始めるにはまだ早い。
六道伊吹は第一位を倒す。そう信じる。
ならば、折手メアは彼が凱旋した時に気持ち良く出迎えられるように、一人でも多くの人を救うべきだろう。
そう考え、動き出す。
まさにその瞬間の事だった。
「────
コツン、と。
響く足音が一つ。
「…………クリス」
「そう、アダムは止められなかった。あの子はもう行ったのねぇ」
六道伊吹の母親にして、アダマスの妻。
元
──かつて、折手メアが殺した女性がそこにいた。
「既にキミ達の──アダマスの考えていた
「……そうねぇ。あの子が第一位と戦う以上、もうすぐに彼は死ぬ。この世界も終わる。今更急いだ所で意味はないわねぇ」
だから、だろうか。
気づくと、周囲から戦闘音は消えていた。
無数のアダマス達もまたその活動を停止していた。
「元々、量産したアダムもそう長く活動できるようなモノじゃない。今頃、細胞の劣化が始まってバタバタ死んでるんじゃないかしらぁ」
「?」
「今から貴方の命を狙ってもいいけれど、きっとあの子が死ぬよりも先に仕留められはしない。なら、そうねぇ……戦う意味なんてないのかもしれないわねぇ」
クリスは頷いた。
折手メアの言葉に賛同した。
「
──その上で、折手メアの提案を跳ね除ける。
「理屈の上なら戦う意味はない。そうねぇ、アダマスならそうするでしょうねぇ。だけど、わたしはそこまで冷静にはなれない。……
「感情、か。そう言われると……何も言い返せないな。ボクほど憎まれて当然の人間はいないからね」
「わたしは天使としては落第なのよ。きっとジェンマなら憎悪を抑えて世界に奉仕できた。でも、わたしにはできない。貴方を許して仲良しこよしなんて、そんな事は絶対に」
「………………、」
「勿論、わたしの怒りが正当だとは思ってないわぁ。わたしは正義の味方じゃない。わたしはアダマスのお陰で秩序の側に立てていただけで、
「……そう、か。アダマスじゃなかった。
怒りのままに世界を灼き尽くす者。
それは折手メアが大好きになった
(──彼女になら、殺されても良いかもしれない)
理不尽を嫌う理不尽の権化。
勧善の欠けた懲悪の執行者。
そんな彼女に殺されるのならば、折手メアは本望だと自らの死を受け入れる。
そんな考えが折手メアの頭を過ぎる。
その気持ちを肯定する。
「…………何の真似かしらぁ。人々を助けたいと思った? 世界を救いたいと願った? 違うでしょう⁉︎ 貴方は──番外位はそんな人間じゃない!
「………………、」
「改心した? 綺麗な折手メアになった? あり得ない! 人の性根はそう簡単には変わらない! わたしが天使となっても怒りを捨てられなかったように、
「……その通りだよ。世界の存亡なんてどうでも良い。他人の命なんて眼中にない。ボクが興味あるのは徹頭徹尾、いぶきだけ」
善人に、なりたかった。
六道伊吹と隣に立つに相応しい
でも、折手メアは変わらなかった。
変われなかったんだよ、何にも。
でも、それでも。
汚濁に塗れた折手メアにも意味があるのなら。
ほんの少しでもいぶきのために戦えるのなら‼︎
「
この世界が今もなお保っているのは、折手メアの《
もしも此処で折手メアが死んでしまえば、六道伊吹が挑戦するまでもなく世界は終わってしまう。
(世界の存亡なんてどうでもいい。ボクの生死なんて興味ない。だけど、いぶきにまで影響があるのなら別だ。彼のためならボクは世界だって敵に回してみせる!)
何でそこまでするのか。
折手メアはそんな自問自答を鼻で笑う。
それは恋と呼ぶには穢れていて。
それは愛と呼ぶには自分本位で。
それでも、確かにそれは好意だった。
石油のようにドロドロネバネバとしたモノであっても、折手メアの胸に火を灯す気持ち。
出会いは運命じゃなかった。
──折手メアが仕組んでいた必然だった。
生き方は理想じゃなかった。
──彼は『
思い出は大切じゃなかった。
──彼と作ってきた思い出はトータルで見ても一週間も超えないのだろう。
好きになった理由は分からない。
もしかしたら、彼じゃなくたって優しくされたら誰でも好きになっていたのかもしれない。
それでも、構わない。他の人を好きになる可能性もあった中で、いぶきを好きになれた自分がただ誇らしい。
『
折手メアの手を握ってくれた『いぶき』が大好きなんだ。
大好きな彼のために、大嫌いなボクを救ってみせる!
「来なよ、お
二人は鏡のようだった。
片や、
産まれも育ちも精神性も、似ても似つかない二人だが、彼女達には共通点が多い。
両者共に元々は男性で。
両者共に現在は女性で。
両者共に
両者共に
「──《
「──《
世界が揺れる。
因果が破れる。
法則が折れる。
秩序が崩れる。
常識も物理法則も無視して、あらゆるモノよりも彼女達の
即ち、物理的な肉体の強さに意味はない。
この局面においては、精神的優位に立ってマウントを取る事が何よりの武器!
「そもそも貴方を伊吹の嫁に認めるつもりはないわよぉ?」
「いぶきを捨てたキミ達に認めてもらうつもりもないけどね」
直後。
もはや言葉では表現できない衝突があった。
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