「……いぶき、怪我は無い?」
「ああ、全部治った。助かる」
《
一時的な発狂によりイカれた脳味噌も、一日六度と決まっている異能の制限も、全ての状態が戦闘前へと戻った。
「さァて、こっからどうするよ?」
「進むしかないのだろうね。無論、ボクらを妨害する罠は仕掛けられているのだろうけれど、それ以外に道は無いのだから仕方がない」
「なら、三叉路の方面か。……ますます見覚えがあるな」
公園に始まり、三叉路を迂回して、駅前デパートへ向かう。
まるで転生初日の再現だった。この世界が終わる日に、第二の人生が始まった日と同じ光景を見るだなんて何の皮肉だろうか。
足を踏み出す。
あらゆる罠を覚悟して、公園から一歩踏み出す。
「────は?」
どうして気づかなかったのだろうか。
何らかの仕掛けが施してあったのか、公園の内側からでは外側のこの景色を知る事が出来なかった。
むせ返るような生臭さと鉄臭さも、辺り一面を染める赤黒い液体も、何も感じられなかった。
そして、俺はその屍体の正体に気付いた。
頭が潰れていたり、皮が剥がれていたり、一見すると見た目が判別できない屍体も多い。
「…………
「……………………………………………………………………………………………………………………ッ、殺──」
「──待て、いぶき。第一位の討伐が最優先だと、そう決めただろう」
血が滲むほど握り締めた拳を解くように。
折手メアは俺と手を繋いで囁く。
「それに、彼女は何もできずに死んだ訳じゃない。ボクらは、彼女達の遺志を無駄にする訳にはいかないんだ」
「どう、いう?」
「例えば彼女、排水溝の上で死んだデッドコピー」
折手メアがデッドコピーの一人を指差す。
血に塗れた屍体。だけど、外傷は見当たらなかった。
「屍体は血濡れだけれど、多分その大部分は他のデッドコピーの流血。外傷が無い事から考えると、死因は毒ガスとか酸欠とかそっち系。道にたくさん設置された罠を避けるために排水溝で匍匐前進しようとして、排水溝に溜まっていた空気より重い毒性のある気体を吸って死んだんだろうね。これじゃあ排水溝は進めない」
「………………、」
「逆に、道の真ん中で死んだデッドコピー。彼女は屍体が穴だらけで、よく見ると地面から少し浮いている。多分目に見えない針みたいなモノが地面に設置されていて、そこに突き刺さったのだろうね。だけど、流血によって針の形が大体分かる上に、地面に設置された凶器は屍体を間に挟む事でボクらには届かない。
「……
「
無数の屍体。そこから死因の情報を抜き出し、無力化された罠を判別して進む。
最低最悪の道だ。仲間の屍体を踏み台にする下衆にも劣る所業だ。それでも、俺達が前に進むにはこれしかない。
アダマスが頭の中で
だから、これは彼女達が紡いだ
「……分かった、分かったよ。まずは第一位、ヤツを殺す。その後ならいいな?」
「…………ああ、構わないとも。キミの好きなように暴れるといい」
「ああ」
ギリィッ‼︎ と。
奥歯が強く噛み締められる。
「アダマス。あのクソ野郎、絶対にブチ殺してやる!」
「────
そんな六道伊吹と折手メアを囲む影があった。
数十人の
「第六位と戦闘して逃げ切る確率は九%、倒す確率に至っては一%にも満たない。なんたる奇跡、なんたるか細い希望。それが実現するに当たってどれほどの
六道伊吹ではアダマスには勝てない。
あらゆる未来を予測する者、物理戦闘を極めた者。
それはブレンダと同じく、六道伊吹の天敵。
たった一人のアダマスにも勝てないのに、数十人のアダマス相手に敵う訳がない。
「既に終わりが確定した未来、ここから絶望の未来が覆るなんてありはしない。空を見ろ。
なのに、アダマスは足踏みをしていた。
数十人のアダマス、その内の一人さえも六道伊吹の元へ辿り着かない。
「宇宙が消滅したのにこの世界が存続しているのは、物理法則が第一位の《夢》によって代替されているからだ。大黒柱をすり替えられたと言っても良い。太陽を失い、自転も公転もしないこの地球が今もなお壊れていないのは、《夢》なんていうフワフワした
だから、それには理由があった。
アダマスが六道伊吹を殺せない理由。
「
アダマスが問いかけた先。
そこには一人の男がいた。
黒っぽいスーツを着た男だった。
髭を生やした四十代後半のおじさんだった。
彼は何処にでもいる、ありふれた
「……アンタの言い分は分かる。俺は秩序を守る警察だが、こんな規模のデカい事件を解決できるとは思わねぇ」
栗栖椎菜と栗栖裕也の父親。
──そして、六道伊吹の育ての親。
「俺はアンタみたいな凄い力は持ってねぇ。転生者だの異能だのって話を知ったのだってつい最近の話。今までアンタが守ってきた無知蒙昧の愚民の一人、それが俺だろうさ」
それはどうしようもない弱音だった。
妻と息子を失い、娘と義理の息子が事件に巻き込まれている事も知らず、警察としての責任すら果たせなかった負け犬の言葉。
「けどな」
でも、だけど。
弱音は反転する。
「俺は一つだけ、アンタが知らない事を知っている。アンタとアンタの奥さんが捨てたモノを、俺と俺の妻が拾った凄えモンを知ってる」
「…………それは?」
アダマスはあえて尋ねた。
その
「
つまり、それだけ。
それだけの理由で、その男はここに立っている。
「子供がまだだっつって立ち向かってんのに、俺ら大人が勝手に諦めてどうすんだよ」
「………………、」
「俺は一五年間アイツと暮らした。だから分かる。あいつはいつも通り無茶苦茶やって第一位とやらも倒すよ」
「……根拠は?」
「経験則だ。小学生の時にカツアゲしてる不良相手に無理やり小銭を呑み込ませた時とか、中学生の時にヤンキーを薙ぎ倒して裏番長になった時とか、高校生の時にイジメを止めようとして旧校舎をブッ壊した時とか、それと一緒だよ」
「それは、何の根拠にもなっていないが?」
「ああ? ちゃんとした根拠がなきゃ信じちゃダメなのかよ。警察は人を疑う仕事だがな、
それは育ての親たる自分を表す言葉であり。
産みの親たるアダマスを批判する言葉だった。
「──説得は不可能。理解した。では、君を滅して前に進むとしよう」
「やって見ろよ、救世主。俺が何年柔道をやってると思ってんだ。モブみてえに薙ぎ倒せると思うなよ」
瞬間。
アダマスの拳が栗栖皐月の頚椎を撃ち抜き──
「な、に……⁉︎」
────
『アンタ、俺の事を舐めてたろ? 簡単に決意が揺らぐと思ったから言葉で説得しようとした。簡単に勝てると思ったから最短最速の攻撃を放った』
それは硬質な皮膚だった。
人間の肌と言うよりは、
栗栖皐月はその殻を、まるで甲冑のように纏っていた。
『残念、確かに俺は何処にでもいるありふれたおっさんだ。俺程度の力量じゃ一秒だって保たねえかもな。だけど、こんな俺にだって自慢できる事はある』
アダマスはその未来を予測できなかった。
予測できなかったからこそ、逆算してその正体を即座に理解した。
『
「
栗栖椎菜。彼女はディートリンデを経由して、この街に無数の転生者を生み出した。
栗栖皐月もその一人だった。奇しくもその異能は、栗栖裕也が手に入れた物に近似していた事に誰が気付いたか。
息子を信じ、娘の力を借り、息子と同じ異能を手に入れる。
栗栖皐月はアダマスほど強くない。しかし、彼は父親としてアダマスの何歩も先を行っていた。
『アンタの未来予測は事前の計算が必要! ならッ、今この世界に現れたばかりの異能については何も計算できねぇ! 誰がどんな力を持っているか分からねぇ、それが異能の強みだろうよ‼︎』
「……ッ⁉︎」
アダマスの戦いは事前準備が十割。
戦いが始まった時点で既に勝っている事がほとんど。
逆に言えば、アダマスはアドリブに弱い。
無論、天命機関の天使として極めた戦闘能力はある程度のゴリ押しを可能にするが、
布津野町の各地で、発生したばかりの転生者とアダマスの戦闘が勃発していた。
例えば、同じ学校のクラスメイト。
例えば、通学路に住むお爺さん。
例えば、栗栖裕也が勉強を教えていた舎弟。
六道伊吹の精神性を知り、六道伊吹ならばと思ったありふれた人々が、アダマスを相手に足止めを繰り広げていた。
それは、
六道伊吹がこの街で暮らした一六年間、その全てを使って『血路』を切り開いていた。
『教えてやるよ、本物の父親ってヤツを。アンタらが信じなかった息子の底力を‼︎』
そして、六道伊吹は辿り着いた。
封鎖された駅前デパート跡地、その外壁へ。
「……コンクリートで埋められてるか、どっかの工事現場から武器になりそうなモンとか借りられねぇかな」
「うーん、ボクの異能で筋力アップさせたら殴り壊せるかな……?」
そう話している内に、気付く。
「何だこれ、空間の……穴?」
「──異界化現象。第一位の影響……ではないだろうね。それにしては随分小さ過ぎる。……
即ち、『血路』は切り拓かれた。
ここまでは前座。ここから漸く、第一位との戦いが始まる。
「覚悟はいいな、メア?」
「いぶきこそ。ボクより先に死ぬなよ」
一歩。
『血路』へと足を踏み入れる。
──
「────
「…………
「……間に合ったのは私一人か。七割はブレンダ、三割は一般人共に足止めされていると見るべきだろうな」
独り。アダマスはたった一人だった。
六道伊吹と折手メアは知る由もないが、たった一人のアダマスしか来れなかったという事が既に『
しかし、それでも一人現れた。
未来を予測して、物理戦闘を極めた六道伊吹の天敵が。
「君達の冒険はここで終わり。私達の
即ち、彼こそが最後の尖兵。
血路を断つ終末の
未来に絶望した救世主、アダマスである。
残り130分
外伝主人公 vs 原作主人公&オリ主