瓦礫の山となった住宅街。
アドレイド・アブソリュートとイヴリンは、無数の
無数の
故に、アドレイド・アブソリュートは初手から反則技を選んだ。どんな異能よりも優先される力、六道伊吹以外には破れない世界の終わりを。
「────
はくはく、と。
アドレイドの喉が無音を奏でる。
口の動きに声が伴わない。
(コイツッ、速いッ⁉︎)
声帯だけではない。
《石化魔眼》に用いる
ほんの少しでも頭を逸らすのが遅ければ、あるいは首が飛んでいたかもしれない。
蜘蛛のような
通常よりも脚が多いのだから、それだけ脚力が増強されていても不思議ではない。
アドレイドは第四摂理の正統接続権を有していない。
擬似接続をする際には、宣言から発動までにほんの数秒のタイムラグが存在する。
しかし、だからと言って、その一瞬でアドレイドに接近して喉を切断できるか?
余りにも速い。目にも止まらない
(くそっ、《暴食魔剣》! 行け‼︎)
使いものにならなくなった異能の瞳を捨て、生身の瞳へと換装する。
その間の隙を、もう一つの異能によって埋める。
血に飢えた漆黒の魔剣。
アドレイドという枷が外れた《暴食魔剣》が、自動的にグレイに向かって斬り掛かる。
魔力、生命、熱量、あらゆるエネルギーを喰らう大食らいのブラックホール。
「
だが、グレイは防御さえしなかった。
カツン、と。
《暴食魔剣》の
《黄金の理よ、遙か未来まで残れ》。変化を否定して、『永劫』という概念そのものを武器として扱う異能。
それを剣として用いれば、その刃は一切の治癒を許さず。それを鎧として用いれば、その鋼は一切の負傷を拒む。
(この女ッ、アタシの
速いからこそ、
速いからこそ、《石化魔眼》でさえも捉えきれない。
《暴食魔剣》を始めとした生半可な攻撃では通用しない。
切り取られた声帯は未来永劫癒える事はなく、《禁呪魔法》も大幅な制限を受けた。
アダマスが用意した
ここまでの流れは全て手の内という訳か。
そこからは、防戦一方だった。
ガシャンッ、ガシャンッ! という轟音。
超音速で跳び回る蜘蛛に対処が追いつかない。
致命傷は避けているが、少しずつアドレイドの
様々な
しかし、大きな問題はない。どうやら治癒を否定できるのは武器による直接攻撃のみに限るようで、他の攻撃は感染した《ゾンビウイルス》で修復する事ができた。
「
グレイがアドレイドが使う
イヴリンの小さな手がキラキラの光る粉末をばら撒く。
その
「
「
「………………、
イヴリンが短時間で用意したとっておきの秘策。
今この場において、
「
「……
「ならば、その
「………………、」
それは言うほど簡単な芸当ではない。
しかし、忘れてはいないか?
イヴリン──その中でもエヴァに憑依した転生者リィンは、この世界よりも科学が発展した近未来の異世界《
異世界では凡庸なホワイトハッカーに過ぎない彼女でも、この世界では最先端の天才科学者と肩を並べる事だってできる。
「──
「────っっっ⁉︎」
一瞬だった。
ほんの一瞬で、イヴリンは切り伏せられた。
代替脳。その言葉を聞いたからだろうか。即座に脳を破壊するのではなく、一切の抵抗ができないよう
グレイが宿った肉体の異能は封じられていない。
音よりも速く、ダイアモンドよりも硬く、万象を斬り裂き、治癒を許さない刃を振るう。
ただそれだけで、グレイは誰よりも強い。
(っア、ああアアアアアアアアアアアアアッ‼︎)
切り取られた喉で、アドレイドは獣のように吠える。
破れかぶれの反撃。少なくともグレイにはそう見えた。だから、防御すらしなかった。
アドレイドの拳が触れる。
インパクトの瞬間、
(────
「──
『やっぱり、そうだったのね』
初めて、ダメージが通る。
『永劫』という概念による防御、それを貫く唯一の兆し。
『
無詠唱の魔法により空気を震わせ。
アドレイドはグレイへと指摘する。
それは
『変化を否定する。確かに、そうね。もしそんな異能が常時発動していたのなら、
「…………、」
『アンタが否定する変化はアンタが指定した変化。だから、今の攻撃は通った。
ならば、勝てる。
《石化魔眼》はもう無い。
《暴食魔剣》は通じない。
《魔界侵蝕》なんて意味はない。
だけど、無詠唱の《禁呪魔法》ならば。
『ブッ飛べ‼︎』
超音速斬撃。
目にも止まらぬ高速移動。
なるほど、脅威である。
しかし、近接戦闘を主体とする以上近くには存在している。
『あは、あははははははははははははは‼︎』
閃光。
轟音。
太陽が顕現したかと錯覚するような爆撃。
漆黒の魔剣が胴体に突き刺さる。
『永劫』の鎧、ここに破れたり。
血ともオイルとも判別が付かないような液体を垂れ流しながら、グレイの頭は困惑でいっぱいになる。
「
アドレイドの《禁呪魔法》は彼女自身の脳で構築するため、規模の大きな現象を引き起こす事ができない。
加えて、現在は詠唱すらできない状況。無色透明の魔力を放つ事しかできない筈なのに。
世界の全てを操る魔王。
そんな圧倒的な光景とは裏腹に、アドレイドの内心は酷く冷めていた。
(────
突然のパワーアップの
必要な演算能力を外部から補強しているだけの事。
粉末化された《
その本当の目的は
アドレイドはイヴリンの脳に繋がり、イヴリンもまた《
人類が築き上げた文明が──『
しかし、無理な
今までその力を使わなかったのには訳がある。
演算を外部に委託しているとしても、演算のための情報を送信して、演算結果を受信するのはアドレイドの脳だ。
《
無論、それは脳を酷使したから鼻血が出るなんて都市伝説染みた話ではない。
鼻血だけではない。
目や口、体内でも出血が止まらない。
今もなおアドレイドが戦えているのは、事前に《ゾンビウイルス》に感染していた半死人だからに他ならない。
保って一分。それを超えたらアドレイドは《ゾンビウイルス》ですら手に負えない境界線を超え、半死人どころか死人の領域へ足を踏み入れる。
(その前にッ、コイツを潰す!)
蜘蛛の脚、グレイが纏う
しかし、未だその速度は顕在。
(ここで畳み掛け────ッ)
『
その
初めから使っていれば、グレイはもっと優勢だった。
しかし、アドレイドにはルーアハすら恐れた神性特攻
初めからその存在を警戒していれば、ここまで大きな
戦果。
そう、アドレイドは自身の致命を知る。
臓器が逝った。脊椎が灼かれた。脳に残るのは残滓のみ。アドレイドは死ぬ。第一位に辿り着く事はできず。
(────ああ、アタシは此処で終わりね)
自らの死亡を覚悟する。
死の恐怖を一息で飲み込んだ。
勝っても負けても、アドレイドはここで死ぬ。
もしも生き物として命が繋がる事があっても、脳に障害を負って話す事もできなくなった“それ”をアドレイドと定義する事は彼女にはできない。
(
自らの役割を自覚する。
アドレイドが道を切り開く事はできない。
アドレイドは第一位にまで辿り着かない。
ならば、せめて眼前の敵は道連れにする。
いつか誰かが道をこじ開けるために、障害を一つでも減らしておく。それこそが、此処で死するアドレイドの役目。
どうして、ここまでするのか。
アドレイドは自分で疑問に思って可笑しくなった。
『力ある者の責任だから』。かつての彼女だったならそう言っていたかもしれない。
だけど、違う。
アドレイドは六道伊吹に憧れた。
六道伊吹との奴隷契約が破棄されても
それは何故だった? 力ある者の責任を果たしていたから? 正義の味方だったから?
……そんなワケがない。
理由は単純、
その心が。
生き方が強かった。
そう成りたいと思った。
そう在りたいと願った。
これはただ、それだけのお話。
きっと、彼と出会ったのは運命だった。
……それは、恋ではなかったけれど。それでも、この身を焦がす憧憬はアドレイドを運命の果てへと誘う。
『……原初の魔法を教えてあげる。それは自然を支配するモノ、法則を隷属させるモノ』
即ち、強者の象徴。
魔法とは、魔王とは、強きを表す言葉だった。
『
アドレイドの魂から透明な鎖が伸びる。
鎖は万物を絡め取り、隷属させ、支配する。
魔法《奴隷契約》。
瞬間、世界の全てが牙を剥く。
火、空気、水、地面、光、植物、コンクリート、あるいは空間そのもの。
世界の全ての攻撃を防ぐには、世界の全てを認識して指定しなければならない。勿論、そんな事は不可能だった。
ゴシャッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
グレイの肉体は押し潰されて圧死した。
『──
『──
グレイの本来の肉体はとうに死んでいる。
此処に存在するのは電子化した人格情報。
転生者の精神を上書きする形で、肉体を乗っ取った
故に、肉体が死したとしても彼の存在までが死滅した訳ではなく────
『な、に……ッ⁉︎』
『お姉ちゃんは今、演算の代行で忙しいからエヴァが代弁するね。……「でじたるごーすと。わたくしからしたら数世代古い骨董品ですわ!」……だって!』
『や、やめ────』
アドレイド・アブソリュートの犠牲を無駄にはしない。
グレイが携えた全ての
そして、今。
亡霊の悪足掻きも、無駄に終わる。
最期に。
アドレイド・アブソリュートは微笑んで。
声にならない声で、叫んだ。
「勝ちなさいよ! 絶対にッ‼︎」
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