《
放り出された空で俺は目撃する。
「
大気を固めて象られた人型の嵐。
体長五〇〇キロにも及ぶ巨人の拳が、現代兵器の頂点に立つ船を握り潰す。
二万人以上を収容できるはずの船が、ちっぽけなモノにしか見えなかった。
見覚えがある姿形の異能。
間違いなくルーアハの《死体化生神話》、それを素材にした
なのに、俺は感知できなかった。
俺の異能感知だけではない。天命機関が有する衛星の観測情報も、イヴリンの電子機器を用いた監視網も、アドレイドや椎菜の魔法を使った警戒も。その巨人はありとあらゆる警戒を潜り抜けた。
「これがッ、七年間の行方不明の
折手メアの叫び声が聞こえる。
そうだ。アダマスとクリスは七年前、死亡を偽装して行方を晦ましていた。
天命機関にも、全知全能のルーアハにも、生存を気づかれないように。だったら、それを実現する隠蔽能力を有していても不思議ではない。
「メアッ、手を!」
「っ! いぶき‼︎」
鋼すら引き裂くような乱気流に襲われる。
咄嗟に隣にいた折手メアの手を掴む。
それ以外へ伸ばした手は届かない。異能を使う暇すら与えられず、俺達は散り散りに地面に叩きつけられた。
「大丈夫ですの⁉︎」
「──っ、大丈夫に決まってんでしょ‼︎」
イヴリンとアドレイド・アブソリュート。
二人は共に無人の民家に墜落した。イヴリンの小さな体を守るように、アドレイドが彼女を抱きかかえていた。
アドレイドがイヴリンに手を伸ばした理由は単純。
あのメンバーの中で、地面に叩きつけられただけで死にそうなのがこの少女しかいなかったからだ。
異能で助かりそうな折手メアやデッドコピーのクローン達、異能がなくても生き残りそうな六道伊吹やブレンダは無視した。
「……こんな、一秒も経たずに全滅しかけるなんて。他の方々は無事でしょうか……?」
「さぁね。どうせ生きてるんじゃない? アイツら悪運が強いみたいだし」
アドレイドは僅かに額から垂れた血を拭い、イヴリンに心配かけないように赤い髪に馴染ませる。
アドレイドの言葉は冷たかったが、それは幼いエヴァですら強がりである事が分かった。
「作戦前に言われたでしょ? 誰が死のうと道を作る事を優先しろって。アタシ達には後ろを振り返る余裕なんて無いわよ」
「……そう、でしたわね」
実際、彼女達に他人を心配する余裕はなかった。
「
「────ッッッ⁉︎」
アドレイドは反射的にイヴリンを抱え、魔法を使い後ろに大きく跳ぶ。
何が起こったのか全く理解できない。
ミキサーのような斬撃で粉々になったのか。
強められた重力が全てを押し潰したのか。
熱量攻撃によってドロドロに溶かされたのか。
あるいはその全てが同時に起こったのか。
少なくとも言えるのは。
ほんの一秒でも退くのが遅ければ、あるいは事前に六道伊吹との奴隷契約を破棄して異能の使用制限を解除していなければ、アドレイドとイヴリンもまた同じように消滅していたという事。
「蜘蛛……ですの?」
「つーか、
敵は、奇妙な
上半身は何の変哲もない金髪の少女だったが、下半身には無数の
そして、それ以上に、ガシャガシャと自動で動く
終末の尖兵が
人類が築き上げた文明で
「
即ち、その身は人類が積み上げた知の結晶。
この道を塞ぐのは人類史そのものであった。
「みなさんとは逸れちゃいましたか」
「……多分、本命はこの後っすよ」
栗栖椎菜とジェンマ。
二人は学校へと墜落した。
厳密には二人一緒に墜落したのではなく、襲撃の瞬間に敵の意図を理解したジェンマが栗栖椎菜を追ったのだが。
「……ダメですね。真尋先輩に電話が繋がりません。宇宙にいた時は繋がらなくて当たり前だと思ってたんですけど……」
「先に処理されたんじゃないっすか? 異能封印なんてジョーカー、未来視が見逃す筈がないっすよ」
屋上の扉をこじ開けて階段を下る。
校内は異常なほど静まり返っていた。
「……来ますね」
「自分もそう思うっす」
栗栖椎菜の直感と、ジェンマのプロファイル。
二種類の思考が危険を告げる。直後、まるで拍手するように
「─────ッッッ、ぼばっ⁉︎」
その音が鳴ったのは栗栖椎菜の
コツコツ、と。
学校の廊下に足音が響く。
硬い足音は、しかし靴の音ではなかった。
──そもそも、その存在は衣服など身に纏ってはいなかった。
「ふ、ふふふ」
思わず、栗栖椎菜は笑った。
《神体加護》の血液を輸入しながら、腹を抱えて口を三日月のように歪める。
「伊吹さんの暴虐っぷりを見て、親の顔を見たいとは何度も思いましたけど────
異型、異形、異端、異物。
鱗に翼、蹄に角、その姿形は語りきれないほどの特徴を有し、皮膚の至る所から眼球を浮かび上がらせる。
数多の動物の姿形を
終末の尖兵が
生命が繋いで来た遺伝子を
「…………師匠、」
「思い出話をする暇はありませんよ、ジェンマさん」
「……分かってるすよ」
親戚、そして師弟。
互いに因縁を持つ二人。
しかし、今は関係がない。
ただ、道をこじ開ける事のみが最優先。
「あらぁ? 成長したのねぇ、琥珀もぉ」
発声箇所は口ではない。
そもそも口が何処にあるかも分からない。
そんな異形は、無数の目を輝かせて吠える。
ぐつぐつ、とクリスの身体が脈動する。
その身はもはや尋常の存在ではない。
生命が進化の果てに辿り着く終着点とでも呼ぶべきナニカ。
「思い知らせてあげるわぁ、生物としての格の違いってヤツを☆」
即ち、その身は生命が紡いだ螺旋の最果て。
この道を塞ぐのは生態系そのものであった。
「────説明は必要ないな?」
「…………、ええ」
ブレンダ。
彼女は路地裏に一人立っていた。
上空五〇〇キロからの墜落。
にも
しかし、彼女には一休みする暇すらなかった。
「
それは、純白の男だった。
白いスーツを纏った、白髪の男性。
銀の眼鏡の奥には、刃のような眼差し。
仲間の二人とは違い、彼は何処まで行っても人間でしかない。人間の五体に、人間離れした頭脳を秘めている。
毀れずの聖剣。
穢れなき極光。
絶対的な潔白。
終末の尖兵が
現世の頂点に立つ
「ッ、ふ────」
ブレンダは鋭く息を吐いた。
その一息で、あらゆる動揺を鎮める。
両者は共に天使。
物理のみの戦士。
相性は悪くない。
条件は五分五分。
故に、その勝敗には一切の言い訳が効かない。
現代最強と史上最強。
人間の頂点、最強の天使を決める戦い。
「
「
即ち、その身は天命機関二〇〇〇年の回答。
この道を塞ぐのは使命感そのものであった。
「
サササッチ、そしてデッドコピーのクローン達。
彼女達は街中に散り散りになって墜落していた。
追撃はない。
敵の思惑は理解している。
そして、それはある意味で正解だ。
この街を席巻するのは三人の門番だけではない。
アダマス達を除いても、二種類の脅威が未だ蠢いていた。
一つは、嵐の巨人。
自動化されたルーアハの異能が足踏みをする。
ただそれだけで、地面は剥がれ建物は粉々になる。
もう一つは、第一位の
規格外の異能、《夢》で構成された極彩色のぬいぐるみ。
中に銀河が詰まっていても不思議ではないスケールの怪物たち。
二種類の終末の尖兵はサササッチに太刀打ちできるモノではなく、その上、街中にどんな罠が仕掛けられているかも分からない。
故に、彼女は即断した。
「
あえて罠に引っかかる。
二万人を使い潰して、あらゆる仕掛けを目に見えるモノとする。
彼女達はたった一人の異論もなく、『
六道伊吹の
六道伊吹に救われた者として。
彼の理想に
道を塞ぐは五体の尖兵。
悪夢に堕ちた終末の
しかし、忘れてはならない。
終末対策委員会側の勝利条件は『アリス・アウターランドの討伐』。
「メア、無事か?」
「いぶきの方こそ、キミが庇ってくれたんだろう?」
抱きかかえていた折手メアをゆっくりと下す。
着地には成功しなかった。空気抵抗が受けやすいような体へと肉体の形状を変化させたが、完全な減速を果たす事はできず、俺は地面の染みとなった。
今生きているのは、《
「……この
「ああ。通学路の公園だな、よりにもよって」
俺が転生したばかりの頃、それこそゾンビと戦うよりも前に、彼女と会話した場所。
アダマスは何を思い、この場所を着地点に決めたのか。
「行こう、メア」
「……ボク達は待機、だっただろう?」
「ここが安全かも分からないのに待機しても意味ねぇだろ。どうせ危険なら、前に進もうぜ」
「仕方ないにゃあ」
折手メアはお尻に付いた砂を払うと、満面の笑みで俺の腕に抱きついた。
「やっぱりボクはキミが大好きだ」
「……なんだよ、急に」
「いや、ただ、またキミと話せて嬉しいと思って」
へにゃっ、と。
宝石のような美貌を馬鹿みたいに緩めて。
折手メアは何処にでもいる少女みたいに笑った。
────
「…………ぁっ、ぎごげばアアぁぁああああああああああああああああああああああああッ⁉︎」
「いぶきッ⁉︎」
視界が彁妛色に染まる。
分からない。理解できない。
認識しているはずの目の前の“それ”が自分の語彙では説明できない。
“それ”は何もしていない。
ただ俺が“それ”を理解しようとする度に、俺の脳がただただ発狂する。
内から響く声が俺の絶叫なのか、“それ”の鳴き声なのか、それとも世界が軋んでいるのかさえ分からない。
「──ま、さか」
「っ、やめろッ‼︎」
振り向こうとした折手メアの顔を抑える。
《
折手メアがどうなるかなんて想像したくもない。
「ふざ、けるなよ。オイ、まさかキミは──ッ‼︎」
見えずとも、折手メアは
“それ”の正体、“それ”を表す名前を。
だけど、あり得なかった。だって、“それ”は人間に与するような存在ではなかった。人間に御せる程度の人外ではなかった。
だから、考慮から外したというのに。
終末の尖兵は五体のみ。
故に、“
アダマスがこの場に誘導した無関係の怪物。
「──────
人智の及ばぬ
「縺阪<繧薙″縺?s縺上o繧薙¥繧上s縺弱e繧九℃繧?k縺弱e繧」
人間には理解できない音域の声。
金属を擦り合わせているみたいな不快な音が脳に直接響く。
脳味噌を直接舐られたような、怖気の走る手段で情報を叩き付けられる。
直後、世界がひっくり返った。
これより先は異世界、冒涜的で理解不能な宇宙。
世界最悪、その一角。
恐怖と狂気を司る
決してそのバケモノに焦点を合わせぬようにしながら、俺は最後の
「前哨戦だ、人間未満の憐れな怪物ッ‼︎」
「ボクの事も忘れてくれるなよ?」
かつてとは違い。
今度こそ、俺達は肩を並べて戦い始める。
残り230分